第4話


 入学式初日から盛大に遅刻してしまい、かなり学校に入り辛くなってしまった。


 まずは自分のクラスを確認する為に昇降口へと向かう。

 ちらりと大きな紙が張り出されていたのが見えたので、恐らくここで自分のクラスを確認出来るのだろう。

 えーっと、僕の名前、僕の名前っと――あったあった、1-Aだ。

 一クラス三十人くらいで、それが1-Fまである。

 校内地図で教室の位置を確認して自分のクラス、1-Aを目指す。


 学校の校舎か……約二年ぶりだな。

 不安や心配などが殆どないのは、恐らく平常心スキルから進化した神仏心スキルのお陰なのだろう。

 またこうやって校舎の中を歩ける日が来るとは思わなかったよ。


 誰も居ない静かな廊下を歩く。

 通り過ぎる教室からは、新しいクラスになったばかりだからなのか、少し騒ついている声が聞こえて来る。

 ここから僕の新しい学校生活が始まる! ……のだが、まずはアクティブスキル『霧隠れ』で自分の存在を消す事から始める。

 出来るだけ目立ちたくないのだけど、流石にこのまま教室に入って、誰にも気付かれないというのは無理かな……。


 いよいよ廊下の壁際に差し込まれている、1-Aと書かれたプレートを視界に捉えた。

 適度な緊張感と高揚感が僕の心を支配して行く。

 一体どんなクラスなんだろうな? 僕でもやっていけるのかな?

 教室からは大人の男性の声、恐らく担任の先生のやや低い声が聞こえて来る。


 僕は教壇側ではなく、教室の後ろ側のドアに手を掛け、ゆっくりとスライドさせて開けた。

 

 「スイマセン山田です、遅れました」

 「ああ山田君、連絡は受けているよ」

 「「「「おおおーーー!」」」」

 「「「「きゃーーーー!」」」」


 教室の後ろ側から入ったので、クラスメートの皆が振り返りながら僕の事を、歓声と共に盛大な拍手で迎えてくれた。

 ……何だ、どういう事だ?


 「彼が今朝電車内で痴漢逮捕に協力した勇敢な青年、山田健君だ!」


 担任の先生と思われる男性が僕の事を紹介してくれた。

 駅員さんか鉄道警察さんなのかどちらかは分からないけど、学校へと連絡してくれていたみたいだ。

 そしてその事はクラスメートにも知らされていたのか。

 よく考えれば僕からも学校へ連絡しておけば良かったんだよな……すっかり忘れていた。


 僕の事を紹介してくれた担任の先生は、三十代前半の如何にも人柄の良さそうな感じの小柄な先生で、入学式だからなのか薄い紺色のスーツをビシッと着用している。

 優しそうな先生で良かった。怖い感じの上下ジャージ、ザ・体育の先生! じゃなくて良かった。

 まぁ体育の先生も入学式くらいはスーツで来ると思うのだが、それは今はどうでもいいか。


 「自分も入学式だというのに、困っている女性を助けた勇気ある行動に、みんなもう一度拍手!」


 先生が拍手すると、クラスメート達からも大きな拍手が起こり、新しいクラス中に鳴り響いた。

 しかし……正直もう勘弁して欲しいです、恥ずかしいです。


 自分の席と思われる、クラスの真ん中にあった空席へと向かう最中も、後頭部に片手を添えて、ドーモ、ドーモとお辞儀を繰り返しながら向かった。


 クラスの座席は窓際から男子の名簿順に座っていて、男子の名簿順の一番最後の僕の席はクラスの中央だった。

 僕の後ろの座席は女子であり、女子の名簿順の一番の子が座っている……と思う。

 中学一年の時も後ろは女子だったよなー。僕が不登校になる頃には物凄く距離を離して座っていたみたいだったけど……今年は大丈夫、かな?

 忌まわしい記憶が一瞬甦った。


 「やぁ山田君、僕山下、宜しく!」


 先生が今後の予定を話している中、前の席に座っていた山下君が、体ごと振り返りながら、気さくに話し掛けて来てくれた。

 その山下君は好青年風かと聞かれれば、若干首を傾げたくなる雰囲気なのだが、チャラい、というかお調子者といった感じであろうか。

 不良っぽいというわけではなく、凄く愛想のいい、とても話し易そうな男性である。

 背格好は椅子に座っているのではっきりとは分からないけっど、高くもなく、低くもなくと普通くらいの痩せ型で、髪の毛をワックスで一生懸命セットして来た努力の跡が随所に見られる髪型だ。


 調べたところこの高校は割と自由な校則なのだそうで、髪の色等は特に規制がなく、少し茶色いくらいの人は数名いるのだが、僕みたいに完全な金髪はクラスには誰もいなかった。

 学校に通わなければいけないと分かっていれば、アバター作成時ももっと地味な髪の色に設定したのになぁ……。


 「山田君すっごいイケメンだよなー、勿論モテるんでしょ? モテないなんて言わせないよ? 謙遜とか嫌味にしか聞こえないからね。それでお願いなんだけれど、いきなりで本当に申しわけないんだけど、誰か一人、一人でいいんだ、僕に紹介してよ! 頼むよ、この通り」


 僕が口を挟む暇もなく、畳みかけるように喋り続けて来て、両手を顔の前で合わせて頭まで下げ始めた山下君。

 頭の上には正式にクエスト依頼の緑の『!』マークが出ている。


 <誰か女の子を紹介して下さい!>


 ……依頼は受けずに放置で行こうと思う。

 多分悪い人ではないのだけど、物凄く必死な感じが髪型や言動から滲み出ているのがとても残念だ。


 「ゴメン山下君、無理っす、あと前を向いた方がいいよ?」


 お願いをささっと断って、山下君の両肩を持ってぐるんと体を前へと向けさせた。

 いやいや、俺諦めないよ? とか呟く山下君は仕方なく前へと向き直してくれた。

 先生はずっと話を続けているのだが、その視線は完全に山下君をロックオンしている。


 「……以上だが、何か質問はないか? 山下」

 「や、やだなぁ先生、ちゃんと聞いていたっすよ? この後クラス写真と個人写真を撮る為に校長室に集合するんでしょ?」

 「……はぁ、校長室に集まってどんな写真を撮るんだ馬鹿。集合するのは中庭だ中庭、みんなはきちんと人の話を聞いて、こんな馬鹿みたいにはならないようにしないと駄目だからな」

 「先生、馬鹿は言い過ぎっすよー」


 山下君が嘆いたところでクラスが笑いに包まれた。

 ほのぼのしてるなーと思ったのも束の間、授業終了のチャイムが鳴る時間が近付くにつれて次第にクラスの空気、特に女子達のいるクラスの右半分から殺伐とした空気が漂い始めた。


 もうすぐチャイムが鳴る。そんな中……。


 「ではみなさんはこの後中庭に集合してください。山田君は僕と一緒に職員室に来てくれますか?」


 担任の先生、ステータスを確認すると名前が筑波先生だったのだが、その筑波先生が僕だけ別行動だと伝えると、何故かクラスの女子達のあちこちからよく分からない、不思議なため息が漏れた。

 ……このクラス、一体何が起こっているんだ?

 その後筑波先生に分かりましたと返事をしたところで、休み時間のチャイムが鳴った。

 しかし職員室か……。何かあるのかな?  


 「あ、あの――」


 席を立とうとすると、後ろの席の子が僕の座っている椅子を、コンコンとノックをしてから話し掛けて来た。


 「あの、山田君、あたし足立美琴あだちみこと、宜しくね」


 後ろの席の足立さんが自己紹介してくれた。

 ……良かった、普通に話し掛けられたよ。

 席を目一杯まで後ろに下げられたらどうしようかと悩んでいたんだよなー。


 「うん、こちらこそ宜しくね足立さん。じゃあ職員室に呼ばれているからまた後でね」


 席を立ちながらバイバーイと手を振り、教室のドアのところで待っていてくれた筑波先生のもとへと向かう。

 やっぱり初対面の人に挨拶するのって緊張する。

 足立さんも僕に手を振り返してくれていたけれど、顔を真っ赤にしていたもんなー。




 「山田君は女泣かせだね」


 職員室へ向かう最中の廊下で、筑波先生が僕と並んで歩きながらこんな事を言って来た。


 「どういう意味ですか?」

 「いや、山田君は女性にモテそうだからね、あまり女の子を泣かせちゃ駄目だよ?」


 「モテそうどころか、先生は知っているかもしれませんが、僕、不登校児ですよ?」


 「そこなんだよ、先生には今の山田君が不登校児だった理由が皆目見当が付かないんだ。ルックスもいいし、痴漢を捕まえてしまう程の正義感と強さも持っているし――あ、今言った事は内緒だったね。逮捕に協力したっていう話になっていたからね」


 筑波先生は色々と今朝の事件の真相を知っている様子で、黒くて厚みのあるクラス名簿で口もとを隠した。


 「職員室に来て貰うのは、今回児童保護プログラムの適用に必要な書類にサインを貰う為なんだけれど、実はこのタイミングで呼び出したのには他にも理由があるんだよ」


 筑波先生はクラス名簿で口もとを隠したまま話を続けた。


 「君は気付いているかい?」

 「……いえ、何にですか?」


 何だ? 敵でもいるのか? 未来予知スキルも反応していないし、索敵スキルでも敵は見つかっていないし……何だろう。


 「……はぁ、やっぱりね」


 筑波先生は若干呆れ顔でため息交じりに呟いた。


 「今、僕達が廊下を歩いている最中、色んな生徒とすれ違って来ただろ?」

 「はい、みんな廊下に出て話をしていましたよね」

 「殆どの生徒が山田君の事を見てたよ」

 「そうなんですか? まぁチラっと見られているかな? くらいは感じましたけど」

 「そうではなくて、殆どの女子生徒は山田君の事を、異性として興味を持って見ていたって事だよ」


 そうなのか? ぜ、全然気付かなかったぞ? 筑波先生は何でそんな事が分かるんだ?


 「山田君の場合、恐らく不登校だった事が関係しているのだと思うのだけれど、少し厳しい言い方になるが、人が自分の事をどう思っているかという事に関して鈍感過ぎるんだと思う」

 「そ、そうかもしれません」


 二年間ずっと引き籠りで、人との接し方が分からなくなっている所へ、更に容姿が本来の自分とは正反対の超絶イケメンに変わった事で、人からの見られ方も百八十度変わってしまった。

 自分が思っている人からの見られ方と、周りの人との意識のズレみたいな物が出来ていて、そこに気付いていなかった、という事なのだろう。


 「このままだと山田君はいずれ、大小様々なトラブルに巻き込まれてしまうかもしれないよ」

 「ありがとうございます、よく理解しておきます」


 僕の場合、更にスーパースタースキルまで持ち合わせているから、余計にみんなの視線や意識を集めてしまっているのかも……。

 

 

 その後筑波先生と職員室へ到着して、少し会話を交わしながら書類にサインをしていく。


 「悩み事がある時はいつでも僕に相談して来て欲しい、僕は山田君を二度と不登校にはさせないからな」


 筑波先生が優しい笑顔で言ってくれたのが凄く嬉しかった。

 そして筑波先生と連絡先を交換し、いつでも連絡して来てくれていいからと言ってくれた。


 <三十歳の女性から本気でプロポーズされています>


 隣にいる先生にメッセージを送ってみた。


 <……が、頑張れ>


 困り果てた顔で隣にいる僕に返信をくれたので、本当に頼りになるかどうかは分からない。


 <因みにクラスの女子は、ほぼ全員山田君の事を狙っているみたいなので注意する事>


 その後こんなアドバイスのメッセージを送ってくれた。

 ホンマかいな? と筑波先生の方を見ると、コクコクと頷いていたので嘘や当てずっぽうではないのだろう……。

 僕と筑波先生はその後、写真撮影の為に急いで中庭へと向かった。


 写真撮影は無事に終わり、後はホームルームを終えて帰宅するだけなのだが、ホームルームが始まる前に、僕の携帯にメッセージが入った。



 REINA<ヤッホー、タケル君! 入学式ちゃんと起きて行けたかー? ルシファーもちゃんと学校行ったか? 源三は……まだ生きてるのかしら?>


 REINAさんからという事はグループでのやり取りが可能なのでこういうメッセージが入って来るんだな。初めて知ったよ。

 因みに名前の登録名は、僕がわかり易いように登録しておいた。


 タケル<ちゃんと起きて入学式に向かったけど、事件に巻き込まれて、学校に着いた時には入学式終わってました>


 REINA<ええー! 事件って何よ、コ○ン属性でも持っているの? 大丈夫だったの?>


 タケル<ちょっと痴漢を>


 REINA<死んでしまえ、ゴミ野郎めが!>


 タケル<捕まえたんすよー>


 REINA<わざと紛らわしく送ったでしょ! でも偉いじゃない!>


 ルシファー<私もメッセージを送って大丈夫なのでしょうか?>


 REINA<勿論よルシファー、遅刻せずに学校行けたの?>


 タケル<ヤバイ、もうホームルームが始まりそうだ、みんな今日何時くらいにログインする?>


 REINA<私は今日は十時くらいからしかログイン出来ない……>


 ルシファー<私は学校が終われば、何時でもよろしいです>


 タケル<じゃあまたログインする前にルシファーにメッセージ送るよ、REINAはまたログインしたらゲーム内でメッセージ送ってよ、多分僕達はダイブ中だと思うから>


 REINA<私が居ない間にあまりレベル上げちゃ駄目よ>


 ルシファー<無理、私は強くなる>


 タケル<無理、僕といれば速攻レベル上がる。ヤベ、先生来た、ではまた後でー>


 REINA<イヤー、私を置いて行かないでー>


 ルシファー<REINA様も早くいらして下さいな。後、初めましてですねREINAさん>


 REINA<あ、言われれば会話するのは初めてだよね! これからもヨロシクね!>



 

 「女からだな?」


 メッセージのやり取りをしていたのだが、僕の様子を伺っていた山下君に、なかなか鋭い指摘をされてしまった。


 「おやおやー、山田君、僕の前で女の子に連絡するとか、喧嘩を売っているのかなー?」

 

 山下君は眉毛をピクピクとさせながら僕の方へと振り返っている。

 ええい、大きな声を出すんじゃない!

 後、今はホームルーム中なので、筑波先生がこちらを物凄く睨んでるよ。

 このままでは僕まで怒られてしまいそうなので、今度は両手で顔を掴んでグイッと強制的に前へと向けてあげた。


 「……以上なのだが、山下、何か質問はないか?」

 「やだなー先生、俺ちゃんと聞いてたっすよ、明日は職員室でクラブ紹介があるんすよね?」

 「……はぁ、職員室でクラブ紹介してどうするんだ。クラブ紹介は体育館であるのだが、お前はこの後、職員室に来いと言ったんだ、この馬鹿」

 「馬鹿は言い過ぎっすよー、先生」


 お馴染みのやり取りを聞いて、学校生活の初日が終わりを告げた。

 自分の荷物を纏め、急いで学校敷地内で人気がなくて、瞬間移動に最適な場所を探しに行こうと席を立つ。


 「ねえねえ、山田君はどこの部活に入るかもう決めたのー?」


 隣の席、左隣の席は男子なのだが、右隣は女子で、その右隣りの席に集まっていた女子の三人組の内の一人が話し掛けて来た。


 「あ、あたしは高坂由奈こうさかゆな、宜しくねー」


 話し掛けて来た女性が自己紹介して来た。

 いかん、そろそろ今日自己紹介された人数が多くて覚えられそうもない……。

 いや、待てよ? 今まで使った事はないのだがメニューの中に確か……、あった、コレだ。

 視界の隅に映っているメニューアイコンから、メモ帳機能を選ぶ。

 メモ帳には視界に映る映像をキャプチャー出来る機能があるみたいなので、話し掛けてくれた高坂さんをキャプチャーしてメモ帳に名前入りで張り付けておく。

 おお、出来た出来た! これで沢山自己紹介されても、後で名前が思い出せないという事はなくなりそうだ。

 ついでに足立さんもキャプチャーして名前入りで保存しておこう。

 この辺を人物名で纏めて残しておくか。


 「私は坂田南美さかたみなみよろしくね」


 高坂さんの隣にいる坂田さんも自己紹介して来た。

 はいはい、坂田さんね、キャプチャーおkと。


 「あたしは斎藤凛さいとうりん、凛って呼んでね!」


 斎藤さん、斎藤さんと、忙しいな。

 斎藤さん、坂田さん、高坂さんは確か三人席が順番だった筈。

 僕の右隣が坂田さん、その前が斎藤さん、その前が高坂さんと。


 「山田君サッカー部とか似合いそう!」


 女子三人で何やら盛り上がり始めたのだが、当然サッカー何ぞ小学校以来やった事ない。

 サッカーボールのように蹴られた事ならあるが……。

 しかしこうやってクラスの女子が僕に話し掛けて来てくれるのは、凄く嬉しいんだけれど、筑波先生のアドバイスを聞いた後なので、いつもと同じ対応では駄目なんだよな。

 もっと皆の事をよく観察しながら会話していこう。


 「僕は部活には入らないつもりなんだ。家に帰ってやらないといけない事があるからさ」

 「いやー、俺もそうなんだよ! 帰ってやらないといけない事があるから、部活はやらないんだ」


 女子達に話したつもりが、何故か横から山下君がグイッと話しに割り込んで来た。

 僕は高坂さん、坂田さん、斎藤さんの表情を見ていたのだが、僕でもわかるくらい不機嫌そうになった。

 うん、これくらいはっきりしていると分かり易い。

 でも山下君がやらないといけない事って何だ?


 「へー、帰って何をするの?」


 僕は山下君に棒読み加減で聞いてみた。

 だって、何やら山下君が『何するのか聞け』っていう表情をしていたので仕方なく……。


 「いやー、みんなは知っているかなー? VRMMO OPEN OF LIFEっていうヤツなんだけどさー」

 「「「「「ええーーー!」」」」」


 僕と高坂さん、坂田さん、斎藤さん、更に僕の後ろの席の足立さんまで一緒になって驚いていた。


 「たまたま初回販売の抽選で当たっちゃってさー、毎日忙しくて忙しくて。昨日もほぼ徹夜で今日は一日超寝不足だったよー」


 自慢げに寝不足アピールする山下君はウザい。

 みんなの表情を見てみると僕と同様に思っているのか、みんな若干眉間にシワが寄っている。

 その後暫く山下君の自慢話が続いた。

 山下君の話によると、山下君は攻略組の巨大組織、ギルドと呼ばれる個人やパーティーが集まる組織、『戦場の女神ヴァルキリーア』に所属しているらしい。

 現在その人数は三百人を超えているらしいのだが、山下君はその『戦場の女神ヴァルキリーア』の幹部を担っていて、日々新人の育成を手伝ってやっているらしい。

 ただし、山下君の話はどうやらかなり盛られているみたいで、みんながゲームの内容を知らないのをいい事に、やれゲームの世界中の町は全て行き尽くしただの、昨日はドラゴンを狩っただの言いたい放題だった。

 そんな山下君の事だから、ギルドやらパーティーの話も何処まで本当か定かでは無い。


 「……山下君の話、多分嘘だよ」


 足立さんが僕の後ろからボソッと呟いた。


 「え、どういう事?」


 僕は足立さんがいる後ろを振り返り、皆に聞こえないくらいに小さな声で聞いてみた。


 「実はあたしも持ってるんだ、OPEN OF LIFE。だからゲームの内容知っているんだけれど、山下君の言っている事は絶対嘘だよ。でも山下君には言わないでおこうね、何だか可哀相だから……」


 山下君を哀れみの目で見つめる足立さん。


 

 未だ山下君の自慢話は続いている。

 しかしびっくりした。

 ここにもOPEN OF LIFEの所持者が居た。

 これ、実は物凄い確率じゃないのか? 日本で一万台しかない初回生産分を、新しいクラスの席で山下君、僕、足立さんの三人が並んで持っているなんて。

 と思ったけど、僕の分はイレギュラーだった……。まぁそれでも凄い事には変わりないのだが。

 しかし足立さんって、見た目ではゲームとか全くやりそうではなく、結構派手な感じの子なんだよなー。

 少しだけ茶色い髪で、前髪が切り揃えられたボブカットなのだが、両サイドにふわりとパーマが当てられていて、とても可愛らしく仕上げられている。

 クリッとした大きな黒目の瞳が特徴的な顔立ちには、薄くメイクも施されており、とてもOOLHGを装着して冒険に出掛けている風には見えない。

 白いカーディガンと黒いロングスカート姿で、腕にはブレスレットも幾つか着けており、凄く大人っぽく見える。


 「足立さん、全然ゲームとかやりそうに見えないよ」

 「うふふ、そんな事ないよ? こう見えても夜な夜な狩りに出掛けては、モンスターをボコボコにしてるんだから」


 左手で何かを掴み、右手でキレのあるボディーブローを数発打ち込む仕草をする足立さん。

 何だか今左手で掴んでいた物が、人の胸ぐらに見えてしまうのは何故だろう……。


 「ちょっと、そこ! 何をコソコソ話をしているの?」


 僕達の会話が気になったのか、高坂さんが僕と足立さんの会話に割って入って来た。


 「いや、VRMMOやってみたいよなーって話をしてたんだよ。……そうだ、みんなで連絡先を交換しない?


 僕は話の内容を誤魔化した後、みんなに視線を配りながら聞いてみると、少し怒っている感じだった高坂さん達の表情が、パァっと明るくなったのが分かった。


 「「「うん、しようしよう!」」」


 そのまま連絡先を交換し合ったのだが、この時の山下君の嬉しそうな顔を、僕は生涯忘れる事がないだろう。


 <また明日ー!>


 皆と別れ、連絡先の確認の意味も込めて皆にメッセージを送った。そして――


 <僕もOPEN OF LIFE持っているんだ。あの時言いそびれてしまったよ。ゴメンね>


 足立さんにだけは皆と違うメッセージを送った。


 <嘘だー! 人にはゲームなんかやりそうに全然見えないとか言っておきながら、山田君の方がゲームとかやりそうに全然見えないよ!>

 <また明日詳しく話すよ、じゃあまた明日!>


 僕は皆とメッセージのやり取りをしている間、ずっと学校の敷地内を携帯片手にウロウロしていたのだが、別に怪しい人物を演じているなわけではない。

 視界に映るマップだけではなく、実際の立地や昇降口までの距離や行き方を調べていたのだ。

 何の為にって、そりゃー瞬間移動で通学する為にだよ。

 そして最高の場所を見つけた。

 校舎の外にあるトイレの裏側なのだが、校舎の何処からも死角になっていて、昇降口までも割と近い。

 更に瞬間移動後に、まぁないとは思うけど万が一、人と出会う事があってもトイレに行っていたと言えば怪しまれずに済むという、まさに僕の瞬間移動の為に造られたかのような場所だ。

 そして第二候補もバッチリ押さえてあるので、もしこの場所に人が居ても第二候補へ移動すればいいという、徹底ぶりだ。

 早速瞬間移動第一候補の場所、トイレ裏から自宅の玄関へと移動した。

 勿論自宅の様子も確認してから移動したので玄関には誰もいない。


 「ただいまー」


 玄関で声を上げながら靴を脱いでいると、コナちゃんがリビングの扉から飛び出して来て、僕の足もとに絡みついて来た。


 「おかえりー、タケルお兄ちゃん」

 「うん、ただいまコナちゃん。いい子にしてたかい?」


 コナちゃんは相変わらず可愛いのだが、力が強いので動き辛い……。


 「タケルお兄ちゃん、お姉ちゃんが話があるんだって」

 「え、アヴさんが? 何だろう」

 「ちょっとここで待っててね」


 コナちゃんはリビングの入口で僕を立たせたまま、リビングにいるアヴさんを呼びに行ったみたいで、アヴさんがコナちゃんに背中を押されてリビングから出て来た。

 アヴさんは、あー、あー、と喉の調整をしながらも、何処か緊張しているみたいなのだが、アヴさんの後ろで立っているコナちゃんの表情が少しおかしい。

 アヴさんが、コホン! とひとつ咳払いをする。


 「タケルさん、わたしたちを、たすけてくれて、ありがとう」


 少し斜め上を見て、文字をひとつひとつ思い出す感じで日本語を話し始めた。


 『凄いじゃないで――』


 僕が話を始めようとしたところを、アヴさんに掌で遮られてしまった。

 どうやら、まだ続きがあるみたいだ。

 コナちゃんは、何やらワクワクしながらその様子を見守っている。


 「タケルさん、わたしは、あなたを、あいして……います、およ……およめさんに、もらってくさい」


 今度はちゃんと言えた! とばかりにアヴさんの表情が明るくなり、小さくガッツポーズしている。

 コナちゃんは、目をキラキラさせながら、両手で口を押えている。

 こ、これってもしかして……。


 『あ、あのー、アヴさん?』


 アヴさんの言葉が脳内で再生される度に、どんどん僕の顔が赤くなっていく。

 僕の神仏心スキルをも貫通する衝撃だった……。

 しかし、どうしても確かめないといけない事が一つある。


 『ア、アヴさん、今の日本語の意味、理解出来ていますか?』

 『勿論です、コナが教えてくれたのですよ。私達を助けてくれたお礼の言葉と、日頃の感謝の言葉ですよね?』


 ……はぁ、やっぱりか。

 アヴさんの言葉と言い終わった後の仕草が一致していないと思ったらそういう事か……。

 コナちゃんは悪戯っ子だったんだな。

 コナちゃんをジッと睨むと、あわわとか言いながらリビングへと逃げて行った。


 『あれ? タケルさん、もしかして私の日本語、何処かおかしかったのですか?』

 『いえ、日本語は殆ど間違ってはいませんでしたよ。ただ、お礼の言葉は合ってるんですが、その後が……』

 『え? という事は、感謝の言葉ではなかったのですか? で、ではどういう意味だったのですか?』


 僕は更に顔を真っ赤にしながらアヴさんに言葉の意味を教えてあげた。




 『『『コナーーー!!!』』』


 我が家にアヴさんの怒鳴り声が響いた。

 アヴさんは怒るとピレートゥードラゴンより怖いという事が判明した。


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