第10話


 集合地点にはモルツさん、ホルツさん、源三とREINAの剥ぎ取り回収チームだけが戻って来ていた。

 どうやら魔力石回収チームは未だに苦戦しているみたいだな。

 モルツさんとホルツさんが焚き火を起こしてくれたみたいで、慣れた手付きで獲れたばかりのワイバーンの肉を大型のナイフにぶっ刺して豪快に焼いている。

 そのすぐ傍では源三が涎を垂らしながら白目を剥いて横になっており、REINAも背中を丸めて座っている。


 「おお、帰って来おったか。ワシ等はもう荷物がいっぱいになってしもうたんで、これ以上の回収は諦めたんじゃ」

 「そうなんすか? REINA達はまだ持てるんじゃないの?」

 『無理よタケル君! 何だか体が凄く重たいのよ。多分これって重量制限じゃないの?』


 へ? 重量制限? ……あ、あるの? 僕普通に動けますけど?


 『タケル君から聞いていた通りどんどん道具袋に仕舞っていると、途中から体が重くなって来たのよ。最初疲れて来たのかな? なんて思ってたのだけど、それでも荷物を仕舞っていたらある時から急に体がドスンと重たくなって、もう動くのも大変なのよ……』


 あー、それ重量制限だな。

 しかも二段階で重くなるみたいだな。

 しかし、何故僕は大丈夫なんだ? ステータスか、スキルか? スキル……そんなの持ってたっけ?



 

 ……持ってた。

 運搬スキル、多分これだ。

 因みにこれはくるみを悪漢から助けた後家まで帰る時に、くるみをおんぶして歩き出してすぐに貰えた奴だ。


 ちょっと待て、和葉は大量に荷物持ったまま、凄いスピードで動いていたぞ?

 何なんだ、あの人は……化け物め。


 REINAが身体が重くて辛そうなので、少し荷物を持ってあげる事にした。


 『これよ、絶対これが重いのよ』


 道具袋から四メートル程はある、茶褐色の大きなワイバーンの翼を二枚取り出すと、地面へと放り出した。


 『ああ、やっぱり。軽くなったわよー』


 あ゛あ゛ーとか言いながらパンダが左手で右肩を押さえ、右腕をグルグルと回しながら、首を左右にコキコキと倒している。


 ……だからさ、そんなオッサンみたいな仕草をするパンダとか見たくないんだってば。

 一体何歳なんだよREINAって……。

 しかしこの翼だけで、そんなに重量が変わるのか。

 ……僕推定で三百トンくらい荷物を持っているんだけど、まだ少しも身体が重くなったと感じないぞ?

 取りあえず、足もとへ放り出されたワイバーンの翼を僕の道具袋へと仕舞い、ガゼッタさん達の魔力石回収を手伝う為にREINAも連れて向かった。




 「……くっ、これも強くなるための修行だ!」


 ガゼッタさんの隣で和葉が足をプルプルさせながら歩いている。

 遂に二段階目の重量制限に達したみたいだ。


 「和葉、少し持つよ」

 「い、いや、アタシより先にその子の分を持ってあげて」


 和葉の視線の先で、ルシファーが顔面蒼白で全身をプルプルさせながら立っている。


 「ほら、僕が持ってあげるから、道具袋から全部出して」


 ルシファーは、妾への貢物だから誰にも譲らんと頑固だったのだが、時間がないのだから急がないと他の貢物が回収出来なくなるよ、それでもいいの? と説得すると、ようやく道具袋から魔力石と思われる物がゴロゴロと十五個程出て来た。


 「いや、だから全部出しなって。重いんだろ?」

 「……これで全部」


 はぁ? 嘘だろ? と一瞬思ったが、ルシファーのステータスがなのを思い出した。

 しかし、これで何となく理解出来た。

 持ち運べる量はステータスも関係しているな。

 足もとに転がった魔力石を僕の道具袋へポイポイ仕舞っていき、一番大きくて綺麗なやつだけをルシファーに返して、これだけはルシファーが持っていていいよと手渡す。

 ルシファーは受け取った魔力石を陶酔した表情で眺めた後、自分の道具袋へと大事そうに仕舞った。

 ハンドボール程の大きさで表面がゴツゴツとした、岩の破片みたいな塊だったのだが、透き通った鮮やかな瑠璃色で、中で何か靄のような物が蠢いているのが確認出来た。


 「和葉は大量の武器や道具を持っていただろ? あれを僕が持ってあげるよ。分ける時にややこしくなるからさ」

 「そ、そうだね。出来ればアレ、全部アンタ……、いや、し、師匠が持っててよ。 アタシには必要ないからさ」

 「持っているのは全然いいけど、その師匠ってのは何だ?」

 「へへ、師匠といればアタシは確実に強くなれる。だからこれからもよろしく頼むよ師匠!」


 和葉の前に山盛りの武器、道具がどんどん積まれ……っておい! さっきの山道に積んだ分より全然多いじゃないか! どれだけ持ってるんだよ!


 「これだけ持っていて重くなかったのか?」

 「うん、重かったよ? でもひたすら連勝していたから、これって対戦相手へのハンディキャップなんでしょ? これくらいないと勝負にならないからね」


 僕に負けたのに体が重いままだったから、おかしいなぁー? とは思っていたらしい。

 ……僕と対戦した時もまぁまぁ早かったぞ? あれで体が重い状態のスピードだったのか。

 和葉って実は現実リアルでは、とんでもない達人なのでは?

 しかし、今の見た目ではそんなに達人! って程の年齢にも見えないし……。


 「……和葉って今幾つ?」

 「へ、年齢? 十七歳だよ。師匠は?」

 「僕は十五歳」

 「えええ! そ、そんなぁ……」


 絶望的な表情で叫んだ後、和葉は力なく膝から崩れ落ちた。

 ふん、悪かったね、十五歳に見えなくて。


 「と、年下に……アタシが年下に負けただなんて……」


 どうやら僕の見た目がおかしいからショックだったわけではなく、自分より年下に勝負で負けた事が相当ショックだったみたいだ。

 しかし和葉は十七歳かー、結構見た目通り、いや、恐らくこのアバターは、和葉自身なのだろう。

 同年代であの技のキレか……凄いな。



 私に年齢の話を振ったら殺す!


 そうだ、REINAにも年齢を聞いてみよう! と視線を送ったのだが、パンダの眼を見た瞬間に慌てて視線をぐりんと逸らした。

 REINAの視線が暗殺者アサシンのそれと同じだった。

 これは駄目なヤツだ。

 元々怖い顔が一段と怖くなっていた。

 今後何があってもREINAに年齢の話を振っては駄目だと、脳裏に刻んでおこう。


 その後、ほらほら時間がないんだから立って立って、と落ち込んで四つん這いになっていた和葉の脇を抱え、ズルズルと引き摺って歩く。

 どうやらガゼッタさんが次の獲物を魔力石にするみたいで、損傷の激しい死骸の傍で立ち止まり、手に持っていた趣のあるランタンを足もとへと置いた。

 僕もその様子を見学させて貰う事にする。


 「どうやらこのワイバーンも価値の低い魔力石にしかならなそうなので、この魔力石はギルドに提供する分にしよう」


 ガゼッタさんはワイバーンの死骸へ両手をかざし、何やらブツブツと呟いた後に魔力石の価値を品定めした。


 「ガゼッタさん、一体何処で魔力石に封印した時の価値を判断しているんですか?」


 ガゼッタさんは損傷の激しい死骸を魔力石へと封印した後、僕の質問に、フフン! と得意気な表情を浮かべながら、色々と事情を話してくれた。


 ガゼッタさんは幼少期より、父親から鑑定士としての英才教育を受けて育ち、その能力を今でも磨き続けているので、『鑑定』スキルを所持しているのだそうだ。

 そして、同じモンスター同士の個体であっても、よりLVの高い個体の方が魔力石として価値の高い物に封印出来る事が多いそうだ。

 しかし、LVが同じ個体であっても魔力石としての価値に差が出る場合が多々あるみたいで、一概には言えないのだそうだ。

 でも魔力石って名前なのだから、魔力が高い個体の方が、より良い魔力石になるのではと思い、道具袋の中のワイバーンの死骸を鑑定とステータス閲覧で見ながら漁る。

 そして、同じLV21のアル・ワイバーン、こいつはステータスが高くて攻撃特化タイプの方なのだが、その中でも魔力が高い方と低い方の二体を選び、ガゼッタさんの目の前に放り出す。

 更にアル・ワイバーンよりも魔力が高くて魔法を使う、LV19のプラ・ワイバーンの死骸も、魔力が高い方と低い方の二体を放り出した。


 「「ひぃぃーー!!」」


 ガゼッタさんは突然の事に驚いて尻モチを付いてしまったのだが、ルシファーも一緒にビックリしていた。

 和葉は今、アル・ワイバーンの鼻面をガシガシ蹴飛ばしている最中である。

 検証が済むまでは壊さないでよ?

 REINAは先程ガゼッタさんが封印させた、小さいミカン程の大きさの魔力石に夢中で、こっちの事などほったらかしだ。


 「ガゼッタさん、この四体だとどの個体の魔力石が一番価値が高そうですか?」

 「いやはや、これは驚きました。こんなに良い状態のワイバーンの亡骸、滅多にお目に掛かれませんよ」


 ガゼッタさんは何やら夢中になり始めて、ワイバーンの細部をあれこれ弄り始めた。

 道具屋さんの職業病なのか、鑑定士魂に火が点いたのかは分からないが、とにかく急いで下さいと伝える。


 「ああ、ス、スイマセン、つい夢中になってしまって……」


 恥ずかしそうに頭をペコペコ下げた後、一体のワイバーンの死骸の前で足を止めた。


 「ふむ、どうやらこのワイバーンの魔力石が一番価値が高そうです」


 ガゼッタさんはLv21のアル・ワイバーン、魔力の高い方である個体の頭をペシペシと叩いた。

 あれ? 意外だな、そっちなんだ。

 てっきりプラ・ワイバーンの魔力が高い方を選ぶと思ったのだが。


 ガゼッタさんの鑑定結果を確かめる為に、今度はその四体の死骸を実際に魔力石へと封印してみる。

 魔力石に封印するのは、私がやってもタケルさんがやっても違いは出ないよ、との事だったので、僕が四体とも魔力石へと封印してみる。


 四体のワイバーンの死骸が薄っすらと白い光を放ち始めると、瞬く間にその光が輝きを増す。

 死骸の細部が判別出来ない程眩しい光を放つ塊が、ぐんぐんとその外形を縮めて行く。

 それぞれが小振りなリンゴくらいの大きさまで縮まると、光の色が白から青へと変化し少しずつ光が弱まり始めた。

 光が完全に消え、辺りが再びランタンの照らす優しい光に包まれると、圧し潰された草むらの上には、小さな瑠璃色の魔力石がコロンと転がっていた。


 「では一個ずつ順番に調べていきましょう」


 ガゼッタさんは僕が封印した魔力石四個を順番に手に取り、先程と同様に両手に意識を集中させて鑑定を始めた。


 「……ふぅ、やはりこの魔力石が一番価値が高そうです」


 ガゼッタさんは、LV21のアル・ワイバーン、魔力の高い方の個体を封印させた魔力石を僕に手渡して来た。

 因みに二番目はアル・ワイバーン、魔力の低い方。

 三番目はプラ・ワイバーンの魔力が高い方だった。

 やはり魔力は関係しているみたいなのだが、それよりもモンスターの種類、LVの方が大きく関わっているみたいだ。


 しかし、よく分からないんだよな……。


 「ガゼッタさん、そもそも魔力石って何に使う物なんすか?」

 「タケルさんは今まで使った事がないのですね?」


 本当に変わった人だと呟いた後、ガゼッタさんは魔力石の使い方を説明してくれた。


 どうやら魔力石というのは、モンスターの魔道エネルギーを結晶化させ封印させた物らしい。

 魔道エネルギーが何なのか分からなかったので聞いてみたのだが、モンスターの魔核で凶暴さ、凶悪さの源なのだそうだ。

 うん、さっぱり分からん。

 要するにあれだ、強くて悪い奴程良い魔力石へと封印出来るんだろ? 多分そんな感じだ。


 魔法を使い過ぎた場合、体内の魔力が枯渇してしまい、体が非常に怠く重くなるらしいのだが、その際この魔力石をエネルギーとして変換出来るのだそうだ。


 何故MPじゃないんだ? と一瞬思ったが、よく考えたらMPが見えるの僕だけだった……。

 だから『MP切れ』じゃなくて『魔力の枯渇』なんだな。

 ルシファーがよくやってた、『く、魔力を使い切ったか……』っていうヤツ、やっぱりあれってただの演技じゃなかったんだな。

 MP切れを起こすと本当にあんな風になるのか……、MP枯渇した事ないから知らなかったよ。


 要するに魔力石というのは、携帯バッテリーみたいな物なんだな。

 持ち運び可能なMP回復アイテム……か。

 皆には僕が【チャージ】でMPを分け与えてあげれるので、あまり必要はなさそうだな。



 「……と、はこういう物なんですが……ね」


 ガゼッタさんは瞳の奥をキラリと光らせ、不敵な笑みを浮かべた。

 

 ガゼッタさんは父親から鑑定技術の他にも色々と仕込まれて育って来たそうだ。

 そのうちの一つが、魔力石を使って装飾品を作る技術なのだとか。

 その装飾品を身に着ける人専用に加工し、その人の能力を高める事が可能なのだそうだ。


 「別に装飾品じゃなくてもそのままでいいんじゃないっすか?」


 何の気なしに、ぽろっと口から溢れ出てしまったのだが、何故かルシファーとREINAに鬼の形相で睨まれてしまった。

 ガゼッタさんも、別に見た目の為だけに装飾品へと加工するわけではないよ? と笑顔を浮かべていた。


 「ではこの大きな塊のまま、ブラブラとぶら下げて戦闘するかい?」


 冗談っぽく言われたので、それもそうかと納得した。

 ルシファーが大事そうに仕舞った魔力石、相当デカかったもんな……。


 普通、魔力石を小さく削ってしまうと、その能力も縮小してしまうそうなのだが、ガゼッタさんは魔力石の能力をほぼ維持させたまま、ある程度の大きさまで縮小させる事が可能なのだとか。

 その際、ただ小さくするだけだと魔力石の能力が減少してしまうそうなので、様々な形へと加工する必要があるのだそうだ。


 「フフ、父から色々と教わって来ましたが、遂にこの技術が花開きそうですよ」


 両手に抱えた大小様々な魔力石を見つめながら、ガゼッタさんが両目をキラリと光らせる。


 「更に父をも超えた、私のオリジナルの技術もご覧に入れますよ」


 今は時間がないので出来ないが、帰ってからまた詳しく説明しますよ、と両手に持った魔力石を僕に渡してくれた。


 「今まで幾度となく投げ出してしまいそうになりましたが、ここまで諦めずに技を磨いて来て良かったよ」


 ガゼッタさんは感慨深く僕達を見つめ、優しい笑顔で微笑んだ。




 「はぁ、はぁ、日頃の運動不足が影響してしまいました。も、申しわけないですが……」


 大急ぎで魔力石をみんなで回収し、魔力石が六百個を超えたところで、ガゼッタさんの体力が限界に達した。

 

 「い゛、今は動かさない、で……うっぷ」


 和葉がおんぶしようとすると、顔を紫色にしたガゼッタさんの口から何かが飛び出しそうだったので、みんなで一度瞬間移動で集合地点へと戻った。


 「僕は残りの死骸を全部ゴールドに換算してくるよ。みんなはここで休んでていいよ」


 ホルツさんから焼けたワイバーンの肉を一つ貰い口に咥えたまま、一人森の中へと戻る事にした。


 森の中で上空百メートルくらいまで大ジャンプをし、眼下に広がる森の中に横たわっているワイバーンの死骸の位置を、メニュー画面のメモ帳機能で視界をキャプチャーし、その映像をもとに超ダッシュでゴールドを回収して行く。

 しかしドロップアイテムを落とすワイバーンが異常に少ない。

 これは山の麓でワイバーン達をステータスチェックしていた時も思った事なのだが、金銀財宝と同じで殆どワイバーンキングに没収されていたのだろう。

 ワイバーンキングの野郎、本当に悪い奴だな。

 まぁ既に全部没シュート済なんだけど。


 何度かジャンプ&回収を繰り返し、二十五分少々で全ての死骸から現金の回収を終え、みんなの所へ戻ろうとしたのだが大事な事を忘れていた。


 Blu-rayパッケージの中身の確認だ。

 この世界でBlu-rayが見られるのかどうか等、今は只管どうでもいい。

 道具袋から取り出したパッケージには、味気なくマル秘と描かれているのだが、今では初めて見つけた宝箱を開けるような気分だ。

 パカリとパッケージを解放させると、そこから無限の光りが溢れ出す。

 ケースの中のポケットのような構造になっている部分にポスターおたからが眠っているのだが、現在僕のテンションはMAXだ!


 既に『キリちゃん』という文字が見えているからだ!


 エルフのキリちゃんキターーー!!!


 傷を付ける事など許されるはずもなく、そのままゆっくりと小さく折り畳まれたポスターおたからを少しずつ広げる。

 胸の鼓動が早くなり、時折手もとの微調整が狂いそうになる。


 プルプルした手でポスターおたからを広げきった瞬間、あまりの眩しさと衝撃に僕の両膝が自由を失った。

 真っ赤なビキニタイプの水着姿で、四つん這いのポーズを取ったエルフのキリちゃんが、悩まし気な表情を浮かべて僕を、僕だけを見つめていたのだ。


 「……師匠何やってるの?」


 突然後ろから和葉の声が聞こえて来たのだが、この時僕の取った行動は速かった。

 恐らく人生で一番素早く動いただろう。

 和葉の声が聞こえた時には、もう既にポスターおたからは道具袋へと仕舞い終えていたのだから……。

 今の仕舞った衝撃でキリちゃんに傷が入ってしまったかもしれない。

 後できちんと確認しなければ!


 しかし、しかし、エルフのキリちゃん。

 まさかファストタウンのギルド会館の受付をしていたお姉さんが、エルフのキリちゃんだったとは……。


 「師匠?」

 「あ、いや、何でもないよ? 今全部回収して戻るところだったんだけど、どうしたの?」

 「……今何か見てなかった?」


 和葉の鋭い視線が、僕の瞳の奥に映る嘘を見破ろうとしている。

 こ、この眼に見られては駄目だ、ボロが出る!


 「……師匠女の人の裸見てた」

 「は、裸じゃないもん! 水着姿だもん!」


 口が滑った瞬間には僕の体が回転しながら宙を舞っていた。

 視界が物凄いスピードでグルグルと回りながら流れていく。

 この感じだと、僕は源三がくらっていた和葉の回し蹴りを貰ったみたいだ。


 未来予知スキルで和葉の攻撃は見えていたのだが、あれこれ言い訳を考えるのに必死過ぎて動けなかったというダサい理由は、誰にも言わずに墓場まで持って行こうと思う。



 闇夜の森の中というのは非常におっかない。

 大木の表面の凹凸が、光の当たり具合で魔界の生き物が表情を歪ませているみたいに見えてしまう。

 自分の心理状態を映し出すとかいう、何とかってヤツだが名前は忘れた。


 しかし、現在僕の目の前で仁王立ちしている和葉は本当に怖い。

 そして何故か僕は森の中で正座させられている。

 一分程だったか十分程だったか、時間の感覚は麻痺してしまっていたのだが、暫く沈黙が続いていた。


 仁王立ちしていた和葉が僕に向かって右手を伸ばして来た。

 何だ? どういう事なんだ? お手? じゃないだろうし……あれ、和葉の指って意外と細いんだな。

 格闘技やっているから、もっとゴツゴツしているのかと思ったのだが。


 そのまま上向きだった掌を見つめていると、女性っぽい綺麗な四本の指先がクイクイと二回折れ曲がる。

 ん? 『立って!』って事かな? と正座したまま視線を上へとずらし、和葉の精悍な顔立ちを見上げると、


 さっさと出すもん出せや! 分かってんだろうが? あぁ?


 目尻をピクピクとさせ、鋭い視線で僕を見下ろしていたのだが、和葉は一言も喋っていないのに、何処からともなくそんな声が聞こえて来た。

 怖い。

 マジ怖い。

 パンダの時の冗談とは違う、本気のヤツだ。

 僕は恐怖のあまり、慌てて視線を和葉の足もとへと落とした。

 これって多分ポスターおたからを渡せって事だよな。

 でも一度渡してしまうと、恐らく二度とキリちゃんの悩まし気な表情も、神秘的な谷間も拝む事が出来なくなる。

 それだけは何としても回避しなければ!

 しかし、一体どうすれば……、そ、そうだ!


 道具袋から、和葉が喜ぶを取り出し、和葉の差し出された掌にそっと乗せた。


 『クマ殺しパンチの巻物』だ。

 これを渡せば機嫌を直してくれるかもしれない。頼んだぞ!


 「……ク、クマ殺しパンチの巻物……です」


 僕は恐怖から和葉の顔を直視する事が出来ず、俯いたまま何を渡したのか答えた。

 そのまま和葉の足もとを見つめていると、和葉が僕から受け取ったクマ殺しパンチの巻物を自分の道具袋へと仕舞ってくれた。


 や、やった、……助かった!


 と口もとが緩んだのも束の間、再度和葉の右手が僕の前へと伸びて来て、しなやかな指先を二回折り曲げられたのを見て、上がった口角がもとの位置へと垂れ下がった。


 ……嗚呼、さようならキリちゃん。

 せめて最後にもう一度君に悩まし気な表情で見つめられたかった……。

 心の中でポスターおたからに別れを告げ、道具袋から取り出す。

 この一瞬、道具袋から取り出した瞬間が今生の別れとなってしまうのだから、眼にしっかりと焼き付けなければ!


 道具袋へと仕舞った衝撃で、ポスターおたからは無残な形へと変わってしまっており、ほんの一部分しか確認する事が出来なかった。

 しかも先程見たキリちゃんの衝撃セクシーショットではなく、きちんと確認していなかった裏側の方だった。

 裏側だったのだが、更なる衝撃が僕の脳天を直撃した。


 こ、これは……間違いない。

 OOLHGを装着しながら、はにかんで頬を赤らめていたのは、間違いなくノイズのないノイ子さんだった。

 しかも胸もとまでしか視界には入って来ていないのだが、いつもの民族衣装のような物は着ていない。

 白い肌に綺麗な鎖骨がくっきりと浮かび上がっている。


 この表情、……もしや、もしや全裸なのでは?


 慌てて拉げてしまったポスターおたからを両手で引き伸ばそうとした瞬間、僕の手もとからノイ子さんがフッと消え失せた。


 ど、何処に消えてしまったんだ!


 辺りをきょろきょろ見渡すと、和葉の後方でヒラヒラと宙を舞っているキリちゃんの姿を発見した。


 瞬間移動で助けに行かなければ!


 しかし体がピクリとも動かない。

 ヨルズヴァスの大地に根を張り巡らせているかのように身動きが取れない。

 何故なら和葉の鋭い視線が僕に降り注いでいるからだ。


 まさに蛇に睨まれた蛙状態だ。


 和葉は僕に背を向けると、数メートル先で不規則に舞っているキリちゃんに向かってジャンプした。

 宙でぐるんと体を捻り、全身を縦に一回転させながらスラリと伸ばされた右足の踵で標的を点で捉えると、勢いそのままに地面へと強烈に叩き付ける。

 これはアレだな、縦回転の胴回し回転蹴りっていうヤツだな。

 何回か動画で見た事があるけど、和葉の技のキレが一番凄いな。

 いや、凄いとかいうレベルじゃないんだけど……。

 地面にめり込んだ踵はその衝撃で周囲の大地諸共大きく粉砕し、五メートル程離れた場所に生えていた大木をも薙ぎ倒した。


 僕のポスターおたからは塵一つ残らなかった。


 「……は許さないんだから」


 前回りでくるんと受け身を取り、すっと立ち上がった和葉が小声で何かを呟いた。


 「さぁ、みんなが待っているから戻ろうよ、師匠!」


 笑顔で僕のもとへと駆け寄り、未だに正座している僕の腕を掴み、引っ張ると同時に森の中を走り始めた。


 「どうして僕の居場所がわかったの?」


 僕は森の中を超スピードで移動していたはずなのだが、疑問に思ったので聞いてみると、僕が一人で移動を始めたのを見て、動きに着いて行く事が出来れば修行になると思い、出来る限り後を追い掛け続けていた、との事。

 キャプチャーした写真ばっかり眺めていたから、マップで確認するのをすっかりと忘れていた。


 しかし、あの動きに着いて来るとは……、化け物め。


  

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