第17話


 「す、凄いですね! 私も今みたいな強力な魔法は初めて見ましたよ!」


 暫く呆然としていたガゼッタさんが我に返り、『灼熱乱舞インフェルノヴァラーレ』が放たれた際の爆風によって、足もとに散らばってしまったお猿さんの人形を拾い始めた。


 「ガゼッタさん、ワイバーンキングの魔力石も装備に吸収させて、更に彼女の魔力を上げて貰ってもいいですか?」

 「ええ、勿論構いませんよ。更に魔法が強力になるのですかー、楽しみですね! でも他に体力を上昇させたりも出来ますが、魔力で良いのですか?」

 「……無論」


 ルシファーはコクリと頷きながら呟いた。


 ……そう言われると、HPとか3しかないし、防御力も紙装甲なわけで……まぁ、ルシファーは後衛という事にして僕が守ればいいか。

 でもどうせならついでにと思い、モルツさんから受け取ったルシファー用の武器にも魔力石の効果を吸収させて貰う為に道具袋から取り出した。



 ・小型竜ワイバーンの杖(オリハルコンコーティングVer.)(品質 最高級) 

  ・攻撃力 +10

  ・魔力 +130(内オリハルコンコーティング補正値 +70)

  ・MP +130(内オリハルコンコーティング補正値 +70)


 おお! オリハルコンは魔力を高める事も出来るのか!

 でもここまでハッキリと『MP』と記載されていても大丈夫なのか?

 他の一般プレイヤー達はMPの存在を知っているのだろうか……。


 楽団の指揮者が振るうタクトみたいな大きさの杖は、攻撃するというよりも、魔法を使う事を前提とした武器のようだ。

 茶褐色と薄い水色の二匹の龍が、螺旋を描きながら絡み合っているデザインで、杖の先端部分ではオリハルコンコーティングされた大きな飴玉サイズの球体を二匹の龍が口に咥え合っている。

 かなり細かな細工が施された杖なのだが、ルシファーはこの杖を気に入ってくれるのだろうか。

 『フレイムベアーの爪』の時みたいに変な視線を向けられたら……とと、そんな心配は要らなかったみたいだ。


 「ぉおぉ……」


 既にルシファーの視線は僕の手もとに釘付けで、ガサガサと自分の道具袋を漁ってお気に入りの魔力石を取り出した。

 どうやらこの魔力石を使って魔力を上げて、という事なのだろうが、


 「ルシファー、この『小型竜ワイバーンの杖』も魔力を上げるの?」

 「……無論」

 「体力とか防御力とか――」

 「魔力」

 「……じゃ、じゃあ『ゴスロリファッション』にはもう一つ魔力石の効果を吸収させる事が出来るみたいだから、それは体――」

 「それも魔力」

 

 ……駄目だ。食い気味に返答してくるルシファーは一歩も引きそうにない。

 本人がそう望むのだから仕方ないか……。

 まぁガゼッタさんはいつでもお猿さんの人形に魔力を戻せると言っていたので、どうしても必要になったら別のステータスを上げて貰おう。


 ルシファーは既に巨大な魔力石の隣で待機しており、早く早くとガゼッタさんを手招きしている。

 余程魔法が強力になった事が嬉しかったのか、先程のガゼッタさんのの事も忘れてしまっているみたいで、ご機嫌な笑顔でガゼッタさんに背中を預けている。


 「今度は魔力石から、直接装備品に吸収させてみましょう! ……では」


 右手をルシファーの背中に添え、巨大な魔力石に左手を添えると、ガゼッタさんの眉間にシワが寄った。

 魔力石は姿を消し、ルシファーの『ゴスロリファッション』が一瞬青く淡い光を放った。

 

 今度はガゼッタさんに『小型竜ワイバーンの杖』を手渡し、これも魔力を上げて下さいとお願いした。

 『小型竜ワイバーンの杖』にはルシファーお気に入りの魔力石を、『ゴスロリファッション』には先程ワイバーンの死骸を魔力石に封印した物を、それぞれ魔力上昇に使って貰った。


 「私の長年の努力が皆さんのお役に立ててとても嬉しいです。もし良ければ装飾品も魔力を上げられる物にしてみてはどうですか?」


 ガゼッタさんは先程取り出し足もとに置いてあった、百科事典程の大きさの木箱を開けると、ルシファーを観察しながらフムフムと頷き、金色に光る小さな指輪のような物を取り出した。


 「彼女の装飾品は指輪にしようと思います。……その、掌を口に当てていたり、変わったポーズを取っているのをよく見掛けるもので、指輪が映えるのでは? と思いまして」


 成程、そう言われてみれば確かに指輪が似合いそうだ。

 ルシファーはそれでいいのかな? と思ったのだが、既にガゼッタさんに向かって掌を下にして腕を伸ばしているので全く問題なさそうだ。

 ガゼッタさんは左手をルシファーの手首に添えつつ、宝石をはめ込む為の台座が備わった指輪を細い薬指にスッと差し込んだ。

 な、何だか手慣れた手付きだな……。


 「では参りますよ」


 ガゼッタさんは先程ワイバーンの死骸を封印した魔力石を、左右から両手で挟むように持つと、ブツブツと呪文のような物を呟き始めた。

 数回深呼吸するくらいの時間が過ぎると、魔力石が直視出来ない程の赤く眩い光を放ち始めた。

 ガゼッタさんは魔力石を両手で持ったまま、合掌をするようにゆっくり左右の掌を近付けて行く。


 「完璧です。上手く行きましたよ」


 眩い光の収まったガゼッタさんの掌には、真紅に輝く宝石が乗せられていた。


 「こうして台座を……と、これで完成です」


 ガゼッタさんがその場から離れると、ルシファーは真紅の宝石が填められた指輪が輝く手の甲を顔の横に並べ、芸能人が婚約記者会見の時に指輪を披露する感じでポーズを取り始めた。


 「フフフ、我が眷属よ。妾は其方から贈られたこの指輪を後生大事にしますよ」


 ルシファーは指輪が気に入ったからなのか、ウットリとした表情で宝石と同じように頬を赤く染めている。

 真紅の宝石は表面が滑らかな曲線を描いている楕円形なのだが、五百円硬貨よりも一回り程大きい。

 しかも宝石の中にはドラゴンが羽ばたいている姿が、薄っすらとシルエットとして浮かび上がっている。


 「ルシファー、更に強力になった魔法の威力を見せてくれる?」


 ガゼッタさんから受け取った『小型竜の杖』をルシファーに手渡した後、念の為にもう一度【マジックバリア】を部屋の壁に向かって唱えた。


 「ガゼッタさん、一応僕の後ろに避難しておいて下さい」

 「わ、分かりました! いやー、楽しみですね!」


 ガゼッタさんが僕の後ろに避難を終えると、†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーが右手を部屋のスペースに向かって伸ばしつつ、左手で術の印の様な物を結び始めた。


 「……我、汝ら炎の精霊と契約を結びし者なり! 荒れ狂う紅蓮の炎で冥府の谷まで焼き尽くせ! 『煉獄神焔プルガトーリョヴェスター!』……ぼそ【ファイアーボール】」


 空間が一瞬ドクンと脈打った後、ルシファーの右手の掌から爆風と共にダンプカー程の巨大な火球が放たれた。

 そしてそれと同時にルシファーも魔法が放たれた衝撃で後ろにぶっ飛んでしまった。

 火球は部屋の床を焦がしつつ壁に向かって一直線に突き進んで行き、それこそダンプカーが猛スピードで壁に激突したくらいの衝撃と轟音が地下室に響いた。

 何とか僕の【マジックバリア】が、プル……何だっけ? 忘れたけれどルシファーのプル何とかを吸収してくれたみたいなのだが、ガゼッタさんの荷物はバラバラに散乱してしまった。


 ……こんなのはルシファーじゃない!

 しかもどさくさに紛れて呪文の詠唱と魔法の名前を変えて来たぞ!


 「……くっ、魔力を使い切ったか……」


 ここはいつも通りなのね。後、やっぱり全力で炎の精霊の力を借りるんだな。

 僕はブスブスと焦げてしまっている床を足で踏み付けながら、ニヤケ顔のまま大の字になって寝転がっているルシファーに【チャージ】を掛ける。

 現在『ゴスロリファッション』に魔力石三つ分、内一つはワイバーンキングの魔力石で魔力とMPを上昇し、更に装飾品と『小型竜の杖』にも魔力石で魔力とMPを上昇させている。


 ルシファーの魔力とMPは564だ。

 今後ルシファーの『大器晩成スキル』でステータスが大幅に上昇すれば、本当に大魔導士に成長しそうだ!


 三人で散らばってしまったガゼッタさんの荷物を拾いながら、ルシファーに今日の過密スケジュールを話した。


 「フフフ、我が眷属よ。ならばこのまま一度ログアウトしないとマズそうじゃぞ? 十五分後にもう一度ここで集合しましょう」


 ルシファーが真紅に輝く指輪を見せ付けながら、いつもの掌を口に当てる仕草を取ったのだが、十五分後って何だ?


 「……再接続するには十五分のインターバルを置かないといけないのよ」


 ルシファーが僕の耳もとに手を当てて小声で教えてくれた。

 そ、そんな物があったのか。全然知らないぞ? やっぱり取説は読まないといけないよな……。

 メニュー画面で現実リアルの時間を確認すると、……ヤバイ、十八時五十五分!


 僕は慌ててホルツさんが僕の為に作ってくれた鎧を装備した。

 『タイ〇ーマスク』の時と同様に、鎧がビヨーンと全体的に横に広がって装備された。


 そうそう、これを忘れる所だったよ。

 メニュー画面を操作している時に視界に入った、床に転がる細長い桐の箱を拾った。

 ワイバーンキングのドロップアイテムだ。


 「タケルさん、宜しければタケルさんの装備品にも魔力石の効果を吸収させてみましょうか?」


 ガゼッタさんが僕の鎧を弄りつつ、提案してくれたのだが時間がないんだよな。


 「それがガゼッタさん、僕達は一度ここを出ますので、十五分後くらいにモルツさん達のお店で集合しませんか?」

 「時間があまりないと仰っていましたね。もし宜しければここでタケルさん方を待っている間、他の方の装備品に魔力石の効果を吸収させておきましょうか? 戦闘スタイルは聞いていますので見合った能力を上昇させておきますよ?」

 「ホントですか? いやー、助かります! ではお願いしてもいいですか?」

 「勿論ですよ!」


 お言葉に甘えて豚の喜劇団ピッグス・シアターズのメンバー達の装備品と今拾ったドロップアイテムをガゼッタさんに預けた。

 僕の鎧は後で大丈夫ですからとガゼッタさんに伝え、ルシファーと共に十五分後に集合で! と確認し合ってからログアウトした。



 僕は椅子に座ってログインしていたのだが、部屋は真っ暗みたいだ。

 僕には『暗視スキル』があるので、普通に部屋の中が昼間みたいに見えているのだが、僕のベッドで何故かくるみがショッキングピンクのOOLHGを抱き抱えながら幸せそうに寝ている。

 一応今日一緒にゲームをする約束をしていたのだが、このまま寝かせておいた方がいいのかな。

 ……何か幸せそうだし、良い夢でも見ているのかな? 


 ジリリリリリ……!


 くるみの寝顔を眺めていると、目覚まし時計が十九時を指しながらくるみの枕元で騒ぎ始めた。

 どうやら僕がログアウトしてくるのを待っていたみたいだな。……しょうがない、起こすか。


 「ほら、くるみ起きて。一緒にゲームするんだろ?」


 くるみが起きないので、目覚ましを止めて肩を揺すってみた。


 「……うーん、……あれ、お兄ちゃんいつの間に……、あ、おはよう」

 「寝惚けているのか? 何で僕のベッドで寝てるんだよ」

 「ドアをノックしてもお兄ちゃんから返事がなかったから入って来たのよ。そしたらお兄ちゃん、先にゲームしてるみたいだったし、暫く待っていたけれど一向にお兄ちゃんが動きそうな気配はないし、目覚ましを掛けてチョットだけ寝ようかなーって思ったら、突然目の前にお皿に盛られた大量の唐揚げが出て来て、でも何とか平らげてもうお腹がいっぱいだー! って横になったらぐっすりと寝てしまっていたわけですよ」

 「寝起きなのに何だかよく喋るね。後、途中チョットだけ夢の中の話が混ざっているよ?」

 「そ、そうだったかしら? まぁいいわ、早速ゲームしましょ!」


 くるみは前髪のチョンマゲを解くと、ショッキングピンクのOOLHGをスポッと装着した。


 「くるみは今から先にダイブして、アバターの設定をして来てくれる? 僕は十分後くらいにダイブしてくるみを迎えに行くから、最初の建物の外で待機していて」


 「……因みにお兄ちゃん、あたしにはどんなアバターがいいと思う?」

 「そうだなー、ウチのパーティーメンバーは変わった容姿の人達が多いから、くるみは普通がいいと思うんだけどな」

 「そっか、分かった。じゃあゲームの中で待ってるね」

 「うん、いってらっしゃい」


 くるみは僕のベッドでもう一度横になると、OOLHGの側面のスイッチを操作して、ゲームの中へとダイブして行った。



 タケル<みんな、実は今日妹がゲームにダイブして来るんだ。豚の喜劇団ピッグス・シアターズに加入させてもいいかな?>


 ルシファーには伝えてあるのだが、一応他のメンバー達にも聞いておこうと思ったので、メッセージを送ってみた。


 ルシファー<勿論ですよ。今ダイブされているのですか?>


 タケル<うん、今アバター設定していると思う。この後迎えに行く事になっているんだ>


 和葉<お風呂上がりでサッパリして来たよー! うふふ、師匠、今アタシの姿想像した?>


 タケル<いや、別に……>


 和葉<ちぇ、何だつまんない。妹さん、OKだよー! 師匠に似て無敵なんだろうなー。じゃあアタシは今からダイブするよ!>


 タケル<ありがとう、僕ももう少ししたらそっちに行くから待ってて>


 和葉<あいよ!>


 源三<俺は今帰ってる最中だ! 今日俺の前に立ちはだかる奴は火傷するぜー! あ、タケルの妹加入OKだ。……因みに可愛いのか? ボインちゃんか?>


 タケル<源三ありがとう。でもそんな発言をしちゃうと、またいつもみたいに――>


 REINA<源三またセクハラ? 死ねばいいのに>


 タケル<ほらね、ってREINA? お仕事は?>


 REINA<今は休憩中よ。私も妹さん大歓迎よ! じゃあまた後で! 私は一人お仕事……。源三は後で覚えておきなさい>


 源三<何か俺だけこのパーティーで風当り強くないか?>


 タケル<き、気のせいじゃない? 源三はこの後二十時くらいにダイブ出来そう?>


 社畜<いや、二十時前には出来ると思うぞ>


 タケル<良かった。今日はハードスケジュールになると思うから覚悟しておいて! 因みにルシファーの魔法、大変な事になっているから>


 ルシファー<もう、折角秘密にしておいて後で源三に当ててみんなを驚かせようと思っていたのに>


 タケル<あ、ゴメン、言っちゃった。よし、じゃあ僕も今からダイブするよ! 源三はこっちに来たら連絡して!>


 源三<何だかとても気になる発言がルシファーから出て来たぞ? 俺もすぐに行くから待っててくれよ>




 「……お、お帰りなさいませ、タケル様」


 僕の家、豚小屋部分に到着するとエフィルさんが出迎えてくれたのだが、何故か俯いたままで僕の方を見てくれない。


 「エフィルさん、さっきの事は気にしなくていいから、今から地下に移動してくれるかな? そして今後は毎回地下の突き当りの大きな部屋で出迎えてくれると嬉しいんだけど?」  

 「わ、分かりました。ではタケル様の仰る通り、今後は地下で対応させて頂きます。……次からはきちんといつも通り頑張ります」


 深々とお辞儀をするエフィルさんに行ってきます! と挨拶をしてから『始まりの小屋』へと瞬間移動した。



 くるみはまだ小屋から出て来ていないみたいなので、そのまま小屋の外で満天の星空の下、そよ風に吹かれながら待機する事にした。

 相変わらずかなり離れた上空では、ピレートゥードラゴンが我が物顔で飛び回っている。

 先程モルツさん達のお店で装備品を受け取っていた時に分かったのだが、今日この時間帯は夜みたいだ。

 恐らくもうすぐ日付が変わるのだろう。

 だから僕が今日中にヤマト国に行きます! と言った時に、ガゼッタさん達が首を傾けていたのだろうな。 



 「お、お待たせー、って、ちょ、どうしちゃったのよ、その姿は!」


 ピレートゥードラゴンに向かってバーカバーカ! と叫びながら中指を立てていると、後ろの小屋からくるみが出て来たみたいだ。

 後ろを振り返り、くるみをOPEN OF LIFEの世界へと迎え――おい。


 「……あの、くるみ? 僕、アバターは普通がいいって言ったよね?」

 「えぇ? ふ、普通じゃない、かなー? あははー、いつも通りだとおお思うんだけれどなー、おかしいなー? あははー」


 くるみは白いTシャツ、短パン姿で、あははーと笑いながら頭をポリポリと掻いている。


 ……その口もとでキラリと光っている牙は何ですか?

 

 「チョットだけ足長くなってない?」

 「き、気のせいじゃない?」


 そう言いつつもくるみは僕から視線を逸らした。


 「くびれも若干細くなってない?」

 「……気のせいじゃない?」


 ……ふーん、僕の方は見ないんだな。


 「胸のサイズは完全に『盛った』よな?」

 「……き、気のせい、よ。最近成長期でグングンと大きくなっちゃってさ、クラスの友達にも羨ましがられちゃってー。もう肩が凝っちゃって凝っちゃって、毎日が大変なのよ!」


 ここは凄く口数が多くなるんだな。盛ったみたいだな。

 でもそんな事はどうでもいいよ、些細な事だよ、うん。


 「でもその緋色の瞳と口もとの二本の牙、背中に生えた悪魔みたいな紫色の気持ち悪い翼と、鞭みたいに細長くて先端が突き刺さりそうな尻尾は何なのさ? 気のせいじゃないよね絶対」


 「へ? 何言ってるのよ……って、何なのよー、これ!」


 くるみは自分の背中に手を回し、手探りで背中の翼を触ると、驚いた様子で何回も両手でペタペタと触り始めた。

 何だ? くるみは知らなかったのか? どういう事?


 「何か女の子からアイテムがあるから受け取ってって言われたのよ」


 ぎ、ギフト装備か。僕の周りギフト持ちばっかりだけど、ギフトは本当に珍しい物なのか?


 「で、貰ったアイテムを確認してみたら『小悪魔セット』っていう物だったの。何だかよく分からない物だし、取りあえず装備してはみたものの、この小屋鏡ないじゃない? だから今まで気付かなかったのよ」


 「……ふーん、で? どんな効果があるんだ?」

 「さぁ? どうやって確かめればいいの?」

 「いいよ、僕が調べてみるよ。ちょっと待って」


 僕は『小悪魔セット』に鑑定を掛けてみた。



 ・小悪魔セット 装飾品(呪い、装備解除不可)

 ・吸血スキルLV1 血を吸った相手を思い通りに操れる呪いを掛ける事が出来る。

 ・悪魔召喚スキルLV1 強者の血を吸う事で、その者の強さに見合った魔界の従者を召喚する事が出来る。



 はい、駄目ー! 絶対に駄目ー! こんなスキル、くるみに言えるわけないじゃん!

 見た事のないスキルだったから詳しく調べてみれば、とんでもなくヤバイ奴だった。

 小悪魔セットって何だよ、バンパイアセットじゃないかこれ!

 いや、悪魔も召喚出来るみたいだからバンパイアでもないのか。

 しかも呪い付きで、この装飾品もパンダスーツと同じで装備解除不可か。

 さて、どうやってくるみに説明を……、あれ? くるみ、何処に行った?




 「……何してんだよ、くるみ」

 「んあ、ひいひあいえ。こっこのおごはあいはあへ」

 「全っ然何言ってんだか分かんないから。取りあえず僕の首からちゅうちゅう血を吸うのを止めてくれないかな?」


 僕が鑑定結果に文句を言っている間に、くるみが背後からおんぶする形でしがみ付きながら僕の首筋に噛み付いていた。

 そして僕の身体にも久しぶりに新しいスキル『吸血耐性スキル』という物が手に入った。

 早速スキルを鑑定で調べてみると、血を吸われなくなるスキルではなく、吸われても毒や貧血といった状態異常になりにくいという物だった。


 「んは。ゴメンゴメン、お兄ちゃん。何だかよく分からないけれど、すんごく喉が渇いちゃってさ。喉が焼けるみたいな感じ、って言うのかな? そしたらお兄ちゃん見てたら涎が止まんないくらいに美味しそうだなーって。気付いたときにはちゅうちゅうと……、ってココココレどどどどういう事?」


 僕の背中にしがみ付いたままだったくるみをその場に降ろし、仕方がないのでスキルの説明をする事にした。

 くるみは自分の行動が信じられないといった様子で尻尾をプルプルと震わせながら、その場にしゃがみ込んでしまっている。



 ……



 「ふーん、じゃあお兄ちゃんはあたしの思い通りに動いちゃうって事?」


 くるみは何やら尻尾をバタつかせているのだが、動物と同じで感情が尻尾に出てしまうのかな?

 

 「いや、僕には効かないんだ」

 「……それはどうして?」


 くるみが作った殺戮兵器……じゃなかった、ガチガチのクッキーのお陰で呪い系のスキルがカンストしまったからなのだが――


 「お兄ちゃん、あたしをおんぶしなさい!」

 「……いや、人の話聞いてた? 嘘じゃないから。呪いが効かないスキルを持っているんだ。何試しているんだよ」

 「い、いや、ももしかしたらあたしの眷属になるのが嫌で嘘ついてるのかなーって思ったから……」


 くるみは表情こそ少しがっかりしたくらいの感じなのだが、尻尾は物凄く萎れてしまっている。

 後、くるみも眷属とか言うの? そういうのはルシファーでお腹一杯なんだけどな……。


 「でもお兄ちゃんの血を吸ったんだから、『悪魔召喚』っていうのは出来るんでしょ?」

 「多分ね」

 「……でも強い人の血じゃないと駄目なのよね? しかもその人の強さによって召喚される魔界の従者が変わってくるのよね?」


 ……そうだ、僕の強さによって変わるんだから、自分で言うのも何だがチート級のステータスだぞ?

 そんな血に見合った魔界の従者って一体どんな奴なんだ? 大丈夫なのか?


 「じゃあ召喚っと、ポチっとな」

 「おい! ちょっとは考えて行動を――」


 始まりの小屋の前、緩やかな傾斜のだだっ広い地面に、不気味に光る紫色の魔法陣が出現したのだが、サイズが異常にデカい!

 何だ? 山でも召喚するのかよ!

 幾何学模様の魔法陣の中央がブラックホールみたいに真っ黒になり始めると、地面の中から無茶苦茶巨大なワンちゃんがヌゥっと出て来た。

 ショッピングモール程のデカさで真っ黒の短い毛並み、頭が三つあって……ってコイツ、仮想空間で馬場さんに魔法の練習の為に出して貰ったケルベロスじゃないかよ!

 尻尾をブルンブルンと振りながら、くるみ三十人くらいを纏めて丸飲みに出来てしまいそうな、巨大な三つの顔をくるみのもとへ近付けて来た。

 ピンク色の長い舌をだらんとぶら下げながら、呼吸を荒々しくハァハァとしている。


 「おおおおおにおにお兄ちゃん、どどどうしたら――」

 「今すぐ帰って貰いなさい」


 腰を抜かしてしまったくるみは、地面に女の子座りで正座しながらも、帰っていいよ……と言いながらケルベロスに向かって手をシッシと振ると、再び地面に巨大な魔法陣が出現し、ケルベロスはその中へと飛び込んで行った。

 

 「どうして何も考えずにパッパと行動しちゃうんだよ」

 「ほ、ほえんあはい。あんあここいあうあんけおごごかかっかごご」

 「全っ然何言ってるか分かんないし! 勝手にちゅうちゅう人の血を吸うの止めてくれる?」

 「んは。そ、それが、さっきのデカい奴を呼び出してすぐに、すんごい喉が渇き始めて……。で、お兄ちゃんがここに居るじゃない? 気が付いたらちゅうちゅうと……」


 僕の背中におぶさったままのくるみを地面に降ろす。

 どうやら『悪魔召喚』は物凄く燃費が悪いみたいだ。

 恐らく悪魔召喚のLVが1だという事も関係しているのだろう。

 このままだとパーティーで戦闘になった時、僕はくるみをおんぶしたまま戦闘しないといけなくなるんじゃないか?


 「今後は勝手に『悪魔召喚』しないでよ?」

 「……分かったわよ」


 表情でも尻尾でもかなり落ち込んでいるのが分かるのだが、僕はメニュー画面を操作して、パーティーへ加入する為の招待状をくるみへと送った。


 「ほら、くるみ。僕達のパーティーに入るだろ?」

 「……うん、入る」


 くるみは自分のメニュー画面を手間取りながら操作して、何とか正式に豚の喜劇団ピッグス・シアターズへと加入する事になった。


 「因みに僕、超強いから」

 「へ? 何でよ?」

 「何でって言われると困るんだけど……。だからさっきのデカいワンちゃん、『ケルベロス』はかなり手強い敵だと思うよ。詳しい話は家で話すよ」

 「……家? ゲーム内では話せない事なの?」

 「いや、そういう意味ではなくて――」


 メニュー画面でくるみにも家の使用許可を出してから、僕の家の入り口部分、豚小屋へと瞬間移動した。



 道具箱からワイバーンの死骸を六匹と、ワイバーンの巣から回収した宝箱を全部取り出した。

 何かくるみが装備出来そうな物が入っていないか調べてみる為だ。


 「くるみはあまりビックリしないんだな」


 瞬間移動した直後にくるみを観察していたのだが、少し驚いた様子を見せただけで、他のメンバー達みたいに狼狽する程ではなかった。

 REINAやルシファーがこの場に居たら、また舌打ちしていそうだな。


 「そりゃビックリしたわよ。でもさっきの……ケルベロスだっけ? あれに比べれば大した事じゃないわよ」


 成程ね。いきなりケルベロスでビックリさせられたから、ちょっとの事では驚かないのか?

 くるみと地下室へと向かう際、くるみのステータスに表示されている『?』の部分、救世主スキルと管理者権限スキルの加護を『改ざん』で隠させて貰い、色々と話せる所だけ事情を説明した。


 「僕はエンテンドウ・サニー社で手伝いをしていただろ? だから魔法も使えるし、スキルも覚えているんだ。でもこの事はみんなには言っていないから内緒な?」

 「うん、分かった。そっか、そんなスキルもあるのね」


 クラシック音楽が流れる地下の長い廊下を二人で会話しながら一番突き当りの部屋を目指す。

 途中のゲストルームが並ぶ部屋の前を通る際には、空いている好きな部屋を選んで使っていいから、と伝えておいた。


 「ねえ、パーティーメンバーってどんな人達なの?」

 「うーん、一言で言うと変わった人達、かな」


 何それ? とクスクス笑うくるみを後ろに従え突き当りの部屋の観音開きの扉を開ける。


 「ご、ごめんなさい! ぐはっ、け、決してやましい気持ちがあったわけでは――ぐべっ!」


 土下座スタイルのガゼッタさんが和葉から蹴る殴るの暴行を受けている傍ら、ルシファーが大の字になって寝転がっている。

 何やってんだよ……。


 「あ、師匠! ちょっと聞いてよ、この変態がアタシの身体を弄繰り回したの、よ!」


 よ! と同時にガゼッタさんが背中を踏み付けられた。

 ま、まさか……。


 「ち、違うんです! 誤解です! 和葉さんの装備品がかなり珍しい物だったので、興味が湧いてしまい……あの、……またやってしまいました。ごめんなさい!」


 やっぱり。しかも全然違う事ないし誤解でもないし、やっちまっているじゃないか!

 しかしガゼッタさん、これだけ和葉にやられているのに死なないのかな? NPCはプレイヤー達では殺せないのかな?


 「私も見ていました! 突然和葉さんの道着の肩口から手を入れたりし始めたのですよ! 女の敵ですよ!」


 地下室に移動して来たエフィルさんも興奮気味なのだが、それが本当なら完全にアウトだな。

 それでルシファーは恐らく魔力切れなのだろうと思い、【チャージ】でMPを回復させてあげた。

 和葉にいい所を見せようとして、……何だっけ? えーっと、プ何とかを放ったんだろう。

 僕はワイバーンの死骸を一匹だけ部屋のスペースに向かって放り出し、魔力石に封印した。


 「ルシファー、取りあえずこれ、一個だけ持っておいて。僕が居ない場合、これを使えば魔力切れから回復出来るみたいだからさ」


 ルシファーは、理解したとボソッと呟いた後、自分の道具袋へと魔力石を仕舞った。


 「和葉ももうその辺で許してあげた……ら」


 和葉の拳と足にはモルツさんに作って貰った武器がしっかりと装備されているのだが、……もしかしてその武器を装備したままガゼッタさんに暴行していたのか?

 拳にはナックルガードが装備されているのだが、相手を殴る場所はしっかりとオリハルコンコーティングされていて、両手共茶褐色の鱗が手首までを覆っている。

 オープンフィンガーグローブみたいに、五本の指先は剥き出しとなっていて、手先の自由は利くみたいだ。

 両足には足首までが覆われている、薄い水色の靴みたいな物を履いているのだが、つま先と踵の部分がオリハルコンコーティングされている。

 和葉の近接格闘を活かす事の出来る最高の武器みたいだ。


 一応ガゼッタさんに【シャイニングオーラ】を唱えて、次はないですよ? と警告してから立たせてあげた。

     

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る