番外編
あたしが今日の夕方家に帰って来ると、お兄ちゃんは既に自分の部屋へと籠ってしまった後だった。
「お兄ちゃん、みんなで一緒にゲームでもしようよ!」
なんて理由を付けて、今日こそはお兄ちゃんの部屋に潜り込むつもりだったのに……。
リビングではコナちゃんが付きっきりで、アヴさんに日本語を教えていた。
アヴさんの頭からは知恵熱で湯気が立ち昇っていたみたいなので、どうやらあまり勉強の方は進んでいないみたいね。
気分転換に二人を誘ってお兄ちゃんの部屋に突撃してみようかしら。
……夜になってもお兄ちゃんは部屋から出て来ない。
今朝コナちゃんから、お兄ちゃんが昨夜遅くまで起きていたと聞いたので、もう部屋で寝ているのかも?
今もリビングのソファーに座って待っているのに、二階からは一切の物音が聞こえて来ない。
アヴさんは、あたしが部屋から持って来た小学校の教科書を、コナちゃんに教わりながら一生懸命読んでいるけれど、眼の焦点が合っていない気がする。
そんなに眉間にシワを寄せていたら、美人が台なしよ?
『日本語って、一体どうなってるのよー!』
勉強が難し過ぎたのか、遂に限界に達したアヴさんは、何やら村の言葉で叫びながら教科書を放り投げた後、『神風』と書かれた鉢巻をブンブンと振り回し始めた。ご乱心の様子ね。
このままリビングに居ては、壊れてしまったアヴさんの被害に遭うかもしれないので、早々に自分の部屋へと避難する事にした。
「ちょっと、何なのよコレ……」
特にする事もなかったし、部屋のノートパソコンでネットサーフィンに興じていると、とんでもないサイトに辿り着いた。
<山田健 公式ファンクラブサイト>
こ、公式ファンクラブサイトぉー? どういう事よ!
サイトのトップ画面には、お兄ちゃんの顔写真がデカデカと掲載されていて、何だかいつものお兄ちゃんより、ちょっと真面目な表情をしているみたい。
……そ、そんな事より肝心のサイトの中身の確認をしなきゃ! と思ったのに、まずは会員に入らないとこれ以上先へは進めないみたいね……。
し、仕方がないわよね? 確認、そ、そう中身を確認してみなきゃいけないわよね。
というわけで早速会員登録っと、ポチ! っとな。
げげっ! 既に2,012番目の会員ですって? ……そもそもこのサイトいつからあるのよ?
多分お兄ちゃんが部屋から出て来てからだし、そんなに日にちは経っていないわよね?
サイトの内容は、タケル様画像集、目撃情報速報、会員達の掲示板、オ、オリジナッルグッズー?
これは益々詳しく調べる必要がありそうね。
まずは画像集を見てみたけれど、今はまだ画像がそんなに多くはないみたい。
しかし気になるのは、学校の中っぽい写真が多い事。
これって学校内に会員が既に居るって事じゃないの?
ふ、ふん。まぁ所詮は遠くから見つめるだけのモブキャラ会員に過ぎないわ。
気にする必要もないわ、これくらい……。
今度は目撃情報速報も見てみたけれど、やっぱり学校内に会員が居るみたいで、『今、廊下ですれ違った-! キャー!』という速報が書き込まれていた。
これは危険ね、お兄ちゃん。四六時中気の休まる時間がなくなっちゃうじゃないのよ。
そして掲示板の方はかなりの盛り上がりを見せているわね。
ちょっとしたお祭り騒ぎみたいになっているじゃないのよ! しかも所々男も混ざっているみたいだし……大丈夫かしらお兄ちゃん。
オリジナルグッズは準備中になっていたけれど、近々発表となっているわ。
要チェックね。い、いや、決して自分が欲しいっていう意味じゃなくて、注意しておかないと! って事よ?
そのまま掲示板をチェックしていると、かなり夜更かしをしてしまった。
美容に良くないわよね、気を付けなきゃ! と思っていると、隣のお兄ちゃんの部屋から物音が聞こえた。
慌ててノートパソコンを持ったまま、お兄ちゃんの部屋の前まで向かうと、丁度お兄ちゃんも部屋から出て来てくれたのでサイトの事を聞いてみた。
「……お、お兄ちゃん、コレ、どういう事よ」
…… ……
あ、頭を撫でられてしまった……。
体中の色んな場所が、あの一瞬で痺れてしまった。
久しぶりのこの感覚……。
な、何という破壊力よ! 今のあたしなら何だって出来ちゃうわよ!
やっぱりというか、お兄ちゃんからサイトの閉鎖依頼が来たので、ここはこのくるみちゃんにお任せあれよ!
頂いた唐揚げの分までしっかりとサイトを閉鎖に追い込んであげるわね!
……ゲップ。ちょ、ちょっと食べ過ぎたわ。
しかし運営側へと通知する方法がないのよね……このサイト。
掲示板にでも書き込めばいいかしら? えーっと――
2,012番 <このサイトは本人から許可が出ていません。削除して下さい>
こんな感じかしら? よし、送信っと。
……
16番 <2,012番さん、ここはそのような妄言を吐き捨てる場所では御座いません。速やかにご退場下さいまし>
1,650番 <2,012番さん、神聖な場所を荒らさないで貰えますか?>
1,421番 <2,012番さん、私達のタケル様が人を騙すはずがありません! この嘘つき!>
…… ……
延々と嘘つき呼ばわりされたり、出て行けと言われたり……。
これは困った事になったわね。
2,012番 <お兄ちゃんに『迷惑だから削除依頼出しといて』って頼まれたのよ>
これで分かってくれるでしょう。
なんたって身内からの依頼なのだから。
……
7番 <2,012番さん、貴方の妄想はそこまで進んでしまっているのですね?>
2,270番 <私なんかタケル様とお付き合いしているんだから!>
69番 <ちょっと! 何言っているのよ! 私なんかタケル様の■■■を■■■で――>
…… ……
あたしの書き込みで更に掲示板がヒートアップしてしまっただけだった。
何言ってるのよこの人達、頭おかしいんじゃないの? 全然信じて貰えないじゃない!
2,012番 <じゃあ、どうやったらあたしの言っている事が本当だと信じてくれるのよ!>
あたしも意地になり、こんな事を書き込んでしまった。
……
<<<<<証拠画像を掲載しろ>>>>>
ですよね。あたしもこう言われちゃうんじゃないかと思ったわよ……。
でもこうなったら仕方がないわ。
お兄ちゃんが夜、エンテンドウ・サニー社から帰って来た時に、こっそり隠し撮りしたあたしの秘蔵コレクションを一枚送信してやるわよ! それでこの騒動が終結するのなら、お兄ちゃんもきっと許してくれるわよね?
ど、どの画像がいいかしら……、あたし的にはこの玄関で靴を脱ぐ時に、なかなか靴の紐が解けずに、片足立ちのままちょっとほっぺを膨らませた写真が一番可愛いと思うんだけれど……?
流石にこのまま掲載するのはマズイから、画像を少し修正して……っと。
2,012番 <http://■■■……>
2,012番 <これでどうよ? すぐにサイトを閉鎖して頂戴よね!>
ふん、これでサイトは閉鎖に……ってちょ、ちょっとちょっと! 何で? 何でよ? 閉鎖どころか逆に凄い勢いで盛り上がり始めちゃったじゃないのよ! ふざけんじゃないわよ!
王子だの天使だのと書き込みが増えて行くのに、ちっとも『削除します』の文字が出て来ないじゃない!
何よ4780番って! 更に会員増やしてどーすんのよ! 祭りだワショーイって何? 意味が分かんないわよ!
まぁさっきの写真のお兄ちゃん、かなり可愛いのは事実だけれどさ……。
そんな中、気になる書き込みが現れた。
1番 <2,012番様、もし本当に貴方が妹だと言うのなら、その証拠に現在寝ている健様の画像を撮って来て掲載して下さい!>
1番? 1番って事はもしかして、このサイトの運営者じゃないの?
という事は、お兄ちゃんの寝顔を掲載すればこのファンクラブ、閉鎖してくれるのよね?
……無理無理! 何言ってんのよ! あたし、お兄ちゃんの部屋に入った事ないのに、初めて入るのが盗撮とか、人として絶対に駄目よ!
今まで部屋に入ろうと思って、何回挫折したと思っているのよ! 人の気持ちも知らないで……。
で、でもこれはチャンスかもしれないわ。
お兄ちゃんからはサイトを閉鎖するように頼まれているんだし……。
し、失礼しまーす。
あたしは初めてお兄ちゃんの部屋のドアをこの震える手で開けた。
長い間、ずっと開けたくても、どうしてもあと一歩が踏み出せず、いつも部屋の前で引き返してしまっていた。
廊下を照らす電気が、今開いたドアの隙間から少しずつお兄ちゃんの部屋へと差し込んでいく。
あたしが部屋に入るよりも前に、廊下の電気に照らされたあたしの影が、一足早くお兄ちゃんの部屋へと潜り込んで行った。
こ、ここがお兄ちゃんの部屋……か。
ドアから差し込む薄明りで確認する限り、部屋はかなり整頓されているみたいね。
あたしの部屋と同じ造りのこの部屋。
それなのに全く別の空間みたいに感じてしまう。
お兄ちゃんの寝息と、あたしの心臓の鼓動だけが部屋に鳴り響いている。
この心臓のドキドキ音でお兄ちゃん起きたりしないわよね?
しかし、こんなに震えた手で写真なんて撮れるのかしら……。
と、とにかく携帯で素早く写真を撮って退散しなきゃ!
カメラは自分の部屋で既に消音設定に切り替えてあるし、フラッシュだけ気付かれなければ……お願い!
ピカッ!
撮れた画像の確認もしないで、忍びの如く速やかにお兄ちゃんの部屋を出た。
2,012番 <http://■■■……>
撮影した画像に修正を加えてから掲載すると、物凄い反響があったわ。
でも画像を掲載してから、ものの二、三分でサイトへはアクセス出来なくなったみたい。
最終的には6,878番からのアクセスは確認出来た。
まぁ実際にはもっと沢山の会員がいたのかもしれないけれど、サイトが削除された今となっては関係ないわよね。
しかし、凄いお宝写真をゲットしてしまった。
寝顔も勿論可愛いけれど、首筋から胸板にかけてシャツが肌けていて何ともセクシーな……。
でも駄目よ。この画像は消去するって最初から決めていたもん。
こんなの持ってたら、お兄ちゃんに明日から普通に接する事が出来なくなっちゃう!
今でも凄い罪悪感なんだから……。
さ、最後にもう一度だけじっくりと拝見してから消去しよう。
……
<画像を一枚消去しました>
ピピピ! ピピピ!
が、画像を消去するのに、目覚ましの時間まで掛かってしまったじゃないのよ……。
恐ろしい画像だったわ。
でもこれで、これで良かったのよ。
あたしはまだお兄ちゃんの部屋には入っていない。
うん、あれはノーカウントよ、ノーカウント!
お兄ちゃんには秘密にしはておかなきゃ。
今日こそは何とかお兄ちゃんの部屋に入れて貰おうっと。
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