第11話


 みんなが待つ森の集合地点へ到着すると、焚き火を中心として、REINAとルシファーがお互いに背中を預けて眠り、ガゼッタさんは源三の隣で全く同じポーズ、体をだらんと横に倒して涎を垂らしながら気絶するように眠り、モルツさんとホルツさんは自分達で剥ぎ取って来た巨大なワイバーンの骨を前にして、どう加工するかで議論を交わしていた。

 みんなを起こす前に、やらなければならない事を先に済ましておく事にする。


 みんなの所持スキルの『改ざん』だ。


 今のままでは鑑定スキル持ちに、救世主スキルと管理者権限スキルの事が見つかってしまう恐れがあるので、みんなが眠っている間にコッソリと改ざんしておこう。

 自分達でステータスを見る場合は、通常のステータスが見られるように設定し、鑑定スキルでチェックされた場合のみ僕が弄ったステータスと持ち物が表示されるように改ざんする。

 まぁステータスと言っても、僕みたいに攻撃力等の詳しい数値が分かるわけではなく、LV、所持スキルとそのLV、装備品や持ち物くらいしか鑑定スキルでは分からない。

 因みに僕でもこのOPEN OF LIFEの中では、鑑定スキルを使用してもゲームの設定以上の事は分からない。

 一番最初、山賊達にコッソリと鑑定スキルを掛けてみて、素性を調べようとしたのだが、電車の中でオッサン二人を撃退した時のような詳しい情報は得られなかった。

 まぁ雪乃さんも、ステータスは一般のプレイヤーには見られない! と言い切っていたのでステータスの数値の部分は放置していてもいいだろう。

 

 和葉  LV69

 REINA LV68

 †血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファー LV68

 源三 LV67


 ……しかしこれはLVを上げ過ぎだな。

 そりゃワイバーン千九百匹弱、ワイバーンキングを倒して、更に二.五倍のボーナスだもんな。

 皆がLVアップの舞を止めないはずだよ。


 僕もLV79まで上がったのだが、僕を含めて全員をLV10に改ざんする。

 持ち物も量産品の刀、量産品の剣、革の鎧、薬草くらいを幾つか残して、後は全て隠させて貰う。

 所持金も大変な事になってしまっているので、今後全員に分配する事を考えて、5000Gくらいと少な目に全員分改ざんした。

 僕の持っている数多のスキル群は全て見えないように改ざんしたのだが、現在装備している『タイ○ーマスク』の事を突かれた時の為に、洗濯スキルだけは表示したまま、LV1にしておいた。

 和葉が元々所持していたスキルはそのまま放置、ルシファーの『ゴスロリファッション・パープルバージョン レアギフト』と大器晩成スキルは隠させて貰った。

 もしルシファーの装備品がレアギフトだと知られてしまえば、狙われたり、嫌がらせされたりするかもしれないので、勝手に変えさせて貰った。

 ルシファーのステータスはLV68になっても、MPと魔力が1上がっただけだった。

 ……一体いつになったら大きく成長するんだよ。

 でも皆がLVアップでステータスが上がったのに、ルシファーだけ低いままなのは少し気の毒だ。

 ここはガゼッタさんの、とっておきの技術とやらに期待するしかないな。

 対照的に和葉のステータスは物凄く上昇していた。

 『勇気の道着』のステータス上昇率アップの効果がかなり出ている。

 それで和葉の胴回し回転蹴りがあんな事になったんだな……。


 ……あの出来事はみんなには内緒にしておこう。



 話し合いをする為に寝ているみんなを叩き起こす。

 報酬の分配方法を決める為だ。

 本当ならモルツさんとホルツさんのお店で分ける予定だったのだが、荷物が多過ぎてスペースが足りないからだ。


 「……スイマセン、本当にスイマセン! 明日、明日中には必ず――」


 源三は目覚めた途端に、寝惚けて突然謝り出した。

 普段の職場、一体どんな所なんだろう……。

 そんな源三の様子をみんなで笑い合った後、今回の討伐作戦の報酬を発表した。

 クエスト報酬である、1,000,000Gとは別に、ワイバーンから回収した分が約17,000,000Gある事。

 ワイバーンの巣から回収した宝箱が十二個、ワイバーンキングの巣から回収した宝箱が五個と金銀財宝が山盛りある事。

 状態の良いワイバーンの死骸が約三百匹分と、ワイバーンキングの胴体部分が丸々残っている事。

 ガゼッタさんと回収した魔力石が約六百個、内一個はルシファーの物で確定済だという事。

 モルツさんとホルツさん、源三とREINAがワイバーンから剥ぎ取りした素材が山盛りある事。

 少しではあるがワイバーンからドロップアイテムを回収した事。


 改めて今回の戦利品の量を聞いた一同は、口をあんぐりと開けたまま一言も喋らなくなってしまった。

 そして源三がそのまま意識を失いそうになったので、頭を軽くペシっと叩いて起こしておいた。

 この回収した戦利品をどうやって人数分で山分けにしようか? と分配方法を相談してみたのだが、誰からも返事が返って来ない。


 「あ、あの……」

 「ちょ、ちょっと待って下さいタケルさん!」


 僕が困った様子で、モルツさんとホルツさんガゼッタさんに話を振ってみたのだが、唯一ガゼッタさんだけが我に返ったみたいで、何やら慌てふためいている。

 両手をバイバイ! と勢いよく振っている感じだ。


 「報酬が多いです! 多過ぎますって!」


 ガゼッタさん達は僕が迎えに来るまでの間に、今日の報酬の事や今後の事を色々と話し合っていたらしい。

 その中で、自分達の取り分はクエスト報酬であるゴールドが幾らかと、ワイバーンの肉や素材が持って帰れるだけ、魔力石が数個手に入ればそれで充分。

 いや、充分どころか欲張り過ぎかなー、ガハハー! なんて話をしていたとか。

 魔力石を回収していた時も、肩から下げた大きな鞄に十個程詰め込んではみたものの、ちょっと貰い過ぎかなー? とか思っていたそうだ。


 「魔力石を回収して走り回っている時も、ずっとタケルさん達の分を集めているのだと思っていましたよ」


 ガゼッタさんは全身の力が抜けてしまった様子で、両肩をだらんと下ろし深くため息を付いた。


 「……ワシ等も困るわい」

 「そうじゃ、第一そんなに貰うても置いておく場所もないし、肉を保存させておくにも限度があるぞい!」


 モルツさんホルツさんも、困った様子で下火になって来た焚き火へと小枝をくべている。


 「そもそもワシ等は冒険者でもないから、お主らみたいに道具袋も持っとらんし……」


 なるほど。どうやら道具袋は僕達冒険者しか持っていないらしい。

 そしてこの道具袋、食料の保存も効くのだとか。

 大変便利な物なのだが、普通は僕みたいに大量には持てないぞ? と言われてしまった。

 そんなに大量に持てないのであれば、荷物が一杯になれば何処に置いておけばいいのか聞いてみると、駆け出しの冒険者は宿屋で部屋を借り、その部屋の道具箱に仕舞っておくのだそうだ。

 もしくは少々の手数料は取られるが、ギルドの受付で預かって貰う事も可能との事。

 そしてゴールドが貯まれば活動拠点をある程度決め、家を建てたり買ったりして、そこの道具箱に仕舞っておくらしい。


 家か……ファストタウンにも売家があったよな。


 「因みに家って幾らくらいする物なんすか?」

 「うーん、場所や大きさで変わって来るので一概には言えませんが、ファストタウンにある売家で確か1,000,000Gから6,000,000G、ヤマト国やオリエンターナにある主要な都市では最低でも5,000,000Gはすると思いますよ」


 僕の問いかけにガゼッタさんが丁寧に答えてくれた。

 僕が見た売家はファストタウンで1番高い物件だったのか。

 安い物件はクエスト報酬と同じ1,000,000Gか……、うーん。


 ガゼッタさん達には少し待ってて貰って、豚の喜劇団ピッグス・シアターズのメンバーで話し合いをする事にした。



 「家を買うんだな。いいぜ」


 僕が何を言う事もなく、源三が話し合いの内容を理解したのか先にOKと答えて来た。


 「うん、その事なんだけど、僕の考えを聞いて欲しいんだ」


 僕は今回の討伐作戦で、最初から考えていた計画をみんなに話す事にした。


 ……



 


 「どうやら話が纏まったみてぇだな」


 ホルツさんがしゃぶり付いていたワイバーンの骨を後ろの茂みに投げ捨てて話し始めると、その声を聞いたモルツさんとガゼッタさんも僕達の輪に加わった。


 「はい。僕達豚の喜劇団ピッグス・シアターズはパーティーでファストタウンに家を所有します。そして今後ファストタウンを活動拠点にしようという事に決めました」


 その事を聞いたモルツさん達から安堵の表情が零れた。

 そして――


 「私達からもお願いがあるのですが」


 ガゼッタさんが話し始めると、遂にその瞬間が訪れた。

 現実リアルでは何度か見た光景だ。


 ガゼッタさん達三人の頭上に緑の『!』マーク、クエスト依頼のアイコンが表示された。


 『「「「おおー!」」」』


 パーティーメンバーのみんなも初めて見た光景に思わず歓声を上げる。

 しかしガゼッタさん達は僕達を不思議そうな目で見た後、お互いが顔を合わせ、何かあったのかな? という表情をしていた。

 どうやらこのアイコンはプレイヤー達にしか見えていないみたいだ。



 クエスト内容

  ・ヤマト国行商人との取引の手伝いをお願いします!


 クエストの依頼者 

  ・武器屋、防具屋、道具屋の主人達


 クエスト成功条件

  ・ヤマト国行商人を無事ファストタウンまで連れて来る


 クエスト失敗条件

  ・ヤマト国行商人の死亡、又はファストタウンまで連れて来られない


 クエスト報酬

  ・EXP

  ・ファストタウンの住人、ヤマト国行商人の信頼


 クエスト難易度

  ・☆☆


 クエスト受諾条件

  ・ファストタウンの住人、ヤマト国行商人の信頼がある 未達成

  ・ファストタウンに住居を購入する 未達成



 クエストだけが先に表示されたみたいで、受諾条件が未達成となっている。

 さっさとワイバーン討伐クエストをクリアしてしまい、ガゼッタさん達のクエストを受ける事にしよう。


 「そのお願いを聞く前に、先にクエスト達成をギルド会館に報告しに行きましょう」


 豚の喜劇団ピッグス・シアターズのメンバーとガゼッタさん達三人でギルド会館の前まで瞬間移動で向かったのだが――


 「んんんな、んな、んなな……」


 突然目の前の風景が変わった事に驚いた源三が、辺りをきょろきょろしながら口をパクパクさせている。

 おい、山道の岩陰から崖下の森の中に移動した時に一度体験しているだろうが! と思ったのだが、さてはあの時まだ寝ていたな?

 

 『ププッ』

 「……プッ」

 「男なんだからシャキッとしろ!」


 REINAとルシファーは、そんな源三の様子を見ながら両肩を小刻みに揺らし、和葉は源三の背中をバシバシと叩いている。


 クエストを達成して全員無事にギルド会館に戻って来られた。

 和気あいあいと何とも微笑ましい光景だ。



 ギルド会館の重厚な観音開きの扉を開け、心を躍らせて足早にギルドの受付へと向かう。


 そう、キリちゃんだ。

 あのキリちゃんに会えるのだ!

 悩まし気な表情を浮かべていたあの瞳で、お帰りなさいタケルさん! と言って貰えるのだ!



 しかし、現実は違った。




 ……テメェー等、今何時だと思ってんだゴルァ!


 氷のように冷たいキリちゃんの視線が僕達を出迎えてくれた。



 <魔力石とは……>

 <ギルドカードという物は……>


 そんな内容の張り紙が、ギルドの受付の壁一面をびっしりと覆っている。

 どうやらキリちゃんが早速僕の提案を実行したみたいだ。

 乱雑にバシバシと貼られている所を見ると、余程質問される事にウンザリとしていたのだろうな……。

 しかし、ここのギルドの受付ってキリちゃんしか居ないのだろうか。

 そうなってくると、キリちゃんは24時間ずっとここに居て、睡眠時間がない事になってしまうのだが……。


 絶対零度の視線を浴びせ続けているキリちゃんへと、腰が引けながらもヨロヨロと近付いて行く。


 「キ、キリちゃん?」

 「……何か御用ですか?」

 「ク、クエスト達成の報告に来たんだけど……」


 お、おかしいなぁ……キリちゃん、僕達が出発する前にデレたはずなんだけどな……。

 ガゼッタさんと相談しながら、価値が低そうなワイバーンの魔力石三百個を選びキリちゃんに提出する。

 キリちゃんは少々驚いた様子を見せながらも、相変わらず視線は鋭いままだ。

 ワイバーンキングの首は何処に置けばいいのかな? と聞いてみると、そこの壁際へ置けと顎先でクイクイと指示された。

 結構大きいのだけど、こんな場所に置いても大丈夫なのかなぁ……。

 キリちゃんに指示された通り、乗用車程の大きさのワイバーンキングの頭を道具袋から取り出しドスン! とギルド会館の壁際へと放り出す。


 『「「「「「「「おおー! ……んん?」」」」」」」』


 いつの間にかバーのマスターまでが近くまで見に来ていて、僕が道具袋から取り出した物を間近で見て歓声を上げた後、みんなが不思議そうにワイバーンキングの額の一部分を眺めている。

 キリちゃんは何故か無関心だった。


 『……何、コレ?』


 REINAがワイバーンキングの額の部分に、まるで角が生えているみたいに突き刺さったままの、二枚のBlu-rayディスクを指さした。

 片方のディスクの表面には、スーツ姿のキリちゃんが何かを踏み付けているみたいなポーズを決めている写真がプリントされているのだが、絵面と突き刺さっている角度的に、小さなキリちゃんがワイバーンキングの頭を踏み付けているみたいに見えている。


 このお宝映像は、しっかりとメモ帳機能にキャプチャー付きで保存させて頂きました。


 もう一枚のディスクの表面も確認してみると、両肩を露わにしたノイ子さんがプリントされていたのだが、こちらのディスクは深く突き刺さっており、やっぱり鎖骨の辺りまでしか確認出来なかった。


 「……ブ、Blu-rayディスクだぁ?」


 引き抜いて全容を確認しようとしたのだが、先に源三がぼそりと呟いたその瞬間――


 笹喰ってる場合じゃねぇ!


 鬼気迫る表情のキリちゃんが両足を揃えて華麗に受付カウンターを飛び越えると、二枚のBlu-rayディスクを掻っ攫うようにワイバーンキングの額から回収し、そのままギルド会館建物の奥へと引っ込んで行った。


 「だから私は嫌だって言ったんだよー! うわーーーん」


 泣いていたみたいだったので、ちょっと申しわけない気分になったのだが、これから一体どうすればいいんだ?

 その場に居るみんなで途方に暮れていると、ギルド会館の奥に引っ込んだキリちゃんが戻って来た……のだが、何やら様子がおかしい。

 寝ぼけ眼で、可愛らしいパジャマ姿だ!

 大きな欠伸を掌で隠しながら歩いて来るのだが、漫画やアニメでしか着ている人を見た事がない、帽子もセットになっている白地にブルーの水玉模様が可愛らしい、ちょっとサイズが大き目なパジャマ姿だ。


 このお宝映像も、光速でメモ帳機能にキャプチャー付きで保存させて頂きました。


 「あら、あなたは!」


 少し嬉しそうに駆け寄って来てくれたのだが、先程と反応が違い過ぎる。

 一体どういう事なんだ?


 「……は! ス、スイマセン、こんな格好で――」


 どうやら自分がパジャマ姿だった事を忘れていたみたいなのだが、今まで寝ていたのか? 先程とは別人の設定なのか?


 「姉のキリちゃんに暫く変わって! と起こされてしまいました……」


 話を聞くとこのギルドの受付は、パジャマ姿のエリちゃん、双子の姉である先程のキリちゃんが二交代制で業務をこなしているらしい。

 今日は二十時から明日の二十時までがキリちゃんの担当で、エリちゃんは明日二十時からの担当だというのに叩き起こされたのだとか。

 丸一日仕事して、丸一日休みの交代勤務か、結構過酷だな。

 この時間は人が少なく休める時間だったのに、僕達が来たからキリちゃんは不機嫌だったんだな。


 ……ふむ、そう言われてみると、ポスターおたからのキリちゃんには神秘的な胸もとが確認出来たのだが、このエリちゃんには……、パジャマの上からでは秘境の存在は確認出来ない。

 真っ直ぐだ。


 「……師匠?」

 

 視線で秘境探索を行っていると、後ろから和葉の物凄い殺気が溢れ出て来ているのが分かったので、クエスト達成報告をさっさと済ませる事にする。


 「あ、あのクエストを本当に達成して下さったのですね! ありがとうございます」


 エリちゃんにワイバーンキングの頭を確認して貰うと、パジャマ姿のまま深々とお辞儀をしてくれたのだが、その拍子に頭に被っていた可愛らしい水玉模様の帽子が脱げてしまい、足もとにポロリと落ちてしまった。


 ……ドジッ子属性まであるのか?


 その後パジャマ姿のまま通常業務を捌くエリちゃんと、僕達ファストタウンで家を買うんですよー! 等とカウンター越しに世間話をしていると、視界にクエストクリアの文字が表示された。

 豚の喜劇団ピッグス・シアターズのメンバー達は初めてのクエストクリアに、視界に表示された文字を確認し合ったりしながら喜んでくれている。


 「ではこちらが報酬の1,000,000Gになります。……よいしょっ!」


 エリちゃんはギルド受付カウンターの中にある金庫から、Gと書かれた布袋を重そうに持ち上げ、受付カウンターの上にドンと置いた。


 「他のクエストも確認して行きますか?」


 後でみんなで分ける為に、僕がゴールドを受け取っている最中、エリちゃんが他のクエストを勧めてくれたのだが、今日はこの後やらなければいけない事があるから、また明日来ます! と言ってお断りしておいた。


 「また明日来てよねー、待ってるからねー!」


 エリちゃんが笑顔で手を振って見送ってくれたのだが、明日寝不足になっていなければいいな。



 ……バーのマスターはいつ寝ているんだ?




 疑問が残ったままだったのだが、ギルド会館を後にして、真っ暗なファストタウンの町をみんなでぞろぞろと歩く。

 僕が最初にファストタウンへ辿り着いた時に、金額をチェックした売家を購入する為だ。

 6,000,000Gだったが、パーティーメンバー全員でお金を出し合い、パーティーで所有しようという事になったのだ。

 町を歩いている最中、1,000,000Gの売家の前も通り過ぎたのだが、探索マップで調べてみると家の中はやっぱり狭かった。

 

 そんなショボイ家には絶対に住まん!


 この家を僕が探索マップで見ている最中、横でルシファーが無言の圧力を掛けて睨んでいた。

 ルシファーは意外と見た目に拘るんだよなー。

 『ゴスロリファッション』も絶対に脱がない! と言い切っていたからな……。


 「……妥協点」


 6,000,000Gの家の前到着すると、ルシファーの合格も貰えた。

 探索マップで見ると、家の広さは二階建てで、町中でよく見掛ける一軒家程だった。

 ふーん、こんなモンなのか……と探索マップで拡大させたり立体的に表示させたりしていると、マップの隅に妙な物が一瞬映った。


 何だったんだ、今のは?

 広域表示に切り替え、マップの隅に映った物を確認してみると、とんでもない物を発見してしまった。


 「おや? ……そうですか。デハさんも引っ越し為されたのですか」


 ガゼッタさんは僕達の購入予定の売家の隣の家? 飼育小屋? を見ながら、残念そうに嘆いた。


 「そのデハさんというのはどんな方だったのですか?」


 色々と気になる事があったのでガゼッタさんに尋ねてみた。


 「そうですね……、かなり変わった方だったのですが、バーでお酒を飲み、酔っぱらい出すと、『俺は昔、トレジャーハンターとして活躍していたんだー!』と叫び始めるのは有名で、この町の人なら誰でも一度は聞いた事があるのですが、普段が普段なだけに、誰もその話は信じていませんよ。でも決して悪い方ではなく、面白い人でしたよ」


 ガゼッタさんの話を聞き、僕は迷わず決断した。


 「みんな、この家を買うのは止めて、そっちの家を買おう!」


 僕は元デハさんが住んでいたという、500,000Gの売家、見た目は完全に豚小屋みたいな三坪程の小さな平屋を指差した。

 外見はボロボロで、家の玄関である引き戸の鍵も、機能するのかどうか怪しいくらいに建付けも悪そうで、引き戸自体も劣化が進んでしまっている。

 窓もガムテープっぽい物で割れた個所を修繕してあるのだが、もはや窓としての面積よりもガムテープっぽい物が貼られている面積の方が広い。


 『「「ええー!」」』


 源三、和葉、REINAからはブーイングと、頭大丈夫か? という視線が容赦なく向けられたのだが、ルシファーからは何も聞こえて来ない。

 もしや妥協点だったのかな? と思い、デハさんの家を見つめたまま停止しているルシファーの顔を覗き込んでみると、死んだ魚のような目をしたまま気を失っていた。


 「……フ、フフフ、我が眷属よ、遂に邪神に毒させて正気を失ってしまったのですね。いいでしょう、この†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーが『灼熱乱舞インフェルノヴァラーレ』で其方を冥府の彼方へと葬り去ってあげましょう」


 気絶から回復したルシファーが、いつものおかしなポーズを取りながら、中二病全開で饒舌に僕の意見に反対した。

 しかし僕も今回だけは自分の意思を曲げるつもりはない。


 「じゃあ僕が個人でこの家を買うから、家の中を見て気に入らなければこの6,000,000Gの家も買おうよ」

 「……まぁタケルがそう言うなら、別にいいけどよ」


 仕方ないかとみんなが渋々納得してくれた。



 買う家も決まったので、ガゼッタさん達に今後の事を相談させて貰う事にする。

 メンバー全員で話し合って決めた事だ。


 「ガゼッタさん、モルツさん、ホルツさん、今回の報酬で僕達の家の購入代金以外、全てをお三方にお渡ししようと僕達は考えています」

 「えー! ど、どういう事ですかー?」

 「……成程、そういう事か」


 ガゼッタさんは僕の提案に驚いた様子だったのだが、寡黙なモルツさんは一人、察しが良いのか理解したみたいだ。


 「なんじゃい、ワシ等にも分かるように説明してくれんか?」


 ホルツさんはサッパリ理解していないみたいだった。

 豪快な前払いみたいなモンなんだろ? とモルツさんに聞かれたので、それもあるのですが、と付け加えてから僕達の計画を話した。


 今回の討伐作戦で回収した、素材や魔力石で僕達の装備を揃えて欲しい事。

 料金は報酬から引いてくれて構わないという事。

 残った素材や魔力石、ワイバーンの死骸は僕達の家の道具箱に置いておくので、いつでも好きな時に使ってくれていい事。

 それらを使ってヤマト国の行商人と商売をして、このファストタウンをもっと発展させて欲しいという事。

 そして今後も僕達はファストタウンを拠点として活動し、各地で色々なモンスターや魔力石を狩って来るので、それらを使って今後も装備を作って欲しい事。

 その分の素材も余れば自由に使ってくれていいという事。

 それらの全てを話し終え、お願いしますと頭を下げた。


 「そういう事でしたら、尚更我々はそんなに報酬を頂くわけにはいきませんよ」


 ガゼッタさんはやれやれといった感じで首を横に振った。


 「どうしてですか?」

 「そんなの、私達の利益の方が大き過ぎるからですよ! そもそも今後も素材や魔力石を仕入れて貰えて、尚且つ道具箱も使わせて貰えるのであれば、私達が報酬をお支払いしたいくらいだ!」


 物凄く怒られてしまった。


 

 結局ガゼッタさんには1,000,000G、魔力石三十個とワイバーンの素材を少し。

 モルツさんとホルツさんにはそれぞれ1,000,000Gと自分達で素材を剥ぎ取りした分、ワイバーンの死骸丸々二匹分。

 これ以上の報酬は何を言っても受け取って貰えなかった。

 そしてヤマト国の行商人と交渉するまで、他の荷物は道具箱へと仕舞っておいて欲しいとお願いされた。


 装備品の方は我々に任せて! とガゼッタさん、モルツさんとホルツさんが快く引き受けてくれたので、僕達パーティーメンバーは自分達のプレイスタイル、欲しい装備品をそれぞれ伝え、宜しくお願いします! とみんなで頭を下げた。

 因みに源三は『ストレス発散になる、ズバーン! ドカーン! っていう武器を頼むよ!』 とモルツさんにお願いしていた。


 その後僕達は購入する家の中を確認する為にその場に残り、ガゼッタさん達は自宅に戻るという事で解散した。



 「……それで? 何でこんなボロっちい家を買う事にしたんだよー?」


 源三が目の前の、元デハさんの家、500,000Gで売家となっている建物を、面妖な物を見る目つきで眺めながら聞いて来た。


 「それは中に入ってからのお楽しみだよ」


 草臥れた玄関の前に立ち、玄関前に表示されたメニュー画面に従い売家を購入する。

 すると売家と表示されていた部分が『タケルの家』という表示に変わった。

 今にも外れてしまいそうな引き戸の玄関を、ガラガラと開けて中に入る。


 『ちょっと、タケル君! 私達も入れるように設定してよ』


 REINAの声を聞き後ろを振り返ってみると、玄関でメンバー達が詰まっていた。

 自分達も入れると思ってついて来たみたいなのだが、REINAが見えない壁に閊えて、その後ろから和葉と源三がぶつかったらしく、二人共両手で顎を押さえている。

 ルシファーは未だに納得していないのか、眉間にシワを寄せたまま外で待機している。

 ごめんごめんと謝りながら、メニュー画面に追加されていた『持ち家について』という項目で、パーティーメンバー、ガゼッタさん、モルツさん、ホルツさんに使用許可を出した。

 こんなオンボロな家ではあるが、許可を出さないと入れないという事で、セキュリティー面での心配はなさそうだ。


 古びた板張りの床で、三坪程という狭いスペースには、引き戸を開けてすぐ左側のスペースに、衣装ケース四個分程の大きさの道具箱が一つと、引き戸を開けた正面の位置にシングルサイズのベッドが一つ備わっているだけだった。


 「べ、ベッドが一つしかない……よ? し、師匠」


 和葉が何を勘違いしたのか、俯きながら壁をガンガン殴り始めた。

 ……家が壊れそうだから止めてくれないかな? 衝撃で窓と引き戸が外れそうだ。

 このままだと購入した家が早々に廃墟になってしまいそうなので、素早く目当ての物を探す事にする。


 道具箱は普通の木箱なのだが、開けてみると中身が真っ暗で何も見えない。

 真っ暗というより、真っ黒と言った方が正しいのかな?

 試しにワイバーンの死骸を丸々一匹入れてみたのだが、見た目では何も変化がなかった。

 道具箱に現在仕舞われている物の一覧表みたいな場所に、『アル・ワイバーンの死骸×1』と表示されただけで、ミニチュアのワイバーンの死骸が道具箱の中に現れる、等という事もなかった。


 そして道具箱本体を動かそうとしたのだが、ビクともしないし、頑丈で破壊も出来そうにない。

 僕の驚異的なステータスで動かないのだから、完全に固定されているのだろう。

 道具箱を何処かに持って行かれたり、破壊されたりといった心配もないわけだ。


 となると怪しいのはこのシングルベッドか。

 道具箱を調べている間に、源三がベッドで安らかな眠りについていたので、源三を乗せたままベッドを片手でひょいと持ち上げ、玄関の方へ移動させる。

 ベッドの置いてあった床を這いつくばって、くまなく調べてみると……あった。


 『タケル君、一体何してるの?』


 不審な行動を続けている僕を見兼ねて、REINAが尋ねて来た。


 「これを探していたんだ」


 見つけたスイッチらしき物を押してみると、シングルベッドが置いてあったスペースの古びた床が、ゆっくりと部屋の両端へとスライドし、その下から隠し階段が現れた。

 僕が6,000,000Gの売家を探索マップで調べていると、偶然にもマップの隅にこのデハさんの家から町の外へと向かって伸びている、一本の長い地下道を発見する事が出来たのだ。

 そしてこの狭い部屋には、何処かに隠し扉があるのだと考え、そのスイッチを今まで探していたのだ。


 『「おおー! 隠し階段だ!」』


 REINAと和葉が声を上げると、その声に引き寄せられたのか、外で待機していたルシファーも家の中へささっと入って来た。

 現れた隠し階段は、外観の豚小屋とは程遠いモダンな階段だ。

 コンクリートっぽい壁に階段部分の黒い天板がぶっ刺してあるのだが、それが十メートル程下まで続いている。

 かなりの深さなのだが、隠し扉が開いた瞬間から、壁に埋め込まれていた幾つものセンサー付きのライトによって、煌々とその階段の下まで照らされている。


 ベッドで寝ていた源三を背負い、先頭に立って階段を降りる。

 階段を降りている途中から、何処からともなく心地よいクラシック音楽が流れ始めた。

 デハさんというのは、かなりの趣向人みたいだ。

 階段を下まで降りると、今度は真っ直ぐに伸びた通路へと変わり、その遥か先までが幾つものセンサー付きライトによって照らされている。

 通路の幅はそれ程広くはなく、豚の僕が二人すれ違うのがギリギリかな? というくらいだ。

 床と天井もコンクリートの打ちっ放しみたいな通路で、突き当りまでは五十メートル程。 

 クラシック音楽の聞こえる地下通路を奥へと歩いて行くと、遂にファストタウンの範囲外まで出てしまった。

 町の範囲外という事は、家の中で魔法を使って攻撃も出来てしまうのか? 後で試してみるか。

 歩き続けて地下通路も残り十五メートル程になって来ると、金属製のオシャレな黒い扉が通路の左右に五つずつ計十個と、通路の正面に真っ白で大きな扉が見える。

 試しに右側の一番手前の黒い扉をと開けてみると、大きなベッド、道具箱、ソファー等が置いてある、家の外見からは想像もつかない程オシャレなゲストルームだった。

 

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