第12話


 各々メンバーが黒い扉を順番に開けて行ったのだが、どの部屋も広さは同じで十二畳程だったのだが、部屋の趣向はバラバラだった。

 その中の一室で絵本に出て来るようなピンク色のお姫様ベッドが、部屋の中央にドーンと置いてある部屋がルシファーは気に入ったみたいで、早速自分の魔力石を道具袋から取り出し、一度ウットリと眺めた後、大事そうに道具箱へと仕舞った。

 その部屋、まだルシファーの部屋だと決まったわけじゃないぞ? と言っても聞きそうもないな。


 「「「おおーー!」」」


 通路の突き当り、白い大きな観音開きの扉を僕と和葉の二人で開けてみると、そこは小さな体育館程もある広い空間だった。

 壁や天井、床までもが真っ白で、そのだだっ広い空間を通路と同じく無数のセンサー付きライトで照らしている。

 ただしここは地下空間なので、何処にも窓は見当たらない。

 観音開きの扉から入ってすぐの場所には、十五人程が寛げそうなソファーセットが完備されており、メンバー全員で話し合いをする場所にピッタリだ。

 しかし部屋の奥のスペースがガランとしており、元々何か置いてあった物がすっかりとなくなってしまったという印象を受ける。


 「師匠、これってさっきガゼッタさんが言っていた事と関係があるんじゃないかな?」


 どうやら和葉も僕と同じ事を考えていたみたいで、腕を組んだまま部屋のスペースを眺めている。


 「多分ね。デハさんがトレジャーハンターというのも本当なんだろう。もしかしたら大量のお宝でも置いてあったのかな」

 『……ちょっといいかしら?』


 REINAが何やら申しわけなさそうに手を上げている。


 『ごめんなさい、私ももう限界みたい。今日はここでログアウトさせて貰うわ』


 REINAは睡魔からお迎えが来た様子で、その瞳をトロンとさせている。

 朝から仕事していたみたいだし、そりゃ眠いよな。


 「そうだね、今日はみんなここでログアウトしようか。明日ログインする時間はまた現実リアルで連絡やり取りして決めようか」

 「師匠! アタシみんなの連絡先知らないよ?」


 和葉が羨ましそうにみんなの方をきょろきょろし始めたので、和葉もグループでメッセージがやり取り出来るアプリへと招待してあげてとREINAにお願いした。


 ……僕、やり方分かんないっす。


 その後僕の背中で眠ったままの源三を起こし、みんなが眠そうにログアウトして行ったので、明日こそは早めにログアウトしようなー! と手を振りながら見送った。

 僕はそのまま家の入口、豚小屋へと戻り、道具箱へと自分の道具袋から荷物をドンドン放り込んだ。

 これ以上は入りません! とか言われる事もなく、全て詰め込めたので、僕もこのままログアウトさせて貰う事にした。





 さ、三時半……、またやっちまった。明日の為に早く寝ないと! 

 急いで寝る準備をしていると、僕の携帯がムームーと震え始めた。

 誰だこんな時間に連絡してくる奴は? と思ったら、エンテンドウ・サニー社からのメッセージだった。


 <この度の連続接続時間は十時間十八分となっております。利用規約で六時間以上の連続接続は禁止とさせて頂いておりますので、次回からは警告の後、強制ログアウトさせて頂きますのでご理解頂きます様、宜しくお願い致します>


 何やらかんやらと堅苦しい挨拶文の後、こんな内容が書かれていた。

 そんなのあったのか。全然知らなかった。

 そういやルシファーも途中で一度ログアウトしていたな。

 あれは自分の用事と、これを回避する意味も含めていたんだな。

 今度からは作戦を決行する前に、一度みんなでログアウトしてから出発しよう。



 ……お腹減ったな。

 何かちょっと摘まんでから寝ようかな。

 いやー、やっぱり現実こっちの体だと視線が高いなー。


 「……お、お兄ちゃん、コレ、どういう事よ」


 部屋のドアを開けると、チョンマゲ姿で凄く眠そうな顔のくるみが、真っ暗闇の中ノートパソコンを持ったまま僕の部屋の前で突っ立っていた。

 怖えーよ、くるみ。


 「い、一体どうした? くるみ」


 廊下の電気を点けて、階段を降りながら聞いてみたのだが、もしかしてくるみ、ずっと部屋の前で突っ立っていたのか?

 リビングに降りて来たのだが、黄色い上下セットの可愛らしいパジャマ姿のくるみは、僕の横に無言で立ち、ノートパソコンを両手に持ったままプルプルと震えている。


 「もしかして部屋の前でずっと待ってたの?」


 おかしなくるみを横目に、ラップを掛けられた唐揚げをレンジでチンしながら聞いてみたのだが、無言のままで返事はない。

 チン! とレンジがお知らせしてくれたと同時に、くるみが手に持っていたノートパソコンをテーブルに置き、画面を僕の方へグイッと向けて来た。

 頂きます! と手を合わせてから唐揚げを口に咥え、くるみが見せて来たノートパソコンの画面に視線をやる。


 <山田健 公式ファンクラブサイト>


 ……な、何じゃーこりゃー!


 そこには僕の写真、勿論イケメンの方なのだが、それがデカデカと載っていた。

 しかも画面の隅には『あなたは2,012番目の会員です!』と書かれていたので、ちゃっかりとくるみも会員に入っているじゃないか。

 に、2,012? 多っ!


 「お兄ちゃん、これは一体どういう事よ?」


 くるみはいたくご立腹の様子で、断わりなくお皿から唐揚げをひとつ掻っ攫って口へと放り込んだ。

 勝手に食べないでくれるかな?

 しかし、これは一体……あ、思い出した。これ、背景からして痴漢撃退した時に電車の中で、女の人に携帯で撮られたヤツだ。

 あの女の人、ごめんなさい! って言っていたのに、撮影した分は削除していなかったのかよ。


 「これ、今日電車の中で痴漢捕まえた時に撮られたんだ」


 そう言いながらもう一つ唐揚げを摘まもうとしたら、くるみに手の甲をパシっと叩かれてしまった。

 何すんだよー。


 「撮られたんだー、じゃないわよ。無防備過ぎるのよ、もう!」  


 そう言って怒りながらも、何故かもう一つ唐揚げを口へと放り込む。 

 だから何でくるみが食うんだよ。


 「まぁ削除依頼を出せばすぐになくなるだろ? それに何だかんだ言いながら、くるみも会員に入ってるじゃないか」

 「ゴックン! ええ? あ、しまっ――これはアレよ、アレ。どんな内容なのかチェックする為に決まってるじゃないの!」


 くるみは慌てた様子でお皿に残っていた最後の唐揚げを口に咥え、パソコンの画面を閉じてしまった。


 「教えてくれてありがとう、くるみ。後そのサイト、迷惑だから削除依頼出しといてくれる?」


 唐揚げを咥えたままのくるみの頭を撫でながら、面倒なので削除依頼もお願いしてみたのだが、返事は返って来なかった。

 そういや昔はほぼ毎日、こうやってくるみの頭を撫でていた記憶がある。

 くるみは僕に頭を撫でられると、凄く嬉しそうに笑うんだよなー。


 「それと僕の唐揚げ食い過ぎ。こんな時間にそんなに食べて、太っても知らないよ?」


 じゃあおやすみーとくるみの前髪のチョンマゲを指で、ピン! と弾いてから、自分の部屋へと戻った。


 あまり確認していなかったけど、痴漢撃退クエストの成功報酬にファンクラブって書いてあった気がするな……。




 

 「ゴルファッ!!」


 自分の部屋のベッドで仰向けになって気持ちよく眠っていたのだが、突然痛烈な痛みを一ヶ所に受け、変な声を出しながら目が覚めた。

 寝起きでまだ頭が働いていなかったのだが、僕がダメージを受けるとは一体何が起こったのだ? と思い、激痛が走った場所へ寝惚け眼のままゆっくりと視線を向ける。

 閉ざされたカーテンから陽の光が透けているだけの薄暗い部屋で、白髪の美少女がベッドの傍らに立ち、僕に向かって微笑みを浮かべていた。

 て、天使が舞い降りた? これは夢? 僕はまだ夢を見ているんだな。

 何だよ夢かよ、じゃあもうちょっと……と再び瞼を閉じようとすると、その天使が、もう一発! とモグラ叩きでもしているみたいに、手をグーにして大きく振り被り始めた。


 「お、お起きた起きた! 起きたよコナちゃん。ス、ストーップ!」


 慌てて布団からガバッと体を起こし、コナちゃんに、起きましたー! と両手を振って猛アピールした。

 朝一番で元気な場所に、何て事をしてくれるんだ!

 見た目は天使なのに、悪魔の所業だ。


 「おはよう、タケルお兄ちゃん。ママに『どんな方法でもいいからタケルお兄ちゃんを起こして来て!』ってお願いされたの」

 「……ほ、他に方法はなかったの?」

 「うん。色々試したよ? 耳もとで大声出したり、揺さぶってみたり、抓ってみたり。でもちっとも起きてくれないから仕方ないかなーって」


 お、大声? 全然聞こえなかったぞ、そんなの。


 ……聴覚保護スキルか。

 急所耐性スキルも持っていたはずだが、流石にコナちゃんの一撃を無効に出来るまでには至らなかったみたいだな。

 しかし今日から僕は瞬間移動で登校するのだから、時間的にまだ寝ていられる時間だぞ?

 と思ったのだが、よく考えてみれば、普通なら登校する時間なのに起きて来なければ起こされてしまうよな。これは困った。


 「さぁ、タケルお兄ちゃん、ご飯食べよ、ご飯!」


 真新しい菫色のワンピースに身を包んだコナちゃんに腕を両手で引っ張られ、仕方なくベッドを後にすると、焼けたトーストの香ばしい匂いが漂う一階のリビングまで連れて行かれた。



 朝食を取る為に着いたテーブルには、既にくるみとアヴさんが二人並んで座っていたのだが、二人共何処か様子がおかしい。

 アヴさんはいつもなら頭に『天使の輪っか』が出来る程、艶やかな黒髪のストレートなのだが、今朝は寝起きだからなのか若干ボサボサで寝癖もついてしまっている。

 美女の寝起き姿というのは、何とも色気が漂う……と言いたいところなのだが、目の下の隈が酷く瞳の光も何処か遠くを見つめている。

 意識がこちら側へ帰って来る気配はなさそうだ。

 手にした食パンも一齧りした形跡は残っているのだが、口は一切動いていない。


 くるみはというとアヴさんよりも更に目の下の隈が酷い。

 僕とテーブルを挟んで対面に座るくるみは既に制服姿なのだが、イライラしているのか眉間にシワが寄ったままだ。

 そんな顔をしていたら不細工になってしまうぞ? 何て事言ったらぶっ飛ばされるかな……。


 「……っとに何なのよ、アイツ等」


 くるみがブツブツと呟き始めた。


 「どうしたくるみ? 機嫌が悪いみたいだけれど」

 「もう! お兄ちゃんのせいなんだからね!」


 隈の酷い目でギロリと睨まれてしまったのだが、どうやら機嫌が悪いのは僕のせいらしい。

 詳しく理由を聞いてみると、例のファンクラブのサイトを削除して貰うのに、つい先程まで掛かったのだそうだ。

 ……え? あれからずっと?


 「四時間くらい掛かったみたいだけど何があったの?」


 朝のコーヒーを一口飲んでから聞いてみたのだが、くるみは俯いてモゴモゴと口籠ってしまいハッキリとしない。 

 削除して下さい、で終わらなかったのか? 


 「と、とにかくお兄ちゃんのせいなのよ! サイトは閉鎖されたし、もう心配ないわよ。……やだ、もうこんな時間? 急がなきゃ」


 テレビ画面の隅に表示されていた時間を確認したのか、くるみは慌ただしくリビングを飛び出して行き、玄関の扉がバタンと大きな音を立てた。


 ……食パンを咥えて出て行ったのだが、街角でイケメンとでもぶつかるつもりなのだろうか。

 くるみはファンクラブサイトの削除で寝られなかったと分かったけど、アヴさんは何があったのだろうか?

 斜め前に座る虚ろな表情のアヴさんを、コーヒーを啜りながら観察していると、突然ほろほろと涙を零し始めた。


 『ちょっ、アヴさん一体どうしたんすか?』


 まさか家族に何か悪い事でも起こってしまったのか? と心配しながら、テーブルの隅に置いてあったBOXティッシュを渡してあげる。


 『に、日本語、難し過ぎますよ……』


 ティッシュを纏めて五、六枚取り、涙を拭った後アヴさんの口から、日本語に対する愚痴がどんどん溢れ出して来た。

 どうやら一日中勉強を頑張っていたのに、捗らなかったみたいだ。

 

 『一日で覚えるのは流石に無理だよアヴさん』


 落ち込んでいるアヴさんを励ましてみたのだが、あまり効果がなかったみたいなので、今日僕が帰って来てから一緒に勉強しようよ! と提案してみた。


 『は、はい! それなら頑張れそうです。宜しくお願いします』


 アヴさんは生気を取り戻した後、ティッシュでチーンと鼻をかんだ。

 いつも明るくてしっかりしているイメージがあるアヴさんにも、意外と脆い部分があるんだな、知らなかったよ。


 コナちゃんはそんなアヴさんの様子を、ニコニコと上機嫌で眺めながら、食パンに噛り付いていた。

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