第5話


 コナちゃんは悪戯っ子だという事が判明した後、アヴさんを宥めるのに一苦労したのだが、落ち着きを取り戻したアヴさんから良いニュースを聞く事が出来た。


 『両親や村の人達が無事保護されたと連絡が来ました!』


 例の四ツ橋の施設に捕らわれていた人達が、無事に解放されたらしい。

 アヴさん達の村の人々は全員無事だったらしいのだが、近隣の村の人は数名犠牲になってしまったとの事。

 アヴさんはで携帯を持たされているのだが、その携帯でご両親とも会話出来たそうで、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 『娘達の事をどうぞ宜しくお願いします』


 そのご両親からの伝言だそうだ。

 まさかこれってそんなに深い意味で言ったんじゃないよな……。

 日本できちんと生活を送れるように見ててよね? って事だよな?


 その後アヴさんは日本語の勉強を再開する為に、部屋へと戻って行ったのだが、何処で見つけて来たのか『神風』と書かれた鉢巻をリビングで装着し、気合を入れてから階段を昇って行った。

 その間コナちゃんは目をキラキラさせながら、昼ドラを食い入るように見ていた。

 研究室に行くけど、コナちゃんも……と話し掛けてみたのだが、返事は返って来なかった。


 <今から瞬間移動で研究室に行きますよ>


 雪乃さん直通携帯でメッセージを送った。

 雪乃さんからの返信を待っている間に自分の携帯を見てみると、†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんからメッセージが届いていた。


 <私は一足早くダイブしておりますので、こちらに来た時に連絡して下さい>


 ……あのステータスで一人で大丈夫なのか? と思ったが、やる気があるのは良い事だ、と彼女の頑張りに期待しておく。

 しかし雪乃さんから返信が来ない。

 僕のマップで見る限り、研究室に居るのは間違いないのだが、寝ているのだろうか?

 まぁ行ってみれば分かるか、と思いそのまま瞬間移動で研究室へと向う事にした。



 研究室に到着すると、やっぱり雪乃さんは寝ていた。

 二人掛けのソファーで横になってグッスリ眠っていたのだが、だらしなくおへそを出して寝ていたので僕の上着をそっと掛けてあげた後、いつものように仮想空間へダイブ出来る研究室の方へと向かった。

 そこでサポートチーム主任の馬場さんと少し話したのだが、雪乃さんは昨日の夜から先程まで何やら作業をしていたらしい。

 またくだらない物を作っていなければいいのだが……。

 そのまま馬場さんのサポートを受けて、仮想空間へと向かった。


 仮想空間に来て、まず最初にやらないといけない事がある。


 「ああー、キノンちゃん寂しかったかい?」

 「くぅーん」


 そう、キノンちゃんをモフる事だ。

 この可愛いマメ柴をワシャワシャする為にここに来ると言っても過言ではない。

 そのまま暫く短い毛並みを堪能し、心のリフレッシュを済ませた後、キノンちゃんをまた一軒家の中へと避難させて、光魔法の【マジックバリア】で家ごと包んだ。


 今日はピレートゥードラゴンに放ったあの魔法を、もう一度発動させる為に練習しに来たのだ。

 両手に雷を溜めて、昨日と同じく辺りに電撃が漏れ出すまで溜める。

 その後、全然上手く行かなくてイライラし始めたのだったな。

 そこから視線をピレートゥードラゴンに移した後、MPが減り始めて、更にHPとSPも減り始めたんだよな。

 少し考えると、手もとに雷を溜めてそれを纏めようとしていたのだが、どんどんMPが減っていったところをみると、纏めていたのではなく、更に魔力とMPを注ぎ込んでいた、つまり濃縮に近い事をしていたのではないだろうか?

 HPやSPが減っていたのは、魔力かMPかを注ぎ込み過ぎて、溜めていた雷が暴走し始めていたので、体に負担が掛かっていたのか?

 ピレートゥードラゴンは鱗数枚失っただけなのに三割くらいダメージが入っていた事を考えると、威力が強過ぎたのかもしれない。

 ならば集めた雷を一気に纏めるのではなく、少しずつ小分けに千切ってやるイメージで、少しずつMPと魔力を込めてやればいいのでは?


 と、当然考えた通りにすぐに上手く行くわけ……ない……はずなのだが、現在目の前には無数の青白い光を放つ小さな塊が浮かんでいる。


 「ははは、で、出来ちゃったよ……」


 成程、どうやら一気に纏めるには、僕の驚異的な魔力は強過ぎたみたいだ。

 こうやって小さく千切って、少しずつコップに水を入れる感覚で、魔力とMPを注いでやればいいのか。

 そのまま溜めた雷で、魔力とMPの量を少しずつ変えた無数の青白い光を作ってみて、一番扱い易そうな量を探る。

 その中で、扱い易そうな魔力とMPの注入量の比率のまま、今度は小分けにする雷の量を変えて試してみると、大、中、小と三つの青白い塊を作る事に成功した。


 「一体何があったんだよ、タケル」


 いつの間にか雪乃さんが現実リアルで目を覚ましたみたいで、仮想空間にダイブして来てくれたのだが、僕の成長ぶりに驚いた様子を見せながら歩み寄って来た。


 「フフフ、昨日ちょっとした事がありまして……」


 ボンデージ姿の雪乃さんに昨日のOPEN OF LIFEでの出来事を話した。


 ……


 「躱されないようにする方法は幾つかあるのだが、それはタケル自身に気付いて欲しいので、私からは何も言わないが、色々と魔力とMPの量を変えた無数の雷の塊を飛ばしてみて、一番スピードが早い雷の塊の魔力とMPの量を更に微調整していけば、簡単には回避されない超高速魔法が作れるんじゃないか?」

 「成程、そうやって自分の使いたい魔法のイメージを決めて、それに合わせて、威力型なら威力が高い魔力とMPの量を込める、スピード型ならスピードのある魔力とMPの量を込める、という風に使い分けるって事っすね」

 「そうだ、因みに【雷の弾丸ブリッツバレット】は見た目重視だ」


 雪乃さんは腕を組みながら、胸を張って答えた。


 「見た目かよ!」

 「だって、ピストルみたいに指先から雷の弾丸が出ればかっこいいじゃないか、しかもお手軽だし」

 「ま、まぁカッコイイっすけれど……因みに魔力とMPの量ってどんな感じすか?」

 「威力は欲しいから魔力はやや多く込め、MPの量は少な目で魔法自体を極力小さくするイメージだ」


 よし、一度やってみるか。

 掌に雷を溜め、放出する直前に小さく小分けにして千切ってやるイメージで、そこに魔力とMPを注入していく。


 「いけー」


 指先から出たのは歪な形のドッジボール程の青白い光を放つ塊だった。

 しかも超遅い……失敗だな。


 「ふむ、今見た感じだと、雷の量が多過ぎて、更に魔力は込め過ぎ、なのにMPは少な過ぎってところかな。しかも実戦で使用するならもっと早く魔法を発動させないと、使い物にならないぞ?」

 「うーん、やっぱり難しいっすね、でも雪乃さんが以前言っていた、『魔法を発動させる瞬間に、手でコネるイメージで纏める』というのは若干イメージが合わなくないすか?」

 「そうか? 私はハンバーグのタネを小さく一口大の大きさにしていく感覚に似ていると思ったのだが? こう、掌でムニュっとする感じとかさ」


 雪乃さんは慣れた手付きで空気エアハンバーグをコネコネしている。

 まさか雪乃さんの口から料理の話が出て来るとは……。

 雪乃さん、絶対料理なんか出来ないイメージなのに。


 

 その後暫く【雷の弾丸ブリッツバレット】の練習を続けて、僕なりの【雷の弾丸ブリッツバレット】は完成した。

 僕なりの、というのは雪乃さんの物と僕の物が若干違うからだ。

 僕の【雷の弾丸ブリッツバレット】は威力はやや弱めだが、スピードと連射性能を雪乃さんの【雷の弾丸ブリッツバレット】よりも上げてある。

 こういう事が出来るのも術式操作魔法の特徴だ。

 一通り練習が終わった後に、雪乃さんに相談しようと思っていた事を話してみる。

 救世主加護と管理者権限加護の事だ。


 「……うーん、救世主加護の方はゲームの仕様だから何とも言いようがないが、管理者権限加護が他のプレイヤー達に見つかるのは好くないな。管理者権限は元々私しか使う予定がなく、私は誰かとパーティーを組むつもりなどなかったから深く考えていなかったよ」

 「適当だったんすね……」

 「まぁそう言うなよ、私が今からOPEN OF LIFEのプログラムを書き換えてもいいのだが、正直面倒だ!」

 「面倒だ! ってそんな、言い切らないで下さいよ」

 「私は忙しいのだ。だからタケルが書き換えろ」

 「は? そんなの出来るわけないじゃないすか」

 「プログラムを書き換えるのではなく、ステータスを書き換えるのだ」

 「ステータスを書き換えるって、それも出来ないすよ」

 「偽装スキルだ、偽装スキルを習得するんだ。おい馬場ー! 紙とペンを出せー!」


 偽装スキルって何だ? と考える暇もなく、雪乃さんが馬場さんに紙とペンを要求した。

 その後雪乃さんの言う通りの文字と数字をそのまま書き写し、何の数式なのかは不明だが最後の数字の合計が0になった。


 ピコーン!

 ・偽装スキルを習得しました!

 ・偽装スキルがLV10に上がりました!


 いつもの脳内に響くピコーンの音と共に、視界の隅にスキル習得、レベルアップの文字が浮かび上がる。


 「よし、どうだ? 今ので偽装スキルは手に入ったな?」

 「ええ、よく分からない数式でしたけど、偽装スキルは手に入りました」

 「では今度は今覚えた偽装スキルを使って、自分の持っているスキルを何度か修正し続けて、アクティブスキル『改ざん』を習得するのだ」


 『改ざん』って……何だか嫌な響きだが、言われた通り自分のスキルを、偽装スキルを使って消したり付け加えたりしていくと、アクティブスキル『改ざんLV1』を習得する事が出来た。


 「偽装スキルは自分のスキルやレベル、持ち物等を文字通り偽装出来るスキルなのだが、相手が使う鑑定スキルのレベルが高い場合、見破られてしまう恐れがあるのだ」

 「今の段階ではそんなプレイヤーはいないすけど、後々高レベルの鑑定スキル持ちが出てくると厄介ですからね」

 「そこでアクティブスキル『改ざん』だ。これは他のプレイヤーや物にも掛ける事も出来るし、レベルが上がれば鑑定スキルでも突破不可能だ。改ざんした本人には、改ざん前の通常の数値やスキルと、改ざん後の数値やスキルの二種類が表示されるようになるからな。今後出来るだけ早くレベルを上げていくのだぞ」

 「了解っす、管理者権限が他のプレイヤー達に見つかるのはマズイすもんね。……雪乃さんはOPEN OF LIFEの世界に来ないんすか?」


 自分のステータスやスキルを『改ざん』で色々弄りながら、雪乃さんに尋ねてみた。

 雪乃さんは腕を組み、怪しい仮面の下に真剣な表情を浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。


 「私は自分で作ったOPEN OF LIFEをプレイするつもりはなかったのだが、今はかなり迷っている。世界中のプレイヤーに私の作ったゲームで遊んで欲しいのだが、ゲームの内容を知っている私が参加してしまえば色々とバランスが崩れてしまうだろう……」


 いつになく真面目な話をする雪乃さん。

 ゲームへの思い入れは本物だからな……。


 「し、しかしOPEN OF LIFEの中で、タケルと、あ、あんな事やここここんな事が出来るのだと考えると――」

 「あ、やっぱり来なくていいっす」


 雪乃さんの仮面の下が、良からぬ事を考えているニヤけた表情に変わったのを見て即答した。

 しかし、あんな事やこんな事って……一体このゲーム、何が出来るんだ?


 「では僕はそろそろゲームの世界に行ってきます、パーティーメンバーが既にゲーム内で待っているみたいなんで」

 「……因みにタケルのパーティーメンバーはどんな奴だ? レベルもある程度上がっているのか?」

 「いえ、全員まだレベル1すよ。変わった人達ばっかりでパーティー名も豚の喜劇団ピッグス・シアターズになったんすよ。僕以外のメンバーはパンダに中二病に社畜っす」

 「パンダ……? パンダってもしかして――」

 「ええ、ギフトでパンダスーツが貰えた人っすよ」

 「な、んだと……」


 雪乃さんは驚愕の表情を浮かべながら、わなわなと二、三歩後ずさりして何やらブツブツと呟き始めた。

 自分で作っておきながら、そんなにビックリする事なのか?


 「パ、パンダスーツは救世主スキルよりレアなのだ」

 「ええー! そうなんすか?」


 「……何せ一つしか作っていないからな。……よし、私も今日から豚の喜劇団ピッグス・シアターズの一員だ、宜しく」

 「たった一つしかないのは理解したっすけど、いきなり雪乃さんがメンバーになる理由がサッパリ分からないっすよ」

 「どうか宜しくお願いします!」


 雪乃さんは必死なのか、姿勢を正したお辞儀をしながらお願いして来た。


 「……一応皆に聞いてくるっすけど、ゲーム内であんな事やこんな事をするのはなしっすよ?」

 「く、……分かった。それと私は基本ゲーム攻略には不参加だ、という事も皆に伝えておいてくれ」


 その後ログアウトの準備をしながら雪乃さんを見ていると、口もとを緩めて恥ずかしそうに大きな物体に抱きつく練習や、優しく頭を撫でる仕草をしていた。

 ……本当にパンダが好きなんだな。

 恐らく自分が直にパンダと触れ合う為にパンダスーツを作ったのだろうな。

 しかしあのパンダ、実物より幾分かヤサグレ度が高いのだが、そこは良いのかな……?


 「私がいつも言っているので覚えているとは思うが、私はOPEN OF LIFEにリアリティーを追及したという事を忘れるなよ」


 仮想空間を二人でログアウトした後、自宅へと瞬間移動で戻ろうとすると、雪乃さんがこんなアドバイスをくれた。

 雪乃さんは何やら作業の続きがあるらしく、今日はダイブ出来ないからまた明日な、と言い残すと研究室の奥へと姿を消した。


 リアリティーを追及した、ね。

 色々と考える事もあるけど、今のところ僕は何もゲームの事を知らない状態なので、まずは色んな人に話を聞いてみるか。


 <ルシファー今何処に居るのー?>


 僕は自宅へと戻り、すぐにOOLHGを装着してダイブすると、一足早くダイブしていた†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんにメッセージを送った。


 ……


 <ファストタウンのすぐ近くにいます>


 若干の間を置いてから返信が届いた。

 本当は自分のマップでルシファーの居場所は分かっていたのだが、いきなり姿で現れるとビックリすると思ったので、マナーとして一応メッセージを送ったのだ。

 当然、と言っては失礼だがルシファーの周辺には他のプレイヤーの姿は見えないので、僕はそのまま瞬間移動でファストタウンの入口付近にいるルシファーの所へと向かった。

 

 「お待たせー、ルシファー」

 「……くっ、魔力を使い切ったか……」


 後ろから歩み寄ると、ルシファーは片膝を突いていつものセリフを呟いたので、またかと思いながらも光魔法【チャージ】でMPを分け与えた。


 「何してるんだよ、こんな場所で」

 「……れ、練習」


 僕に背を向けたままルシファーは一言呟いた。

 しかしその後、すぐにこちらへと勢いよく振り返った。


 「練習など妾がするはずもなかろう。……それで我が眷属よ、昨日の其方の魔法はなかなかの物であったぞ。 特別其方には妾に魔法の進言をする許可を与えましょう」


 またおかしなポーズを取りながら答えたのだが、……要約すると昨日の僕の魔法が凄かったから、魔法を教えてくれって事かな?


 「それは勿論いいんだけど、今のままだとルシファーのMPが少ないから、かなり効率が悪いと思うんだ。だから先にレベル上げに行こうと思うんだけどどうかな?」


 ルシファーは首を縦にコクコクと振った。


 「よし、そうと決まればレベル上げに最適な場所をギルド会館で聞き込みに行こうか」

 

 やはりルシファーは首を縦にコクコクと動かしただけだった。

 や、やりにくいなぁ……、ではこれならどうだ?


 「では我が主には、私めの真の力を少しだけご覧に入れましょう」


 僕はルシファーの前で頭を垂れながら、片膝を地面に突いてみせた。


 「フフフ、何を見せてくれるのか楽しみにしておるぞ」


 おお、今度は普通に返事が返って来たのだけど、毎回こうやってコミュニケーションを取らないといけないのか……。

 頭を上げてルシファーを見ると、ピンと指を伸ばした片手で口もとを隠している、よく見かける仕草をしていたので、そのまま二人で瞬間移動でギルド会館の前まで飛んだ。


 

 片手で隠れているのでよく見えないのだが、ルシファーはあわわわとか言いながら口をパクパクとさせているみたいだ。


 「如何ですかな我が主よ、私めの瞬間移動は」


 片膝を突いたままの姿勢で聞いてみたのだが、今度は無言のままだった。

 ありゃ? 今度は返事が返って来ないぞ? 


 「フフ、フ、そそそそな、其方ののし、真、真の――」


 何とかルシファーは必死にキャラを保とうとしているのだが、もう何を言っているのかよく分からなかったので、そのままプルプルと小刻みに震えている、口もとを隠していた手を引っ張りギルド会館の中へと入った。

 まずはバーの店員をしているNPCに話し掛けてみる事にしよう。


 「こんにちは」

 「……何か?」


 清潔感漂う白髪交じりの整えられた髪の毛と、背筋がピンと伸びた姿勢のスリムな男性、バーのマスターがぶっきらぼうに返事を返して来た。

 うーん、何て話し掛ければいいんだ? そういやノイズのないノイ子さんも普通に質問すれば返事が返って来ていたよな……、という事はこのマスターも質問すれば普通に答えてくれるのかな?


 「ちょっと聞きたい事があって、この辺りで強いモンスターが出る場所が知りたいんすけど、マスターは何処か心当たりありませんか?」

 「……何も注文しないで情報だけ聞きにきたのか?」


 バーのマスターが少し不機嫌になってしまった。


 「スイマセン、僕達まだ無一文なんすよ。強いモンスターが出る場所に行って稼いで来たら、ドリンクと一緒に代金をお支払いしますよ」

 「……そんな無一文で装備も持っていない冒険者が、強いモンスターが出る場所に行って帰って来られるとは思わんのだが?」


 何を馬鹿な事を言ってるんだ? みたいな感じでもっともな事を言われてしまった。


 「……えっと、僕達お金は持ってませんけれど、実力はあるんすよ」


 マスターの前で隠蔽強化を掛けずに、片手に少しだけ雷を溜めて見せた。

 マスターはバチバチと音を立てながら薄紫に光る僕の手を見ると、驚いた様子を見せながら、何も言わずに特製ジュースを二杯コップに注いでくれた。


 「……これは俺からの奢りだ、飲んでくれ」


 マスターは僕達にカウンターに座るように促してくれた後、現在の状況を色々と話してくれた。


 

 このファストタウンの遥か北に『ヤマト国』と呼ばれる巨大国家があるそうなのだが、そのヤマト国に行く為には険しい山脈を越えなければならず、更に最近その山脈にはワイバーンと呼ばれる小型竜が巣を作り大量に住み着いてしまっているらしい。

 現在ファストタウンとヤマト国との交易が寸断されてしまっているので、冒険者ギルドにワイバーン討伐クエストを正式に依頼しているのだが、未だにそのクエストは達成されておらず、ファストタウンは寂れていく一方なのだとか。

 少し前に大量の冒険者達が町にやって来たのだが、どいつもこいつも初心者ばかりで、最初からその討伐クエストには見向きもせず、たまにクエストを請け負う冒険者がいても、すぐに尻尾を巻いて逃げ帰って来てしまったそうだ。

 その後その冒険者達は北へ行くのを諦め、比較的弱いモンスター達しか出ない南の『オリエンターナ』方面へと旅立ってしまったのだとか。

 そのオリエンターナへ行くにも、途中巨大な地下道を抜けないと行けないらしいのだが、その地下道には強力なモンスターの生息が確認されているので、冒険者達は地下道手前の小さな村で鮨詰め状態で暮らしているのだとか。

 その小さな村は現在、冒険者特需で物凄く潤っているので羨ましいとマスターは嘆いていた。

 ファストタウンの住人も、その小さな村で商売をする為に、何人かが町を出てしまったそうだ。

 だからこの町に売家が幾つかあったんだな……。

 しかし普通に考えれば一万人近い冒険者が、その小さな村で生活しているとすると、その村は物凄い状態なんだろうなぁと想像出来る。

 ぜ、絶対に行きたくない。

 宿屋とか溢れ返った人でパンパンなんだろうな……。蓑虫のように寝袋に入って立ったまま寝ないといけないとか……ま、まさかそこまでは流石にないか。

 その後色々な話をマスターから聞き、討伐クエストを受けるなら、この町で商売を営んでいる武器屋、防具屋、道具屋に寄り、声を掛けてから行くといいと言われたので、それぞれのお店に顔を出してから出掛ける事にしよう。


 「討伐クエスト、必ず達成してくれよ。無事に帰って来たらまた一杯奢らせて貰うからな!」

 「はい、任せて下さい! 今日、明日中には帰って来ますよ。マスターの特製ジュースとても美味しかったっすよ。ではこのまま冒険者ギルドの受付に行ってきます」


 マスターに手を振りながら、建物内に併設されている冒険者ギルドの受付へと向かう。

 因みにマスターと会話している間、ルシファーは一言も話さずにずっと特製ジュースをちびちびと飲んでいた。


 受付に座っているのは、女性のNPCだ。

 しかも昨日来た時はチラ見しかしていなかったので気付かなかったのだが、恐らくこの女性、エルフという種族だ。

 エルフの特徴、少し尖った耳に白い肌、切れ長の瞳にさらりとした綺麗な金髪。

 野暮ったい建物の中に咲く、一輪の華のように彼女のいる空間だけが明るく煌いて見える。

 その誰もが振り返って思わず見入ってしまう美貌を持ちながら、如何にもお役所の受付ですよ! というツンツンとしたオーラを放っているところが玉に瑕と捉えるか、ご褒美チャームポイントと捉えるかは人それぞれだ。

 初エルフに僕のテンションはグングン上がっているのだが、ここはグッと堪えて平静を保つ。


 「ヒャッハー! エルフ来たコレー! マジ天使!」

 「写真一緒に撮ろうぜー!」


 などなど、恐らくこのエルフのお姉さんは、他のプレイヤー達から、このように面倒くさい対応をさせられたに違いない。絶対そうだ。

 そんな事を言うのは僕だけではないはず。

 こんな美人のエルフを間近で見て、テンションの上がらない男がいるわけがない。

 他のプレイヤー達と同じ行動を取ってしまうと、また下衆な奴が来たと思われかねないので、ここは冷静に対応しよう。


 「こんにちはー、バーのマスターから討伐クエストの話を聞いたので、依頼を受けに来たんすけど」

 「……はい、その依頼は現在も有効ですので、群れを統率しているワイバーンの首と、ワイバーン三百体分の魔力石をこちらで確認させて頂ければクエスト達成とさせて頂き、報酬をお支払い致しますがそれで構いませんか?」


 雰囲気通りエルフのお姉さんはつんけんした対応なのだが、ま、魔力石って何だ? ワイバーンをぶっ飛ばせばその魔力石とやらがコロンと転がって出て来るのか?

 そんな僕の疑問が表情が出ていたのかは定かではないが、受付のエルフのお姉さんが事務的に淡々と説明を続けてくれた。


 「モンスターを討伐した際、そのモンスターの部位を剥ぎ取るか、魔力石に封じ込めるか、ゴールドに換算するかをご自分で選べますので、そのワイバーンの魔力石を三百個集めて来て下さい」


 な、何だかエルフのお姉さんが物凄く不機嫌に見えるのだが、恐らくここに来た初心者冒険者全員に同じ説明をして来たのだろうな……ちょっと可哀相だな。

 でも今後まだまだ冒険者は増える事になるぞ。頑張れエルフのお姉さん。

 そのまま分かりましたと答えると、視界の隅にはクエストを受け付けました! という文字と共に、受注クエスト一覧という文字が出ている。

 あれ、冒険者ギルドって、ギルドカードとかないの? よくあるじゃん、身分証みたいな感じで発行されたり、AとかSでランク付けされたり……と考えながらも、表情に出る前に気付く。

 恐らく今までここに来た冒険者達も同じ質問をして、エルフのお姉さんは同じ答えを延々と繰り返して来たに違いないと。

 

 そんなモンねーよ、さっさと狩るモン狩って来いや、ボンクラ共が!


 みたいな返答を、その切れ長の視線を突き刺しながら、やんわりと返して来たのだろう。

 エルフのお姉さんが、どうせギルドカードの事も聞くのだろ? 早く聞けよ? というウンザリとした表情をしているので、わざわざエルフのお姉さんをイライラさせる必要もなく、ギルドカードという物はないのだと聞かずにその場を後にした。


 「これ、我が眷属よ、妾の所にもクエストを受け付けたと出ておるぞ? どうやらパーティーメンバーの誰かがクエストを受ければ、必然的に妾に供物が献上されるみたいであるな。フフフ、妾に其方の働きをしっかりと見せつけて下さいまし」


 今まで一切一言も話さなかったルシファーが、いつものように口に掌を添えたまま、自分もクエストを受諾した事を知らせてくれた。

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