第8話


 モンスターを前にしてあれこれと考え込んでいるのだが、一向に襲ってくる気配はない。

 距離にして四、五十メートル程離れた場所で対峙しているのだが、スネークナイトは蛇特有の細くて長い舌をチロチロ出しながら、覇気なくシャーシャー言っているだけである。

 スネークナイト自身、瀕死の状態なので出来れば戦いたくないのだろう。

 このOPEN OF LIFEはどうやら弱肉強食の世界っぽいので、絶対に逃しはしないのだが少し考えている事がある。

 所持アイテムの事だ。

 見た目では蛇柄の甲冑が何処にも見当たらないのだが、どうやったら貰えるのだろうか。

 モンスターを倒せばゴロンと落とすのか、ボフっという音と煙の後、宝箱が現れるのか。

 【放電】を当てても壊れたりはしないだろうか?

 僕が顎に手を当てながらウンウン唸って考え込んでいると、スネークナイトが遂に観念したのかゆっくりとこちらに近付いて来た。


 「『いぎゃーーー!』」


 その様子を見ていた切り株の陰に隠れている二人から悲鳴が飛ぶ。

 あまりにも二人が怖がっていて可哀相なので、仕方なく瀕死のスネークナイトにギリギリ止めが刺せる程度に威力を抑えた【放電】を、隠蔽強化を掛けてから放つ。

 最後にシャー……と言葉を残すとスネークナイトの眼の光がフッと消え、その巨体を前のめりに倒すとドスンという音が地面に響いた。

 シャーか。僕の多言語カリスマトークスキルLV2では、モンスターの言葉はまだ理解出来ないみたいだ。

 更にレベルを上げていけばモンスターと会話を交わして仲間に出来る、何て事もあるのかも……。


 「終わったよー」


 切り株の陰で未だにギャーギャー喚いている二人のもとへと向かい、REINAにも後処理の方法を確認して貰う為に声を掛けた。


 「ほら、REINAも一緒に後処理の方法を確認しよう」


 切り株の陰で屈んで震えている二人の手を引っ張り、強引にスネークナイトの死骸のもとへと向かった。


 「『ゴールドに換算』」


 REINAとルシファーが声を揃えてカネを選ぶ。

 何故なんだ? 剥ぎ取りとか魔力石とか、こういうゲーム魂を擽るワードには見向きもせず、何故現金一択なんだ?

 女性はいつでも現実主義なのか?

 まぁ剥ぎ取りとか魔力石は、まだホルツさん達のやり方を確認していないので、現金でもいいんだけどさ……。

 そしてルシファーが巻き髪を靡かせながら一目散にゴールドの袋目掛けて突進する。

 その光景を見たREINAが、ええー! とか言っているのだが、ここはルシファーの数少ない見せ場なので、二人のやり取りをそのまま放置して温かい目で見守る。

 『15,000Gが†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんから振り込まれました!』と僕の視界の隅にも表示された。


 『何だー、そういう事だったのね、もー脅かさないでよー!』


 REINAが胸を撫で下ろし、ルシファーが僕の傍で、してやったり、とクスクスと微笑んでいる。

 すると今度はゴールドの袋が出現した場所に、ボフッという音と白い煙が噴き出した後、百五十センチ四方程の桐の箱と巨大なジェネラルバッファローの角が出現した。

 恐らく出現する物が大き過ぎたので、プレイヤーが少しその場を離れないと、アイテムが出現するスペースがなかったのだろう。

 ちゃんと所持アイテムが貰えて良かった。

 しかしリアリティーを追求したと雪乃さんは言っているが、こういうゲームっぽい演出もしっかりと残されているんだな。

 蛇柄の甲冑一式が桐の箱に入って出て来る、というところは妙にリアルなのだが……。


 『ドロップアイテムよ!』

 「フフフ、妾への供物ですね!」


 二人がドロップアイテム、特に蛇柄の甲冑の入った大きな桐の箱を前にして、喜々とした表情をしている。

 僕も二人に加わり、三人で大きな桐の箱の蓋を開けてみた。


 「「『カッコイイー!』」」


 桐の箱の中には、本丸で戦国武将が鎮座している様相を模した、職人の技が随所に光る見事な蛇柄の甲冑が丁寧に仕舞われていた。


 「『装備出来ない……』」


 しかし二人は残念そうに声を揃えて呟いた。

 そっか、パンダスーツとゴスロリファッションは鎧扱いか。


 今後他の鎧は装備出来ないといっても、二人の防御力に関して特に心配はしていない。


 「僕に任せてくれれば、魔力石で色々なステータスを上げれるよ、期待してて!」


 道具屋のガゼッタさんがみんなで作戦会議をしていた時に言っていたので、期待しておこうと思う。


 『タケル君、これ装備してみれば?』

 「いや、これは源三に装備して貰おうと考えているんだ」

 「……どうして?」


 ルシファーが不思議そうに首をコテッと横に傾げている。


 「これは源三に凄く似合うと思うんだ。これを源三が装備した姿を想像してみてよ」


 二人は暫く考え込んだ後、源三が甲冑を着込んだ姿を想像出来たのか、プー! と噴き出して笑い始めた。


 『あははー、源三がこの甲冑を着たら、確かに好く似合いそうねー!』

 「フフフ、まさに落ち武者、……プッ」


 目の下の酷い隈、やつれ切った表情の源三が、甲冑を着ていると落ち武者っぽいよなー、とスネークナイトの所持アイテム覧を見た時から思っていた。

 二人はお互いに顔を見合わせてクスクスと笑っているのだが、本人の前では笑わないようにしような。

 現状では源三のステータスにも不安があるので、甲冑を装備して防御力を上げて欲しい、というきちんとした理由もあるのだから。

 源三に渡すまで僕が装備していてもいいのだが、やっぱり新品で渡してあげた方が源三に喜んで貰えると思ったので、そのまま甲冑一式を桐の箱のまま僕の道具袋へと仕舞った。

 REINAとルシファーは、何故かジェネラルバッファローの角には一切興味を示さなかったので、これも僕の道具袋へと仕舞っておいた。


 「あのさ、切り株の陰から突き飛ばすのは流石に酷くないかな?」


 未だにクスクスと笑っている二人に、スネークナイトと対峙した時の事を注意しておく。


 『ご、ごめんなさい、その、びっくりしちゃって、気が動転してしまって……』

 「……ゴメン」


 反省した様子で二人が謝ったので、次からはしないでよ? と笑って注意だけして話題を切り替える事にした。


 「二人共LVが上がったんじゃないかな?」


 頭を下げていたREINAがLVというワードを聞いた瞬間に、瞳をキラキラさせながら顔をどアップに近付けて来た。

 いやだから顔が近いって。あと、そのやさぐれたパンダの顔で目をキラキラされるとちょっと気持ち悪い……。


 『そうなのよ! LV9まで上がったのよー、凄いわ!』

 「フフフ、妾のLVは12まで上がったぞ。失われた力を着実に取り戻して来ているみたいじゃ」


 ルシファーがお馴染みのLVアップの優雅な舞を舞い始めたのを見て、REINAも一緒になって踊り始めた。

 LVアップを喜ぶ二人を見ているのは、何とも微笑ましいのだが、僕は舞っている二人をそのまま放置して、少し気になっていた激闘に敗れてしまったモンスター、ジェネラルバッファローの死骸へと歩いて近付いてみると、スネークナイトと同様三つの後処理の方法のコマンドが出現した。

 おおー、自分達が討伐したモンスターじゃなくても、こうやって剥ぎ取りや魔力石、ゴールドは選んで貰えるんだな。

 流石にEXPまでは貰えないけど、これって他の冒険者達が倒したモンスターの報酬も横取り出来てしまうって事だよな……、周りに他の冒険者達がいる場合は注意しておかないと揉める原因にもなりかねないな。

 どうせ『ゴールドに換算』を選ぶだろうと思い、さっさとジェネラルバッファローをゴールドに換算して踊っている二人の所へ戻ると、いつの間にかREINAがルシファーに踊りの指南を受けていた。

 『14,000Gを、REINAさん、†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんへそれぞれ振り込みました!』

 僕のメニュー画面からGの分配を済ませると、二人の視界にも文字が表示されたみたいで、踊っているポーズのまま僕の方へと同時に振り返ったので、今後の対応を含め、ジェネラルバッファローの事を説明しておいた。




 「一度ワイバーン達の様子を見に行きたいから、ファストタウンへ戻ろう」


 僕の提案にREINA、ルシファーが賛成してくれたのでファストタウンのギルド会館の前まで瞬間移動で向かった。

 ファストタウンは完全に夜の闇に包まれ、活気という物は全くない。

 人々の喧騒も聞こえず、ただ小さな虫の奏でる音色が寂しく鳴り響いていた。

 それでもギルド会館の窓からは、優しい明かりが灯っているのが見えたので、REINAとルシファーにはバーで待っていて貰い、ワイバーン達の様子が一望出来る山道沿いの大きな岩場の陰へ、アクティブスキル『霧隠れ』を使用してから向かった。


 「あ、あれ?」


 僕は思わず声を漏らした。

 山道の大きな岩場の陰、身を隠せるスペースがワンルームマンションの一室程はあろうかという場所へと到着したのだが、その場所から周囲を見渡すと昼間の慌ただしかった光景とは一変して、辺りは静寂に包まれていた。

 大きな月が楕円を描き、幾千の星々と共にグレーデン山脈を照らしていたので、普通の冒険者達でもある程度は視界が確保出来ると思うのだが、僕には暗視スキルがあるので昼間と変わらず山間の絶景を一望出来る。

 しかしどれだけ目を凝らしてみても、ワイバーン達の姿は一匹も発見出来ない。

 道具屋のガゼッタさんが、ワイバーン達が夜間は巣に籠ると言っていたのを思い出し、山道から切り立った崖を覗き込むようにして、遥か足もとに見えるワイバーン達の巣の中の様子を確認してみる。


 居た居た、巣の中にワイバーン達発見! なのだが妙に静かだな。


 巣の中でひっそりと息を潜めているのだが、これってチャンスだよな? 今のうちにズガン! と一発かませば終わるんじゃね?

 直ぐさまファストタウンへと移動し、ギルド会館で待つREINAとルシファーを迎えに行った。


 バーでは四人掛けのテーブルでパンダが背中を丸めてドリンクを煽り、普段より大人しい中二病がちびちびと特製ジュースを飲んでいたので、僕もマスターに特製ジュースを頼んでから二人の座るテーブルへと向かった。

 そういやこの二人、会話出来なかったんだった……忘れてた。


 「ゴメン、お待たせ」

 『タケル君、ルシファーちゃんが教えてくれたのだけど、私達メッセージなら普通に会話出来るよね?』

 「ああなるほど、そういえばそうだな」

 『今待っている間、ルシファーちゃんとメッセージをやり取りして会話してたのよ』

 「パーティーメンバー全員に送れるメッセージじゃなくて、個人に送るヤツだね。それでどんな事を話していたんだ?」

 『うふ、それは教えられないわよ。乙女の秘密よ、ひ・み・つ』


 REINAが人差し指を立てて、ひ・み・つと三回リズムを刻んで可愛らしくポーズを決めたのだが、如何せん見た目がやさぐれているので、不気味でしかなかった。

 そのまま三人でドリンクを飲みながら、クエスト達成へ向けて作戦会議を開始した。

 


 現在の現実リアルの時刻は夜の十時半前。

 しかしこちらの世界では少し前に日が暮れた所だ。

 昨日ログインした時は、こちらの世界ではまだ日が高かったので、どうやら若干の昼夜のズレがあるみたいだ。

 よく考えると仕事の都合や学校があるプレイヤー達は、ログイン出来る時間が決まってしまうので、そういう所を解消しているのだろうか?

 これならゲームの世界で昼間のクエストや夜間専門のクエストなんかも攻略出来るからな。

 しかしどういう基準で時間が流れているのかさっぱり分からないので確認が必要だな。


 今回のワイバーン討伐クエストの作戦が決まった。

 今回は仕方がないので、僕がワイバーン達を殲滅する事。

 その間二人は岩陰で身を潜めて待機する事。

 強力な雷魔法をぶっ放すので二人は耳を塞いでいるようにと注意した事。

 ワイバーン達の殲滅が終われば一度ファストタウンの武器、防具店へと戻り、モルツさん、ホルツさん、ガゼッタさんを迎えに来る事。

 魔力石三百個とワイバーンキングの首を、クエスト達成の為に回収する事。

 そのままモルツさん達と協力しながら、数が多いので大急ぎで素材の回収を行う事。

 そしてファストタウンへと戻り、みんなで報酬を山分けにする事。


 出来るだけ正規の攻略方法で挑みたかったのだが、みんなで考えてはみたものの、全く良い案が浮かばなかったので今回は諦める事にした。

 今日の討伐でかなりのLVが上がると思うのだが、LVアップの舞は時間がないので禁止にすると、ルシファーが愕然とした表情で酷く落ち込んだのだが、何故かREINAもショックを受けていた。

 そして源三からの連絡はなく、今回は残念ながらお休みという事になった。


 「二人共準備はいい?」

 『ええ、大丈夫』

 「……問題なし」


 二人の返事を確認し、グレーデン山脈へと瞬間移動しようとした、丁度その時――


 「たのもーー!!」


 威勢のいい声と共に、ギルド会館の重厚な観音開きの扉がバーンと音を立てて開いた。

 一瞬源三が間に合ったのかとも思ったけど、声が甲高い女性の物だったのですぐに違うと気付いた。

 しかし作戦会議に夢中になり過ぎて、マップを確認するのを忘れていたぞ。

 くそ、急いでいるのにプレイヤーが近くに居たんじゃ瞬間移動出来ないじゃないか。


 「この中にいる冒険者達の中で一番強いヤツ、私と勝負しろ!」


 いきなり現れて勝手な事を言っているのは女性の格闘家だ。

 僕達の中で誰よりも大きく百七十センチを越えているんじゃないか? という女性が、ギルド会館の入口付近で建物内をきょろきょろと見渡した後、腕を組んで僕達の方を見据えている。

 タ〇ラジェンヌを思わせる精悍な顔立ちは、では女性達にモテモテなのではなかろうか。

 肩に掛からない程度の長さの黒髪は、オデコに巻かれている『必・勝』という鉢巻の余った端の部分を器用に使い、頭の後ろでリボンのように結わえられている。

 真っ白な道着を着こなし、両腕の部分は邪魔なのか、肩口で破り捨てられた形跡がある。

 その装いからは某有名格ゲーの主人公、女性バージョンを連想させられる。


 『ちょっとタケル君、どうするのよ』

 「どうするって言われても……」

 「……殺っちゃえ」


 ルシファーは親指を立てた後、勢いよく下へと向けた。

 

 「へー、アンタが一番強いんだ。人は見かけによらないね」


 僕達のやり取りを見ていた女性格闘家が、僕を指差した後、有名なアクションスターがやったポーズ、腕を前に伸ばし、掌を上に向け、手を二回程クイクイと折り曲げた。


 ちょー! それ四ツ橋の所でぶっ飛ばしたカイザーとか呼ばれていた、パンツ一丁の格闘家もやっていたぞ!


 笑いながらツッコミそうになったが、慌てて口を塞いだ。

 アブねー、この事は内緒の話だった。

 もうちょっとで口に出すところだったじゃないか!

 しかし格闘家と呼ばれる人達は、みんな自分に酔っているのか?


 「街の外まで着いて来て貰うよ」


 街の中では攻撃出来ないので、女性格闘家に言われた通り、渋々着いて行く事にした。

 僕一人ならどうとでもなったのだが、REINAやルシファーがいるので、放って行くわけにはいかないしな。


 「アタシの名前は和葉(かずは)よ」


 皆で街の外へ歩いて向かっている最中、その和葉さんが自己紹介して来た後、色々喋り出したのでウンウンと頷きながら聞いていた。

 話によると、南の冒険者達が集まっている小さな村から移動して来たらしいのだが、その冒険者達は粗方ぶっ飛ばして来たらしい。

 一万人ぶっ飛ばして来たとかスゲーな、おい!

 ソロプレイヤーらしいのだが、一対一なら誰にも負けた事がないらしい。

 そして新たな強敵を探す為に、一度ファストタウンへと戻って来たのだそうだ。

 今日僕達に出会わなければ、単独でヤマト国を目指していたと言っているのだが、まぁ無謀というか何というか……。

 そして対戦方法は、OPEN OF LIFEに実装されている対戦PKを使うらしい。

 この対戦PKはお互いが勝負を始める前にルールを決め合ってから勝負する、という物なのだそうだが、どれだけ強力な攻撃を与えても相手が死んでしまう事はなく、必ずHPの何パーセントかを残して決着するのだとか。

 そのパーセントも自分達で決められるそうだ。

 しかし自分達ではステータスが分からないので、勝負が決着するまでどれくらい自分のHPが残っているかなどの判断が出来ないのだとか。

 そりゃ十パーセント残しとか言われても、HPの確認方法がないのだから難しいよな。


 「では始めようか」


 街の外に出ると、和葉さんがメニュー画面を開き、自信満々で僕に向かって対戦PKの挑戦状を叩き付けて来た。


 「攻撃手段は何でもアリ、武器でも魔法でも何でもいいよ。じゃんじゃん使って来てよね。どちらかが降参すれば終了、それとHPの勝敗ラインは五十パーセントにしましょう。ルールはそれでいいわよね?」

 「はい、いいっすよ」

 「それと、私に勝つ事が出来ればこれをあげるわ」


 和葉さんは自分の着ている道着の胸もとを掴んでチラチラと動かした。

 ……ええっと、それってどういう意味ですか? む、胸もとをチラチラさせるというのは……まぁまぁ大きい……自慢?

 

 「……何か変な事考えていないでしょうね? 私があげる物はこの道着よ?」


 和葉さんの鋭い視線が、より一層鋭さを増しながら僕を睨みつける。

 あ、そうですよねー、道着ね。……道着?


 「これはアタシがギフトで貰った『勇気の道着』。これをあげる代わりにアタシが勝った場合、アンタの物を何か頂戴」


 勇気の道着で良かったよ、間違いないよな? 勇気だよな?

 しかし物を賭けて勝負するのか。

 僕が持っている物って何があったっけ?


 「あげられる物って殆ど何も持ってないっすよ? えーっと、蛇柄の甲冑にジェネラルバッファローの角にクマ殺しパンチの巻物に――」

 「ス、ストップ! 今何て言った?」

 「だから、蛇柄の甲冑にジェネラルバッファローの角にクマ殺しパンチの巻物に――」

 「それよそれ、『クマ殺しパンチの巻物』よ! アタシが勝てばそのクマ殺しパンチの巻物を頂くわ」


 いや、頂くわとか言われても僕だけでは決められないし……と視線をREINAとルシファーへと向けると、REINAはパンダの両手で大きく丸を作っているので分かり易かったのだが、ルシファーは手首をブンブンと振り、蠅を払うような仕草をしていたので、これはあげてもいいという事なのか、そんな物に興味はないという事なのかは分からないけど、とにかく必要ないのだろう。

 REINAは何故僕と和葉さんの会話の内容を理解しているんだ? と疑問に思ったのだが、例の謎の読唇術かルシファーからの個人メッセージのやり取りで会話でもしていたのだろう……。

 しかし二人共僕が負けるとは一切思っていない様子で、呑気に座って見学している。

 ルシファーさん、夜間に日傘は必要ないぞ?


 どうやら『クマ殺しパンチの巻物』は勝負に賭けてしまっても良さそうなので、OKと返事をしたのだが、当の和葉さんは俯き加減でクマ殺しパンチ、クマ殺しパンチとブツブツ呟き続けており、僕の返事は耳に届かなかったみたいだ。

 そんなに『クマ殺しパンチの巻物』が気になるのか……。

 返事は聞こえなかったみたいなので、そのまま僕のメニュー画面に表示されている和葉さんからの挑戦状を受け付けると、視界中央に『30秒前』という表示が現れた。


 「お? ふふ、このOPEN OF LIFEの対戦PKは絶対の拘束力があるのよ。今更引き返す事は出来ないわよ」


 視界に現れたカウントダウンで僕が対戦PKを受けた事に気が付いた様子で、自信満々でセリフを言い放ち、身構える和葉さん。

 僕はそんな彼女をそっとステータスチェックしていたのだが、正直驚いた。

 ソロプレイヤーなのにLV7まで上がっていて、近接格闘術LV3、物理攻撃LV1、物理防御LV1、攻撃力上昇LV1、素早さ上昇LV1とスキルもかなり実戦的な物を所有していた。

 最初『勇気の道着』のお陰なのかと思い、こっそりと鑑定スキルに掛けてみたのだが、『勇気の道着』はステータスの成長率にボーナスが付くというかなり良い物だったので、これらの実践的なスキルは自力で習得したのだろう。

 冒険者達と相当のバトルを繰り広げて来たのだろうな。

 ふと思ったのだが、一万人近い冒険者をぶっ飛ばして来たのだから、中には救世主スキル持ちもいたはずなのだが、対戦PKだと相手を殺した事にはならないので、スキルの所有者は移動しなかったのだろうか?

 それなら今後も対戦PKは気兼ねなく受ける事が出来そうだ。


 しかしそうではなく、救世主スキルが一度は和葉さんの物になった後、和葉さんが誰かに殺されてしまった、とも考えられるよな……。

 後で和葉さんにさり気なく聞いてみるか。

 そうこうしている間に視界のカウントダウンが0となり、対戦PK開始の合図に変わった。


 「行っくよー!」


 掛け声を発し、構えながら突っ込んで来る和葉さんのスピードはなかなかの物だった。

 前蹴りに始まり、正拳突きからの左右の拳のコンビネーション、回し蹴り、二段回し蹴りと流れるようなコンビネーションを繰り広げて来た。

 こりゃ素人じゃないっすわ、確実に現実リアルでも本格的に格闘技やっている人の動きだ。

 どの攻撃もかなり鋭く、空間を切り裂くようなシュ、という音を立てている。

 詳しくないので分からないが、これは恐らく空手だな、しかも実戦的なヤツ。


 『凄ーい、カッコイイ!』

 「フフフ、なかなかやるようじゃな。妾の眷属へと加えてやっても良いぞ?」


 外野からも和葉さんの攻撃を褒める声が聞こえて来るのだが、当の本人はどうやら焦っているみたいだ。

 そりゃ未だに続いているコンビネーションを、僕はガードなど一切せずに、全ての攻撃をひょいひょいと紙一重で躱してしまっているんだ、焦りもするよな。

 実際普通の人間の体なら一秒でKOされる自信があるのだが、今はOPEN OF LIFEのステータスとスキルを持っている。

 未来予知スキル、神反射スキル、近接格闘術スキルがあるお陰で、難なく躱す事が出来るのだ。


 「凄いっすね、和葉さん」

 「はぁ、はぁ、く、くっそー、余裕を見せやがってー!」


 僕の発言に更に焦りの色が出て来た和葉さんは、攻撃が荒々しくなり隙が目立ち始める。

 時間的にも余裕はないので勝負を決める事にする。

 大振りになった正拳突きともフックとも言えないパンチを躱した後、勢いで体が流れてしまっている和葉さんのその手首を掴み軽く捻ってやると、和葉さんの体が魔法のように宙に舞う。

 合気道の小手返しというヤツだ。

 何故こんな事が出来るのかというと、雪乃さんとの仮想空間での接近戦の練習のお陰、というのもあるのだが、所持している近接格闘術スキルのお陰で体が勝手に反応してしまい、技が自然と出せてしまうのだ。

 どういう原理なのか、僕にはさっぱり分からないのだが……。


 「う、うわ」


 ゴロンと体を一回転させられ、地面に大の字に転がった和葉さんの手首を掴んだまま、顔面目掛けて拳を振り下ろす。


 「……ま、参りました」


 顔の前で拳をピタリと止められた和葉さんは、格闘家らしく素直に自分の負けを認めた。


 「『おおおーーー!』」


 外野の二人からは拍手と歓声が届けられる。


 「大丈夫っすか?」


 手首を痛めてしまっているかもしれないので、こっそり【ヒール】を掛けて傷を癒してあげる。


 「う、うん。大丈夫……よ、ありがとう」


 先程までの荒々しさも何処かへ飛んで行き、すっかり女性らしくなったしまった和葉さんは、現在道着の前が僅かにはだけたまま、正座の女の子座りバージョンでぼーっと呆けてしまっている。


 打ち所が悪かったのだろうか?

 和葉さんは女の子座りのまま、傍で立っている僕を上目遣いで見上げている。

 ……和葉さん睫毛が長いんだなー。


 「あ、あのー、大丈夫っすか?」

 『うん、これは恋ね』


 いつの間にか僕のすぐ隣へと移動して来たREINAが、和葉さんの顔を覗き込んだ後、顎に手を当てたまま断言した。


 「をい、何がどうなって恋なんだよ」


 和葉さんは意識を取り戻した様子で、両手を自分の胸に当て、そうか、これが恋なのか……、と何やらブツブツ呟きながら納得した表情をしている。

 ……何だか話がおかしな方向に流れ始めたぞ!


 『今まで格闘技一筋だった少女が、初めての敗戦相手に心を奪われる。ロマンチックな話じゃない!』


 ウフフと言いながら、お祈りのポーズみたいに両手を大きな顔の前で組み、自分の中で妄想を膨らませ、瞳をキラキラとさせている。


 「フフフ、我が眷属と契りを交わすとなると、必然的に妾の配下へと成り下がる、ということで良いのですね?」

 「いや、全然良くないから。ルシファー、勝手な事言わないでくれる?」


 いつもの口に掌を当てるポーズを取りながらルシファーまで会話に入って来たのだが、ちょっと話がややこしくなるからルシファーは静かにしてて。

 普段は大人しいのに、何故こんな時だけ……。


 「……はい、契りを結びます」

 「ちょっと和葉さんもどさくさに紛れて何言ってんすか」

 『……ああ、初めて見た時からあなたの事しか目に入らなかったの!』

 『僕もさスウィートマイハニー、今日ここで僕達が出会えたのは運命なのだよ』


 パンダは自分の中の妄想が膨らみ過ぎたのか、現在一人二役で僕と和葉さんをセリフ付きで熱演してしまっている。

 あくまで妄想の中での話だからな! 

 僕一人じゃこの人達の対応は無理だ、源三早く帰って来いよ!

 ん、源三? そういや、僕達何かやろうとしていたんじゃなかったっけ? ……あ、思い出した!


 「ちょっとみんな、こんな事している場合じゃないよ。早くワイバーン討伐に行かないと!」

 『あら、そう言えばそうね?』

 「……忘れてた」

 「何? ワイバーンの討伐に行くの? 面白そうだからアタシも連れてってよ、それとこれ、約束の物――」


 んしょ、と女の子座りのまま和葉さんが徐に着ている道着を脱ぎ始めた。


 「うわー、ちょ、ちょっとタンマ!」 


 僕は慌てて和葉さんに背を向けた。


 「何してんすか和葉さん! REINA、彼女を止めてー!」


 REINAは、ハイハイそういう事はもう少し大人になってからねー、とかブツブツ言いながら和葉さんに道着をもう一度装備し直させた。

 何なんだこの人は! 何処かおかしいぞ!

 もうこっちを向いてもいいわよとREINAに言われたので、和葉さんにきちんと説明する為に振り返り、僕の事を話し始めた。


 ……


 「いいわよ、誰にも言わないと約束するよ」


 和葉さんがしっかりと約束してくれたので、豚の喜劇団ピッグス・シアターズへと正式に加入して貰った。

 あれこれ今日の事を説明してこの場へ置いて行くよりも、ある程度話してしまって連れて行った方が早いと思ったので仲間に誘ったのだ。


 「源三がいないのに、勝手に決めてしまって良かったのかな?」

 『源三? まだ生きているのかしら?』

 「……源三、……死んだから平気」


 源三、早く来ないと死んでしまった事になっているぞ?

 そのまま手早く今日の作戦を説明すると、和葉さんは自分も戦いたかったみたいなのだが、今回だけは流石に危ないので作戦通りで行く事に納得してくれた。


 「せめてアタシが持っている装備を貰ってよ。それとアタシもみんなと同じでタメ口でいいから」


 和葉さん……和葉は冒険者達との対戦PKでも色々と物を賭けて勝負していたみたいで、道具を山盛り持っていた。

 僕が和葉の道着を受け取らなかったので、代わりに自分が持っている装備を貰って欲しいと言っているので、道具袋に沢山眠っているという、量産品の刀と革の鎧を貰う事にした。

 山賊達から奪って一度は装備した事のある恰好へと戻ったのだ。

 遂に短パン、ランニングシャツ姿を脱出したぞー!


 「今度こそみんな、準備はいい?」

 『勿論よ』

 「いいわよ」

 「……問題ない」


 アクティブスキル『霧隠れ』を使用してから、四人でグレーデン山脈の山道の岩場の陰、ワンルームマンション程の広さがある身を隠せる場所へと瞬間移動で向かった。



 僕とREINAとルシファーの三人で和葉を見る。

 しかし和葉はそんなに驚いた様子を見せる事はなく、REINAやルシファーの時みたいに取り乱したりはしなかった。


 『チッ』

 「……チッ」

 「どうしたのよ?」


 REINAとルシファーは、あまり驚かなかった和葉に納得がいかない様子で軽く舌打ちした。

 いや、事前に説明していたんだからそんなに驚かないでしょうが。

 みんなには静かにその場で待機しているようにと指示を出し、山道から切り立った崖の下を覗き込むと、先程と同様ワイバーン達は巣の中でひっそりと息を潜めていた。

 しかし何かがおかしいんだよなー、何故こんなにも静かなんだ? まぁこのままクエストが終わるのであればそれでいいか。

 僕は広範囲攻撃可能な【爆雷】を唱える準備をする。

 仮想空間でケルベロスの像へとぶっ放したヤツだ。

 更に今回は普通に唱えるのではなく、魔力とMPをたっぷりと込めて威力を増幅したヤツをお見舞いしてやる事にする。

 イメージとしてはワイバーン達を巣ごと木っ端微塵に吹き飛ばしてやる感じだ。


 行くぞ!


 【爆雷】を唱えようとしたまさにその瞬間、未来予知スキルでとんでもない映像が僕の視界に流れ込んで来た。

 僕は慌てて魔法をキャンセルして、みんなの待機している岩場の陰へと隠れた。


 「どうしたのよ? 魔法を――」

 「しー、静かに」


 僕は唇へ人差し指を添え、静かにシー! とポーズを取り和葉の言葉を遮った。

 そのまま待機していると、グレーデン山脈の上空に見慣れたアイツが姿を現した。


 ヨルズヴァスの空の覇者、ピレートゥードラゴンだ。


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