第16話

 


 「お帰りなさいませ、タケル様」


 OPEN OF LIFEにダイブすると、いつもの山小屋ではなく、昨日購入した自宅の入口部分、豚小屋からのスタートになったのだが、何故かノイズのないノイ子さんがそこにいた。


 「ご自宅を購入なさったので、今日から私はこちらでお世話になります。いつでもチュートリアルや質問等を聞いて下さいね」


 ノイ子さんは口元しか見えないのだが、それでも笑顔なのが分かる。

 僕も自宅にノイ子さんが居てくれて嬉しいぞ!


 「パーティーメンバーもここからスタートする事が出来るの?」

 「はい、前回皆様はこちらでログアウトされていますので、次回はこのタケル様のご自宅からのスタートになります。今後、毎回こちらからのスタートを希望されるのであれば、タケル様のメニュー画面に新しく追加されている『持ち家について』という項目の中にある『パーティーメンバーのスタート場所として許可する』という項目にチェックを入れて頂き、後はパーティーメンバーの皆様がそれぞれメニュー画面に追加された『スタート場所の設定』という項目でタケル様の自宅を選んで頂ければ、今後は毎回こちらからのスタートとなります」


 ……せ、説明が長くて覚えられない。また後でもう一度聞こう。

 ノイ子さんも、何とか言い切った! という表情をしているのは気のせいか? OOLHGで隠れているからそう思うだけか?


 「ゲーム内で知っている事ならどんな事でも教えてくれるの?」

 「勿論ですよ。ゲームが進むにつれて新しく増えて行く項目もありますので、こまめにチェックして下さいね」

 「……お姉さん名前とかってあるの?」

 「もう! タケル様はチュートリアルを聞いて下さらないので、いつまで経っても自己紹介が出来なかったのですよ」


 そ、そうだったのか! チュートリアルを聞くと教えて貰えると知っていたのなら、最初に聞いていたのに!


 「私、OPEN OF LIFEの案内役を務めさせて頂いております、エフィルと申します。これからもよろしくお願いします」


 ノイ子さんことエフィルさんが、民族衣装っぽいスカートの裾を両手で軽く摘まんで少しだけ上げて、軽く膝を折りながらお辞儀をしてくれた。


 「そっかー、エフィルさん、宜しくね。早速だけど、Blu-rayディス――」

 「エラー。そのような物は存在致しません」


 あれ? 何故急にシステムっぽい対応なんだ? ……しかもエフィルさん何だか頬が赤くなって来てない?


 ……


 「Blu-rayディ――」

 「エラー! エラー! エ・ラ・ー! 存在しませんったらしません!」


 こ、今度はちょっと怒り気味だった。

 面白いけれどこれ以上聞くのは止めておこう。


 「じゃ、じゃあちょっと急ぐからまた後でね、エフィルさん」

 「……い、いってらっしゃいませタケル様。お気を付けて」


 ちょっとほっぺを膨らませ気味なエフィルさんに見送られ、瞬間移動でモルツさん達の武器、防具店へと向かった。

 マップで確認したのだが、店舗部分にモルツさん、ホルツさん、ガゼッタさんの三人が集まっていたのだ。



 「ああ、丁度いい所に来てくれました。待っていましたよ」


 ガゼッタさんが壁際に置かれている椅子から立ち上がり、僕の事を出迎えてくれたのだが、何やら困っているみたいだ。


 「私達ではタケルさんの家の道具箱からワイバーンの死骸が取り出せないんですよ!」


 あれ? 使用許可は出してあるぞ? 


 「私達があそこでワイバーンの死骸を出してしまったら、家が壊れてしまいますよ」


 ……あ、そうか。ガゼッタさん達は道具袋を持っていないから、そのまま手で持って帰らないといけないのか。


 「じゃ、じゃあ装備品はまだ全然出来ていないんですか?」

 「いや、それは大丈夫じゃよ。皆の分の装備はしっかりとこさえさせて貰ろうたわい」


 ホルツさんがお店のカウンター部分に置いてある、頑丈そうで所々で眩しい光沢を放っている鎧をペシペシと叩いている。 

 その他にも幾つかの武器や防具が置かれているのだが、素材もないのに一体どうやって作ったんだ?


 「ワシ等が剥ぎ取りをして持ち帰った分で作らせて貰らった」


 モルツさんがゴソゴソとカウンターの下から剣を取り出しながら――って剣がデケー! 大剣ってヤツか!

 ワイバーンの巨大な骨を削って作られたと思うのだが、峰の部分には茶褐色の革が貼られ、その上から無数の牙がデコられている、ちょっと気持ち悪い剣だ。

 刃渡りの長さが百七十センチから百八十センチ、刃幅が四十センチから五十センチと、丁度成人男性が丸々一人分グリップの上にドンと乗っかっている感じだ。

 両手で持つ仕様みたいなので、グリップ部分も五十センチ程あり、そこには薄い水色の革が巻かれている。

 装備する時は背中に斜め掛けしないと地面をガリガリと削ってしまいそうな程長いぞ。

 しかし刃の部分が変わった色をしている。

 金色と銀色の中間くらい、白金というヤツか? 表現しにくい輝きだ。


 「ククク、驚いておるようじゃな。無理もないわい。ワシ等でさえも腰を抜かしてしまったからのう」


 僕がまじまじと刃の部分を見ていると、いつもは寡黙なモルツさんが得意気になりながら、カウンターの上に小さな塊をひとつ置いた。

 ……何だコレ。か、角砂糖? にしては色がピカピカ……あーコレ、確かワイバーンキングの巣の中にあった金銀財宝の中に山ほど転がっていたヤツだ。

 適当にポイポイ道具袋に詰め込んでいたからなー。

 僕が不思議そうにピカピカの角砂糖を眺めていると、モルツさんがその角砂糖を手に取り、前触れなく両手の人差し指と親指で、ビヨヨーン! とチューインガムのように伸ばし始めた。


 「こいつはな、こういった感じに加工が容易な金属なんじゃ。伸ばしてやればドンドン伸びるぞ、ほれ」


 モルツさんはそのまま引っ張っては持ち直し、引っ張っては持ち直しを繰り返しながら、ぐんぐんと引き伸ばしているのだが、カウンターの上には既に十メートル程にまで伸びてしまった角砂糖がウネウネと蜷局を巻いている。

 いつもは寡黙なモルツさんがこんなにもご機嫌になるとは……そんなに伸ばしてて髭に絡まっても知らないぞ。


 「こうやって伸ばしてやると、極限まで薄くなるのじゃが、そこを手で切って刃の部分に張り付けておるのじゃ」

 「へー、でもそれじゃブヨブヨで斬りつける事とか出来なくないですか?」

 「ああ、勿論このまま使用するわけじゃないぞい? この金属は世界一加工が容易な金属でありながらも、一度火を入れてやると、世界一頑丈で世界一軽量な金属へと変化しおるのじゃ! しかも火を入れてやると、厚みのムラが一切なくなってしまうという優れモノじゃ!」


 ほれっ! とモルツさんが大剣のグリップ部分を僕に向けてくれたので、手に取って見たのだが……、か、軽い。

 今日初めて握った野球の金属バットくらいの重さしかないぞ? このデカさで。どうなっているんだ?


 「ワイバーンの骨の中身は抜いておるからな。それでも強度は十分に取れるし、切れ味も抜群じゃぞ」

 「はぇー、凄いですね……」

 「……タケルさん。因みにその金属、カウンターの上にある小さな塊一つで市場価格10,000,000Gします」


 僕が大剣を手に取り、刃の部分にお店のランプの光を当て、輝き具合とその軽さに感嘆していると、ガゼッタさんが椅子に座り直してから、ぼそりと呟いた。


 ……い、10,000,000G!


 慌てて大剣に鑑定を掛けてみた。


 ・小型竜(ワイバーン)のアギト(オリハルコンコーティングVer.) (品質 最高級) 

  ・攻撃力 +270 (内、オリハルコンコーティング補正値 +150)


 これを源三が使うのか……、まだ攻撃すらした事ないと言っている源三が。

 しかしオリハルコンと来たか。ゲームでたまに見掛ける架空の超高級素材なのだが……。


 「か、勝手にオリハルコンを使こうてしまうのは流石にマズかったかのぉ……、沢山あったもんでつい……」

 「いえ! 決してそう言うわけではなくて、寧ろじゃんじゃん使って貰っても大丈夫ですよ!」


 そうだよ、拾うのが面倒臭くなるくらい拾ったんだよ……。

 掃除機で吸い込みたくなるくらいに。


 一個10,000,000G、か。


 モルツさんも最初に腰を抜かしたって言っていたもんな……。

 カウンターの上に無造作に置かれている装備品達もピカピカと光っているので、恐らくこれらも全てオリハルコンコーティングVer.なのだろう。


 でも待てよ、装備品は仕上がっているのに、何故ガゼッタさんは僕がここに戻って来た時にあんなにも困っていたんだ?


 「待って下さい、それらの装備品はまだ完成じゃないのですよ! 私の魔力石を使った、とっておきの秘技が施されていないのですよ! 私が頂いた魔力石では十分に威力が発揮出来ないので……」

 「あーなるほど。だからワイバーンの死骸が出せないと魔力石に封印出来ないので、困った! と言っていたんですね?」

 「そうです、そうですとも! モルツさんとホルツさんだけが良い所を見せつけて、私が全く役に立っていないなんて……、さぁ、早速タケルさんの家に向かいましょう」


 ガゼッタさんが僕の腕を引っ張って、強引にお店の外へ連れ出そうとしている。


 「ちょ、ちょっと待って、ガゼッタさん! その前に皆さんにお話ししておく事が幾つかあるんですよ! 僕達の今日の予定とか話しておかないと!」


 僕の言葉を聞いたガゼッタさんは、逸る気持ちを落ち着かせるように一呼吸した後、肩から下げた鞄をゆっくりと足元に置いてくれた。


 「まず僕達は今日中にヤマト国に向かいますので、すぐにヤマト国の行商人を連れて来ようと思うのですが、その後は皆さんにお任せしてもいいですか?」


 そう、まずは三人の頭上に出ている緑の『!』マーク、クエストを受注する事だ。

 三人は今日中? と疑問に思ったみたいなのだが、僕が瞬間移動出来る事を思い出したのか、納得してくれたみたいで、お三方共に快く引き受けてくれた。

 視界の隅にも、『クエストを受け付けました!』と出たので、これで一つは問題が解消出来たぞ。


 「それと皆さんにお聞きしたいのですが、どなたか馬車みたいな物をお持ちじゃないですか?」

 「うーん、僕は持っていないよ。モルツさん達は持っていますか?」

 「いんや、持っとらんわい。大きめの荷車ならあるがのぅ」


 モルツさんも首を横に振った。

 でもよく考えたら荷車でも全然問題ないのか? まぁ荷車を引っ張るのが僕だ、というのはメンバー達にとって大問題かもしれないのだが。


 「あ、それです、それがいいです。今日お借りしてもいいですか?」

 「ああ、店の裏口に置いてあるから好きに使こうてくれて構わんぞい」


 やったぞ! これで移動手段も確保出来た。後は――


 「それで、今日も恐らく珍しいモンスターを狩ると思うのですが、道具箱に入れておくとまた自由に取り出せないと思うので、ワイバーンの死骸と一緒に数匹分何処かに置いておけないですか?」


 「ワシ等の店の裏に置いておくのにも限界があるしのぅ、精々ワイバーンの死骸で二、三匹が限界じゃわい」

 「そうですか……、それなら家の地下室に置いておくので、自由に取りに来て下さい。場所は……今からガゼッタさんと一緒に行きますから、モルツさんとホルツさんは後でガゼッタさんに聞いて下さい」


 ガゼッタさん達は地下室? と一様に首を傾けていたのだが、説明が面倒なので後にして貰おう。




 「あの、本当にこれらの装備品を僕達が貰ってもいいんですか?」

 「勿論じゃ。お主らの為にこさえたのじゃからな。それにワシ等もこんな素材で装備品を作ったのは久しぶりじゃったモンで、楽しませてもろうたわい! いつでも新しい装備品をこさえてやるから、また素材が手に入ったらウチに寄ってくれよ。珍しい装備品が手に入った場合でも、いつでもオリハルコンコーティングを施してやるからドンドン持ち込んでくれ」

 「ありがとうございます。では遠慮なく頂いて行きます。……因みにオリハルコンコーティングってどのくらいの時間が掛かる物なんですか?」

 「ガハハー! あんなモン、ワシ等の手に掛かれば三分もあれば十分じゃわい!」


 ホルツさんが分厚い胸板をドン! と叩きながら答えてくれた。

 おぉ、そんなにも短時間で加工出来るのか、凄いなー。


 「……それは流石に無理じゃろ、物の大きさにもよるが……そうじゃな、十分から十五分は掛かるぞい」


 モルツさんが自慢の編み込まれた長い髭を触りながら冷静に考えて時間を教えてくれたのだが……ホルツさん、適当に答え過ぎ。

 それでも思っていたよりもすぐに出来るものなんだな。


 「なんじゃ、コーティングしたい物があるのか?」

 「そうですね……後で持ってきますので、その時にお願いします」

  

 




 「あら、お帰りなさいませ、タケル様……って、ちょ、ちょっとどうなされたのですか?」


 ガゼッタさんと共に僕の自宅、豚小屋へと瞬間移動で戻って来たのだが、部屋が狭いのでベッドを移動させる場所の確保の為、エフィルさんをひょいとお姫様抱っこしてそのままシングルベッドの上に移動させた。

 エフィルさんには後で地下室の方へ一緒に移動して貰う事にしよう。

 こんな狭い場所にずっといて貰うのは申しわけないからな。

 えーっと、道具箱の中からワイバーンの死骸でLVの高い奴で魔力の高い奴は……とステータスチェックをしながら三十匹程道具袋へと移し替える。

 そうそう、コイツも持って行かなきゃな。ワイバーンキング。

 装備品は充実したので、コイツは魔力石に封印してガゼッタさんの秘技とやらに任せてみよう。


 「……タ、タケル様、ここ、こういう事はやっぱり、もももっとお互いの事をですね、よく知ってから、あの、その――」


 道具箱から荷物を出し終えて、ベッドの下にあるスイッチを押そうとベッドに近付いてみると、エフィルさんがブツブツと呟きながら仰向けに寝転がっていた。

 プルプル震えているみたいにも見えるのだが、何か勘違いしていないか?


 エフィルさんをベッドの上に転がしたまま、源三の時と同様にひょいとベッドごと玄関の方へと移動させる。

 隠し階段のスイッチの場所をガゼッタさんに確認して貰ってから作動させるた。


 「ま、まさか、こんな事が……」

 「タ、タケル様、これって『放置ぷれい』っていうヤツでしょうか……」


 ガゼッタさんはかなり驚いているみたいなのだが、エフィルさんは目を瞑っているのか、未だにプルプルしながらベッドの上で寝転がっている。

 ……何言ってんの?


 「あの、エフィルさん。移動するから起きて貰えるかな」

 「ふぇ、い、移動……ですか? いきなり外で……ですか? 『放置ぷれい』と『羞恥ぷれい』もこなすのは流石に――」


 何言ってんのエフィルさん! もう一度言うけど、何言ってんの?


 「いや、普通に移動するだけだから、取りあえず目を開けてくれる?」

 「ふぇ、目を開けてなんて恥ずか……あれ、……アレ?」


 エフィルさんはベッドの上で上体を起こしたままキョロキョロとしているのだが、次第にOOLHGの下の素顔が真っ赤に染まり出した。

 ガゼッタさんは気まずくなったのか、一足先に階段を降り始めた。


 「地下室に移動するから一緒に着いて来てくれる?」

 「……し、暫く一人にしておいて下さいお願いします」


 エフィルさんはそのままもう一度ベッドに寝転がり、僕に背中を向けた。

 じゃあ後で突き当りの部屋まで来て、と伝えてから僕も階段を降り始めた。




 「まさかデハさんの家の地下がこんな事になっていたとは……」


 ガゼッタさんが驚きを隠せずポカンと口を開けてしまっている傍らで、僕は道具袋からワイバーンの死骸を次々にスペースへと放り出して行く。


 「ガゼッタさん、今はあまり時間がないので、急いで魔力石に封印して行って下さい」

 「そ、そうですね。分かりました!」


 ガゼッタさんが次々に魔力石に封印して行ったのだが、どれもルシファーが持っていた大きい魔力石に勝るとも劣らないサイズだった。


 「……実は昨日ももしかして? と思っていたのですが、先程のモルツさんから受け取った大剣をタケルさんが見つめていた時に、ああやっぱり、と確信しておりました。……タケルさんも鑑定が出来るのですね?」


 ……しまった。こんなにも大きな魔力石に封印出来る物ばかりだとおかしいと思うよな。

 でも大剣を受け取った時に、ってどういう事だ?


 「タケルさん、鑑定を使う時は視線に気を付けないと駄目ですよ。周りの人に鑑定を使っている事がすぐに分かってしまいますよ」


 そうか、そういう事か。確かに鑑定を使っている時は空中に浮かんでいる文字を読むから、視線が宙を彷徨う感じになるもんな。


 「ガゼッタさん、鑑定の事黙っていてスイマセン」


 ガゼッタさんはフフっと笑みを浮かべたまま、足もとに転がるハンドボール程の大きさの魔力石を手に取った。


 「いえ、いいんですよ。しかも私よりかなり正確に鑑定出来るみたいですし……ね。ふむ、これも素晴らしい効果が期待出来る魔力石ですよ。どうでしょう、早速この魔力石を使ってタケルさんの能力を上げてみませんか?」


 ガゼッタさんは肩から下げた鞄から、百科事典程の大きさの木箱を取り出した。

 僕の能力を上げる、か。困ったな、上げる能力って選べるのかな……。


 <タケルさん、もうログインしていらっしゃったのですね? どちらに居られるのですか?>


 色々と考えている最中に、ルシファーからメッセージが入った。

 ルシファー、グッドタイミングだ!


 <家の地下室だよ! 突き当りのデカい部屋に居るからダッシュで来てー!>


 「ガゼッタさん、丁度能力を上げたいメンバーが到着したみたいなので、その子の能力を上げて貰ってもいいですか? 後、コイツも魔力石に封印しましょう」


 部屋の有り余るスペースに、巨大なワイバーンキングの胴体部分を放り出した。


 「うわゎー! な、何ですかこの個体は! ……ほほう、これはギルド会館で見たワイバーンキング……ですね」


 ガゼッタさんがまた興味津々といった感じで、ワイバーンキングの胴体部分をアレコレと弄り始めた。


 「……ガゼッタさん、申しわけないですけど急いでいるので、魔力石に封印してしまいましょう」

 「そ、そうですね、あはは、駄目だなー、つい珍しい物だと見入っちゃうんですよねー」


 ガゼッタさんは片手で頭を乱暴にガシガシと掻き毟りながら、もう片方の手でワイバーンキングの胴体部分を魔力石に封印した。


 眩い光の中出現した魔力石は――デ、デケー! 原付バイク程の大きさだぞ! しかも瑠璃色が凄く鮮やかだ。

 そしてその魔力石の傍らには細長い桐の箱が出現した。恐らくアレだ。

 僕とガゼッタさんが出現した魔力石の大きさに驚いていると、ルシファーが部屋の入口から縦巻きのツインテールを靡かせながらシテテテと駆けて来た。


 「やぁルシファー、早かった……ね」


 ルシファーは僕達の事を完全に無視して、物凄いスピードで巨大な魔力石を自分の道具袋へと仕舞った。


 ……そして魔力石を仕舞うスピードも速かったね。


 「……フフ、フ、わ、妾へのみ、貢物、ごご苦労じゃった……」


 ルシファーはその場を去ろうとしたみたいなのだが、全身をプルプルと震わせたまま全然動かない。……いや、動けないのだろう。


 魔力石一個で二段階目の重量制限来ちゃってるじゃないかよ!


 「……無理しない方がいいんじゃないの?」


 顔面蒼白でプルプルと震えているルシファーに向かって手を差し伸べた。


 「い、嫌じゃ、これだけは、な、何があっても――」

 「その魔力石でルシファーの魔力を大幅に上げようと思ったんだけどなー。ねえ、ガゼッタさん?」

 「そうですね、あのサイズの魔力石なら大幅に魔力を底上げ出来ると思いますよ。それと今の魔力石は装飾品に加工するよりも、装備品に吸収させた方がいいかもしれませんね」


 そ、装備品に吸収させる? もしかしてガゼッタさんが言っていた秘技ってこれの事なのかな?


 「そっかー、今の魔力石を使うとルシファーの『ゴスロリファッション』が大幅にパワーアップするのかー、凄いんだろうなー」


 僕はルシファーの方をチラチラと見ながら、セリフを棒読みで言ってみた。


 「……うぅ」

 「『灼熱乱舞インフェルノヴァラーレ』も凄く強力になるんだろうなー……チラチラ」

 「……フフフ、し、仕方が、ああ有りません。このの、魔力石を使って、わ妾の失われし力、力をを――」


 プルプルしながらも、何とかいつものおかしなポーズを取って見せたルシファー。

 うん、その根性は凄いよ。キャラ作りに掛ける意気込みが伝わって来るよ。

 ルシファーの道具袋から巨大な魔力石がゴロンと出て来た。


 「ガゼッタさん、この魔力石を使って彼女の魔力を上げて欲しいのですが、お願いしてもいいですか?」

 「分かりました。先程も言いましたが、この魔力石なら装備品に吸収させてしまった方が良いかもしれません。というのも装飾品と言うのは魔力同士が反発し合う為に、一人一つまでしか装備出来ないのですよ」

 「そうなんですか?」

 「ええ、更に装飾品は装備する人本人専用に加工しますので、みんなで使い回すという行為が出来ないのですよ」

 「なるほど、それだと更に強力な魔力石が手に入った場合、彼女の魔力を上げようと思うと、このワイバーンキングの魔力石が無駄になってしまうかもしれないんですね」

 「その通りです。私は常々それが凄く勿体ないと考えていたので、何とかして別の方法で魔力石の効果を得られないものかと研究を重ねて来たのですよ」


 ガゼッタさんは肩から下げた鞄の中からおかしな物を取り出し始めた。

 ……掌サイズのお猿さんの人形だ。両手にシンバルを持っているヤツ。しかも鞄から何個も出て来た。


 「私は長年の研究の末、遂に魔力石の効果を別の物に吸収させるという能力を編み出したのですよ! そしてこの猿の人形は魔力石の効果の保存容器兼、上げられる能力の大まかな強さを、手に持っているシンバルの音量で教えてくる物です。これも私が作りました」


 ガゼッタさんはお猿さんを右手の掌に一つ乗せたままその場に屈み、足もとに置いてあったハンドボール程の大きさの魔力石に左手を添えた。


 「では行きますよ、見ていて下さい! ……ムン!」


 ガゼッタさんが眉間にシワを寄せながら力を加えた瞬間、左手を添えていた魔力石がフッと消え、右手の掌に乗せられていたお猿さんが一瞬青く淡い光を放った後、ジャーン! とシンバルを打ち鳴らした。


 「ふむ、思った通り、かなりの効果が見込める魔力石でしたね。今のシンバルの音はかなり大きい方ですよ」

 「そ、そうなんですか?」


 基準が分からないから、何とも言えないよな……。でもお猿さんはちょっと可愛い。


 「今度は今吸収させた魔力石の効果を、実際彼女の装備品に魔力上昇の効果を付けて移し替えてみましょう。勿論その後もう一度この人形に移し替える事が出来ますのでご安心を」


 ガゼッタさんは右手の掌にお猿さんの人形を持ったまま、ルシファーの『ゴスロリファッション』、背中の部分にそっと左手を添えた。

  

 「おや? こ、これは……」


 ガゼッタさんがルシファーの背中に手を添えながら、何やら驚き始めた。

 どうしたんだ? ルシファーのステータスの低さにビックリしたのか……と思ったのだが、いやいや、ステータスが見られるのは僕だけだった。


 「タケルさん、この装備品はかなり特殊な物みたいですよ! 普通一つの装備品には一つしか魔力石の効果を吸収させる事が出来ないのですが、彼女の装備品には……恐らく三つくらいの魔力石の効果を吸収させる事が出来そうですよ! いやー、こんな装備品は初めて見ましたよ!」


 ガゼッタさんは何やら瞳を輝かせながら興奮し始めて……おいおい、またワイバーンキングの時みたいに色々と『ゴスロリファッション』をチェックし始めたぞ!

 ルシファーはプルプルと震えながら俯いてしまっている。


 「……ガゼッタさん、その変で止めて貰わないと、電撃をお見舞いする事になってしまいますよ」

 「……へ? う、うわー! 私は何をやっているんだー! ス、スイマセン! ホント決してそんなつもりでは……ぃでー!」


 必死になって謝るガゼッタさんの足を、ルシファーが思いっきり踏み付けた。


 ……それで済んで良かったよ。現実リアルならお巡りさんのお世話になっているぞ!

 瞳を輝かせながら少女の服装をアレコレ弄るおっちゃん……確実にアウトだな。


 その後、もう二度と致しません! とガゼッタさんがルシファーに謝り、何とかその場は収まった。

 少し気不味い空気のまま、ルシファーの『ゴスロリファッション』に魔力石の効果を吸収させる事になった。



 名前

  ・†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファー

 二つ名

  ・ファストタウンのストーカーゴスロリ少女

 職業

  ・なし

 レベル

  ・68

 住居

  ・始まりの小屋

 所属パーティー

  ・豚の喜劇団ピッグス・シアターズ

 パーティーメンバー

  ・タケル

  ・REINA

  ・源三

  ・和葉

 ステータス

  ・?????

  ・???????

 HP

  ・3

 MP

  ・54

 SP

  ・2

 攻撃力

  ・1

 防御力

  ・1

 素早さ

  ・2

 魔力

  ・54

 所持スキル

  ・大器晩成

  ・火魔法 LV2


 装備品

  ・ゴスロリファッション・パープルバージョン レアギフト

 所持アイテム

  ・魔力石×1

 所持金

  ・12,500G



 うおおお! 遂に! 遂にルシファーのステータスが大幅に上がったぞ!

 でも何で魔力を上げて貰ったのにMPまで上昇しているんだ? もしかしてこの二つはセットなのか? ……まぁいいか。

 装備品の名称も変化なしか。改ざんしなくても大丈夫みたいだな。

 それと住居が未だに『始まりの小屋』となっているので、早く僕の家を住居に設定し直して貰おう。

 どうやらルシファーはこの部屋に来る途中、ちゃっかり自分の部屋からお気に入りの魔力石を道具箱から取り出して来ているみたいだ。


 「ルシファー、魔力が大変な事になっているよ?」

 「それは真……か、我が眷属よ!」


 ルシファーは感極まったのか、少し瞳をうるうるとさせながら拳を小さく握りしめた。

 他の皆がステータス上昇している中、ルシファーだけステータスが低いままだったもんな……。

 グレーデン山脈の岩陰で僕が見ていない時に、力が強くなった! とかメンバー同士で言い合っていたのかもしれない。

 しかしあの大きさの魔力石でステータス+50か。

 ワイバーンキングの巨大な魔力石なら、一体どれだけ上昇するんだ?


 「ルシファー、強力になった『灼熱乱舞インフェルノヴァラーレ』でも放ってみるかい?」


 僕は部屋の奥、広大なスペースに向かって指を差す。


 「……ここで魔法放てるの?」


 ルシファーが小声で聞いて来たのだが、多分大丈夫だよ、と答えておいた。

 ……キャラを忘れている事には触れなかった。


 「魔法が強力になっていると思うから、いつもより呪文の詠唱に力を込めてみてもいいんじゃない?」


 ひそひそと耳元で提案してあげると、ルシファーはフフフ、と嬉しそうに微笑んだ。


 僕は万が一に備え、壁に向かって【マジックバリア】を唱えておいた。

 ……あくまで万が一の為だからな。


 「……我、汝ら炎の精霊と契約を結びし者なり! その荒々しき業火、今ここに解き放たん! 『灼熱乱舞インフェルノヴァラーレ!』……ぼそ【ファイアーボール】」


 言葉の節々に力が込められた詠唱の後、ルシファーの右手の掌から大玉転がしの球程も大きさがある、真赤に燃える火球が爆風と共に放出された。

 爆風によって縦巻きのツインテールとゴスロリファッションをパタパタとはためかせ、堂々と右手を伸ばして構えるルシファーが大魔導士みたいで凄くカッコイイぞ!

 そのまま火球は【マジックバリア】の掛けられた壁に当たり、ブシュー! と音を立てながら消滅してしまった。


 ……こんなのはルシファーじゃない! と思ったのも束の間だった。


 「……くっ、魔力を使い切ったか……」


 ルシファーがいつも通り片膝を突いてしまった。

 うんうん、やっぱりルシファーはこうでなくちゃ!

 僕は頷きながら【チャージ】でルシファーのMPを回復させる。


 ……あれ? 何でMPの量が増えたのに、【ファイアーボール】一発でMPがなくなるんだ?


 ま、まさか……な。


 「ルシファー、もう一発『灼熱乱舞インフェルノヴァラーレ』を放ってみてくれる?」


 ルシファーは僕の方をチラリと見てニンマリと笑った後、もう一度壁に向かって『灼熱乱舞インフェルノヴァラーレ』の部分を巻き舌気味に発音しながら魔法を放った。

 僕は魔法ではなく、ルシファーのステータスを見続けていた。


 ……や、やっぱりだ。ルシファーは『灼熱乱舞インフェルノヴァラーレ』一発に全MPを注入している。

 再び片膝を着いているルシファーに【チャージ】を唱えてあげた。


 「ルシファーさん? つかぬ事をお聞きしますが、普通の魔法よりもかなり威力が強いみたいなのですが、何処で魔法の威力を高める方法を覚えて来たのですか?」


 何故か敬語になってルシファーに尋ねてみた。


 「フフフ、我が眷属よ。其方も知っての通り、妾は呪文の詠唱によって炎の精霊の力を借りておる。一般人よりも威力が強いのは至極当然。妾の失われし本当の力を取り戻した暁には、この世の全てを焼き尽くす紅蓮の炎をご覧に入れましょう!」


 失われし力の云々かんぬんの件を話す際、ルシファーはいつも身振り手振りを加えたミュージカル口調になるのだが、今回はいつもに増して自信を持って演技をしているように見えた。

 確か火魔法がLV2に上がった時以外は全て『灼熱乱舞インフェルノヴァラーレ』一発でMP切れになっていたので、知らず知らずの内に全MPを注入する方法を覚えたのかもしれないな。


 毎回MP切れになられても困るので、ほんのチョットだけ炎の精霊の力を借りる、という事は出来ないのだろうか……。

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