第14話

 

 野球部の紹介時間が長引いてしまい、他のクラブの人達からは大ブーイングだった。

 主将とピッチャー、その他の部員三名が現在、体育館の隅で悲鳴を上げながら腕立て伏せをしている。

 他にも部員はいたのだが、キャッチャーの先輩の付き添いで保健室へと向かったので、腕立て伏せは本日の部活動内でさせるそうだ。

 因みにこうやって状況を詳しく説明してくれているのは、僕の横で熱心に野球部へと勧誘している野球部顧問の大竹先生だ。

 僕は1-Aの最後列まで戻って来て体育座りをしているのだが、隣で正座している角刈り頭、眉毛が剛毛でジャージ姿の大竹先生のラブコールが止まらない。


 「頼むよ山田! お前がいれば夏の甲子園全国優勝だって夢じゃない! 投手の田中、スラッガーの山田、お前達で日本全国を驚かせようじゃないか!」


 大竹先生は鼻息フンフンと大興奮だ。……顔が近い!


 「スイマセン、本当に家の用事が忙しくて部活動は出来そうにないんですよ」


 何度断っても一向に諦めてくれない。

 あんな強烈なスイングは初めて見た! と遠い目をしながら物思いに耽り始めた。

 あのピッチャーの先輩、田中さんっていうのか。

 将来有名になるかもしれないのなら覚えておいた方がいいのかな?

 僕この人からホームラン級の球を打った事あるぞ! って将来自慢出来るかもしれないからな。


 各クラブが持ち時間を大幅にカットされてしまったみたいで、早口でアピールをしては終了、はい次のクラブ! といった感じで非常に忙しない。

 しかし気になる物を持ち込んでいるクラブがある。

 体育館の端で待機しているのだが、数名の部員と思われる男性が持ち込んでいるのは少し変わった畳だ。

 そんな物を持ち込んで何をするつもりなんだ? と疑問に思っていると、舞台袖から道着を着込んだ大柄の男性が姿を現した途端、畳を持った数名の男性が一斉に舞台へと駆け上がり、持ち込んだ幾枚かの畳を大急ぎで敷き詰める。

 成程ね、柔道部か。受け身の演習でもするのかな? でも地味だよなー。

 道着を着込んだ男性は進行役からマイクを受け取り、舞台の中央で突っ立ているのだが、なかなか喋ろうとはしない。

 緊張しているのかな?

 見た目二メートル程あるゴリラ顔なのだが、本当に高校生なのか? と疑いたくなるくらい老け顔だ。

 ハッキリ言ってしまうとオッサン顔だ。

 マイクを持つ手の甲や、裸足の足もと、道着の胸もとからは体毛がワサワサー! と生えている。


 『1-Aの山田健君! 舞台に上がって来て俺と勝負しろ!』


 今度はハッキリと名指しで呼ばれてしまった。

 回り諄く勝負に持ち込んで腕立て伏せさせる、とかよりかは、話が早くて助かるのだが……。


 「の山田君に何の用だ!」


 大竹先生が言葉の一部分を強調しながら、オッサン顔の男性に詰め寄って行く。


 「いいっすよ、先生。すぐに終わりますから」


 スッと立ち上がって大竹先生の動きを制し、腕を組んで畳の上で待ち構えているゴリラ顔へと向って歩き出す。


 「あと、野球部ホントに無理っす、スイマセン」

 「奴は去年の高校柔道選手権、個人戦無差別級で準優勝した男だぞ。怪我をされてはにとって大打撃だ」


 大竹先生に軽く頭を下げたのだが……駄目だ、この先生も人の話を全く聞かない。

 もう今後、この先生は無視しよう。


 そのまま歩いて行くと、途中で柔道部員達に引っ張られて舞台袖へと連れて行かれた。

 何事かと思ったのが、どうやら道着に着替えさせられるみたいだ。

 物置となっている狭いスペースに放り込まれたのだが、ベニヤ板で衝立が組まれており、事前に更衣室を設置していたみたいだ。

 その簡易更衣室には三種類のサイズ違いの道着が既に置いてあった。

 埃っぽく暗いスペースでそそくさと着替えていると、マイクで何やら言い合いが始まった。


 『柔道部、終了時間です!』

 『うるさい! 我々はまだ何もしていないじゃないか!』

 『ルールを守って下さい!』

 『野球部も時間を使っていただろうが! いいだろう。止めたいのなら力ずくで止めてみるか?』

 『うう……』


 実行委員があっさり言い包められてしまったみたいなので、慌てて着替えを済ませ、舞台袖から飛び出す。



 帯の締め方が分からなかったので、道着の前ははだけたままだ。

 オッサン顔が道着の中にシャツを着ていないみたいだったので、僕もTシャツを脱いで道着を着てしまった。

 女子生徒達から、歓声なのか悲鳴なのか、ギャャー! という今日一番の声が体育館中に鳴り響く。

 ……C組の一番前に座っている女子が慌てて眼鏡を掛け始めたぞ?

 足立さんはというと、体育座りのまま顔を伏せてしまっている。


 柔道部員達が僕のもとへと駆け寄って来て、帯を締め始めたのだが、女子生徒達からは一斉にブーイングが沸き起こった。

 オッサン顔の大男は、そんな様子を畳の上で仁王立ちをしながら、じっと見守っていたのだが少し様子がおかしい。


 別に怒っている感じではないのだ。

 どちらかというと観察? 品定め? そんな様子で上から下まで全身をじろじろと舐めるように見つめているのだ。


 ま、まさかの世界の人じゃないだろうな……。


 「ほう、これはなかなか……。いいだろう、さぁ、どっからでもかかっ――!!」


 畳の上でオッサン顔が柔道の構えを取ろうとした瞬間にブン投げた。

 懐に飛び込んでズバーン! だ。


 だって怖いじゃないか! そうでなくともむさ苦しいオッサン顔と組み合わなければいけないのに、の方と組み合わなければいけないんだぞ?

 悍ましい! そんなのはズバーン! だ。


 勿論僕は柔道なんてやった事ない。

 柔道技いじめくらいなら経験はあるけど、今の僕には『近接格闘術スキル』があるので、体が勝手に動く。

 オッサン顔の長い両腕を低い姿勢でかい潜り、瞬時に左手でオッサン顔の道着の右手の袖を、右手で道着の襟を掴み、こちらへグッと引き寄せる。

 襟を引っ張った際、胸毛が露わになったのがとても気持ち悪かったのだが、そのまま体をぐるりと後ろへと捻り、呆然としたままのオッサン顔を背中に担いだ後、全身の筋肉を一気に爆発させながら屈めた足腰を引き伸ばしてやると、オッサン顔の巨体が勝手に宙に舞った。

 多分これは背負い投げという技だったはずだ。

 オッサン顔は畳の上で大の字になったままピクリとも動かない。

 ……し、死んでいないよな?

 

 「……あ、ああ」


 オッサン顔の道着を持ったままの両手をそっと放してやると、一瞬身震いした後、大の字に寝転がったまま感慨深そうに瞳を閉じた。



 えーーー!!!  の世界の人で、更にM(マゾ)なのか?


 この学校特殊な人多過ぎじゃないか?

 まぁ、僕が一番変態なので何とも言えないのだが。

 大の字になったまま寝転がっていたオッサン顔が、急に閉じていた瞳をカッ! と見開いた。


 「……し、失礼な真似をして本当に済まなかった」


 オッサン顔が身体を起こすと、その大きな体躯をギュッと縮ませながら深々と土下座し始めた。


 ……どうした、頭でも打ったか?


 「話を聞く限り、軟弱な優男が妹を誑かしているのだとばかり思っていたのだ。しかし、今の『背負い』でその考えは俺の安っぽいプライドと一緒に消し飛んでしまった。本当に申しわけない」


 オッサン顔が土下座したまま謝罪の言葉を述べ終わると、むくりと巨体を立ち上がらせ、生徒達の方を向いた。


 「山田健君は本物だ! これ以上山田君に文句がある奴がいるのなら、先に3-A、足立三四郎あだちさんしろうまで言いに来い。相手になってやるぞ!」


 オッサン顔、足立三四郎さんが生徒達に向かって一喝すると、数名の野球部員、一部の一年生男子生徒がその場で顔を伏せてしまった。


 ……あの、話がダダダって進んでしまってよく分かんないんすけど?


 「山田君、妹の事は頼んだぞ。ちょっと俺に似て気が強いところもあるが、根は素直で優しい娘だ」


 そう言った後、丸太のような腕をスッと伸ばして来た。


 「さぁ、俺と一緒にオリンピックを目指そう!」


 ……腕毛がワサワサした手で握手を求められた。


 「「何勝手な事を言っているんだ!のよ!」」


 足立三四郎さんの一方的な話が聞こえていたのか、二人の人物が声を張り上げたと同時に、顔を真っ赤にしながら舞台に小走りで向かって来た。


 「山田君は既に野球部員として、一緒に夏の甲子園全国優勝しようと誓ったのだぞ!」


 一人は、野球部顧問の大竹先生だ。

 誓ってません、一ミリもそんな事言ってません。


 「このクソ兄貴! 昨日ちょっと話しただけでしょ? いい加減にしなさいよ、このシスコンがー!」


 その傍らでは足立さんの豪快なミドルキックが、バシバシと足立三四郎さんの太股の外側を捉え続けている。


 ……へ、クソ兄貴? 足立さん? 足立三四郎……え、えええ!!!

 おかしい、おかしいって! 別の生き物じゃん!


 「いや、だって昨日ぅ、楽しそうぅっに、山田くっ君の事ををっ話してて、い、痛い痛い、我が妹よ、ミドルキックが鋭過ぎる……ぞ」


 遂に三四郎さんが片膝を折って舞台に着いてしまった。

 足立さん、相当OPEN OF LIFEで鍛えられているな……。


 「やや山田君、このアホの言う事、全く気にしなくていいから! ね!」


 ね! と同時に強烈なミドルキックが屈んだままの三四郎さんの後頭部を捉えると、三四郎さんはその場に突っ伏してしまった。


 「そうだぞ山田君、こんなアホは放って置いて、早速入部手続きと行こうじゃないか!」


 大竹先生はジャージのポケットから、シワシワになっている入部届と朱肉を取り出した。

 ……何でそんな物持ち歩いてるんだよ!


 『……あのー、話が終わったのならサッサと引っ込んで貰えませんか? 後が閊えてるんですよ』


 委員の方がマイクでこの場を鎮めると、僕達は委員会の手によって舞台から引き摺り下ろされた。



 その後各クラブの持ち時間が更に短縮されてしまったのだが、現在は文科系のクラブ紹介が続いている。

 僕は着替えを済ませ、再び1-Aの最後列まで戻って来て体育座りで見学している。


 「山田君は三船十段を知っているか? あの人はまさに神――」

 「かつて甲子園を湧かし、K、Kコンビと呼ばれた怪物――」


 すぐ横で正座をするむさ苦しい顔が二つに増えた。……だから顔が近いって!

 この二人からの口撃がクラブ紹介終了時間まで延々と続いた。




 「顔色が悪いみたいだけれど、大丈夫?」


 体育館から教室へ戻る際、足立さんが声を掛けてくれた。


 「うん、大丈夫だよありがとう。でも色々あったから疲れちゃったよ……」


 心配されてしまう程顔色に出てしまっているのか……。


 「そ、それとさー、アホ兄貴が言っていた事も気にしないでね? あいつ馬鹿だからさー、あははー」


 足立さんは照れているのか、ふんわりとしたボブカットをガシガシと掻き毟っている。


 「分かったよ。足立さんが三四郎さんに僕の事を何て言っていたのかは気になるところだけどね。それよりも足立さんと三四郎さん、似てなさ過ぎ! ビックリしたよ」

 「そ、そうなのよ。あのアホ兄貴は男性ホルモン百パーセントで構成されているからさー、あははー」


 足立さんと会話しながら廊下を歩いて教室へと向かっていたのだが、男子生徒から向けられていたジットリとした嫌な視線が感じられなくなっている事に気が付いた。

 これってもしかして、オッサ……三四郎さん効果なのだろうか。

 僕にちょっかいを出そうとすると、先に三四郎さんに――とか言っていたからな。

 無差別級全国二位だっけか? 凄いな。オリンピックがどうとか言っていたもんな。

 しかし柔道部も野球部もそうだけど、僕がこの体で大会に出るのは駄目だと思うんだよな。

 一生懸命練習に打ち込んで来た人達の中に、僕みたいなズルい体で大会に出場するのは失礼な気がする。


 ……球技大会くらいはいいよな?


 などと歩きながら考えていると、僕の携帯がポケットの中でムームー震え出した。


 和葉<みんな、アタシの制服姿を見て! 昨日は道着姿しか見せられていないから、本当に女子高生だという事を証明するわ>


 和葉からのメッセージだった。

 メッセージの後に画像が添付されて来たのだが……凄く綺麗だ。

 流石に学校で『必勝』と書かれた鉢巻きはしていないけど、アバター通りの和葉がそこに写っていた。

 教室で誰かに撮影して貰ったのだろう、真っ白のカッターシャツに制服のスカート姿でファイティングポーズを取っているのだが、ブラウンのチェック柄のスカートが腰の部分で幾重にも折られていて、引き締まった太股がかなり上の方まで露わになっている。


 社畜<おおー! 和葉は女子高生なんだな! 凄いべっぴんさんじゃないか、将来が楽しみだな!>


 ……え、源三?


 REINA<和葉さん、凄く綺麗じゃないのよー! 背も高くてスタイルも凄くいいし、羨ましいなー>

 REINA<源三、まだ生きていたの?>


 REINAは源三に凄く冷たいよな……。ルシファーもだが。そういやルシファーは授業中か? いや、この時期はまだ授業やってないんだったか?

 ……僕、学校行ってないから分からないんだよな。


 このグループでやり取りしているメッセージでは、開いた際にメッセージの後ろに『何人読んだのか』の人数が表示される。

 現在パーティーでメッセージのやり取りをしているので、僕、REINA、ルシファー、源三、和葉の五人だ。

 今までのメッセージの後ろには全て『既読4人』と表示されているので、送った本人以外の全員が読んでいる事になる。

 これはマズイ。僕が所謂既読スルーしていると思われるじゃないか。早く何かメッセージを送らないと! 


 「「か、和葉だー!」」


 携帯の画面に集中していると、足立さんと山下君がいつの間にか僕の両隣から携帯を覗き込んでいた。

 

 「おやおやー? どうして山田君が和葉と連絡を取っているのかなー?」


 山下君が僕の手の甲を抓りながら、素早く携帯を奪い取った。

 いや、別に痛みはなかったんだけどさ、何故か足立さんの視線も鋭いままだしさ、ちょっと怖いしさ。


 「あー、その……和葉は昨日加入した僕達のパーティーメンバーなんだ」

 「嘘つけ! 和葉は『私より強い人を探してるから無理ー』って、全てのパーティーからの勧誘を断っていたぞ!」


 山下君はそんな事を言いながらも、僕から奪い取った携帯に写っている和葉の写真を、鼻の下を伸ばしつつ、斜め下から覗き込むようにして見ている。

 ……ここにもアホがいるぞ! 


 「もしかして山田君、和葉の事も兄貴の時みたいに――」

 「……うん。。そしたら成り行きでパーティーに加わる事になったんだ。それでメンバー全員でメッセージを送れるアプリで連絡を取り合っているんだよ」


 小手返しが投げ技なのかどうか分からないけど、和葉の身体が宙に舞ったのは確かだ。


 「足立さん和葉にやられちゃったみたいだから言い出しにくくてさ、ごめんね」

 「……そっか、あの筋肉兄貴ばかをブン投げちゃうんだもんね。さっきの投げ技も凄かったよー、山田君はあの和葉にも勝てちゃうんだね」


 足立さんは僕が先程やって見せた『背負い投げ』を思い出しているのか、体の動きを背負い投げっぽく真似始めた。

 本当に和葉に再戦を挑むつもりみたいだけど、LVの差がとんでもない事になっているので、暫くは止めておいた方がいいよ……。


 「……なぁ山田君、和葉って『K国際女子短期大学付属高校こくじょ』じゃないか? この制服。ほら、このルシファーって子も同じ事を言っているみたいだし」


 山下君は僕の携帯に次々と送られて来ているメッセージを全部読んでいたみたいで、ほら! と携帯を僕に向けて来た。


 「ちょっと山下君! 何勝手に人の携帯チェックしてるんだよ!」


 僕は掻っ攫うように山下君から携帯を奪い返した。

 ……そもそも『こくじょ』って何だよ?

 僕はそのまま送られて来たメッセージを、先程の続きから全て読む事にした。


 ……


 REINA<源三、まだ生きていたの?>


 ここまでは読んでいるので、ここから先だよな。

 山下君に見られてしまったけど、もしかしてゲーム内容とか話していないよな? 


 和葉<でしょ? 結構今時の女子高生してるんだから! この写真はさっきクラスの友達、あやっちに撮ってもらったのよ>


 和葉<源三くたばってなかったの?>


 源三<生きてるっての! 今日は係長出張で居ねーからよ、二十時くらいにはダイブ出来そうだぜ! 日頃溜めに溜めた鬱憤を爆発させてやるぜ! ぐははー>


 和葉<ぐははー、はいいけれど、源三は役に立つの? 寝てるところしかまだ見てないよ?>


 源三<う、そういや、まだ一度も攻撃すらした事なかったわー、今日タケルに教わろ>


 REINA<えー! 残念、今日は私がログイン遅くなりそうなのよ。二十三時までには何とかログインしてみせるわ>


 和葉<そっかー、今日はREINAが遅くなるのね。アタシは空手部の練習が終わってから家に帰るし、十九時過ぎかなー>


 源三<因みに和葉は『女子の高校生』と、『女子高の生徒』のどっちの意味で女子高生なんだ? おじさんに教えてくれよ?>


 和葉<え、何? セクハラ? 死ねばいいのに>


 REINA<死ねばいいのに>


 源三<違う違う! 誤解だよー! 俺は二十六歳で年上だからよー、どうやって接していいか分からなかったんだよー。それで『女子高の生徒』の方だったら、空手部って凄いなーって思っただけだよー!>


 和葉<へー、まぁいいわ。そうよ、アタシは女子高に通っている、か弱い乙女の方の女子高生よ。部活の方は……うう、あまり聞かないで。アタシ以外素人ばかりの弱小部なんだから。シクシク>


 REINA<うん。乙女なのは間違ってないけれど、か弱くはないから>


 ルシファー<あのー、和葉さん、つかぬ事をお聞きしますが、写真を撮って貰った『あやっちさん』ってもしかして陸上部じゃないですか?>


 和葉<へ? 何でルシファーちゃんがそんな事知ってるの?>


 源三<どうしたどうした?>


 ルシファー<あやっちさん、日焼けで真っ黒じゃないですか?>


 和葉<そうそう、煎ってから搾ったらコーヒー出て来そうっていつも馬鹿にしているのよー。って何でそんな事まで知っているの?>


 REINA<何々? 知り合いなの?>


 ルシファー<ええ、恐らく。そのあやっちさん、昨日学校に遅刻して来ませんでしたか?>


 和葉<そうなのよ! 何でも痴漢に遭ったとかで遅れて来たわ。アタシがその場にいればボッコボコにしてやったのに! 偶然その場に居合わせた、本人曰く『宇宙一のイケメン』が助けてくれたらしいわよ。多分助けて貰って盲目にでもなったのでしょ? 確か名前は……何だったかな、忘れちゃった>


 ルシファー<和葉さんの学校って『国女こくじょ』ですよね>


 和葉<ええー! 何で通ってる学校バレてるのよー!>


 ルシファー<その痴漢被害に遭ったあやっちさん、多分私の姉なのです……。だから和葉さんが通っている学校も分かってしまったのですよ>


 和葉<ええー!>


 源三<ええー!>


 REINA<ええー! 世間は狭いわねー! でも確かタケル君も昨日チカン捕まえたって言ってなかったかしら?>


 和葉<そうそう、思い出した! 助けてくれたのは山田タケルだ。……あれ? タケル? し、師匠?>


 源三<って事は何だ? タケルが昨日チカンから救った女性ってのが、ルシファーの姉ちゃんだったって事か?>


 ルシファー<姉は、今日にでも助けてくれた人が通っている学校に突撃してくる! って言っていましたよ?>


 REINA<……タケル君?>


 和葉<……師匠?>


 源三<……タケル?>


 ルシファー<……タケルさん?>



 何か非常にマズくないか? この展開……。

 

 えーっと、ルシファーのお姉さんが痴漢被害に遭っていた、確か名前が……沖野彩おきのあやさんだったかな。

 更にその沖野さんが和葉と同じ学校という事は、和葉も家が近いという事か。

 こんな事ってあるのか?


 タケル<今全部メッセージを読み終わったよ。そうか、昨日の女子高生のお姉さんはルシファーのお姉さんだったのか>


 和葉<ぎゃー! 健君! 今和葉ちゃんの携帯奪い取ってメッセージを送ってるの! 私沖野彩よ! 今日学校終わってからそっちの学校行ってもいい?>


 タケル<いや、用事があるから学校に来られても困るよ>


 和葉<痛ーい! 和葉ちゃんが暴力振るうの、健君、こんな暴力女は駄>


 タケル<駄?>


 和葉<携帯取り戻したわ。師匠は今日何時くらいにログイン出来そう? その時にじっくりと話は聞かせて貰うわ>


 タケル<う……何か嫌だな。今日は僕も用事があるから19時くらいになるかな>


 ルシファー<うう、姉さん。恥ずかしい。しかも名字名乗ってるし……。では私も今日は19時くらいにログイン致しますわ>


 REINA<和葉さん、後で詳しい話聞かせてね?>


 和葉<任せて! 根掘り葉掘り聞きだしておくから>


 源三<タケルは色々大変そうだな……。今日稽古付けてくれよな!>


 タケル<今日は源三が合流してから、四人で色々練習しながらヤマト国に行ってみよう。それまでは和葉、ルシファーの三人でガゼッタさん達から装備品を受け取ったりしておくよ。じゃあみんな、また後で!>



 「ぼ、僕の目の前で女子と楽しそうに連絡を取り合うなって言ったよね、山田君?」


 携帯でメッセージを送りながら教室へと戻り席についていたのだが、山下君がプルプルと震えながら僕の事を睨みつけている。そんな事言ってたかな?


 「山下君もゲーム内のメンバー達と連絡を取り合えばいいじゃないか。ギルド組織の幹部なんでしょ?」

 「山田君、あれも嘘よ嘘。山下君超下っ端だったわ。そうそう、今思い出したけれど、確か山下君も和葉に対戦PKで負けて、刀を取られていたわよね?」


 僕の後ろから足立さんも会話に入って来たのだが、山下君、強そうなのは見た目と名前だけなのか……。た、対戦PKで刀を取られた?


 「ちょ、足立さん、超下っ端は酷いよー。 ま、まぁ幹部ではないのは事実だけどさ……。そうだよー、和葉に大事な刀を持って行かれたんだよ……。まさか負けるなんて思わなかったし……」


 山下君は余程ショックだったのか、ちょっと涙目だ。


 「や、山田君、お願いだよ! 和葉に頼んで僕の『長谷部はせべ』返して貰ってくれないか? この通り! 頼むよー」


 山下君は涙目のまま、顔の前で両手を合わせて、蠅のようにスリスリと動かしている。


 ……対戦PKで負けてレアギフト取られた間抜けな奴は、山下君だったのか。


 「さぁー、それは僕にはどうにも出来ないよ。やっぱり山下君が和葉と対戦PKで勝負して勝つしかないんじゃないのかな?」

 「そ、そんなぁ……」


 山下君はがっくりと項垂れているのだが、今言ったのは勿論冗談だ。

 実際に山下君と出会えば『長谷部はせべ』は返してあげるつもりだ。

 他に刀のアテもあるしね。


 「ねぇねぇ、山田君も強いんだからさ、今日の強行突破作戦には勿論参加してくれるのよね? ね?」


 足立さんは僕の腕を両手でギュッ! と握ってガッチリとロックしているので、言葉では選択肢があるように思えるが、実質強制参加させられそうな勢いだ。


 「いや、今日はパーティーメンバーと練習しようかっていう話を、先程のメッセージでやり取りしてましてですね」

 「『POP☆GIRLS』のメンバー達にも、強力な助っ人が来るから! って伝えておくね?」

 「あ、あの、そもそも僕、カヌット村には行った事もないし……」

 「大丈夫よ! ファストタウンからでも、急げば三時間くらいで来られるからさ。ね? ね?」


 ロックされた右腕が益々きつく締めあげられていく……。

 話を聞いてくれない所は、三四郎おにいさんとそっくりだ。

 しかも三四郎おにいさんと違って投げ飛ばしたり出来ないので非常に困った。


 「……ち、因みに作戦決行は何時からなのかな?」

 「良かったー、来てくれるのね! 二十三時三十分からよ、遅れちゃ駄目だからね!」

 「いや、時間を聞いただけで、まだ行くとは一言も――」

 「これで私も心強いわ! まさか山田君は女の子との約束を破ったりしないわよ、ねー?」


 ねー? と僕に向かって首を傾げながら笑顔を見せた後、足立さんは素早くポケットから携帯を取り出し、高速でメッセージを打ち始めた。


 「あ、あの、足立さん?」

 「メンバー全員に送信っと。これで山田君が来なければ、私が嘘吐き呼ばわりされちゃうなー」 


 な、何なんだ、この常習犯の手口のような鮮やかさ……。ちょっと怖いよ、足立さん。

 メッセージを送り終えると足立さんは腕のロックを解除してくれた。

 恐らく『捕縛完了』という事なのだろう……。  

 

 そのまま頭を抱えながらあーでもないこーでもないと、今日のスケジュールを分刻みで計算しているといつの間にかHRホームルームが終わっていた。

 明日何があるのか全く分からないぞ!



 <今から研究室に向かいますよ>


 雪乃さん直通携帯でメッセージを送ってみたのだが、今日も返事は返って来ない。

 マップで確認してみると、十二畳程の何もない方の研究室、位置的にソファーで全く動いていないので、どうやら今日もまだ寝ているみたいだ。

 夜な夜な一体何を作っているのだろうか……。

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