第22話


 辺り一面が水浸しとなり、ずぶ濡れになってしまったREINAの視線が恐ろしい程冷酷な物となって、現在僕に突き刺さっている。

 これって僕の所為なのか?


 「ぎゃはははー! マジウケるわー!」


 源三が涙を流しつつ腹を抱えて笑っているのだが、ちょっとくらい空気を読んで欲しい。

 そんな源三を見たREINAが視線と顎で合図すると、少し怯えた様子で和葉が無言で頷いた。


 「『爆裂拳』!」


 和葉渾身の正拳突きが源三の横っ腹に突き刺さると、源三の体が『く』の字に折れ曲がり、部屋の端の壁まで吹っ飛んだ。


 ……あれ? 爆破属性は?


 と思った矢先、テレビで見た事がある爆破実験のように、源三の身体が爆破音と共に粉々に消し飛んだ。

 REINA、ルシファー、くるみ、そしてエフィルさんまでもが、この惨劇を見てウンウンと頷いてしまっている。


 ……いやいや、どう考えてもやり過ぎでしょ!

 200秒のカウントダウンが進んでいる元源三だった物に慌てて駆け寄り、蘇生魔法【女神の誓約ヴィーナスアシェント】を唱えた。

 どうやら爆裂拳は時間差で発動するみたいだな。

 まぁそうじゃないと打撃を与えた瞬間に和葉自身が爆破に巻き込まれてしまうもんな。


 ……しかし恐ろしい。今後和葉を怒らせないようにしよう。



 そのまま反省会を開こうと思ったのだが、時間を見ると二十二時五十分だったので、慌てて先程のモンスター達の状況をみんなに話した。


 「それって誰かが指揮してんじゃねーのか?」

 「確かに統率された動きではあったけど……」


 索敵マップで確認した限り、一定の距離を保ったり、後ろに回り込む動きも見せていたからな。

 成程、ボスキャラ的な奴が統率しているかも知れないんだな?


 「師匠、このクエストに書かれている『未確認のモンスター』っていう奴が指揮しているんじゃない?」


 ……ナニソレ?

 ミクリさんから適当に受けてしまったクエスト内容をもう一度確認してみる。



 クエスト内容

  ・金属の材料が不足しているからメタルスコーピオンを討伐し、死骸を回収して来ておくれ!


 クエストの依頼者 

  ・ミクリさん、カミラさん


 クエスト成功条件

  ・メタルスコーピオン撃破後、死骸を回収しミクリさん、カミラさんのもとへと届ける


 クエスト失敗条件

  ・なし


 クエスト報酬

  ・EXP


 クエスト難易度

  ・☆☆☆~☆☆☆☆☆☆


 クエスト受諾条件

  ・ファストタウンの住人から信頼を得ている


 参考

  ・この辺りには未確認のモンスターが生息しているので、充分注意する事。

   未確認のモンスターが現れた場合はクエスト難易度が跳ね上がるぞ!



 ……クエスト内容と報酬しか読んでいませんでした。ごめんなさい。

 最初から失敗するなんて思ってなかったし……。

 今までこんなのなかったよな? もしかして今回はこの未確認のモンスターという奴がいるから難易度が高いって事なのか?

 でも今日の地下道強行突破作戦の前に、みんなに戦闘を経験して貰いたいんだよな。

 地下道には何だか強力なモンスターも居るみたいだし。

 クエスト内容に書かれている未確認のモンスターがどれくらいの強さか分からないけど、僕が全力で回復役に徹すれば誰かがやられてしまう事もないと思う。 


 「今回の討伐クエスト、僕はあくまでサポートに徹しようと思っているんだ。だから今回の作戦なんだけど――」




 綿密な作戦会議を終え、先程引き返した場所の少し手前まで瞬間移動で向かった。

 索敵マップで確認していると、モンスター達が僕達の存在に気付いたのか、先程同様僕達から一定の距離を保ちつつ包囲しようと移動し始めた。


 「よしみんな、作戦通りだ。気を引き締めて」


 荷車に乗っているメンバー達全員がコクリと頷いた。

 REINAは鞘から清流のレイピアを抜き、源三は小型竜ワイバーンのアギトを握り直し、和葉は左右の拳を軽く合わせる。


 今回のクエストでは課題を設けてある。

 相手をよく見る事、無理はしないで危ないと感じたら迷わず退く事、そして絶対に油断しない事。

 練習の為に、そして今後のクエストの為にも、これだけは徹底しようとみんなで決めたのだ。


 いよいよモンスター達が襲ってくるであろう場所、若干開けた場所へと到着した。

 どうやらこの場所は採掘場みたいで、岩肌が人工的に削られた形跡がある。

 現代の採掘場とは違い流石に重機は見当たらないのだが、闘牛場くらいあるスペースの端の方に、今にも倒壊しそうな小さな小屋がポツンと建っている。


 ここを掘ったら何かレアなメタルっぽい物でも出て来ないかな?


 装備品の素材が発掘出来ないかと考えていると、巨大な死神っぽいモンスターが採掘場中央付近の地面から湧き出て来た。

 草臥れた濃紺のローブで全身を覆い、視認出来る顔と手の部分は……骸骨だ。

 その手には巨大な鎌が握られていて、肩に担がれた鎌の刃が不気味な輝きを放っている。


 「ゥオオォー!」


 一軒家の屋根の高さ程も背丈がある骸骨が両目を真っ赤に光らせ、雄叫びと共に手に握られた巨大な鎌を頭上に掲げると、一定の距離を保って僕達を包囲していたモンスター達が、一斉に僕達の方へと襲い掛かって来た。


 やっぱり罠だったんだな。


 全てのモンスター達が採掘場へと雪崩れ込んで来た事を索敵マップで確認してから、メンバー達と共に進んで来た道を三十メートル程手前まで瞬間移動で戻った。

 

 よし、これでモンスター達に囲まれる事なく、相手を前方に捉えたまま戦う事が出来るぞ!


 「みんな! 作戦開始だ!」

 「「『おう!』」」


 源三、和葉、REINAが荷車から飛び出し、モンスター達へと突っ込んで行った。

 いよいよ豚の喜劇団ピッグス・シアターズ結成以来、初めてのチーム戦が始まった。


 採掘場はスペースが広く、囲まれてしまう恐れがあるのだが、採掘場の入り口付近は道幅も狭く、一度に襲い掛かって来るモンスターの数を限定出来るので、この場所で戦っている限り、後ろに回り込まれる事もないだろう。

 そしてこの採掘場はすり鉢状の地形となっていて、一度採掘場の中に入ってしまえば外へ出るのは困難だと思ったのだ。


 名前

  ・メタルスコーピオン

 二つ名

  ・お得な金属素材

 職業

  ・なし

 レベル

  ・36

 住居

  ・カヌット村所有の山の採掘場

 所属パーティー

  ・なし

 パーティーメンバー

  ・なし

 ステータス

  ・空腹

 HP

  ・420

 MP

  ・0

 SP

  ・600

 攻撃力

  ・190

 防御力

  ・280

 素早さ

  ・200

 魔力

  ・80

 所持スキル

  ・物理防御 LV8

  ・打撃耐性 LV8

  ・近接武器耐性 LV8

  ・回避能力上昇 LV2

  ・石化攻撃 LV4

  ・薙ぎ払い LV4

 装備品

  ・なし

 所持アイテム

  ・なし

 所持金

  ・38,000G


 メタルスコーピオンはコイツくらいの強さが平均的で二十七匹。

 名前からして鉄みたいなサソリなんだと思っていたら、何とまぁ赤青黄緑と色とりどりだった。

 採掘場で獲れた宝石でもエサにしてるのか?

 体長二メートルから三メートル程のサソリで質感は名前通り金属っぽい。

 何とも硬そうなモンスターで攻撃が通りにくそうだ。

 動きも早く、石化攻撃という物を持っているので注意が必要だな。

 ただし魔法は使って来ないみたいなので、そこは戦い易そうだ。

 ……二つ名が『お得な金属素材』となっているぞ。確かにこいつは武器や防具に加工し易そうだな。

 しかし、デカいサソリというのは何とも気持ちが悪い。


 名前

  ・ハンス

 二つ名

  ・悲しき亡霊

 職業

  ・なし

 レベル

  ・35

 住居

  ・カヌット村所有の山の採掘場

 所属パーティー

  ・なし

 パーティーメンバー

  ・なし

 ステータス

  ・空腹

 HP

  ・690

 MP

  ・0

 SP

  ・320

 攻撃力

  ・160

 防御力

  ・95

 素早さ

  ・90

 魔力

  ・170

 所持スキル

  ・打撃特化 LV4

  ・HP回復スピード上昇 LV3

  ・SP回復スピード上昇 LV3

  ・毒攻撃 LV4

  ・麻痺攻撃 LV4

  ・混乱攻撃 LV4

 装備品

  ・革の鎧(品質 劣悪)

 所持アイテム

  ・家族への手紙

 所持金

  ・36,000G


 そしてコイツ。

 肌が青白いゾンビだ。

 他にも二十一匹ゾンビが居て、名前がグールとなっているのだが、コイツだけ名前がハンスとなっていて、二つ名が悲しき亡霊となっている。

 更に所持アイテムに家族への手紙という物があるので、コイツだけは絶対に逃さず倒す事にしよう。

 顔色の悪いゾンビ達は四人が革の鎧を装備していて、残りはズタボロの作業着姿だ。

 ここの鉱山で働いていた作業者と護衛達という設定なのだろうか。

 片目がデロロンと垂れ下がっている奴や、腕が片方欠損している奴等がアーとかウーとか呻きながら、足を引きずって歩いている。

 そしてほぼ全員に小蠅がタカっているので何とかして欲しい。

 魔法は使って来ないのだが、攻撃スキルが厄介だな。


 名前

  ・アンデッドマスター

 二つ名

  ・亡霊使いの復讐者

 職業

  ・亡霊使い

 レベル

  ・90

 住居

  ・なし

 所属パーティー

  ・なし

 パーティーメンバー

  ・なし

 ステータス

  ・憤怒

 HP

  ・1750

 MP

  ・4000

 SP

  ・3380

 攻撃力

  ・1120

 防御力

  ・590

 素早さ

  ・495

 魔力

  ・2370

 所持スキル

  ・HP自然回復 LV4

  ・MP自然回復 LV4

  ・SP自然回復 LV4

  ・薙ぎ払い LV6 

  ・八つ裂き LV6

  ・毒攻撃 LV5

  ・麻痺攻撃 LV5

  ・混乱攻撃 LV5

  ・ダウン

  ・ドレイン

  ・シェア

  ・ファイアウォール

  ・ファイアストーム

 装備品

  ・死神の鎌(呪い付加)

 所持アイテム

  ・魂の涙

 所持金

  ・1,500,000G


 こりゃまた普通に戦えば厄介極まりない奴だな。

 巨大な死神はアンデッドマスターという奴で、かなり強い奴だ。

 二つ名が亡霊使いの復讐者となっていて、ステータスに憤怒と出ているので、何かしら怒っていて復讐しているのだろう。

 恐らくだが普通にこのクエストを攻略する場合、まずカヌット村に行ってからこの採掘場に来るのだと思う。

 そして、カヌット村で何かしら情報を得てから攻略するのだと思うのだが、僕達はその工程をすっ飛ばしてここに来てしまっているので、話が繋がらないのだろう。

 この後村に寄った時にでも話を――駄目だな、時間がない。

 地下道強行突破作戦に間に合わなければ、足立さんに何を言われるのやら……。急ごう。


 スキルにも変わった物が多い。

 鑑定で調べてみると、ダウン、ドレイン、シェアというのは、ルシファーが探し求める闇魔法だった。何処で手に入るのか教えて貰えないかな?

 【ダウン】はこちらのステータスを下げる魔法、【ドレイン】はこちらのHP、MP、SPを吸い取る魔法、【シェア】は自分のHP、MP、SPを味方に分け与える魔法だった。

 僕がよく使う【チャージ】は自分のMPを味方に分け与える物なのだが、味方に分けた分だけ自分のMPが減る。

 しかし【シェア】は分け与えた分以上に自分のHP、MP、SPが減るみたいなので、使い方を間違えると大変な事になりそうだ。

 装備品の死神の鎌は興味なし。これ以上呪い装備は要らない。

 そして所持アイテムの魂の涙。これは一体何に使う物なんだ? 鑑定しても必要な時に使うとしか出て来ないぞ。

 ゲーム攻略に必要なアイテムという事なのか?


 「ぎゃーーー! ここ、こっちに来るな! アアアアホー!」


 遂に戦闘が始まったみたいなのだが和葉が大きな声で叫んでいる。

 ……不安だらけの初陣となりそうだ。

 

 「和葉落ち着いて! 体調の悪い源三だと思ったら平気だろ?」


 戦線を離脱してこちらに戻って来ようとした和葉に向かって檄を飛ばす。

 前衛の三人が崩れてしまえば一気に不利になってしまうぞ。


 「コラー! タケル、聞こえたぞ! ……こんのクソ係長が! コピーくらい自分てめーで取りやがれ! 自分てめーの後ろに機械があるだろうが!」


 源三は小型竜ワイバーンのアギトをブンブンと振り回し、仕事の愚痴を叫びつつ前線を維持している。


 「源三! 水平斬りは狭いスペースだと味方にも当たっちゃうだろ! なるべく縦斬りや下からの斬り上げで相手を斬りつけるんだ」


 チャンバラごっこのように大剣を振り回す源三にも指示を出す。

 採掘場は五十匹のモンスター達で溢れているのだが、採掘場の入り口付近は道幅が狭いので大渋滞している。

 一度に襲って来るモンスターは精々二匹が限度で、モンスター達の一番奥に居るアンデッドマスターは何も出来ずに現在ウロウロとしているだけだ。

 今の間にみんなに戦闘のコツを掴んで貰おう。


 「夜間だし暗くて見えにくいと思うけど、モンスター達はあくまでゲームのキャラクター達だから、攻撃する際は必ずモーションを入れて来るよ。相手の動きをしっかりと見ながら対応して!」

 『任せて!』


 REINAはメタルスコーピオンの攻撃スキルである尻尾での『薙ぎ払い』攻撃を、清流のレイピアの切っ先で少々不細工ながらも上方向へと往なした。

 意外にも今回が初めての攻撃参加となるREINAの動きがなかなか様になっているぞ。 


 ……何だかREINAの剣捌き、今日が初めてじゃないみたいに見えるぞ?

 しかしパンダが華麗にレイピアを扱っている姿は見ていて楽しいな。

 サーカスの猛獣ショーを見ている気分だ。

 

 「師匠! コイツ超硬いよ! 打撃効いているのか教えてー!」

 「大丈夫だよ和葉! 見た目では分かり辛いけど、ステータスを見る限りしっかりとダメージ入っているからそのまま続けて」

 「分かった! っしゃー、こんにゃろー!」


 空手でも何でもない、ただのサッカーボールキックがメタルスコーピオンの尻尾の根元を捉え、尻尾がボロッと分断された。




 「ゥオオォー!」


 メンバー達が優勢に戦いを進める中、アンデッドマスターが再び死神の鎌を頭上に掲げ、ドスの利いた低い声で雄叫びを上げると、メタルスコーピオンやグールの群れが採掘場の奥の方へスゴスゴと後退りし始めた。


 「おい、タケル! 何かコイツ等下がり始めたぞ」

 「うん、そうみたいだ! よし、こっちも作戦通り行こう」


 背後に匿っていたルシファーを僕の前へと移動させた。


 「ルシファー、取り戻した魔法の制御、完璧なんだろ?」

 「フフフ、我が眷属よ、当然であろう。見せてあげましょう、裁きの炎を!」


 アンデッドマスターの魔法に備える為に、味方全員に【マジックバリア】と【リフレクト】を唱え、前衛の三人に後ろへ下がるように指示を出した。

 そしてルシファーがいつもみたいに後ろへとぶっ飛ばないように、背中を支えてやる事にした。

 

 荷車の上に立つ†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーがモンスター達の群れに右手の掌を向けつつ、左手で術の印のような物を結び始める。


 「……我、汝ら炎の精霊と契約を結びし者なり! 地獄の業火で卑しき天界を貫くがよい! 『天炎槍ジャベロットフィアンマ!』……ぼそ【ファイアウォール】」


 ルシファーの掌が向けられた岩場の地面が一瞬呼吸するようにフッと真っ赤に染まった後、爆発音に近い轟音と共に天まで伸びる紅蓮の火柱が闇夜を明るく照らし、その場に居るモンスター達を飲み込んだ。


 「ななな、何じゃこりゃ! ……ちょっと待て、嬢ちゃんはこんな物を俺にぶつけようとしてたってのか?」


 源三がルシファーの放った、ジャ……ジャ何とかマンマを見て腰を抜かしてしまい、その場で座り込んでしまった。

 そういやメッセージのやり取りで、源三にぶつけようと思ってたとか言っていたな。

 でもあれはもうひとつ前の魔法、……駄目だ、もう名前忘れてしまった。強化された【ファイアーボール】だ。


 『すご……い。凄い凄いわ! ルシファーちゃん、やるじゃない!』


 REINAも何とかマンマを見て大興奮で、その場で狂喜乱舞している。

 ……ゴメン、ルシファー。今度からもうちょっと簡単な名前にしてくれる?


 「……くっ、魔力を使い切ったか」


 後方へは吹っ飛ばなかったものの、やっぱり全力で炎の精霊の力を借りて膝を折り蹲ったので、【チャージ】でMPを回復させてあげた。


 「くるみ、あそこでくたばっている、革の鎧来たゾンビ、魔力石に封印して来てくれる? その後にドロップアイテムを落とすはずだから、忘れずに回収して来て」

 「……それやったらあたしも悪魔召喚していい?」

 「駄目だよ。それは最後だって言っただろ?」

 「ちぇ、分かったわよ」


 くるみは尻尾をやる気のなさそうにだらんとさせたまま歩いて行き、名前持ちのグール、ハンスの所へと向かった。

 今回の作戦では、くるみの悪魔召喚で止めを刺す事に決定している。

 何か考えている事があるらしい。

 くるみは何だかんだと言いながら、結構考えているし、試行錯誤もしているので、色々と面白い事になるかもな。 


 「……それで? ルシファーは何をしようとしているのかな?」

 「……もう一回」

 「次のルシファーの出番は仲間がピンチの時の援護だろ?」


 先程の魔法が気に入ったからなのか、調子に乗ったからなのか、ニヤケ顔のまま再び左手で印のような物を結び始めたので、慌てて襟首の後ろを捕まえて僕の後ろへと下げさせて貰った。

 しかしルシファーの放った何とかマンマで、モンスターの数は十五匹にまで減ってしまった。

 無傷なのは十匹で、その内の一匹はアンデッドマスターだ。

 現在は採掘場の中央付近まで戦闘場所が移動しているので、荷車も近くまで瞬間移動で持って来ている。


 「よし! 次の作戦だ、ボスキャラの動きを警戒しつつ、残りのモンスター達をスキルを使って削って行くよ!」

 「よっしゃー、まずは俺から行くぜ! ……あれ? えーっと、スキルスキル――」

 「ちょっと、源三遅いよ! 使うスキルは視界の隅に出しておいて、いつでも使用出来るように、って言ったじゃん」

 「いや、さっきまでは出ていたんだが、メニュー画面を弄っ――ぐべっ!」


 源三がメニュー画面にアタフタしている最中に、横から襲って来たグールに顔面をぶん殴られてしまった。

 源三はよろよろと三歩程後ずさりし、その場に尻もちを着く。


 「【シャイニングオーラ】源三、すぐに立たないとアンデッドマスターに狙われるし、和葉、REINAも囲まれてしまうよ!」

 「すまん! くそ、難しいぜ」


 源三のHPとグールの麻痺攻撃から回復させつつも、荷車の上から常にアンデッドマスターの動きを警戒し続ける。 

 グールやメタルスコーピオンの攻撃なら、少々の事ではやられないのだが、アンデッドマスターの攻撃では一撃死もあり得るので、視覚による注意、未来予知による注意で、何かあればすぐに盾になれる準備をしておく。

 

 『『清流突き』!』


 源三がスキルの使用に戸惑っている中、REINAが清流のレイピアに付属していたユニークスキルを炸裂させたみたいなのだが、清流のレイピアを前傾姿勢で構えたままのパンダが、水が流れるような身のこなしでメタルスコーピオンやグールの間をスルスルと素早くすり抜けて行き、モンスター達の群れを通り抜けてしまった。


 何だこれ? ……失敗かよ! とツッコミそうになった矢先、マシンガンをぶっ放した時のような炸裂音が響いた後、グールやメタルスコーピオン達が蜂の巣状に刺し傷を付けつつ、REINAが通り抜けて行った方向へと勢いよく吹き飛び、採掘場の岩場の壁へと叩き付けられた。

 凄いけど如何にもゲームっぽい技だな。

 敵にこの技を出された場合どうやって避ければいいんだ?

 ……REINA自身は技を放っている最中、どんな感じだったのだろう。後で聞いてみよう。


 「凄い。REINAさんカッコイイなー!」


 ドロップアイテムの回収を終えたくるみは、僕にアイテムを渡して後ろで待機しているのだが、華麗に攻撃するREINAを見て、少し羨ましそうにしている。

 未だに清流のレイピアを前方に突き出したまま、低い姿勢を保っているREINAは余韻にでも浸っているのだろうか。

 パンダの丸まった背中に余裕が感じられるのは気のせいかな?

 REINAの放った清流突きのおかげで、グールとメタルスコーピオンはそれぞれ一匹ずつしか残っていない。

 ルシファーの魔法でHPが減っていたモンスター達は、全て和葉が爆裂拳を使わずに倒してしまった。


 源三だけまだ一匹も倒せていないぞ!


 どうやらアンデッドマスターは僕達が魔法を反射する【リフレクト】を唱えたので、こちらのHPを吸収する闇魔法【ドレイン】が使えず、味方を【シェア】で回復させる事が出来なかったみたいだ。

 このアンデッドマスターのスキルを見た時に、遠距離攻撃が魔法しかなかった事に気付いたので、【マジックバリア】と【リフレクト】を唱えておけば、アンデッドマスターを近付けない限り、メンバー達がやられる事はないだろうと思ったのだ。

 ブレス攻撃なんかがあれば、また戦い方も変わって来るのだけど。……まぁ油断はしないけどね。


 「源三ー、スキルまだー?」

 「うっせーぞ和葉! 今から見せてやるから黙って見てろっての!」


 和葉が腕を組んだまま、気怠そうに源三を煽り始めたのだが、僕は瞬時に左の腰から下げた相棒、雷切丸の柄に左手を掛けたまま、瞬間移動で和葉の眼前に躍り出た。

 次の瞬間、アンデッドマスターが片手で担いでいた死神の鎌を両手で握ると、一回転しながら遠心力を加え、おどろおどろしい死神の鎌でメタルスコーピオン、グールをも巻き込んで水平に薙ぎ払って来た。

 ターゲットは完全に油断している和葉だ。

 僕はこの光景を未来予知スキルで見ていたので、左手で逆手のまま握った雷切丸を抜刀し、アンデッドマスターの死神の鎌をガードすると、抜刀した勢いそのままに分厚く不気味な刃を上方へと跳ね上げていなした。

 アンデッドマスターは体勢を崩したままこちらに背中を向けているので、草臥れた紺色のローブで正確な位置は分からなかったのだが、恐らくこの辺りだろうと思いつつ、アンデッドマスターの膝の裏近辺を蹴飛ばし、岩場の地面に片膝を突かせてから、ローブが広がる大きな背中を蹴飛ばして採掘場の壁までぶっ飛ばした。


 「和葉、作戦会議の時、僕何て言ったっけ?」

 「……ゴメン師匠、次からは絶対に油断しないよ」


 パンパンと両手で頬を叩いた和葉が気合を入れ直し、アンデッドマスターへ向けて構えを取った。


 相手をよく見る事、無理はしないで危ないと感じたら迷わず退く事、そして絶対に油断しない事。

 ファストタウンで話し合った、今回の討伐作戦での約束事だ。


 「僕が居なければ死んでいたからね」

 「うん」

 「他のメンバー達にも迷惑が掛かるんだからね」

 「……うん」


 和葉に少しだけ厳しく注意し、再び荷車の上へと戻った。


 「もうひとつよく分からない攻撃、八つ裂きっていうのがあるからみんな気を付けて!」

 「「『おう!』」」


 源三とREINAもアンデッドマスターの攻撃を間近で見て気を引き締め直したのか、その表情にいつものおチャラけた様子は見られなかった。

 

 「ルシファー、今の場面は仲間のピンチだったから、アンデッドマスターがモーションに入った時にでも魔法で助けて良かったんだよ?」

 「……うん」


 どうやらルシファーも咄嗟の事で対応出来なかったみたいなので、アンデッドマスターの動きを警戒しつつ、ついでに手もとに魔法を溜める方法を教えてみる事にした。


 「僕がいつも使っている魔法は、実はこのOPEN OF LIFEで覚えられる魔法じゃなくて、術式操作魔法っていう自分で作った魔法なんだ」

 「……じ、自分で!! ……教えて今すぐ教えて!!」


 僕の体を引き倒す勢いでグイグイと腕を引っ張るルシファーは、超肉食系女子だ。

 こんなルシファーを見るのは初めてじゃないか?


 「ちょっとお兄ちゃん、あたしにも教えてよ」

 「へ? だってくるみはまだ……まぁいいか」


 待機していたくるみも興味津々で聞いて来たのだが、まだ魔法が使えないくるみが聞いても分からないんじゃないか? 

 まぁ取りあえず聞くだけ聞いていればいいか、とくるみにも話す事にした。


 ……


 「いつもはこの溜めた雷を『隠蔽強化』っていうスキルで見えないようにして音も消しているんだ」


 ほんの少しだけ溜めた雷が、紫色の小さな龍のようにビリビリと僕の左手に纏わりついている。


 「この前もピレートゥードラゴンに見つかって大変だったからさ。この溜めた雷をこうやって放出させただけの魔法が、僕が作ったオリジナルの魔法【放電】なんだ。耳を塞いでおいて」


 未来予知で見ていた通り、小型竜ワイバーンのアギトを弾かれてしまい、ヨロヨロと体勢を崩している源三に向けて、死神の鎌を振り降ろそうとしているアンデッドマスターの頭へ目掛け、隠蔽強化を掛けずにそのまま【放電】を放った。

 一筋の紫色の閃光が鋭利な角を幾つも描きつつ、僕の左手とアンデッドマスターの頭部を瞬時に結び、アンデッドマスターが採掘場の壁際まで吹っ飛ぶのと同時に、あまりの轟音にその場に居た数名が悲鳴を上げた。

 しかし今回は誰も気絶したメンバーはいなかったぞ。


 「ふ、ふーん。結構凄いのね。……ところでお兄ちゃん、ゆっくりしているけれど時間は大丈夫なの?」


 両手で耳を押さえていたくるみが教えてくれたのだが……時間? このクエストには時間制限なんてなかった……時間――!!

 慌てて時刻を確認すると……二十三時二十一分!


 やっちまったー! 地下道強行突破作戦開始時刻まであと九分! 


 慌てて雷切丸に手を掛け鞘から抜こうとすると、何故かくるみに腕を掴まれて止められてしまった。


 「こ、今度は何? 急がな――」

 「止めを刺すのはあ・た・し、……でしょ?」


 緋色の瞳で上目遣いで見つめて来るくるみ。

 くー、この時間がない時に……、仕方がない。


 「じゃあ、急いで! 強力なヤツ呼んでズガン! と終わらせよう!」

 「ふふん、そうこなくっちゃ」


 嬉しそうに笑みを浮かべるくるみは、掌を採掘場の岩場の地面へと向け……ずに、何故か僕の背中にしがみ付いた。


 「……何してんのさ? まだ喉乾いてないでしょうが」

 「おん、きっこご……ゲップ」


 くるみは僕の首筋からちゅうちゅうと血を吸っているのだが、何処か無理して吸っているように思える。


 「何でお腹一杯なのに血を吸うのさ」

 「……い゛、い゛まは……話かげないで……うぷっ」


 背中にしがみ付いたまま、プルプルと震える掌を岩場の地面へと向けた。


 「……最強のヤツ、何匹か……来いゲップ」


 ……またそんな適当な呼び方して! しかもゲップしながら呼び出すとか失礼じゃないか!

 呼び出すのに必要な血の量が違うと分かった事で、今度はお腹一杯で最強の奴を呼び出すのではなく、限界を超えて血を吸っていた場合に呼べる従者が変わって来るのか? っていう事を試す実験なんだな。

 よく考えていると褒めるべきなのか、また後先考えずにと叱るべきなのか……。

 しかも複数匹の同時呼び。……上手く行くのか?


 採掘場の地面に直径十メートル程の紫色に怪しく光る幾何学模様の魔法陣が現れると、最初の作戦通り、前線の三人が僕達の方向へと慌てて引き返して来た。 

 魔法陣の中のブラックホールのような暗い場所から、真っ赤に燃え盛る龍が上空に向かって飛び出した。


 「【ドレイン】」


 アンデッドマスターが、すかさずその飛び出して行った者に対して、相手のHP、MP、SPを吸い取る闇魔法を唱えた。

 炎の龍が上空に飛び出した時には確認出来なかったのだが、全長三十メートル程の燃え盛る龍の背中には何者かが乗っていたみたいで、上空で漂っている何者かから濃い紫色の球体が放出されると、アンデッドマスターの体内へと吸収され、HP、MP、SPが回復してしまった。


 「くるみ、ちょっと急いで貰ってくれるかな? 何かボスキャラ回復しちゃったみたいなんだけど」

 「分かったわ。ちょっとアンタ! こっちに降りて来なさいよ! 何してんのよ!」


 くるみが上空に向かって叫ぶと、上空の龍が採掘場まで降りて来てお急ぎのタクシーみたいに急停車した。


 「お前か、俺を呼んだ奴は。何処に居るのか探したじゃないか」


 炎の龍からゆっくりと降りて話し掛けて来たのは……物凄く表現しにくい奴だ。

 まず頭が三つある。黒くて短い毛を生やし、長い角を生やした牛の頭。

 角が蚊を退治してくれる線香みたいにクルクルと渦を描いている、フサフサの毛が邪魔な羊の頭。

 そして喋っているのが三つの頭の真ん中に位置している、口髭を生やしたオッサン。

 上半身は裸で人間なんだけど、下半身は……鳥、かな?

 お腹から下が茶色い羽毛で覆われていて、太股から下は黄色くて硬そうな質感の肌だ。

 そして三本指の足の爪が非常に鋭い。

 尻尾も生えているみたいなのだが、尻尾と言っていいのか、蛇と言った方がいいのか……。

 尻から生えているそれはクネクネと動いているし、尻尾の先端にある顔の部分から、蛇特有の細長い舌をチロチロと出し入れしている。

 背中に槍を一本背負っているのだが、こんなおかしな姿なのに槍を使うのか?

 そして炎の龍だと思っていた乗り物? ペット? は龍ではなく、炎の蛇だった。こいつも舌をチロチロと出し入れしている。


 何匹か来い! って注文したから、何匹かの生き物がギューって固まっている変な奴が出て来たじゃないか!

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