第9話


 ピレートゥードラゴンがグレーデン山脈の山間を、低空飛行で通り過ぎて行く。

 その様子をREINAとルシファーは、あばばと震えながらお互い抱き合って見守り、和葉は今にも、勝負よ! と飛び出して行きたそうに、舌舐めずりをしている。

 ピレートゥードラゴンは二度上空を大きく旋回した後、自分のテリトリーである南のピレートゥー山脈の方角へと、貫禄たっぷりに飛び去って行った。

 もうこっち来んなよーとピレートゥードラゴンの背中を見送っていると、REINAとルシファーが抱き合ったまま、体内の空気を一気に吐き出す勢いでブシューと息を漏らしながらその場へとへたり込み、和葉も首筋に湧き出た冷や汗を腕で拭っていた。


 しかし何でこんな所にピレートゥードラゴンがいるんだよ。

 先程ノイズのないノイ子さんの所で見掛けた時、やたらと北側を飛んでいるなーとは思っていたが、夜間はこの辺りを見回っているのか?


 『……そうか! 分かったわよ!』


 REINAが大きなパンダの手をボフっと叩いた。


 『ワイバーン討伐クエストの攻略方法が分かったわよ』


 嬉しそうに話しているのだが、僕にしかパンダ語が伝わっていないので、ルシファーと和葉にもREINAの話の内容を教えてあげる。


 『あのピレートゥードラゴンを、ワイバーン達にけしかけてやればいいんじゃないかしら?』


 おおー成程、確かにREINAの言う通り、ピレートゥードラゴンならワイバーン達相手でも全然問題なく蹴散らせれるよな。

 恐らくワイバーン達も、夜間になるとピレートゥードラゴンがこの辺りを飛び回っているのが分かっているので、巣の中で怯えて息を潜めているのだろう。

 見た目では分かりにくい巣の形をしているなぁーとは思っていたが、ワイバーン達はピレートゥードラゴンにビビっていたのか。

 上空を旋回しているピレートゥードラゴンに弓矢の一発でも放てば、殺気を放ちながらピレートゥードラゴンがこちらに向かってくるだろうし、その殺気に気付いたワイバーン達は観念して戦うか逃げるかを選択するだろうが、どちらにせよピレートゥードラゴンの攻撃力は半端じゃないので、ワイバーン達はブレス攻撃一発で焼き鳥り? 焼きドラゴン? に変わってしまうだろう。


 その間、僕達はこの大きな岩陰でひっそりと身を潜めていればいいのだから。

 REINAの考えが正しいとすると、自分達では戦わなくて済むので、最初の街のクエストとしてもおかしくはないし、ワイバーンキングの首と魔力石三百個という普通に考えれば難しいであろう難易度も、☆四つでも妥当なのではないだろうか?


 『タケル君、どうするのよ? 私の案で行く?』

 「いや、REINAの考えた方法がこのクエストの正規の攻略方法だと思うんだけど、今回は僕が魔法で何とかしてみるよ」


 正規の攻略方法だと、ピレートゥードラゴンが大暴れしてしまうので、ワイバーン達はズタボロ、もしくは灰しか残らない状態となってしまい、モルツさん達も欲しがっている素材が減ってしまうし、何よりEXPが手に入らないのが勿体ない。

 もしかしたらこの後、再びピレートゥードラゴンが舞い戻って来るかもしれないので、さっさと終わらせる事にしよう。


 <おーい! みんなー、まだログインしているのかー? 俺、間に合わなかったのかー?>


 魔法をぶっ放す為に岩陰から出ようとすると、遂に源三から連絡が入った。


 『あら、源三まだ生きていたのね』

 「何かメッセージが入ったよ?」

 「……生きてた」


 他のメンバー達にもメッセージが届いたみたいなのだが、REINAとルシファーは何気に酷いな。


 「ちょっと急いで源三連れて来るから、皆はこのまま待機しててくれる?」


 和葉は分かったと頷いてくれたのだが、REINAとルシファーはこんな所に置いて行かないで! と表情を強張らせていたが、無視して源三の元へと瞬間移動で向かった。




 「遅いよ、源三!」

 「……」


 ノイ子さんが居る小屋の前で、姿勢をだらんとさせて突っ立っていた源三に、後ろから話し掛けてみたのだが源三からは何故か返事がない。

 どうしたんだ? と思い源三の前へと回り込んでみると、源三は虚ろな表情のままスースーと寝息を立てていた。

 これってもしかして……立ったまま寝ているのか? ログイン早々に寝落ちしたのか?

 涎を垂らし、隈の酷い目を薄っすらと半開き状態のまま白目を剥いているのだが、何とも気持ち悪い。

 ……まぁ仕方がないか、普段から仕事が忙しくて寝られていない上に、昨日も五分くらいしか寝ていなかったからな。

 ルシファーから、今日大量のEXPが手に入るかもしれないとのメッセージを受けて、疲れているのに無理してログインして来たのだろう……。 


 <想像を絶する気持ち悪さの源三を今から連れて行くけど、みんな驚いて大きな声を出さないで>


 声を出されてワイバーン達に気付かれると厄介なので、メッセージを送ってから眠っている源三と共に向かう事にした。



 『!!!』

 「……!!!」

 「ひぃぃ!!!」


 酷い有りさまの源三を見たREINAとルシファーは口もとを両手で抑え、何とか声を上げるのを我慢してくれたのだが、和葉からは微かな悲鳴が零れた後、華麗な上段後ろ回し蹴りが炸裂した。

 軸足を踏み込んだ後、一切体の芯がブレる事なく全身を半回転させて和葉のスラリと伸びた長い足が放たれ、空間を切り裂きながら僕の頭上を飛び越して通過すると、踵の部分が隣に突っ立っていた源三のテンプルを綺麗に捉えた。

 源三の体はスピンしながら大きな岩場の奥へと吹き飛び、一言も声を発する事なく『オルガン送り』にされてしまった。


 「むむむ無理無理無理無理無理無理、ゾゾ、ゾンビとかアタシ無理だよ!」

 「お、落ち着いて和葉! あれはゾンビじゃなくて、さっきから言っていたパーティーメンバーの源三だよ!」

 『あら、源三ホントに死んじゃったわね』

 「……源三……アディオス」


 ……咄嗟の出来事で対応出来なかったじゃないか!

 和葉の蹴りが頭の上を通って行ったけど、今までで一番凄い蹴りじゃなかったか?

 REINAとルシファーも、源三に向かって並んで手を合わせて頭を下げている場合じゃないぞ!

 和葉は、だってーとか女子な声を出しながらも、未だに左拳を突き出しながら軽く腰を落とした『残心』の姿勢を保っている。


 と、とにかく源三を助けないと!

 僕はカウントダウンが進んでいる源三のもとへと向かい、隠蔽強化を掛けてから光魔法大魔道で覚える蘇生魔法【女神の誓約ヴィーナスアシェント】を唱える。


 「……んあ、あれ? 何が起こったんだっけか? 確か係長が便所へ行った隙に会社を抜け出して――」


 源三は意識を取り戻した後、随分と前の出来事から状況を整理し始めたので、付き合っていると時間が勿体ないと思いその場で放置し、和葉のもとへと戻った。


 「和葉、は同じパーティーメンバーの源三、もう殺しちゃ駄目だよ?」

 「い、生き返った……やっぱりゾンビじゃないか」


 もう一発! と意気込み始めた和葉に目力を込めて、駄目だからな! と念を押してからREINAとルシファーのもとへと向かった。


 『ちょっとタケル君、今のって……』

 

 源三が生き返った光景を目の当たりにしたREINAが、不思議そうに尋ねて来た。

 そういやREINAは僕の光魔法の事を知らなかったんだった。


 「うん、今は時間がないから後できちんと説明するよ。今からワイバーン達を殲滅してくるから、みんなで集まって待機しててくれる?」

 『……分かったわ。気を付けてね、タケル君』


 REINAとルシファーと和葉に、僕の代わりに源三に色々説明しておいてとお願いしてから岩陰から飛び出して、切り立った断崖ギリギリの場所まで歩く。

 先程は広範囲魔法の【爆雷】一発で終わらせようとしていたが、僕の中で名案が浮かんだ。

 その名案というのは名付けて――


 ワイバーン達の巣を家探ししながら【放電】で一匹ずつ確実に始末して行こう作戦! だ。


 フレイムベアーの住処同様、ワイバーン達の巣にもお宝が眠っていると思うのだが、巣ごと破壊し尽くしてしまうと回収が面倒な事になると思ったのだ。

 しかも【爆雷】だとワイバーン達がピレートゥードラゴンのブレス攻撃同様、灰しか残らない可能性もあるし、【放電】ならかなり完全な状態で死骸を残せる。

 少々面倒ではあるが、出来る限りこの方法で始末して行き、時間がなくなれば纏めてぶっ飛ばせばいいだろう。


 アクティブスキル『霧隠れ』と『隠蔽強化』を掛け直してから崖から飛び降り、遥か足もとに見えていたワイバーン達の巣へと落下して行く。

 ただしこのまま巣に飛び降りてしまうと、着地の衝撃でワイバーン達に気付かれる恐れがあるので、僕の足が巣へと着地するその一瞬を狙って、瞬間移動で再び切り立った崖の上へと戻った。

 その後、もう一度瞬間移動でワイバーン達の巣へと向かい、一切の物音を立てる事なく無事に着地に成功した。


 いやー、僕って頭いい!


 その後はおじゃましまーす! と小声で呟きながら、やっぱり半端ない獣臭がする狭い巣へと侵入しては、巣の中で息を潜めているワイバーン達を片っ端から始末して行き、隣の巣へと飛び移り、始末しては移動を繰り返した。

 因みにワイバーン達の死骸はその場に放置してある。

 すぐに消える事がないのは、ジェネラルバッファローの死骸で確認済みだったので、後でモルツさん達と合流した時に一気に回収する為だ。

 そして僕の予想通り、宝箱が置いてある巣も幾つかあったのだが、思っていたよりもその数は少なかった。

 ドラゴンは金ピカに光る物が大好き! というのを何処かで聞いた事があったのだが、あれはデマだったのか?

 中身は後で皆で確認したかったので、宝箱ごと道具袋へと仕舞う事が出来ないかと試してみたところ見事成功したので、宝箱を見つける度に道具袋へと仕舞って行った。

 

 「気分的にはただの泥棒みたいだ」


 そんな声を漏らしながら、宝箱を見つけては道具袋へと仕舞って行く、逆サンタクロース行為を繰り返して行く。

 そしていよいよワイバーンの討伐数が三百匹に到達した瞬間に、突如異変が起こった。

 

 視界の片隅に表示させていたマップ上で、何故か今まで一切の動きを見せなかったワイバーンキングが動き始めた。

 そしてワイバーンキングが動き始めると同時に、他のワイバーン達も一斉にモソモソと活動し始めた。

 どうやら『ワイバーンの討伐数三百匹』がワイバーンキングが動き始めるフラグとなっていたのだろう。

 僕の『ワイバーン達の巣を家探ししながら【放電】で一匹ずつ確実に始末して行こう作戦!』も終わりの時を迎え、切り立った断崖の上へと瞬間移動で向かった。

 ワイバーンキング達が本格的に活動を再開し始める前に、念の為にパーティーメンバー全員に【マジックバリア】と【リフレクト】を掛けておこうと、岩場の陰へと向かうと、ルシファーを筆頭に全員がLVアップの舞を舞っていた。


 「ちょっと、何やってんの! LVアップの舞は禁止にしてただろ?」


 パーティーメンバー全員に【マジックバリア】と【リフレクト】を掛けながら再度忠告したのだが、メンバー全員が笑顔のまま踊りを止める事はなかった。


 相当LVが上がり、舞い上がっているみたいだな。

 とか何とか言いながらも、実は僕もLVアップしていたので、片手の動きをみんなと同じようにヒラヒラと真似てみた。


 「ちゃんと耳を塞いでおかないと、また気絶するぞ」


 【爆雷】をぶっ放す為、もう一度忠告してから切り立った断崖のギリギリ端まで向かった。


 ワイバーンキングがひと際大きな巣から飛び出すと同時に、他の巣からも一斉にワイバーン達が飛び立ち始めた。

 ……こいつ等逃げるみたいだな。

 

 まぁ一匹足りとも逃がさないけどな。

 たっぷりと魔力とMPを込めた、強力なヤツをお見舞いしてやる。


 「【爆雷】『四重詠唱クァルテッド』」


 しかも四発同時にだ。

 因みに『四重詠唱クァルテッド』は僕が勝手に作った名前だ。

 二重で魔法を唱えるアクティブスキル『ダブル』を、『ダブル』で使用するという裏技だ。

 普通のプレイヤー達にはSPが足りなくて不可能な技で、雪乃さんもやっていない技だぞ。


 大気を四本の薄紫の閃光が切り裂いた瞬間、視界に入る全てを薄紫の雷光が飲み込んだ。

 雷鳴がヨルズヴァスの空に響き渡る頃には、千数百匹のワイバーン達が全身を焦がし、煙を立ち昇らせており、上空からその身体を錐揉みさせながら、次々に眼下に広がる森の中へボトボトと姿を消して行った。


 まるで大量の蠅に向かって殺虫剤を噴射したみたいだな。

 こりゃ全部回収するのは大変そうだ。

 と思ったのも束の間、一匹生き残ったヤツがいるみたいで、僕の方へとかなりのスピードで向かって来ている。


 ワイバーンキングだ。


 名前

  ・ワイバーンキング

 二つ名

  ・ワイバーンの統率者

 職業

  ・なし

 レベル

  ・80

 住居

  ・グレーデン山脈の巣

 所属パーティー

  ・なし

 パーティーメンバー

  ・なし

 ステータス

  ・空腹

  ・蓄電完了

 HP

  ・1950

 MP

  ・2250

 SP

  ・2100

 攻撃力

  ・1230

 防御力

  ・550

 素早さ

  ・730

 魔力

  ・1870

 所持スキル

  ・雷無効

  ・HP自然回復 LV4

  ・MP自然回復 LV4

  ・SP自然回復 LV4

  ・威圧 LV6

  ・雷ブレス攻撃 LV7

  ・薙ぎ払い LV6 

  ・八つ裂き LV6

  ・落雷

  ・爆雷

  ・閻雷

  ・ヒール

  ・キュアヒール

 装備品

  ・なし

 所持アイテム

  ・雷切丸

 所持金

  ・1,200,000G



 ステータスを見てみたらヤバイ奴だった。

 何だよ、雷無効って! 僕対策みたいなモンスターじゃないかよ!


 十五メートル程はあるその巨体は他のワイバーン達よりもかなりデカく、小型竜ワイバーンという名前はもはや誤表記としか思えないぞ。

 完全なドラゴンじゃないかよ!

 明日雪乃さんに文句を言ってやる。 


 時折その巨体のくすんだ黄色い鱗の表面を、細かな電流がビリビリと這っているのが見える。

 ワイバーンキングのステータスで所持スキルを確認しながら、腰にぶら下げた頼りない相棒、『量産品の刀』を鞘から抜き出し、鈍い光を放つ刀身をチェックしてから二、三度素振りしてみる。


 ピコーン!

 ・刀技スキルを習得しました!

 ・刀技スキルがLV10に上がりました!


 うん、やっぱりあるよねー。

 山賊達にお借りした時には刀を持っていただけで、素振りとかしなかったからスキルは持っていなかった。


 こちらに向かって飛んで来ているワイバーンキングとの距離が、凡そ百メートルを切った辺りで、申しわけない程度に備わっているワイバーンキングの短い両手が動きを見せる。

 ……何かのモーションだな、魔法攻撃か?

 ワイバーンキングとの角度的に、メンバー達に被害が及ぶかもしれないと思い、瞬時に山道を二十メートル程駆け登りながら自分に【マジックバリア】を唱える。

 その際、岩陰で待機しているメンバー達の方向を、チラリと確認してから移動したのだが、異常事態に気付いたのか源三を除く三人が、岩陰から顔を覗かせ、心配そうにこちらの様子を伺っていた。

 ……恐らく源三はまた寝落ちしたな。

 まぁ暫く寝て貰って、ワイバーンキングをぶっ飛ばした時にしっかりと働いて頂こう。


 山道を駆け登った場所で落雷が僕を襲い始める。

 未来予知スキルでしっかりと雷が落ちる場所も確認出来るし、何発連続で落雷を放って来ようとも、イレギュラーでもない限り僕がくらう事はないだろう。


 勿論落雷をくらったとしても、雷耐性スキル、魔法耐性スキル、魔法ダメージ減少スキル、先程唱えた【マジックバリア】のお陰でダメージも受けないと思うのだが。

 因みに雷耐性スキル、魔法耐性スキル、魔法ダメージ減少スキルは雪乃さんの【雷の弾丸ブリッツバレット】で貰った。

 超痛かった。

 ちょっと泣いた。

 それ以来、術式操作魔法は絶対僕に当てない事! というルールが出来た程痛かった。


 ワイバーンキングは【落雷】を放った後、僕の上空を通過し、そのまま上空へ羽ばたいて行く。

 こっちに降りて来てくれないと戦えないじゃないか、このチキン野郎めが! ……ん? 待てよ?


 <和葉! 要らなそうな武器を大量に岩陰の前に放り出しておいて>


 投擲スキルを持っていた事を思い出し、和葉にメッセージで得物の発注を掛けておいた。


 <後、今後も使えそうな良い武器を持っていたら一つ用意しておいて。これは直接受け取るから和葉自身が手に持っておいてね! はぁと>


 量産品の刀を右手で逆手に持ち、刀身をグレーデン山脈の上空で旋回中のワイバーンキングへと向け、狙いを定めながら、追加注文のメッセージをお母さん直伝のテクニック付きで送った。

 その直後にしまった! と気付いた。


 和葉は少々おかしな人だった、と。

 バトル中でテンションが上がっていたのですっかり忘れていた。

 面倒な事にならなければいいが……。

 まぁ送ってしまった物は仕方がない、今はバトルに集中集中。


 やり投げの要領で、少し助走を付けて逆手に持った量産品の刀を振り被り、全力でブン投げる。

 量産品の刀は一直線に標的のもとへと向かって行き、途中薄い雲を一つ貫いた後、ワイバーンキングをも貫き、そのまま夜空の星の彼方へキラリと消えて行った。


 ステータスでワイバーンキングのHPを確認してみたのだが、少ししか減っていない。

 どうやら量産品の刀はワイバーンキングの背中から生えている大きな翼、左側の翼の一部分を貫いて行ったみたいで、ワイバーンキングも若干飛び辛そうにしている。

 今のうちに投げつける得物を補充する為に、皆が待機している岩場の陰へと向か――何か武器やら道具やらが山道に山盛り積まれているんですが?

 流石に多過ぎじゃないか? 優に三、四百個はあるぞ。

 和葉、冒険者達から巻き上げ過ぎ! そして物持ち過ぎ!

 武蔵坊弁慶じゃないんだからさ、今度からはもうちょっと限度ってものを考えて行動しような。


 その岩陰からすぐの山道に山盛り積まれた武器や道具をガラガラとかき分けて、奥から和葉が這って出て来た。

 その手には見慣れない刀が握られている。


 「こ、こんな物があったけれど、これで、どう、かな……?」


 走り寄って来て持っている見慣れない刀を、片手で僕に押し付ける感じで渡して来た和葉の瞳には、ハートマークがフワフワしている。


 「ア、アタシがアンタ自身の最強の刃となってもいいの……よ」

 「いや、今日はまだいいから岩陰で隠れててくれる?」


 受け取った見慣れない刀を急いでメニュー画面から装備し、未だに僕の前で頬を赤らめて待機している和葉の襟首を掴んで、ゴメンねと言いながら岩場の陰へポイっと放り投げる。

 ワイバーンキングとの距離がかなり近くなってしまったので、慌てて大量に積まれている武器を回収しに行き、物も確認せず適当に拾い上げて一つは何とか道具袋へと仕舞う事が出来たのだが、時間が足りなかったので適当に三つ程拾いワイバーンキングへと投げ付けた。


 「ギィヤギャギャーー!!」


 ポイポイ投げ付けた三つの武器の一つが先程とは反対側の右側の翼を貫いた。

 投げ付けたのは恐らく黄色いヘルメット、……ヘルメット? 何でこんな物があるんだ? まさかギフト装備だったのでは……もう夜空のお星さまになってしまったぞ。

 そしてもう一つが見事にワイバーンキングの胴体脇腹部分を貫き致命傷となったのだが、この一撃で息の根を止めるまでには至らなかった。

 貫いて行った物は手斧だったと思う。

 もう一つ投げ付けた物は、ブーメランだったのでワイバーンキングの手前で華麗にUターンして戻って来て、現在皆が待機している大きな岩場の二メートル程上部に突き刺さっている。


 致命傷を受けたワイバーンキングはフラフラと不安定に飛行しながら、次の攻撃の為のモーションへと移行した。

 大きく息を吸い込んでいるので、雷ブレス攻撃みたいなのだが、この角度は非常にまずい。

 今のワイバーンキングの位置からだと、間違いなくパーティーメンバーに被害が出てしまう。

 こうなったらブレス攻撃を出される前に勝負を決めるしかない!


 助走を付けて切り立った断崖から弾丸のように飛び出し、一直線にワイバーンキングのもとへと文字通りかっ飛んで行く。

 先程拾って道具袋へと仕舞った物を、ワイバーンキングの額目掛けて投げ付けて意識を寸断してから、和葉から受け取って装備したばかりの見慣れない刀で首を一刀両断にする。


 ――予定だったのだが、切り立った断崖から飛び出した所までは良かった。

 しかし額目掛けて投げ付ける予定だった物が投げられない。

 投げられないんだよぉ……。



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 この緊急時にしっかり鑑定までしてしまったじゃないか!

 うぉぉぉーーー! 超見たい! 超見たい! 超見たいぞー!

 しかも丁寧にパッケージングされたケースは、裏表共に黒地に真っ赤なマル秘の文字とタイトルが書かれているだけで、中身がちっとも分からない!

 くそ、誰だよこんな商売の方法を考えた奴は! 恨むぞ、いや泣くぞ……。


 ワイバーンキングとの距離が目と鼻の先まで近付き、今にもブレス攻撃を放ちそうなので、断腸の思いでパッケージングされたケースの封を切り、光速で中身を取り出しディスク二枚をワイバーンキングの額目掛けて投げ付けた。

 しかし所詮はBlu-rayディスク。

 緩やかなカーブを描いて着弾した後、ワイバーンキングの額を突き抜ける事なく、カッ、カッ、とディスク二枚が突き刺さって止まった。

 その衝撃でワイバーンキングの動きが一瞬止まったのだがそれで充分。


 左側の腰からぶら下げた見慣れない刀の鞘に左手を添え、親指で鍔の部分を押し出す。

 右手で柄を握り込むと同時に、抜刀術のように一気に刀身を力任せに引き抜き、勢いそのままにワイバーンキングの喉元目掛け『真一文字』に斬り付ける。


 ワイバーンキングの時が止まり、僕は体ごと大空へ放り出されそうになる所を、瞬間移動で切り立った断崖の上に戻り、直ぐさま空中のワイバーンキングのもとへ瞬間移動で戻ると、寸断された首と胴体部分を道具袋へと仕舞った。

 もしかしたら道具袋へ詰め込めるんじゃないかと試してみたら上手くいったぞ。

 そうじゃないとこんな馬鹿デカい首なんか持って帰れないよな。

 

 しかしこの見慣れない刀、凄い切れ味だ。

 本当なら先にこちらを鑑定するべきだったのだが、Blu-rayを鑑定したので時間がなかったんだよ……。

  

 二枚のディスクを失い、主をなくしてしまったケースは、今もしっかりと道具袋へと仕舞ってある。

 何故なら封を切った際に見えてしまったのだ。

 そしてヨルズヴァスの神は実在すると、その瞬間に確信した。

 なんとケースの中に、ポスターっぽい物が丁寧に仕舞われていたのだ。

 後で一人になった時にでもじっくりとお宝を拝見させて貰う事にする。



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 ぶはっ! な、何じゃこりゃー!

 見慣れない刀を鑑定してみたら、とんでもない代物だった。

 そりゃ良く切れるはずだわ……。

 スパーンと一刀両断だったからな。

 誰だよこんな物賭けて勝負した奴、しかも負けて和葉に奪われているし……。

 そういや対戦PKには絶対の拘束力があるとか和葉が言っていたな。

 恐らく僕が受け取りを拒否しなければ、あの『勇気の道着』も強制的に僕の物になっていたのだろう。

 しかし和葉も情け容赦ないな。



 さてこれから忙しくなるぞ。

 まずはみんなが待機している岩場の陰へと向かおう。


 「みんな、無事だった?」

 『ちょっと! タケル君凄いじゃない!』


 REINAは僕の活躍を見て興奮気味だ。

 それはいいのだが――


 「「……」」


 何故か和葉とルシファーまでが固まったまま無言で僕の事を見つめている。

 瞳をハートマークにさせて、だ。


 『何かルシファーちゃん、タケル君の雷魔法見てからずーっとその調子なのよ』


 そういう事ね、魔法がカッコ良かったからこういう状態なのね。


 「REINAは急いで源三を起こして、和葉とルシファーも今から忙しいんだから、しっかり働いて貰うよ!」


 そのまま本日の作戦通りに実行して行く。

 まずはみんなを切り立った断崖の下、広大な森へと連れて行き、そこで待機して貰う。

 僕はファストタウンへと向かい、武器屋と防具屋が併設されているお店へと向かったのだが、夜だというのにお店のシンボルとも言える、大きな煙突からはモクモクと煙が昇っていた。

 お店に入るとモルツさん達は既に準備万端といった様子で、椅子に腰掛けたまま僕が迎えに来るのを今か今かと持ち構えていた。

 モルツさん、ホルツさん、ガゼッタさん、カミラさん、ミクリさんがゴクリと喉を鳴らし、僕の顔をまじまじと見ている。


 「……さぁ、今から忙しくなりますよ!」


 笑顔で答えるとみんなが歓声を上げ抱き合い、瞳の隅をキラリと光らせながら喜び合った。


 こういうのを見ると、何だかこっちも嬉しくなるよなー。


 「今度は我々がタケルさんとの約束を守る番ですよ、モルツさん、ホルツさん」

 「ああ」

 「わーってるって! ワシ等に任せろ」


 ガゼッタさんは肩から大きな鞄を掛け、モルツさん、ホルツさんは背中に巨大な革袋を背負った。


 「ガハハ! さぁー行こうか、母ちゃん達は大量の飯を作って待っててくれよー!」


 ホルツさんが奥さん達に向かって手を振ったところで、みんなが待機している森まで瞬間移動で向かった。




 「クックック」


 寡黙なモルツさんが珍しく肩を小刻みに揺らしながら笑う。


 「こりゃーたまげた!」

 

 ホルツさんは口をあんぐりと開けたまま動かなくなった。


 「ま、まさかこれをタケルさん達だけで?」


 煙を立ち昇らせ今尚ブスブスと燻っている、視界に入る十五体程のワイバーンの死骸を見ながら、ガゼッタさんがプルプル震えている。


 「ガゼッタさん何言ってんすか、全部で千八百九十七匹分あるはずっすから急ぎましょう!」


 「「「ぶーーー!!! せ、千八百九十七匹!!!」」」


 驚愕の数字を聞いて噴き出してしまい、三人共腰を抜かしてその場にわなわなと座り込んでしまったので、そのままみんなで今の状況を説明しながら作戦会議をした。

 源三、REINA、ルシファー、和葉にそれぞれ剥ぎ取りの事や魔力石の事を教えてあげて欲しいという事。

 ほぼ完全な姿のままの死骸が三百匹分ある事、それを今から僕が回収して来るという事。

 ワイバーンキングの死骸は既に回収済みである事。

 魔力石三百個はまだ回収していない事。

 急がないとあまり時間がない事。


 「な、成程、分かりました。ではこうしましょう!」


 ガゼッタさんが僕の話を纏めてくれて、みんなの作戦を考えてくれた。


 源三とREINAはモルツさん、ホルツさんに着いて行き、剥ぎ取りについて詳しく教えて貰う。

 和葉とルシファーはガゼッタさんに着いて行き、魔力石三百個の回収と、魔力石について詳しく教えて貰う。

 僕は巣に放置してある三百匹分の死骸の回収と、まだ見ていない巣へと向かいお宝の回収もする。


 「じゃあみんな、作業開始だー!」

 『「「「「「「「おおー!」」」」」」」』


 全員が高らかに拳を突き上げ、それぞれの作業へと散って行った。


 僕はひとつひとつ巣を見て回り、ワイバーンの死骸を回収して行く。

 同じ巣に間違えて入らないようにする為に、巣から出る際、間口を少し破壊してから次の巣へと移動して行く。

 巣の数だけでも気が遠くなる程あるのだが、お宝の為だと言い聞かせて、カモシカみたいに崖をピョンピョン飛び跳ねて、巣から巣へと渡って行く。


 「……フフ、そういう事だったんだな」


 遂に一番最後に残しておいた、他の巣よりも二回り程大きな巣、ワイバーンキングの巣へと到着したのだが、その中には宝箱が五つと、風呂場の浴槽満杯分くらいの金銀財宝が一塊にして置いてあった。

 通りで他の巣に宝箱が少ないはずだ、ワイバーンキングが独り占めしていたんだな。

 何て悪い奴だ。

 没収、没収! と呟きながら、手当たり次第に金の延べ棒やら王冠やら金色の剣やら宝石やらよく分からない物まで、道具袋へポイポイ放り込んでいく。

 いやー、道具袋に制限がなくて助かったよ。

 『リアリティーを追求した』っていう理由で、ちょっとしか入らなかったらどうしようかと思っていたけど、良かった良かった。

 しかし、これだけの量を拾うのは面倒だな。

 有名な大泥棒が使っていた、お宝を吸い込んでくれる掃除機が欲しいぜ!

 フフフとニヤケ顔のまま宝箱も開けずにそのまま道具袋へと仕舞い、ワイバーンキングの巣が綺麗さっぱりスッカラカンとなったところで、森の集合地点へと向かった。

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