第2話

 

 「なぁ、アンタもしかして滅茶苦茶強いんじゃないか?」


 宿屋へと向かう最中、助けられた男性が答えにくい事を聞いて来た。


 「あ、いや……」


 ど、どうしよう、暫く隠す予定だったのに……。


 「強者つわものよ、妾の眷属となる事を許しましょう」


 †血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんが僕に向かって腕を伸ばしながら、よく分からないポーズを取っている。

 この人、こういうセリフはスラスラと言えるのに、何故普通の会話はあんなに片言なんだ?


 『ど、どういう事ですか?』


 REINAさんも、やさぐれた顔を近付けながら聞いて来た。

 うーん、REINAさんと†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんにはある程度話してしまってもいいんだけど、この男性がなぁ……。


 「話をする前に、少しあなたの事を教えて貰ってもいいですか?」

 「オレ? オレは源三げんぞう、今日初めてプレイしたんだ。宜しくな、みんな!」


 そう言って僕、REINAさん、†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんと軽くフレンドリーに握手をする。

 この源三さん、見た目は百八十センチくらいのやせ形で茶髪のツンツンヘアーなのだが、疲れ切っているのか目の下の隈が酷い。

 もはや病人レベルだ。

 しかしささっと握手なんかをするところをみると、コミュニケーションスキルは高そうだ。

 僕以外、今の所まともに会話出来る人がいないこのパーティーには必要な人材かも……。

今のままだと他のプレイヤーと会話する際、全て僕が会話しないといけないからな。


 「アンタ強いんだろ? やったー! ラッキー!」


 源三さんがガッツポーズしながら叫んだ。


 「ラッキー……すか?」

 「ああ、速攻で強い奴を探しに行こうと決めていたからな、いきなり出会えたんだ、ラッキーだろ?」

 「……何の為にすか?」


 僕はちょっとだけ声に力を入れて聞いてみた。


 「まま、待ってくれ、ち、違う違う、戦いを挑みに来たんじゃないよ、初心者なのに強い奴に戦いを挑んでどーすんだよー」


 源三さんが後ずさりしながら、必死に弁明するように話し始めた。


 「ちょっと聞いてくれるか、オレの悲しい現実ってやつをよー」


 眼の下で腕をごしごしと動かし、ウソ泣きする仕草をしながら源三さんが語り始めた。

 話の内容は本当に可哀相なもので、源三さんは社会人の二十六歳らしいのだが、毎日残業残業の残業ラッシュ&休日出勤の為に、日々寝る時間も殆どないらしい。

 発売初日に買えたOPEN OF LIFEも今日やっと接続出来たのだけど、次に接続出来るのはいつになるか分からないらしい。

 今日ノイ子さんの所でも、細かく設定している時間が勿体ないので、全てOKボタンを連打してそのまま飛び出して来たらしい。

 という事はこのアバターは源三さん本人という事か。

 もう二度とアバターを変更出来ない事は教えない方がいいかな?

 目の下の隈は本物……? ゲームの前に病院が先だと思うのだが。


 そして日々のストレス発散の為にOPEN OF LIFEを購入したのだが、ゲームが出来ない事にイライラしていまい、逆にストレスを溜めていたとの事。

 それで今日は強い人を見つけ、お願いだけしてログアウトする予定だったらしい。


 「パワーレベリングだ」


 レベルの低いプレイヤーでは攻略出来ないクエストやダンジョンを、レベルの高い人が一緒にパーティーに混ざって攻略して、レベルの低いプレイヤー達のレベルを一気に引き上げる行為。

 どうやら源三さんは自分では、そのレベル上げが時間的に不可能なので、今日中に強い人を見つけてパワーレベリングをお願いしようとしていたみたいだ。


 「頼むよ、この通り! 可哀相な奴を助けると思って!」


 源三さんは隈が酷い顔の前で両手を合わせている。


 『……どうする? 源三さんのパワーレベリングに付き合う?』

 『わ、私は、その、そういうのは積極的にやってもいいと思うのよ、うん』


 爪の鋭い指先をモゾモゾと動かしながら、挙動不審に視線を動かしているパンダ。


 「フフフ、妾の為に供物を収めたいと申すのであれば着いて行ってやらん事もないぞ?」


 指先をピンと伸ばした掌で口もとを覆い隠しながら言い放つ中二病。


 ……さてはアンタらも行きたかったんだな?


 でもそうなってくると、色々と話しておかないと、とんでもない事になってしまうな。

 まぁ仕方がないか。


 「その前に皆に話しておかなければいけない事があります。そしてこの話はゲーム内、現実世界を問わず一切誰にも話さないと約束して下さい、約束して頂けるのであれば、全ては無理ですがある程度までならばお話しますが、どうでしょうか?」

 「ああ、分かった、約束するよ」

 『分かったわ、誰にも言わないって約束する』

 「……する」


 三人は僕のタイ○ーマスクの下の真剣な表情を読み取ってくれたのか、真面目な表情で返事をくれた。


 「因みに約束を破った場合、ゲーム、現実リアルを問わず、即座に抹殺に向かいますけど、それでもいいですか?」


 更に脅しの意味も込めて強く言ってみたのだが、皆がコクコクと頭を縦に振った。


 「では町の外でお話しましょう、みなさん着いて来て下さい」


 そのまま近くにあった町の出口を出て、数メートル歩いた場所で話を始める事にした。


 「では少しずつお話します。僕はギフトと呼ばれている特殊スキルを所持しています、源三さんはギフトの事はご存じっすか?」

 「ああ、他のゲームでそういう物があるっていう事は知っているが、このOPEN OF LIFEにもあるのは初めて聞いた。後、オレに敬語は要らないぞ? みんなもタメ口でいこうぜ? と思ったんだが、パンダはガウガウ何言ってるのか分かんねえし、嬢ちゃんは喋んねーし……」


 源三さんREINAさんと†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんを見ながら頭をボリボリと掻いている。


 「分かった、じゃあここではみんな敬語なしという事にしよう」

 『うん、敬語はなしね。私の言葉は一人にしか伝わらないけど』


 REINAさんにも伝えると、少し笑顔で答えてくれた。



 「それで、僕の持っている特殊スキルというのが、僕だけじゃなくて、僕のパーティーメンバーにも恩恵がある変わったスキルなんだ」

 『……あの、私タケル君が話す言葉は普通に理解出来てるから、わざわざ言い直してくれなくても平気よ?』


 今のセリフをもう一度パンダ語? で話そうとすると、REINAが先に教えてくれた。 

 通訳が結構面倒だったので助かるのだが、僕の会話は一体どうなっているんだ?

 多言語日常会話スキルは、今や進化して多言語カリスマトークスキルLV2になっている。

 言葉に説得力でも加わるのか、それとも人を惹き付けられる会話が出来るのか、スキルの実力は今のところ不明だ。


 ま、まさかこのままLVを上げて行けば、研究室の仮想空間で僕の帰りを待ってくれている、愛犬キノンちゃんとも会話出来てしまうのでは……?

 いかんいかん、話が逸れてしまった。

 話を元に戻そう。


 「その恩恵というのが、獲得EXP、スキル獲得スピード、スキル熟練度上昇スピード、魔法熟練度上昇スピードにボーナスが付くとっても美味しいスキルなんだ」

 「「『おおおーーー!』」」


 三人の声が揃う。

 †血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんも普通に声を出していた。


 「ただし、このスキルには問題もあるんだ」

 「も、問題って?」


 源三さんはボーナスが付くと聞いて大きくガッツポーズをしたままだったのだが、顔だけをこちらに向けて聞いて来た。


 「そう、その問題っていうのが僕の事を誰にも言って欲しくない理由にも繋がるんだけれど、このスキル、もし誰かが僕の事を殺してしまうと、その殺した人本人にスキルが移ってしまうという変わった性質を持っているんだ」

 『……そうか、だからスキルを所持している事を誰にも知られたくないのね』

 『うん、もし他の誰かにスキルの事を知られてしまうと、ここにいる全員が狙わてしまう可能性があるんだ』

 「そういう理由なら、間違っても絶対誰にも言わねえよ。オレが恩恵を受ける為にも、タケルにはそのスキルを所持しておいて貰わないとなー!」


 源三も納得した様子だ。


 「……妾も理解した」


 みんなが僕の話を理解してくれた様子なので、僕は話を続ける事にした。


 「実はもう一つ特殊スキルを所持しています」

 「何だとー! ずりーぞタケルばっかり!」


 源三さんが両手で僕の太い首を掴んでガクガクと揺さぶって来る。

 引き離すのが面倒なので、揺さぶられたまま話を続けた。


 「僕はみんなの……他のプレイヤー達のステータスが見えるんだ」


 そう言った瞬間にREINAがささっと歩み寄り、源三さんを弾き飛ばして僕の間近に立った。

 やさぐれたパンダの顔がどアップだ。


 『お、教えて! 私のステータスは本当に高いの?』

 『え、ええ、高いですよ、教えますから少し離れて』


 顔が近いって! ちょっと怖いって!


 『源三さんの攻撃力は9だけど、同じLV1のREINAの攻撃力は107あるよ』

 『ほ、本当だったのね、このパンダスーツのステータス上昇っていうのは』

 『スイマセン、本当は最初から分かっていたんだけど、色々と説明しないと言えなかったから……』


 説明したけどパンダは一人で狂喜乱舞していて、僕の話など聞いてはいない。


 「それと†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんが魔法を使える事も知っています」


僕はパンダの事は放置したまま話を続けた。


 「……フフフ、妾の真の力をも見破るとは――」


 †血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんがおかしなポーズを決め、喋り始めたのだが――


 「『ま、魔法が使えるー!』」


 今度はパンダと社畜が声をハモらせながら中二病を揺さぶっている。


 「フフフ、愚民ど、共よよ、わわ、わら妾のし、し真のの……ええい、喋っている最中に揺らすでないわ」


 中二病が僕達から距離を取り、おかしなポーズを決める。


 「フフフ、我が眷属共よ、危ないから妾から離れておいた方がいいぞ? 巻き添えを喰らって死にたくはなかろう?」


 パンダと社畜が首をコクコクと縦に振った。

 そのまま†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんが右手を草原の方へと手をかざし、左手で印のような物を結びながらブツブツ呟きだした。


 「……我、汝ら炎の精霊と契約を結びし者なり、その荒々しき業火、今ここに解き放たん『灼熱乱舞インフェルノヴァラーレ!』……ぼそ【ファイアーボール】」


 その瞬間!

 †血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんの掌から卓球で使われるピン球サイズの炎の玉がヘロヘロと飛んで行き、四メートル程進んだ所で落下し、地面にテインテインという効果音を付けながら転がり、プスっと音を立てて消えた。


 ……酷い、これは酷過ぎる、これを育てて行かないと成長しないのか。

 しかも最後にこっそり【ファイアーボール】って呟いていたし。

 無駄に詠唱長げぇー。そもそも詠唱とかいらねーし!


 「『凄ーーーい!』」


 社畜とパンダは初めて見る火魔法に大興奮だ。


 「く、魔力を使い切ったか……」


 中二病は片膝を突いて、全精力を使い切ったみたいな演技を――演技じゃなかった。

 本当にMPゼロでフラフラだったので、MPを分け与える光魔法【チャージ】を中二病にこっそり唱えてやった。

 先が思いやられるなぁ……と、とにかく話を続けよう。


 「それで、僕も魔法が使えます」

 「フフフ、よいのじゃぞ、我が眷属よ、そのような見栄を張らずとも、妾の召喚した炎の精霊たちに素直に驚いておればよいのだぞ?」


 復活した中二病が勝ち誇った感じで、口に掌を添えて微笑んでいる。


 「ちょっと今からあいつに向かって一発試したいから、先に皆でパーティー組みませんか?」

 「あいつって……アイツか?」


 源三さんは僕の視線の先を二度見してから、目尻をピクピクとさせながら僕の方へと振り返った。


 「はいアイツです。ぶっ放してみます」

 「……と、とにかくパーティーだな、じゃあパーティー名はどうしようか?」

 「円卓の騎士」


 源三さんの問いかけに、中二病が喰い気味に答えて来た。


 「却下、何処かで聞いた事があるから駄目だ」


 源三さんが中二病の案をあっさりと却下する。


 「紅の騎士ブラッディー・ナイト

 「却下、何処にでもありそうな名前だ」

 「暁同盟」

 「却下、それも聞いた事がある」

 「幻影〇団」

 「却下、怒られるわ」

 「無敵艦隊」

 「却下、スペインかよ」

 「銀河系軍団」

 「却下、スペイン繋がりかよ」

 「酔古龍竜劉封」

 「却下、読めねーよ」

 「†聖天使†ミケーレ

 「お嬢ちゃん堕天使じゃなかったのか?」


 中二病の案が悉く却下されていく。

 よくもまぁこれだけポコポコと名前が思いつくもんだ。

 変な名前ばっかりだけど、ちょっと感心させられたよ。


 『そうだ!』


 そんな中、REINAが大きな手を叩いたので、何かを閃いた様子だ。


 『ねえ、豚の喜劇団ピッグス・シアターズなんてどうかしら?』

 「豚の喜劇団ピッグス・シアターズか、確かに見た目のお笑い要素が強いメンバーばっかりだもんな、いいんじゃない? それで、他の二人はどうかな?」


 僕は†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんと源三さんにも聞いてみた。


 「……妥協点」

 「おい、見た目のお笑い要素が強いって……オレは普段通りの姿だぞ!」


 僕もそうだよ! とは言わないでおこう。


 僕達は、みんなでメニュー画面を開き、豚の喜劇団ピッグス・シアターズというパーティーを正式に組んだ。




 『「「「おおー!」」」』


 パーティーメンバー四人の名前の横に、パーティー名、豚の喜劇団ピッグス・シアターズと表示されているのを見て、みんなが揃って声を上げた。

 やったぜ、僕も脱ボッチ成功だぜー!


 『何だか今、頭の中でピコーン! って音が響いた後、ステータスの場所に?????と???????というのが二つ出ているのだけど……これは何?』

 「え、そうなんすか?」


 REINAが少しの間、空中を見ながら呆けていた後、僕に聞いて来た。

 救世主加護と管理者権限加護は、対象者にスキル名が?で表示されてしまうみたいだな……知らなかった。

 ピコーン! の音は鳴ったけど、スキルを習得したわけではないので、視界にはスキル獲得のアイコンは出なかったのか。


 今の時点では特に何も問題はないのだが、今後何処かで鑑定スキル持ちが現れるかもしれないし対策が必要だな。

 今度雪乃さんに相談してみよう。


 「おお、オレも音が鳴って気になったから見てみたけど、オレの所にも同じ物が出てるぞ!」

 「……妾もじゃ、我が眷属よ、これがお主の言っておったスキルの恩恵なのか?」


 片言でしか話せないはずの†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんが饒舌に聞いて来る。

 

 「うん、僕と同じパーティーに加入した事によって、みんなにさっきボーナスが付くと言っていたスキルが表示されたみたいだ。でもその事は絶対誰にも――」

 「言わない」

 『言わない』

 「……ない」


 三人が唇に人差し指を当てがえ、秘密シー! とポーズを取りながら答えた。


 「それでタケルよー、お前本当に魔法が使えるのか?」

 「ああ、さっき言っていたヤツだよね? いいよ、今からアイツに向かってぶっ放しますから見てて下さい」


 僕は一点を見据えて指を差す。


 『え? アイツって……もしかして……嘘でしょ?』


 REINAは視線の先の上空遥か彼方を見ながら、驚きを隠せないでいる。


 「……無謀」


 †血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんは一言呟いた。


 一番最初にやってやろうと思っていたのだが、何だかんだあって今まで機会を逃していたんだよなー。

 ノイ子さんが居る小屋を出てすぐに視界に入ったアイツ。

 上空を風格を漂わせながら悠然と飛び回っている、巨大なドラゴンアイツだ。

 ステータスを確認してみると、


 名前

  ・ピレートゥードラゴン

 二つ名

  ・ヨルズヴァスの空の覇者

 職業

  ・神級ドラゴン

  ・四大神龍の一角

 レベル

  ・237

 住居

  ・ピレートゥー山脈の洞窟

 所属パーティー

  ・なし

 パーティーメンバー

  ・なし

 ステータス

  ・空腹

 HP

  ・14800

 MP

  ・5050

 SP

  ・14600

 攻撃力

  ・4870

 防御力

  ・2300

 素早さ

  ・1610

 魔力

  ・1280

 所持スキル

  ・ヨルズヴァスの加護

  ・炎無効

  ・毒無効

  ・HP自然回復 LV8

  ・MP自然回復 LV8

  ・SP自然回復 LV8

  ・打撃耐性 LV8

  ・近接武器耐性 LV8

  ・回避能力上昇 LV10

  ・威圧 LV10

  ・炎ブレス攻撃 LV10

  ・毒攻撃 LV10

  ・薙ぎ払い LV10

  ・八つ裂き LV10

  ・風圧 LV10

  ・エクストラヒール

  ・エクストラキュアヒール

 装備品

  ・なし

 所持アイテム

  ・王者の冠

  ・伝説の武器 ランダムドロップ

 所持金

  ・25,000,000G



 ……化け物だった。

 今見たステータスを皆にも話してみた。


 「馬鹿じゃねーのか、お前」


 源三に怒られた。


 『無茶な事は絶・対・に、しないでよ』


 REINAにはきつく止められた。


 「焼き払えー!」


 何故か†血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんは手振りを付けながら叫んだ。

 スイマセン火魔法は使えません。


 でも何とかなる気もするんだよなー。

 かなりの距離があるから普通の雷魔法は届かないけど、【放電】なら距離の制限なんてないし、ここから全力で数発ぶっ放せば倒せそうな気もするんだよなー。

 色々と考えていたら源三とREINAが物凄く怖い顔で睨んでいたので、今回は止めておこう。

 流石に装備なし、パーティーメンバーが全員LV1で挑む相手ではないよな。

 仕方ない、諦めるか。


 「は止めておきます。これで勘弁してください」


 三人から少し歩いて距離を取った後、十メートルくらい離れた場所にある軽トラック程の大きさの岩へ、隠蔽強化を掛けずに【放電】を放った。

 山賊二人に放った【放電】よりはやや強めに放ったのだが、薄紫の閃光と耳を劈く爆音が瞬時にその場にいる者を襲いった。


 「「『ぎぃやーーー!』」」


 三人の悲鳴が聞こえるよりも前に、軽トラック程の大きさの岩が木っ端微塵に弾け飛んでいた。

 ヨルズヴァスの大地を轟音が駆け巡り、森の木々からは鳥の群れやモンスターっぽい何かが、我先にと大空へと羽ばたいて逃げて行くのが視界に入った。


 「ね、魔法使えるでしょ?」


 三人の方へと振り返り聞いてみたのだが、皆が気絶して倒れており、誰も僕の話を聞いてはいなかった……。

 そう言えば僕も最初かなりビックリしたよなーと、僕が一番初めに【落雷】をミノタウロスへと放った時の事を思い出しながら、三人へ【エクストラキュアヒール】を掛けようと腕を伸ばした、まさにその時、未来予知スキルが僕達の身の危険を知らせて来た。


 ピレートゥードラゴンバケモノが僕達の方へと襲い掛かって来る姿が僕の脳裏に映し出されたのだ。

 その脳裏に映ったピレートゥードラゴンの姿はまさに化け物だった。

 全長三十メートル程の巨体は、全身を赤茶色と黒色の鱗で固めているのだが、その鱗というのが岩みたいにゴツゴツしているのに、見るからに硬そうな金属のような質感をしているので、刃物なんかは通用しそうもない。


 よくゲームで『龍の鱗は硬くて丈夫』などとと紹介されているが、この鱗、そんなに軽そうには見えないぞ!


 威圧感たっぷりの吊り上がった鋭い眼光と、幾重にも生え揃った白く堅そうな牙を持ち合わせた表情のピレートゥードラゴンが、その大きな翼を広げてこちらに向かってくる姿は、絶対王者の貫禄をも漂わせており、その一メートル程ある鋭い爪が鈍い光を放ちながら僕達を捕食しようとする姿は、死を受け入れるという決断が簡単に出来てしまうものだった。


 うぎゃー! 初めて襲われるモンスターが、いきなり神級ドラゴンかよ!

 

 恐らく僕が隠蔽強化を掛けなかった【放電】に気付き、敵と認識したのだろう。

 ピレートゥードラゴンの方へと視線を向けてみると、遥か上空でその巨大な身体を僕達の方向へと翻している最中だった。

 そのままピレートゥードラゴンは僕達の方へと猛スピードで突っ込んで来る。

 気付かれる前に、遠くから【放電】をぶっ放しまくって終わらせる予定だったのに、ガチ戦闘になってしまうとは……。


 逃げようと思えば簡単に逃げられる。

 でも、やれるとこまでやってやるぞ!


 

 両手に【放電】の為に雷魔法で溜められるだけ雷を溜める。

 手加減など一切不要のバケモノ、神級ドラゴン、ピレートゥードラゴンが相手だ。

 幸いパーティーメンバーの三人は気を失っているので、気兼ねなくぶっ放せる。

 僕が現在撃てる最大の威力を出してやる。

 レベルが32まで上がってからは、今まで一度も全力を出していない。

 僕のステータスは現在とんでもない事になってしまっている。

 レベルアップによるステータスの上昇に加え、各種ステータス上昇スキルも大幅に上がっているので、ピレートゥードラゴンとのガチバトルでも、戦い方次第で勝ててしまうのだが、失敗しました=現実リアルでも死亡ゲームオーバー、となってしまうので慎重に戦わなければならない。


 遂に両手に溜続けた雷が許容量を超え始めたのか、辺りにバリバリと電気が漏れ始めた。

 このままでは三人に被害が出てしまうかもしれないので、更に三人から距離を取る。

 せっかく溜めた電気を漏らして減らすのは勿体ない。

 ピレートゥードラゴンまではまだ距離があるので、この魔力の塊を何とかして纏めてみよう!

 今まで纏めたり、濃縮させたりといった方法は成功した事がない。

 悉く失敗して魔力を吹き飛ばしては、雪乃さんに笑われていた。


 「魔法を発動させる瞬間に、魔力を手でコネるイメージで纏めるのだ」


 ボンデージ姿の雪乃さんにアドバイスを貰って、練習はしていたのだが、さっぱり上手く行かない。

 くそ、どんどん電撃は漏れて行くし、ピレートゥードラゴンは近づいて来るし……ああ、もう!

 焦り始めると、もう駄目だ。

 毎回雪乃さんに何度も、集中しろ! と口を酸っぱくして言われていた。


 その時、ピレートゥードラゴンが突然、少し離れた空中でホバリングしながら停止して、その大きな口を開け何かの攻撃の前兆のようなモーションに入った。

 未来が変わったのか!

 僕が見ていた未来予知スキルでは、大きな翼を広げて僕達を巨大な爪で捕食する未来だったのに、このモーション、まさか、ブレス攻撃か!

 次の瞬間、今度は僕のMPが凄まじい勢いで減り始めた。

 今度は何だ? 最近ではMPが減る事なんてなかったはずだが――と視線をピレートゥードラゴンから自分の両手へと移してみると、電気の漏れが止まっていた。

 しかも溜めていた電気の色が薄紫から、青白く淡い光へと変化していた。

 こ、この雷の色は、雪乃さんが使っていた術式操作魔法【雷の弾丸ブリッツバレット】と同じ色だ、という事は……。

 しかし悠長に考えている時間はない。

 今にもピレートゥードラゴンがブレス攻撃を放ちそうだし、MPはみるみる減って行くし、何故かHPとSPも減り始めているし。

 考えるのは止めだ、ぶっ放してやる。


 いっけーーー!


 その青白い雷の塊を、ピレートゥードラゴン目掛けてぶっ放した。

 大気がドクン! と振動した後、雪乃さんの【雷の弾丸ブリッツバレット】のような塊ではなく、細かな雷を幾つも纏ったレーザー砲のように、僕の放ったはピレートゥードラゴンに向かって飛んで行った。

 空が割れる程の轟音を従え、周りの空間を巻き込むように歪めながら、物凄いスピードでピレートゥードラゴンへと向かって行ったのだが、結果ピレートゥードラゴンの左足の鱗十数枚だけを毟り取った後、遥か後方の彼方へと逸れて行った。


 「くそ、あのスピードの魔法を躱すのかよ……」


 そういやこのドラゴン、回避スキル持ちだったな……。

 まぁ避けた、というより左足を犠牲にした、という表現の方が正しいのか。

 避けながら左足で僕の魔法を往なしていたようにも見えたからな。

 ピレートゥードラゴンは左足の鱗をもがれただけなのだが、全身を激しく痙攣させているところを見ると、電撃が全身を駆け巡っているみたいだ。

 ダメージも三割弱入っているので、もう一発今の間に打ち込めば! と思い、すぐに雷を溜め始めたのだが、ピレートゥードラゴンが早くも痙攣状態から回復した様子で、もう一度ブレス攻撃のモーションへと入った。


 駄目だったか……。

 両手に溜めていた雷を解除して、全てを諦めた。

 

 




 豚の喜劇団ピッグス・シアターズの三人を指定して、瞬間移動でノイ子さんが居る小屋へと飛んだ。

 まだ他にも戦う方法があったのだが、仲間を危険な目に遭わせてまで無理をする必要がなかったので、今日のところはピレートゥードラゴンを見逃してやる事にした。


 お、覚えてやがれー! だ。

 くそ、悔しいなー。


 現実リアルの僕だと一人で戦わないといけないから、全て自分でやらないといけないのだが、今は違う。

 ちょっと、いや、かなり現時点では頼りないけど、僕には新しい仲間が居るからな。

 せっかく新しい仲間が出来たんだ、みんなで一緒にゲームを攻略して行きたいよな。

 みんなでドラゴン狩り、やってやろうじゃないか!

 

 念の為、アクティブスキル『霧隠れ』を掛けてみんなの気配を消しておいた。


 「随分と無茶をなさっているみたいですねタケル様」


ノイ子さんが興味深そうに聞いてきた。


 「そうなんすよ、こんなはすじゃなかったんすけど、僕の不注意でこんな事になってしまったんです」


 ピレートゥードラゴンは上空を旋回しながら未だに、突如消えてしまった僕達を探し続けている。

 その後ピレートゥードラゴンが僕達の事を諦めてくれたのか、元いた山脈の上空へと帰って行ったのを確認してから、気を失っている三人に【シャイニングオーラ】を掛けて気絶状態から回復させてあげる。

 気付けば山小屋の中という状況だったはずなのだが、何故か三人共特に違和感を感じていない様子だ。


 「んん、もう朝かよ……何だよまだ四時半じゃねーか、あと十五分も寝られるじゃねー……」


 「ちょっと源三、何普通に二度寝しようとしてんの、みんなで今後の予定を決めてログアウトするぞ」

 「んなもん、連絡先を交換し合って、普通に決めればいいじゃねーか」

 「いや、女性の場合、リアルの番号を交換するのとかは流石に――」

 『あら、私は別に構わないけど? 電話よりメッセージを入れておいてくれた方が助かるわ』

 「……と、登録……わ、わからない」


 †血塗られた堕天使†ブラッディー・ルシファーさんは携帯の使い方に自信がないみたいだ。

 大丈夫、僕もよく分からないから。


 それならばと、源三さんがログアウト後に、僕達の連絡先へグループでやり取り出来るアプリに招待してくれるとの事だったので、現実リアルではそこでみんなでやり取りしようと約束した。


 現在の時刻は四時三十五分。

 一時間で寝ようと決めていたのに……。

 他の三人もぐったりした表情で――まぁ一人は最初からぐったりしていたが、覇気なくオヤスミと呟いてログアウトして行った。

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