第13話
無線の向こうでは雪乃さんが何やら暴れているみたいで、物がガタガタぶつかる音が聞こえて来る。
「ぎゃー! 危ないタケル、離れるんだ」
「何言ってんすか、今からそちらに一緒に連れて帰りますからそのままで待ってて下さいよ」
「な、何でそんな女を連れて帰って来るのだ? 要らん、そんな女は要らん!」
「何でって用事があるからに決まってるじゃないすか、じゃあまた後で」
「あ、ちょっとタケルー――」
雪乃さんが何やら叫んでいた気がするが一方的に無線をOFFにした。
『あの、先程からひとりで何をブツブツとよく分からない言葉を話されていたのですか?』
『ああ、さっき言っていた通信が入ったんすよ』
内容は言わない方がいい気がする……。
『今からお姉さんとコナちゃんには作戦本部まで一緒に来て貰います』
『ええ、それは構いませんが一体何を?』
『まぁ、内容は向こうに着いてから詳しく話しますよ。それで今回の事を詳しく聞かせて欲しいのですがいいですか?』
『今回の事と言うのは事件に巻き込まれた事ですね』
『はい、お願いします』
その後車の中でアヴさんから事件の全容を聞いた。
アヴさん達は東南アジアの国の山奥に住んでいたらしく、近隣六つの村の子供達が全員連れて来られたらしい。
そして自分以外全ての大人達は、国にあった四ツ橋の施設に捕らえられてしまったとの事。
まぁ今回の事で四ツ橋グループは壊滅すると思うので、施設に捕らえれた人達は解放されるだろう。
……生きていればの話だが。
そして自分達はコンテナに詰められ、何処かに売られてしまうのかと思ったのだが、どうやら船の中で実験に必要な何かをさせられる為に連れて来られた、というのが途中で分かったらしい。
恐らくコナちゃんに施した人体実験の事だろう。
何人かの子供達が男達に連れて行かれたのだが、誰も帰って来なかったそうだ。
ここでアヴさんは涙を堪える事が出来なくなってしまったので、話を聞くのを止めた。
今の会話は勿論作戦本部でバックアップされているので事件を裏付ける証拠となるだろう。
これが恐らくアヴさんのクエスト報酬に書いてあった真実の言葉だと思うのだが……。
『すいません、涙を堪える事が出来なくて……』
『いえ、こちらこそ辛い事までお話しさせてしまって』
『私は今回大人一人で乗せられ、子供達に言う事を聞かせる為なのか、男達の性欲の捌け口になるのだと思っていましたが、何事もなく清い体のまま無事に困難を乗り越える事が出来まし、たわ……』
『そ、そうですか』
言葉を途切れさせながら、隣に座るアヴさんが僕の肩に頭を添えて……来た。
ちょ、ちょっと? アヴさん? 何をなさっておられるので? しかし動けないしアヴさんの方も向けない。
女の人が、ち、近い……。
…… ……
……
ガンガンガン!
気不味い空気が流れている中、突然車のガラスを叩く音が聞こえて来た。
話をしている間にトレーラーハウスへと到着してしまっていたらしい。
ガラスの向こうには夜叉――ではなく、雪乃さんがプルプル震えながら立っていた。
「タタタタタケル、これは一体どどどど――」
「まずは落ち着いて貰っていいすか?」
隣のアヴさんの方をゆっくり見ると、どうやら疲れて途中で寝てしまっていたみたいだ。
そういう事ね、オチがあると思った。
申し訳ないけど寝ているアヴさんを起こして作戦本部へと向かう。
アヴさんは疲れている様子だったので、コナちゃんは僕が抱っこしている。
そして雪乃さんは相変わらずギャーギャーとうるさい。
仕方ないので騒いでいる雪乃さんの唇に、人差し指を添えた。
「しー、子供が寝てるでしょ? 起きてしまうから静かにしましょうねー」
両目を見つめて言ったら一発で静かになった。
静かにはなったのはいいのだが、今度は全く動かなくなってしまったので回収チームに作戦本部へと担いで連れて行って貰った。
作戦本部の入り口まで到着した所で、見覚えのある男に声を掛けられた。
「よう! 無事だったか!」
声を掛けて来たのは、筋肉ダルマ、斥候隊のイヌだ。
「ええ、お陰様で無事に――」
話している最中にふと足もとに目線を落とすと、顔中に『バカ』とか『アホ』とか猫髭とかをマジックで落書きされ、『反省中の為エサを与えないで下さい』という看板を首からぶら下げて正座させられているキジが、目を潤ませながらこっちを見ていた。
……ったく、何をやらしてんだ雪乃さんは。
「キジさん、もう大丈夫すよ、
「うう、ありがとう、ありがとう」
瞳を潤ませつつキジはその場に突っ伏した。
……足が痺れていたのか。
「ぐあぁぁぁ……ぁぁ、な、何を――」
その足をチョンと触り、回復したら中に入って来て下さいと伝えて、本部へと入る。
回復させてやれよと言われるかもしれないが、そこは悪戯心というやつで。
今この場にいるのは、本部の皆さん、動かない雪乃さん、斥候隊のイヌ、入り口で転がって悶えているキジ、眠そうなアヴさん、僕、僕の腕の中で眠るコナちゃんだ。
「な、なあ、ボスが固まったまま全く動かないのだが?」
イヌが不思議そうに雪乃さんを見る。
「ああ、多分大丈夫っすよ。……ゆきのん?」
「なんだタケル、みんなの前でその呼び方はよせよー」
雪乃さんは真っ赤な顔を両手で隠し、身体を気持ち悪くクネクネさせている。
「ね?」
「ああ、大丈夫そうだな。しかしこんなボスは初めて見るぞ……」
イヌは見てはいけない物を見てしまった……とかブツブツと言っている。
「そ、それでタケル、いつまでそれを着けているんだ?」
ん? それって何? と一瞬思ったが、ヘッドギアを装着したままだった事に気付いた。
「忘れてました、今コナちゃんを抱っこしてるんで外して貰っていいすか?」
ヘッドギアを外し易いようにと雪乃さんの前で少し屈む。
「あ、甘えん坊な奴だなータケルは。私が居ないとひとりで何にも出来ないのだからなー」
「そういうのは結構すから」
雪乃さんにヘッドギアをスポッと引っこ抜いて貰う。
ああ、久しぶりのシャバだぜ、とか言いたくなる気分だ。
どうでも良い事を考えていると、Gのような素早さでサササと地面を這いながらキジがこっちに寄って来た。
なんかこの人も変な人だよな……。
「おおおーーー! 噂通り、いや、噂以上じゃないかー。初めまして健君、私はキジなんて呼ばれ――」
顔中落書きだらけのキジが背筋を伸ばし、挨拶して来たかと思ったのだが、キジの視線が雪乃さんに向かった瞬間に止まってしまった。
「お、おい、貴様何をやっとるんじゃ?」
「ボ、ボス、やだなぁ、これはただの自己紹介ですよ、自己紹介!」
「くぅるぁー! 貴様はもう自己紹介済んどるだろーが、引っ込んでろ、ど阿呆!」
「す、すいませんボス」
イヌがペコペコしながらキジの首根っこを掴んで後ろへ引き摺って行った。
『う……ん、?こ、ここは?』
コナちゃんが目を覚ましてしまった。
だから静かにしろと言っただろーが! と睨みに近い視線を雪乃さんとキジへと向けると、二人とも申しわけなさそうにシュンとして縮こまった。
『コナ、大丈夫よ、お姉ちゃんも一緒だから』
そう言いながらアヴさんは優しくコナちゃんの頭を撫でた。
『コナちゃん、気分とか悪くない?』
僕は抱っこしながら優しくコナちゃんに微笑んだ。
『ん、大丈夫』
そう言いながら僕の胸に顔を埋めるコナちゃん。
あらやだ、超可愛いんですけどー?
『コナ、このお兄ちゃんがコナの事助けてくれたのよ?』
『助けてくれた……? か、仮面のお兄ちゃん?』
不思議そうな顔を浮かべ、僕の顔を見ながらコナちゃんが聞いて来た。
『初めましてコナちゃん、仮面のお兄ちゃんでタケルっていうんだ、宜しくね』
『……うん』
その一言だけでまた僕の胸に顔を埋めるコナちゃん。
人見知りなのかなー? でも、超可愛いんですけどー!
「ウオッホン! あー、タケル、そろそろこっちの世界に帰って来て欲しいのだが?」
雪乃さんがわざとらしく大きく咳払いをして、僕とコナちゃんの空間を引き裂いて来た。
「ああ、すいません、それで何の話でしたっけ? 自己紹介?」
「いや、それはもういい。それよりどうなんだろうなー? そんなにベタベタするのは?」
「……まだ十歳にも満たない子にヤキモチすか?」
「ご、五歳以上も下の子に色目を使うなんてロリコンだぞロリコン!」
……十五歳下の僕に色目を使っているのは何て言うんだ?
「いや、その話はいいっす、それよりも雪乃さんに聞きたい事があります」
少し真面目な表情を雪乃さんに向ける。
「な、なんだ?」
「雪乃さんの力でコナちゃんを元の姿に戻す事は可能すか?」
「うーん、流石に人造人間を元の人に戻すというのは簡単には出来ないぞ?」
流石にこれは雪乃さんでも難しいか。
「人造人間を作れと言われれば出来ない事もないと思うが、人造人間を人間にしろと言われると無理があるな。完璧な臓器を作ると言うのは――」
「今の科学では難しいという事すか?」
「ああ、スマン」
雪乃さんは申しわけなそうに俯いた。
「しかし、コナちゃんがこのままの状態で、ずっといられるかどうかは分からないすよね?」
「そうだな、これから国に帰るとなると恐らく何かあった時に対処出来ないと思う」
「……雪乃さんならメンテナンスくらいなら出来そうすか?」
「多分な。少し見させて貰えれば出来ると思うぞ」
「人造人間を少し見るだけでメンテナンス出来るんすか……、やっぱり大天才すね」
「よせよー、そんなにタケルに褒められると照れるじゃないかー」
雪乃さんは顔を真っ赤にし、近くに置いてあった雑誌で顔を隠し……ざ、雑誌? 何でそんな物がここにあるんだ?
しかしよく見ると以前雪乃さんの研究室で見掛けた旅行雑誌だった。
……うん、この事には一切触れないでおこう。
「それでお願いがあるんすけれど、コナちゃんとアヴさんを雪乃さんの所で暫く預かって貰いたいんすよ」
「は? コナを預かるのは分かるが、何でアヴまで預からないといけないのだ?」
「何でって、こんな小さな子を異国に一人ぼっちじゃ可哀相じゃないすか。お姉さんのアヴさんも一緒に居させてあげて下さいよ」
「そう言われるとそうなのだが、うーん、分かった。仕方がない。一緒に面倒を見よう」
「ありがとうございます、雪乃さん。それともうひとつ考えがあるんすけど」
「なんだタケル、まだあるのか?」
「はい、さっき雪乃さんも言っていたけど、コナちゃんを治すというのは今の科学では難しいんすよね? 科学じゃ駄目なら非科学で治しましょう!」
「は? どうやって?」
「どうやってって、僕が治すに決まってるじゃないすか」
僕は左手だけでコナちゃんを抱き抱えると、右手の掌を雪乃さんの方へと伸ばし【ヒール】を唱える。
「そ、そうか!」
「はい、僕がコナちゃんの体をもとに戻す為に、光魔法の術式操作魔法を習得すれば治せると思うんすよ」
僕が頑張って光魔法の術式操作魔法を練習、習得すればコナちゃんを治せるかもしれない。
いや、光魔法だけじゃない。他の魔法やスキルも全て駆使すれば、きっとなんとかなるに違いない!
「しかしタケル、かなり難しいと思うぞ?」
「僕もそう思います。だからこれからも仮想空間でガンガン練習します! ひとりで練習するより二人で練習する方が早いんすから、雪乃さんも手伝って下さいよ?」
「分かった、出来る限り手伝うよ」
よし、これでコナちゃんの事は何とかなりそうだぞ。
アヴさんにこれからの事を説明しないとな。
『アヴさん、恐らくアヴさんの国ではコナちゃんの治療や体調管理が出来ないと思いますので、これからコナちゃんの体調管理等を暫く雪乃さんが見てくれる事になりました』
『え? でも宜しいのでしょうか?』
『はい、何も気を使わなくていいですよ。ですので今日からはアヴさんとコナちゃんは雪乃さんの所で暫く生活して貰いますがいいですよね?』
『はい、それは勿論構いませんが、本当に私達が日本で暫く生活しても、ご迷惑になりませんか?』
『全然迷惑なんかじゃないですよ。逆にこれから毎日楽しくなりそうですよ』
『え、そ、そうですか、そう言って頂けるなら。これからも宜しくお願いします』
『こちらこそ宜しくお願いします。じゃあコナちゃん、また遊びに行くからね』
そう言って腕の中のコナちゃんに挨拶をする。
『……嫌』
コナちゃんは僕の腕の中で、しがみ付くように僕の襟元を握りしめた。
『ふ、ふぇ?』
『ちょ、ちょっとコナ、何言って――』
アヴさんが慌て始める。
まさかコナちゃんに拒否されるとは。
『……嫌!』
『コナ、キチンと体の具合を見て貰わないと――』
『そ、そうだよコナちゃん』
コナちゃんは両手を服から放し、今度は僕の首に両腕を回しギュッとしがみ付く。
『……嫌、コナ、タケルお兄ちゃんと一緒がいい……』
『『えええ?』』
僕とアヴさんが声を揃えて驚く。
『……コナ、タケルお兄ちゃんが一緒じゃなきゃ、嫌』
『ちょ、コナ、そんな我が儘――』
『分かりました、いいすよ。ちょっと家に連絡して聞いてみます』
『え、でもそんなご迷惑――』
『多分大丈夫すよ? ウチのお母さんならいいよって言ってくれると思うから』
アヴさんが申しわけなさそうにしていたので、大丈夫大丈夫と言いながら家に電話を掛けた。
「勿論いいわよー、いつでも連れていらっしゃい」
案の定お母さんはいいよと言ってくれた。
ありがとう、お母さん。
その後サポートチームに僕とアヴさんとコナちゃんは車で家まで送って貰った。
車の中では、二人に少しだけ家族の事を話しておいた。
雪乃さんとは少し話し、定期的にコナちゃんを雪乃さんの所へ連れて行く事になった。
「タ、タケルの家に一緒に住むだと? そんなもの駄目だ駄目だー!」
怒り狂っていたのはどうしたものかと悩んでいる。
イヌとキジとは少し挨拶をして別れて来たのだが、キジがこっそり僕にアドレスを渡そうとしている所を雪乃さんに見つかり、凄い剣幕で怒られていた。
そして今僕達三人は我が家の玄関に立っている。
何だか久しぶりに帰って来た気分だ。
「ただいまー」
玄関を開けてアヴさんとコナちゃんを家の中へ招き入れる。
『さ、どうぞ、遠慮なく入って』
『『お、お邪魔、します……』』
二人とも異国の住宅事情に困惑している様子だった。
「あ、やーっと帰って来た、お兄ちゃん最近夜更かしし過ぎよ? そんな事ばっかり――」
「ただいまくるみ、こちらは今日から一緒に住む事になったアヴさんとコナちゃん」
出迎えてくれたくるみにアヴさんとコナちゃんを紹介したのだが――
「ぎゃー! もう、もうなの? やっと部屋から出て来たと思ったらもう女の人連れ込んで来た! しかも外人さん! しかも二人! 信っじらんない!」
「あ、あのー、くるみさん? 何か勘違いされているみたいですが――」
「ぎゃー!」
くるみは叫びながら転がるようにして自分の部屋へと消えていった。
お母さん、くるみに説明してくれてなかったのか……。
『あの、今の方は?』
アヴさんが困惑した様子で尋ねて来た。
『今のがさっき話していた妹のくるみです、スイマセン騒がしい妹で』
『あ、い、妹さんでしたか、それなら良かった……』
『ん? 良かったって?』
『ああ、いえ、別に何でもないんですよ。しかし何か凄い怒っているみたいでしたが……』
『うん、何か勘違いしているみたいだ……。明日にでもきちんと話しておくよ』
アヴさんと話していると、僕の服の裾がクイクイと引っ張られる。
『タケルお兄ちゃん、コナもう眠い…』
『そ、そうだね、急ごうねー』
僕の服の裾を掴んだまま離さないコナちゃんの瞼が落ちて来た所で、お母さんがやっとリビングから出て来た。
「ごめんなさい、ちょっと手が離せなくて、あらあらいらっしゃい」
「お母さんこちら、アヴさんとコナちゃん」
「ようこそいらっしゃい、あらあら、とても奇麗な方達ねー! 妹さんの方はお人形さんみたいね?」
「うん、そうなんだけど、コナちゃんがもう寝そうだからアヴさんと二人でお風呂に入って貰ってよ」
「ええ、もうお風呂の用意は出来てるわよ?」
「ありがとう、お母さん」
アヴさんとコナちゃんにお母さんを紹介しようと思ったのだけど、遂にコナちゃんに限界が来た様子でコクコクと舟を漕ぎ始めた。
『アヴさん、急いで今からコナちゃんとお風呂に入って来て下さい』
『え、ええ、そうですね、ではお言葉に甘えさせて頂きます』
『アヴさん、ウチでは何も遠慮なんてしなくていいですからね』
『はい、わかりました。明日からは遠慮せずにガンガン行きます!』
『へ? はい、それでお願いします……?』
最後の方はよく分からなかったが、とにかくアヴさんとコナちゃんが我が家にやって来た。
アヴさんとコナちゃんとの共同生活が始まった。
あの後お風呂から上がったコナちゃんはそのまま寝てしまい、リビングに敷いた布団へと運んだ。
部屋着はくるみのお古をアヴさんとコナちゃんに着て貰っている。
因みにコナちゃんに服を着せたのはアヴさんだ。僕じゃないよ?
アヴさんはくるみのお古ではサイズ的に少々キツそうにしていた。
特に胸の部分……。
今日一日だけは我慢して貰い、また明日にでも服を買いに行こう。
そしてリビングで寝るのは今日だけとの事。
明日にはお父さんの部屋を開放するとお母さんが言っていた。
<新しい家族が増えたので、お父さんの帰って来る場所はなくなりました>
お父さんにわざと紛らわしいメールを送った。
するとお父さんから速攻で僕の携帯に電話が掛かって来た。
「おい! 新しい家族が増えたってどういう事なんだ?」
「今日からわけあって二人家で預かる事になったんだ。凄く美人の二人だよ」
「……ほ、本当か」
「うん本当。今から写メ送るよ」
「おう、是非頼んだぞ」
通話を終え、布団で眠るコナちゃんを中央にして、両サイドを僕とアヴさんで寝転んで陣取った写真を、一メートル程上からお母さんに撮って貰った。
「ちょっと僕の顔が違うかもしれないけど気にしないで」
一言添えて送信した。
するとまた速攻で電話が掛かって来た。
「帰る。今月中、いや、再来週には帰るから」
「いや、そんな無理して帰って来なくていいよ」
「馬鹿、無理とかじゃねーよ、健にばっかりいい思いをさせてたまるか。絶対、絶対帰るからな!」
携帯電話が揺れる勢いで通話がブツっと切れた。
お父さんの寂しさが爆発した様子だった。
その後お母さんは、もう寝るわねおやすみーと言いながら自分の部屋へと帰った。
『タケルさん、もし良ければ少しお話ししませんか? 何だか興奮してしまっているのか、目が冴えて来てしまって……』
アヴさんが布団に横になったまま話し掛けて来た。
僕も寝ようと思ってたんだけど……まぁいいか。
『そうですね、アヴさんも今日一日色んな事がありましたもんね』
お母さんに写真を撮って貰った時と同じように、コナちゃんを間に挟んで小声で会話する事にした。
今日の出来事、コンテナで飛び掛かろうとした事や不思議な
先程の初めての日本のお風呂に苦戦した事。
初めて来た日本の感想や、アヴさんの村の事。
驚いた事にアヴさんはまだ十七歳でコナちゃんは八歳との事。
アヴさん、僕と二歳しか違わないのか。
しっかりしてるからもっとお姉さんだと思っていた。
凄いなーなんて思っていると、アヴさんも僕がヘッドギアを取った時に凄くビックリした! と言っていた。
そりゃ、同じ村の言葉を話しているのだから、アジア系の顔付きだと思うよね普通。
その後コナちゃんの話になり、コナちゃんの今の状態を詳しく話す事にした。
アヴさんの話では元々のコナちゃんの身長は今よりももう少し低く、髪の色や肌の色もアヴさんと同じだそうで、やはり改造された影響で容姿が変わってしまったのだろう。
『僕が必ずコナちゃんをもとの姿に治して見せますから』
スヤスヤと眠るコナちゃんの頭を優しく撫でる。
『……でも、一体どうやってコナをもとの姿に治すのですか?』
『フフ、そこは秘密でお願いします』
少し眠くなって来たのか虚ろな瞳のアヴさんに向かって、唇に人差し指を添え、
そのまま僕はアヴさんに布団を掛け、おやすみーと小声で囁きながら自分の部屋へと戻った。
次の日の朝、起きてリビングに向かうと、くるみがコナちゃんと走り回って遊んでいた。
言葉は通じていないと思うのだが、二人共とても楽しそうだ。
「おはようー」
『キャー!』
元気良く挨拶すると、コナちゃんが笑顔足もとに絡みついて来た。
可愛いなぁーもう。
アヴさんはまだ少し眠そうにしていたのだが、ソファーに座ったまま軽く会釈だけ返してくれた。
「ちょっとお兄ちゃん、何で昨日ちゃんと教えてくれなかったのよー」
「何でも何もくるみが勝手に何か騒いで部屋に飛んで行ったんじゃないか」
「そ、そうだったかしら? よ、よく覚えてないわ……。それでお兄ちゃん、アヴさんとコナちゃんの言葉がわかるって本当?」
「あ、ああ分かるぞ」
「どうして? 何だか凄いマイナーな言葉らしいけど?」
まじまじと僕の両目を見つめて来るくるみ。
や、やべー! 何でくるみはそこを不思議がるんだ? ……いや、普通は不思議に思うよな。
えーっと、何て言えばいい?
「部屋に籠っている間に、いろんな国の言葉を覚えたんだ」
「嘘、そんなの絶対嘘よ」
「ホントだって、なんなら海外の動画サイトだって通訳してやるぞ?」
「……そんなの通訳されても合ってるかどうか分かんないもん」
そりゃそうだ。
「ま、まぁ現にこうして二人と会話出来ているんだからいいじゃないか」
「うーん、まぁいいか。それでお兄ちゃん、今日もいつもみたいに出掛けるんでしょ?」
「アヴさんとコナちゃんを一度会社の方に連れて行こうと思っているけど、どうかしたのか?」
コナちゃんを雪乃さんにしっかりと診て貰わないといけないからな。
くるみと話しつつ僕は足もとに絡み付くコナちゃんの頭を優しく撫でる。
「お母さんから何かエンテンドウ・サニー社で手伝っているって聞いたけど、それ?」
「ああ、まぁそうだな」
「あたしも行く!」
「へ、なんで?」
「アヴさんとコナちゃんが行くならあたしも行く!」
「だからどうして?」
「行・く・の・!」
「あ、はい、そうですね……」
くるみの迫力に完全に負けてしまいました。
断り切れませんでした。
「というわけで力技で強引に着いて来られました」
だってくるみの目が怖かったんだから仕方がないじゃん。
僕達はくるみとアヴさんとコナちゃんの四人で雪乃さんの研究室へと来ている。
くるみとコナちゃんは十二畳程しかない方の研究室を、二人でキャッキャと騒ぎながら所狭しとウロウロしている。
まぁこの部屋には何もないのだが、相変わらず雪乃さんのデスクには旅行雑誌が山ほど積まれている。
しかし何だか若干雑誌の量が増えている気がするのだが……。
「タ、タケル、この女は危険だ」
椅子に座って珈琲を啜っている、今日は珍しく白衣姿の雪乃さんが呟いた。
危険なのは知ってます。
クッキー? っぽい物で殺されそうになったばかりですから。
「くるみ、この方がここではボスと呼ばれている上条雪乃さん」
実際雪乃さんの肩書ってよく分からないんだよな……。
開発総責任者だったり、ボスだったり、部隊派遣して来たり……。
僕の紹介を聞いて雪乃さんがゆっくりとくるみに向かって歩み寄って行く。
「か、上条雪乃です、呼びにくかったら雪乃さん、もしくはお姉さんと呼んでくれても構わんのだぞ?」
「宜しくお願いします、上条さん、いつも私の兄がお世話になっています」
二人の間に流れる空気がおかしくなって来たところで、コナちゃんが僕の足にしがみついて来た。
怖かったんだろうな、特にくるみが。
一体どうしたんだ、くるみのヤツ……?
そのままコナちゃんを片手でひょいと抱き上げ雪乃さんに視線を戻す。
「では雪乃さん、コナちゃんをお願いします」
「ああ、分かった。さあコナ、こっちへ」
雪乃さんがコナちゃんに向かって手を伸ばしたのだが、コナちゃんは僕の首筋にしがみついたまま離れようとしなかった。
『……タケルお兄ちゃんと一緒じゃなきゃ……嫌』
『コナ、あまり我が儘を言って困らせないで』
アヴさんが優しくコナちゃんに寄り添いながら諭した。
『まぁいいすよ、僕も一緒に行きましょう、よしコナちゃん、行くぞー!』
首筋にしがみついていたコナちゃんをひょいと剥がし、首の後ろへと乗せて肩車にしてやった。
少し驚いたみたいだったけど、コナちゃんはすぐに楽しそうな笑い声を出してくれた。
「雪乃さん、僕も一緒に行きます。アヴさんはくるみとここで少し待っていて下さい」
僕とコナちゃんと雪乃さんの三人でいつもとは違う別の研究室へと向かった。
研究室ようにパソコンが幾つかと、見慣れない機械が数台、そして医療用と思われる機械が幾つか置かれた、少し物々しい二十畳程の部屋へと到着し、コナちゃんを肩車から降ろして診療台の上に優しく寝かせる。
コナちゃんは少し不安げな表情を浮かべていたので、コナちゃんの手を握り、横になっているコナちゃんの顔の近くに屈みながら、少しずつ話し始める。
どうしても話さなければならない重要な事だ。
『コナちゃんは悪い奴等に捕まっていた時の事、少しは覚えているかな?』
『……うん、チョットだけ』
『そうか。その時にね、コナちゃんは悪い奴等に勝手に手術されちゃったんだよ』
『……手術? コナ何処か悪いの?』
コナちゃんの表情が少し曇る。
くそ、可愛いコナちゃんにこんな表情させやがって。
もう一度四ツ橋の奴、ぶっ飛ばしてやろうか。
『ううん、全然。コナちゃんは何処も悪くないよ! 悪いのはコナちゃんを勝手に手術した奴等だけだよ』
『……コナ、病気なの?』
そう言ったコナちゃんの一点の曇りもない、とても奇麗なグレイの瞳がうるうると……だ、駄目だ。
僕の方が先に泣いてしまいそうだ。
雪乃さんはこの間も少し離れた所で機械の調整をしてくれている。
『うぐ、病気なもんか、コナちゃんは病気なんかじゃないよ! こんなに可愛らしいコナちゃんが病気なわけがないよ』
『コナ、可愛い?』
コナちゃんは少し笑顔を見せてくれ、真っ白な頬に若干赤みが差す。
『うん、とっても可愛らしいよ、悪い奴等の手術の影響で髪の毛やお肌の色がチョットだけ変わっちゃったんだ』
『昨日お風呂にあった鏡で見たよ。コナ、真っ白になってた……』
コナちゃんは僕が握っている手の反対側の手で、自分の髪を少し触った。
僕も左手でコナちゃんの手を握りつつ、右手でコナちゃんの髪を優しく手櫛で撫でてあげる。
『……コナ、また手術するの?』
コナちゃんと握っている手にキュッと力が入る。
『ううん、手術はしないよ。あそこにいるお姉ちゃんが少しだけ診察するくらいだよ』
作業中の雪乃さんに向かって軽く手を振る。
コナちゃんも僕の真似をして雪乃さんに向かって手を振った。
すると僕達に気付いた雪乃さんも、何だか照れ臭そうに軽く手を振ってからすぐに作業に戻った。
あれ、雪乃さんもあんな表情出来るんだな……。
『コナちゃんを元の姿に戻すのは僕だよ』
コナちゃんの澄んだ瞳をまっすぐに見つめる。
『……? タケルお兄ちゃんが治してくれるの?』
『そうだよ、僕が秘密の魔法でコナちゃんを治すんだ』
『ひ、秘密の魔法……?』
『そうだよ、今はまだ出来ないけど、いっぱい練習して必ず出来るようになるから、それまで少しの間待っててくれる?』
コナちゃんの頬を優しく撫でながら伝えた。
『……わかった。コナ、タケルお兄ちゃんが治してくれるなら待つよ』
『ありがとう、約束するよ、必ずコナちゃんを僕の魔法で治してあげるから待ってて。それともう一つ約束して欲しい事があるんだ』
『……? 約束?』
コナちゃんは不思議そうな顔で僕を見つめる。
『うん、実は手術の影響でコナちゃんの力が凄く強くなっているんだ、ちょっと待っててね』
コナちゃんから一度離れ、壁際に置いてあった点滴をぶら下げる為の金属の器具を取りに行き、コナちゃんに手渡す。
『???』
『コナちゃん、その金属の棒の部分をゆっくり曲げてみて』
『……? こ、こう?』
コナちゃんがゆっくり力を入れて行くと、まるで飴細工のように太さ一センチ程の金属の棒がくるりと曲がった。
『……? これ、柔らかい?』
『ううん、それ、本当は凄く硬いんだ。さっきも言ったけど手術の影響で力が凄く強くなっているんだ』
『ふーん』
コナちゃんは点滴をぶら下げる器具をクネクネと曲げて行き、掌サイズ大まで小さくしてしまった。
あの、それ多分まだ使うのだけど……まぁいいか。
『そう、約束して欲しい事って言うのは、その強くなった力で絶対に他の人に暴力を振るったりしないで欲しいんだ。コナちゃんは遊びのつもりでも、他の人は大怪我をしてしまうからね』
『……そう、か。うん、わかった。コナ、タケルお兄ちゃんと約束する。絶対に誰も叩いたりしない……タ、タケルお兄ちゃんも痛い?』
そう言ってコナちゃんは握っていた手を素早く離した。
『はは、僕は大丈夫だよー』
コナちゃんは僕に怪我をさせてしまったと思ったんだろうな。
何回かギュッてされたり、首にしがみついたりしてたもんな。
僕はコナちゃんがグニャグニャに曲げてしまった、元点滴をぶら下げる器具をもとの形へと戻して行く。
キチンと元通りにはならなかったけど、何とか自立するくらいまでは戻せた。
これで怒られずに済むかな……?
『僕には何をしても平気だよ、でも他の人にはいっぱい気を付けてね?』
『うん、わかった』
そう言ってコナちゃんはまた手を握って来た。
小さくて可愛らしい手だなぁーと思っていると、背後に殺気を感じた。
「は、話は済んだのか、タケル……」
口角をヒクヒクさせながら雪乃さんが立っていた。
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