第3話
その後ログアウトした源三から、グループでメッセージが送りあえるアプリの招待が届き、みんなで登録を済ませた。
源三<オレは後五分だけ寝る。その後出社だ。倒れない事を願っておいてくれ、じゃあな>
メッセージが届いた時には冗談抜きで、大丈夫なのかこの人? と思ってしまった。
僕とREINAと
ムー ムー
僕の携帯電話のバイブ機能がムームー言っている事に気が付く。
誰だ、こんな時間に? と思ったのだが、ただの携帯電話のアラーム機能だった。
時間を見ると、入学式に行く為に起きなければいけない時間を示していた。
どうやらあれから気を失うように眠ってしまったみたいだ。
ね、眠過ぎる……が、仕方がない、起きるとするか。
リビングへと降りるとお母さんとコナちゃんだけが起きていた。
「おはよう、お母さん、コナちゃん」
朝の挨拶を済ませ、既にテーブルに用意されていた朝食を摂る準備をする。
「タケルお兄ちゃんおはよう」
両手で食パンを持って噛り付いていたコナちゃんが、隣の席で挨拶を返してくれたのだが、アヴさんの姿が見えない。
「コナちゃん、アヴさんは?」
「お姉ちゃんは夜遅くまでお勉強をしていたみたいで、まだグッスリ寝てたよ? 起こしてくる?」
「いや、いいよ、ゆっくり寝かせておいてあげて」
「うん、わかったー」
そう返事をしたコナちゃんは、再び食パンにモシャモシャ噛り付いた。
一心不乱に食べているのだが、バターかマーガリンか付けてあげた方がいいのかな……。
「コナちゃん、美味しい?」
「うん、とっても。日本のご飯、村で食べていたご飯よりも、どれも全部美味しいよ! タケルお兄ちゃんが昨日お土産でくれたケーキ、ほっぺがとろけるくらい美味しかったよー!」
お皿に山盛り乗せて瞬間移動で帰って来た時のデザートだな。
確かパイやタルト、ケーキにお寿司と結構な量だったはず。
もう全部食べてしまったのかな?
「お寿司、ひゃい高!」
食パンをくわえたまま親指を突き立てているコナちゃんの両目はキラキラと輝いていた。
ゆっくりとしている時間はないので、僕もテレビを見ながら朝食を掻き込んだ。
天気予報では今日は傘は要りませんと言っていたり、ニュースでは今日は各地で入学式があると言っていたり……。
朝の情報番組では、美少女アイドルが生出演していたのだが、あれ、何か顔違うくね? と突っ込みを入れたくなる程、寝不足の顔を披露していたのが可笑しかった。
今までだと部屋で一人きりだったのが、こうしてコナちゃんと雑談しながら朝食を食べたり、洗い物をしているお母さんの後ろ姿を見たりと、たった数日で日常が大きく変わってしまったと実感する。
毎日充実しているなー!
いかんいかん、ゆっくりし過ぎてしまった。
その後朝食を済ませ、学校へ向かう準備を済ませてから玄関へと向かうと、コナちゃんがお見送りで待っていてくれたので、コナちゃんの頭を撫でた。
「じゃあ、行ってきます!」
僕は今電車に乗っている。
お母さんは仕事で僕の入学式には来られないと言っていた。
「くーちゃんとアヴさんとコナちゃんにカメラを持たせて忍び込ませようかしら……」
大変残念がっていたのだが、止めて下さいとお断りしておいた。
しかし、普通入学式とかってお昼からじゃないの? 何故僕の学校は朝一からなんだ?
仕方なく現在、人生初の通勤ラッシュというものを体験していて、ドアから一メートル程離れた場所で吊革に掴まっている。
しかし、通勤ラッシュも本日限りで暫く味わう事もなくなるだろう。
また登校拒否になるわけじゃないよ?
フフフ、僕は明日からは瞬間移動でササーっと通学する予定だ!
今では移動距離の制限も解除されるので、一度学校へ行きさえすれば今日の帰りからは電車に乗る必要がない。
朝、敷地内の人気のない場所へ、毎回きちんと誰も居ないか確認してから移動すれば、ギリギリまで寝ていられるのだ!
瞬間移動最高! 変態な体最高!
今電車内では隠密スキルと、アクティブスキル『霧隠れ』の効果で、僕の存在は周りの人に認識されていないみたいだ。
が、状況が少し複雑である。
今、片手で吊革に掴まっているのだが、僕の懐には若干年上っぽい女子高生風のお姉さんが、すっぽりと収まっている。
カバンの持ち手の部分に腕を通して小脇に挟み、両手を握りしめ腕を折り畳んだまま、僕の胸の中へと
ふるふると震えてしまっているので、僕とお姉さんだけを切り取って見たとすれば、僕がお姉さんを泣かせてしまっているみたいに見えるだろう。
実際には僕は何もしていないよ?
真っ赤に染まっている耳が見えるくらいショートカットのお姉さん。
首筋は小麦色に焼けており、健康的で爽やかなイメージを受ける。
しかし、思春期真っ只中の僕の理性が保たれているのにはわけがある。
お姉さんの頭上、つまり僕の顔の前にデカデカと赤い『!』マークが出ているのだ。
つまり緊急クエストって事だな。
緊急クエスト内容
・お願い、誰か助けて!
クエストの依頼者
・女子高生のお姉さん
クエスト成功条件
・チカンの撃退×2
クエスト失敗条件
・チカン撃退失敗、もしくは逃亡される
クエスト報酬
・EXP
・ファンクラブ
・お姉さんの感謝の気持ち
クエスト難易度
・☆☆
クエスト受諾条件
・次の駅に到着する前にクエストを受ける
クエスト内容を確認してみると、こんなのが出た。
成程、それでお姉さんは震えているんだな。
早く助けてあげるとするか。
チカンの撃退×2ということは、チカンは二人か。
しかしクエストを受けてしまうと、入学式に遅刻してしまうんだよなー。
なんて事を思いながらも、最初からクエストを受けないという選択肢はなかった。
二人掛かりでお姉さんの尻を撫で回すとは、なんという羨ま……けしからん! チカンあかん!
しかしチカンってどうやって捕まえればいいんだ?
クエストをさっさと受け、索敵スキルで目標を確認すると、お姉さんのすぐ後ろにいるサラリーマン風のスーツを着た二人組が、ターゲットだという事を教えてくれている。
二人とも五十歳代と思われる、結構いい歳したオッサン共だ。
何やってんだ、こいつら。
しかし実際この位置からだと、自分の目では見えないんだよな。
索敵スキルで目標物を最大まで拡大していて、手の動きまでしっかりと把握は出来ているのだが……。
サラリーマン風のオッサン二人の方へと視線を向けると、ニヤニヤと気味の悪い表情を浮かべていたので、僕の中で何かがキレた。
「ゴメンね、すぐ終わらせるから」
お姉さんの耳に息が掛かる距離でそっと呟き、次の瞬間両手でオッサン二人の顔を鷲掴みにして持ち上げてやった。
「「ぉごごぉぉーー!」」
オッサン二人は電車の天井に頭がぶつかるくらいに、満員の人達の中から引っこ抜かれ、呻き声を上げる。
周りにいた人達も狭いながらも、何があったのだ? と、ほんの少しのスペースを作ってくれた。
オッサン二人が必死になって両手で僕の手を外そうとするが、そんな力で僕の握力から逃れられると思っているのか。
「ちょっと僕の後ろに回っててくれる?」
この隙にお姉さんを守るべく、僕の後ろへと移動するように促す。
お姉さんも最初は戸惑っていたみたいだけど、俯いたままこくりと頷き、狭い中を僕の後ろへと移動した。
オッサン二人は未だ声にならない声を発しながらジタバタともがいている。
「「!!!」」
鬱陶しいから軽く両手から【放電】で電気を流してやると、二人とも声も出さず動かなくなった。
「すいません、この二人チカンなんですけど、どなたか車掌さんに連絡して貰えないですか?」
「は、はい! 只今!」
周囲の乗客に呼び掛けてみると、ドアの近くにいたOL風のお姉さんが非常用のボタンを全力で押してくれて、車掌さんに連絡してくれた。
「ゴメンね、大きな騒ぎにしちゃって。次の駅で降りて一緒に説明してくれる?」
痴漢被害にあった女子高生のお姉さんに笑顔で話し掛けた。
「……うん、わ、わかった」
お姉さんは暫く間を置いてから、震えた声で答えてくれた。
怖かったんだろうな、もっと早く助けてあげれば良かった。
せっかくの隠密スキルも、アクティブスキル『霧隠れ』もここまで騒ぎを起こせば効果がないみたいで、電車の中は異常な雰囲気に包まれていた。
何があったんだ? 痴漢だってーだとか、サイテーだとか、女の敵だとか、最初はそんな感じだったのだが、途中から視線が――特に女性の視線が物凄く僕に集中している事に気付く。
僕の痴漢の捕まえ方に、何か不自然な所でもあったのかな?
顔面を鷲掴みにして引っこ抜くのは、流石にやり過ぎたかな……。
しかし目立ってしまったなー、もう少し静かに撃退する方法を取れば良かったかな? 最初から【放電】で瞬殺とかの方が良かったかな……と色々考えていると、満員電車の中、すぐ近くの座席から携帯電話を僕の方へと向けている女性がいた。
カ、カメラ? じゃないよな、たぶんあれって、ど、動画?
これって某掲示板とかにアップされてしまうパターン?
「スイマセン、実際に被害に遭われている方がおられるので、動画とか止めて貰っていいですか?」
「ご……ごめんなさい」
僕がしっかりと注意をすると、女性は謝りつつ慌てた様子で携帯電話をカバンに仕舞ってくれた。
しかし撮影していた女性は、周りにいた他の女性からは鬼のような形相で睨まれていた。
僕の考え過ぎかもしれないのだが先程の動画、殆ど僕の顔ばかりを撮っていた気がする……。
次の駅に到着すると駅員さんが三人待機しており、僕と被害に遭ったお姉さん、失神しているオッサン二人は駅長室という所へと連れて行かれる事となった。
駅員さんに連れて行かれるオッサン二人。
僕と被害者のお姉さんがその後ろを着いて歩く。
駅員さんは三人でオッサン二人を連行しているのだが、僕がオッサン二人を気絶させてしまった為、かなり重そうだ。
駅にいた一般の方々は、何があったのだ? とこちらの方をジロジロと見ている。
「ゴメンね、恥ずかしい思いをさせちゃって」
俯いて歩く女子高生風のお姉さんに小声で謝る。
「いえ、そんな、こちらこそ助けてくれてありがとうございます、わ、私
何やら慌てながらお礼と同時に自己紹介をされてしまった。
お姉さんだとは思っていたが二つ上か。
その沖野さんは首筋同様、全身がかなり小麦色に日焼けした、ショートカットのお姉さんだ。
恐らく運動系の部活動をしているのだろう。
僕も自己紹介しておいた方がいいのかな?
「僕は山田健、実は今日入学式でした」
「……え、それって、も、もしかして今からだよね? という事は――」
「はい、恐らく間に合わないと思います」
「えーーー! ご、ごめんなさい、私のせいで……」
沖野さんは立ち止まり、深々と頭を下げている。
「ははは、まぁないとは思いますけど、もし先生に怒られるような事になったら、一緒に謝って下さいね?」
「……私行く、山田君の……健君の為なら何処にでも行くよ!」
笑いながら冗談で言ったのに、僕の手を両手でしっかりと握り、グイグイと迫りながら言われてしまった。
ホント冗談だったんだけどな……。
その後駅長室という所に通されたのだが、オッサンその一、オッサンその二、僕、沖野さんはそれぞれ別々の場所で話を聞かれるみたいだ。
僕は駆け付けた鉄道警察の人も交えて当時の状況を事細かに説明する事にした。
状況説明が本当なら、強制猥褻罪というのになるらしい。
しかし沖野さんと僕の状況説明はスムーズに進んだのだが、どうやらオッサン二人の方は全く進んでいないらしい。
「冤罪だ! 俺は何もやっていない!」
何を聞いても同じ事しか答えないらしい。
しかも俺を誰だと思っているんだ、逆に訴えるぞとか脅して来ているとか。
面倒なオッサン共だ、僕は今日入学式なんだぞ。
「○○商事営業統括部長、人事部長」
仕方がないので時間短縮の為に、鉄道警察の人聞こえるようにコッソリ呟いた。
鉄道警察の人は最初何の事だかよく分かっていない様子だったのだが、暫くしてどういう意味か理解したみたいで慌てて部屋を出て行った。
そう、こういう事になるかもしれないと思い、オッサン二人を先にステータス閲覧と鑑定スキルで丸裸にしておいたのだ。
オッサン二人の名前、住所、電話番号、勤め先、家族構成から子供の進学先や勤め先まで、鑑定スキルで知りたい項目を検索していくと、ドンドン細かい情報まで出て来たのにはビックリした。
因みに家族構成という項目を検索すると妻、息子、娘と出た。
その息子を選べば名前等の個人情報が出て来るといった感じだった。
勿論オッサン二人が常習犯である事も既に分かっているので、沖野さん次第ではあるが、とことん追い詰めたいというのであれば協力するつもりだ。
その後駅員さんと、今日入学式なんですよーとか雑談していると、オッサン二人が急に沖野さんに謝りたいと言い出したと鉄道警察の人が教えてくれた。
僕も沖野さんの所へ向かうと、丁度オッサン二人が土下座している真っ最中だった。
「申しわけない! どうか、どうかこの通りだから、会社や家族には言わないで欲しい! 頼む!」
「済まなかった! 謝るから許してくれ、このままだと家族に合わせる顔がない。今日が初めてだったんだよ!」
オッサン二人は額を床に擦りつけているのだが……と沖野さんの方へ視線を向けると、沖野さんは大粒の涙をポロポロと零していた。
「はぁ? 初めて? 二日前の同じ車両でも、二人で他の女性に今日と同じ事をしていましたよね?」
先程調べておいた過去の犯罪を暴露する事にした。
「「……」」
オッサン二人は土下座したままの恰好で何も言わない。ピクリとも動かない。
「更にその三日前にも、同じ電車の一つ後ろの車両で、二人で同じ事をされていましたよね?」
「「……」」
「更にその三日――」
「ち、ちょっと待て!」
遂に一人のオッサン、統括部長の方が状況に耐えきれなくなかったのか、土下座中の頭を上げて口を開いた。
「何でお前がそんな事知っているんだ、おかしいだろ!」
おかしいのはお前の頭だ、馬鹿が。
「何で知っているんだ? って聞くという事は、今言った事が間違っていなかったという事でいいんですよね?」
僕は強い口調で統括部長のオッサンに詰め寄る。
「え、あ、いや、それは、その……」
しどろもどろになり始めた統括部長のオッサンは、もう一人の土下座中のオッサン共々、鉄道警察の人に奥の部屋へと連れて行かれた。
恐らくこれからじっくり色々と聞かれる事になるのだろう。
「……あの、どうしてそんな事を知っていたのですか?」
眼を赤くして涙をハンカチで拭っている沖野さんが聞いて来た。
「いや、オッサン二人の態度が怪しかったから適当にカマ掛けただけっすよ。本当は毎日でもやってるんじゃないすかね?」
鑑定スキルで丸裸にしたからです。なんて事は言えるはずがないので、それっぽい理由を並べて沖野さんに答えたのだが、納得してくれたのか、そっか……と一言呟いた後安堵の表情を浮かべていた。
その後、沖野さんは今後のオッサン二人の事で話があるからと警察の人に奥へと連れて行かれ、僕は解放される事になった。
しかしもう完全に入学式が終わっている時間なんだよなー、と思いながら壁に掛けられている時計を見ていると、先程雑談をしていた駅員さんが学校まで送ってくれると言うので、車に乗せて貰った。
「……それで、どうしてあの二人の会社や役職を知っていたんだい?」
「少し前に二人の会社に行った事があって、受付のお姉さんと色々話していたら教えてくれたんですよ」
車のリアシートに座っている僕に、駅員さんが不思議そうに車のルームミラー越しに聞いて来たので、適当に答えておいた。
車で送って貰っている最中に色々と雑談していると、視界の隅にクエストクリアのアイコンが表示された。
何でこのタイミングなんだ? オッサン二人が完全に逃亡不可の状態にでもなったのかなぁ? とか考えていると、すぐに僕の学校に到着したので、駅員さんにお礼を言ってから車を降りた。
入学式初日から大遅刻か。
物凄く入り辛い学校になってしまったなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます