第12話

 

 そのまま一人の脱落者を出す事もなく、少々時間は掛かったものの全員無事にタラップの所まで到着する事が出来た。

 外では既に回収チームの部隊が到着しており、トレーラーやバンなどが数台止まっている。


 『さぁー! みんなで船を降りるわよー! 駆け足ー』


 子供達は大勢の人や車の数に最初は戸惑っている様子だったのだが、お姉さんが身振り手振りを付けながら叫ぶと一斉に船を降り始めた。 

 お姉さん、あなたに子供使いの称号をプレゼントします!

 後は部隊に任せて四ツ橋の所へ向かおうとすると、そのお姉さんが近付いて来た。


 『あの、この度は本当に有難う御座いました。この御恩は一生忘れません』


 お姉さんが深々と頭を下げた。


 『それで、少しお話をさせて貰いたいのですが……』


 そしてすぐに顔を上げ、真剣な表情を浮かべながら話を続けて来た。


 『どうかされたのですか?』

 『実は今回救出された子供達の他にも、以前に男達によってコンテナから連れて行かれた子供達が居るのです。もし今から船の中へ戻られるのなら、その子達を見つけた時には助けてあげて欲しいのです。お願いします』

 『分かりました。子供達を見掛けた場合、必ず助け出す事を約束します』

 『ありがとうございます、どうかお気を付けて』


 お姉さんは優しい笑顔浮かべ再び頭を下げると、部隊によって車へと連れて行かれた。


 しかし、やるせないよな……。

 僕のマップにはもう子供の姿は残っていない。

 ヘッドギアを装着していて良かったよ、表情が表に出ずに済んだ。

 

 四ツ橋誠、絶対僕の手でぶっ飛ばす。


 しかし数人の子供を連れて行って一体何をさせたんだ? もしくは何かしたのか?


 「……タケル、大丈夫か?」

 「雪乃さんも今の聞いていたんすね」

 「ああ、それで子供というのはもう――」

 「はい、僕のマップには映っていません」

 「そうか、タケルのせいではないのだから気にするなよ?」

 「分かりました。今から四ツ橋の所へ向かいます」

 「気を付けるのだぞ」


 ……何だか雪乃さんに気を使われると悲しくなるじゃないか。

 本当は壁とかぶっ壊して四ツ橋の所へと向かいたかったのだが、映像が全部作戦本部へと流れているので、なるべく冷静さを意識しながら移動する。


 四ツ橋は僕が来るのを待っているのか、元の場所から一向に動く気配がない。

 寝ている……とかではないだろうな。

 マップで見る限り、目の前にある扉の向こうには大きなホールみたいな部屋があり、四ツ橋はその部屋に併設されている狭い部屋にいる。

 恐らく次のホールみたいな部屋で何かが待っているのだろう。

 敵の表示もその部屋に一つ、四ツ橋の所に四ツ橋以外に四つ……ん? 立体地図で見るとその四つの内の一つは四ツ橋の所にいる場所の下? みたいだ。

 まぁ考えていても始まらないので僕は目の前の重厚そうな鋼鉄の扉を普通に開けた。

 もっとカッコ良く蹴飛ばして開けても良かったのだが、この視界の映像は皆が見てるから恥ずかしいというかなんというか……調子に乗ってるとか思われたくないというのもあるけど、僕は今まで通り冷静ですよーという事もアピールしたかった。


 扉を開けた先は学校の体育館程の広さがある、無数の照明で照らされたかなり明るい部屋で、高い壁の上の方にある小さな窓は船の外の暗闇を映している。

 一段高くなった二階? 三階? 部分に当たる高さの、ホールに隣接したガラス張りの狭い部屋から僕の方を見ている男が二人いた。

 ひとりはガラスにへばりつくように立ち上がっており、もうひとりは椅子に堂々と腰掛け、身体の真ん中で杖を突いている。

 その後ろで控えている男が二人、ホールに一人、四ツ橋の下の階に見えていた敵表示の奴は、一階部分が壁になっているので姿は確認出来ない。

 ザザッというノイズ音の後、ホールに男の声が響き渡る。


 「おい、お前! なかなか楽しませてくれるじゃないか!」

 「……」


 僕は返事をしなかった。

 いや、ただ単純に僕の声が聞こえるのかどうか分からなかったから。


 「おいおい、声を聞かせろよ、ヒーローさんよ」

 「……なんだ、こっちの声もそこに聞こえるんすね。アンタが四ツ橋誠か?」


 視線の先、ガラスの向こうには黒髪オールバックでスーツ姿の男がホール全体を見下ろせるガラスに両手をついた状態で立っている。

 なんというか、印象が頭が悪そうとしか出て来ないのだが……本当にこんな奴が雪乃さんの見合い相手なのか……?


 「おー? 良く知っているじゃないか、俺も有名になったもんだ」

 「じゃあ今からアンタをぶっ飛ばすから」

 「まぁ待て待て、そう慌てるなよ。まずはその目の前の男を何とかした方がいいぞ?」


 男? そう言われて初めてホールの真ん中に立っていた男に視線を落とす。

 デ、デカい。

 どれくらいあるんだ? 僕も百八十五センチあるのに、この男は更にデカい。

 二メートル? いや、二メートルを少し超えるくらいはあるぞ。

 外人の白人さんで岩みたいにゴツゴツした顔をしている。

 しかもサイボーグみたいな体格しやがって、何食ったらそんな身体になるんだよ。

 そんな男は凄い自信満々の表情で腕を組み、格闘家みたいな黒いパンツ一丁で立っている。 


 ……ププッ、駄目だ、男が自信満々過ぎて、何だか笑いが込み上げてくる。


 「おいおい、えらく余裕じゃないか。その男は裏世界の格闘技で無敗の男だぞ? 勿論殺しアリの世界だ、大丈夫なのかー?」


 目の前の男が有名なアクションスターがやったポーズ、腕を前に伸ばし、掌を上に向け、指先を二回ほどクイクイと折り曲げた。

 じ、自分に酔っているのか? 馬鹿なのか?

 僕は普通にスタスタと男に歩み寄る。

 勿論男のステータスは既にチェック済だ。

 ここに居たどの兵隊よりも高く、人間とは思えない数値だった。

 でもただそれだけだ。

 この男に僕は【放電】を使うつもりはない。

 別に男が素手だからそれに合わせて格闘家気取りで素手で戦いたいとかそういうつもりではない。


 「一連の出来事が許せなくてムシャクシャしてるから」


 僕がそう呟いた時には男はもうその場に立っていなかった。

 歩み寄る僕に男がタックルで掴み掛かって来たので、潜り込むようにしてダッキングで躱し、ボディに一発撃ち込んだだけ。

 勿論踏み込んだりせず、軽く当てただけなのだが、僕の拳は男の腹筋に文字通り突き刺さり、男は泡を吹きながら倒れている。


 四ツ橋は何が起こったのか理解出来ておらずこちらを二度見した後、口を開けたままボーっとしている。




 自慢の男を瞬殺されボーっとしていた四ツ橋が意識を取り戻したみたいだ。

 

 「おい、どうしたカイザー、さっさと立て! 幾ら払ったと思っているんだ!」


 いや、この状態の男に立てとかアンタ鬼だな。


 「もうアンタをぶっ飛ばしに行っていいか?」


 四ツ橋誠を睨みながら言ったけど、ヘッドギアを装着しているから睨んでるかどうか分からないよな。


 「……く、お、おい、あいつを出せ、は、早く!」


 何やら四ツ橋は慌てて後ろに控えていた男に指示を飛ばした。

 一人の姿が消え、暫くすると四ツ橋の下、足もとの壁がゆっくりと開く。

 そんな事だろうとは思っていたけれど、出て来たモノがなんと言うか……ナニコレ?

 体長は四メートル程の巨体で一応二足歩行っぽい。

 というのも腕が長過ぎて地面に着いてしまっているから……。

 肌の色が気持ち悪い緑色をしていて、体液みたいなのがネットリと付いている。


 触りたくないです、気持ち悪いです。


 上半身は裸なのだが、下半身は柔道着のズボンのような物を穿いている。

 紫色の髪をしたその生き物はあ゛ーとかう゛ーとか唸り声を、耳元まで裂けた口から発している。


 「はははー! こいつは凄いぞ? 我々の科学技術が生んだ、のそいつは薬を注射してからは、たったの十分しか生きられない化け物だがお前に倒せるかー?」


 ……


 とりあえずステータスを見てみる。


 名前

  ・坂本哲也さかもとてつや

 二つ名

  ・なし

 職業

  ・四ツ橋誠私兵団員

 レベル

  ・27

 住居

  ・なし

 所属パーティー

  ・なし

 パーティーメンバー

  ・なし

 ステータス

  ・遺伝子操作済み

  ・行動可能時間 残り9分

 HP

  ・540

 MP

  ・0

 SP

  ・300

 攻撃力

  ・170

 防御力

  ・110

 素早さ

  ・95

 魔力

  ・0

 所持スキル

  ・なし

 装備品

  ・道着ズボン

 所持アイテム

  ・なし

 所持金

  ・なし


 ……


 「あのな、タケル……」


 雪乃さんから無線が入る。


 「……はい、分かってます」


 九分……そんなに待ってやれない。

 早く楽にさせてやろう。

 そういう事っすよね雪乃さん……この手でを殺す。


 アクティブスキル『隠蔽強化』を発動させ、手もとに雷を溜める。

 それと同時に坂本が僕に気付き、獣のように呻き声を上げながら襲い掛かって来た。

 四メートルの巨体にも拘らず、目にも止まらぬ速さで襲い掛かられては身動きが取れないだろう、は。

 獣は僕に向かって猛スピードで突進しながらその巨大な右腕を振り下ろす。

 僕はその剛腕を右手で軽く往なし、体を入れ替え背後へと回り込み、獣の背中に左手を添える。


 「あなたの仇はキチンと取るから……。【爆零はぜろ】」


 僕が作った雷魔法の術式操作魔法【爆零はぜろ】。

 僕は雷を手もとに溜める事と垂れ流す事しか出来ないので、相手の身体に手を添えて、零距離で相手の体内へと溜めた膨大な電気を一気に送り込む。


 【爆零】を打ち込み、瞬時に獣から距離を取る。

 その瞬間、獣の身体が内部から大きく膨れ上がるようにして、バリバリという雷の音と共に文字通り木っ端微塵に爆ぜる。

 仮想空間ではなく、キチンとこの現実リアルでも【爆零】が成功したのに、嬉しさなんかちっともなかった。

 やるせなく、申しわけない気持ちと、絶対に四ツ橋は許さんという気持ちだけだった。

 目の前には飛び散った獣の死骸が散乱しており、異臭を放っているのだが、僕は目を背けようとはしなかった。

 そのまま四ツ橋の所まで歩いて行く。


 「おい、ま、待て! おい、もうアレも出せ!」


 四ツ橋がまた後ろに控えていた二人に指示を飛ばしている。


 まだ何かあるのか? 先程からじっと四ツ橋の横で杖を突いて、こっちを凝視しているオッサンは一体何なんだ?


 「雪乃さん、あのオッサン誰だか分かるっすか?」

 「あれは……四ツ橋グループの会長、四ツ橋慎之介よつばししんのすけだな」

 「もしかして親子揃って悪趣味バカってヤツすかね?」

 「恐らくそうなんだろう、腐った親子だ」

 「こんな事言うのはどうかと思うんすけど、雪乃さんの親ももうちょっと相手の事をよく見た方がいいすよね?」

 「全くその通りだ」


 フンっという雪乃さんの苛立ちと同時に更新が切れる。

 その瞬間――


 「ギャーー!」


 男性の悲鳴が聞こえた後、四ツ橋の足もとにある先程はゆっくりと開いた壁が、轟音と共に吹き飛んだ。

 風で飛ばされる新聞紙のように地面を転がる壁を見ていると、壁を壊したと思われる正体が奥からゆっくりと出て来た。


 「ぎゃははー! そいつは先程完成したばかりの化け物のだ!」

 

 名前

  ・人造人間 タイプy-07改

 二つ名

  ・なし

 職業

  ・なし

 レベル

  ・88

 住居

  ・なし

 所属パーティー

  ・なし

 パーティーメンバー

  ・なし

 ステー

タス

  ・体内改造済み

  ・洗脳状態

 HP

  ・2320

 MP

  ・0

 SP

  ・22670

 攻撃力

  ・1620

 防御力

  ・1780

 素早さ

  ・1890

 魔力

  ・0

 所持スキル

  ・なし

 装備品

  ・医療用検診衣(ホワイト)

 所持アイテム

  ・なし

 所持金

  ・なし


 「ゆ、雪乃さん」

 「どうした」

 「ば、化け物っす」

 「なに! そんなに強いのか?」

 「……化け物級の可愛さっすよ」

 「……は? 何言っているのだ?」


 壁の奥から出て来たのは、透き通るような白髪の小さな女の子だった。


 

 「流石のお前ももう終わりだ。そいつは絶対に倒す事が不可能な上に、私の命令しか聞かんのだからな!」


 四ツ橋はもう自分の勝ちを確信しているのか、近くの机に置いてあったワイングラスを手に取り、一度だけ口を付けた。


 「……しかし、恐ろしい程の可愛さだ」

 「く、タ、タケルー! な、何を言っているんだ……私、私が居るというのに――」


 何やら言っている雪乃さんを無視して、目の前にいる高ステータスの相手を観察する。


 しかしおかしくないか?

 先程索敵スキルで見た時の敵の人数より多いぞ?

 人造人間という事らしいが、今まで電源が入っていなかったから敵じゃなかったとかそういう事か?

 よく分からないけど、今はしっかりと敵表示されている。

 その少女は体中の色素が抜け落ちてしまっているかのように、透き通る程真っ白な髪は肩に掛かるくらいのストレートで、肌も真っ白でプルプルしており、間違いなく水を玉にして弾くであろう。

 恐らく十歳にも満たないくらいの子供なのに、瞳の色もグレイな為か表情が少しシャープで大人びた印象を受ける。

 ステータスの装備欄に医療用検診衣と書いてあったので間違いないと思うのだが、病院で患者さんが着ているような服を着ている。

 しかし普通の子供と違うのは左の頬から首筋に至るまで、タトゥーのような藍色の幾何学模様が浮かび上がっていて、脈打っているみたいに色が濃くなったり薄くなったりしている。

 そして右腕の服の袖は切り取られており、肩口には同じような藍色の文字で『07』と刻まれているのが見え隠れしている。

 少女の表情から生気を感じられないのだが、その風貌から全身に青白いオーラを纏っているようにも見える。

 でも、良くも悪くもお人形さんみたいだな。


 「タ、タケル、わかってはいると思うが今回も――」

 「ええ、でも今回はちょっと試したい事があるので、結論を出すのはその後って事でいいすか?」

 「た、試したい事?」

 「はい、それは――」

 「何をブツブツと言っている。お祈りか? まぁいい、では07改よ、目の前の人物を殺すのだ!」


 雪乃さんと無線をやり取りしていると、四ツ橋が先に命令を出した。


 『■̻■にんしき ■■うけつけ』


 裸足の少女07改が無機質に呟いた後、一切表情を変えずにとんでもないスピードで突っ込んで来た。


 流石高ステータス。

 ……でもやっぱり子供だな。


 雪乃さんに比べれば全然、どうって事ないレベルだ。

 雪乃さんと特訓する前の僕と同じで、ステータスが高いだけで戦い方という物を全く知らないのだ。

 パンチやキックという感じではなく、腕や足を振り回すだけの攻撃をガードをする事なく躱し続ける。

 少し距離が開いたところで、07改が頭突きみたいに頭で突撃して来たので、その突撃を最小限の動きでひらりと躱し、そのまま首筋の後ろを掴んで地面に押さえ付ける。

 押さえ付けた衝撃で、轟音と共にホールの床が蜘蛛の巣状に割れてしまったのだが、この少女ならこれくらいの衝撃でも大丈夫だろう。 


 「な、なんだと! 馬鹿な、そんな馬鹿な!」


 四ツ橋が何か言っているみたいなのだが長引かないうちにさっさと決めてしまう事にする。

 そのままジタバタする少女の首筋を押さえつけている手から魔法を放つ。


 「【シャイニングオーラ】」


 言葉を発すると同時に少女の身体を金色こんじきの光が包み込む。

 ……アクティブスキル『隠蔽強化』を掛けるのを忘れてた。

 隠蔽強化はまだレベルが低いから時間経過で効果が消えてしまうので掛け直さないといけないのだ。

 【爆零】を使ってから時間が経っていたので消えてしまっていたのか。

 この辺はもっと頻繁に確認する癖を付けておかないと駄目だな。

 

 ゆっくりと優しく少女の首元を支えたまま、状態を起こさせる。


 「大丈夫?」

 『……ここは何処?』


 少女は少し視線を動かし周りを確認した後、小さな声で尋ねて来た。

 大丈夫、成功だ。


 『今はまだお船の中だよ、これから一緒に出ような』


 ゆっくりと少女を抱え上げ、お姫様抱っこする。


 『すぐに終わるから、このままで少し我慢しててね』

 『うん、わかった……』


 少女は疲れてしまったのかそのまま眠ってしまったみたいだ。


 「雪乃さん、成功です」

 「ああ、そうみたいだな。しかし、よく気付いたな」


 そう、この少女は先程の獣とは違い本能で襲って来たわけではない。

 ただの『洗脳状態』だったので、状態異常を回復させればいいのではないかと思い付いたのだ。

 当然この少女には、先程の獣みたいに攻撃するつもりなど最初からなかった。

 こんな可愛らしい子を攻撃出来るわけがない。


 「そ、そんな、あの催眠を、そんな……」


 愕然とした表情で膝から崩れ落ちている四ツ橋の所へと向かう為、細い階段を登って行く。

 本当はガラスをブチ破って入りたかったのだが、ガラスが割れる音で起こしてしまうかもしれないと思い、階段を登って行く事にした。

 少女がまるで天使のような寝顔で眠っているので、どうしても起こしたくはなかった。

 階段の途中で最後の護衛が一応襲って来たのだが【放電】で瞬時に眠らせてやった。

 しかしちょっと面白かった。

 最後の護衛はやられる事前提で、時代劇の所謂切られ役みたいにワザと隙を見せて襲って来たのだ。

 先程の僕の戦いを見て、勝てるわけがないと理解していたのか?

 可哀相なので【放電】もかなり威力を押さえて放った。

 実際にあの護衛が眠っているのかどうかは不明である。

 今から引き返して確認するのも面白そうだが、今は時間がないので止めておく。


 階段を登り切った先に四ツ橋親子が待っていた。

 しかし二人とも、先程僕が見た時の姿勢と全く変わっていない。

 四ツ橋誠は愕然とした表情で膝から崩れ落ちたままで、慎之介の方はまさに威風堂々と言った感じで、杖を突いたまま眼下のホールを見据えている。


 「じゃあまず四ツ橋誠に伝言があるから」


 ヘッドギアの左耳の下のスイッチを入れ音声をスピーカーにする。


 「雪乃さん、言ってやって下さい」

 『……あー、そうだな、上条雪乃だ。私は阿呆は好かんので、今回の縁談はなかった事にして貰う。以上』


 ヘッドギアのスイッチを無線に切り替え、四ツ橋誠にやや弱めの【放電】をぶっ放す。

 それでも四ツ橋誠の後頭部へと当てたので前方へと吹っ飛び、ガラスに顔からぶち当たっていたのだが死んではいないと思う。

 丁度ガラスに顔を突っ伏したまま四つん這いの体勢になっているのがちょっと面白い。

 ざまぁ見やがれ!


 「それで、オッサン、アンタは何がしたかったんだ?」

 「…… ……ワシは」


 暫く押し黙ったままだった四ツ橋慎之介がやっと重い口を開いた。

 あまりにも喋らないから死んでいるのかと思ったじゃないか。


 「……ワシは最強の兵士を作り上げるのが夢だったのじゃが――」

 「あっそ、くだらねー」


 まだ何か話そうとしていたが、さっさと【放電】をぶっ放して眠らせた。

 理由が下らなさ過ぎて続きを聞く気にもなれなかった。

 そんな理由で、他にも居た筈の子供達にも手を掛けたのか……くそ。


 


 「雪乃さん、全部終わったすよ?」

 「ああ、ご苦労だったな。こちらから既に警察へは連絡してある。これだけの証拠と本人を確保すれば流石に言い逃れは出来んだろう」

 「そうですね、それでこの二人はどうすればいいすか?」

 「もう船のタラップの所に部隊を待機させてあるので、回収に向かわせるよ。それまで一応その場で待機しててくれるか?」

 「了解っす」


 交信を終え、その場に待機している間、腕の中で眠っている少女を観察する。

 僕が唱えた【シャイニングオーラ】では元の人間に戻す事は出来なかったみたいで、ステータスは高いままであった。

 しかし首筋の幾何学模様と、肩口の07の文字は消えていた。

 恐らくあの幾何学模様は、四ツ橋誠が催眠がどうとか言っていた事と、ステータスが洗脳状態だった事が何か関係していたのだろう。

 だとすると、強力な呪術に近い物だったのかもな。

 まぁ状態異常が治った今となってはどうでもいい事だ。


 そしてステータスを確認すると名前の部分が、人造人間 タイプy-07改から、コナ・イノイに変わっていた。

 どの基準で変わったのかはさっぱり分からん。

少女、コナちゃんが眠ったままなので、今のうちにコナちゃんが出現した下の階を調べてみる事にする。

 もしかしたらまだコナちゃんのような生存者が居るかもしれないと思ったからだ。

 しかしその場所は二十畳程の研究室みたいな場所だったのだが、獣が眠っていたと思われるやや大きめのカプセル型の診療台みたいな物が一つと、それを管理していたと思われる計器類、コナちゃんが眠っていたと思われる小さなベッドが一つ、計器類がそれぞれ一セットずつあるだけだった。

 その小さなベッドの傍らには四ツ橋の護衛の一人の亡骸が横たわっている。

 恐らくコナちゃんの手に掛かった物と思われるが、四ツ橋の命令しか聞かないと言われていたはずなのに、何故この男が犠牲になったのかは謎である。


 しかしこの事はコナちゃんには秘密にしておこうと思う。

 コナちゃんが知ってしまうと傷付く恐れがあるからな。

 そのまま親子ばかの所へと戻り、コナちゃんの天使の寝顔を眺めていると数人の回収チームがやって来て、腐った親子を縛り上げた。

 回収チームの人がコナちゃんの為にと毛布を渡してくれたので、起こさないようにそろりと包んであげた。

 僕ひとりなら瞬間移動で帰れたのけど、腕の中でコナちゃんが眠っているので回収チームと一緒に歩いてタラップの場所へと戻った。


 コンテナ船を出ると凄まじい台数のパトカーが止まっており、空にはヘリも数機飛んでいた。

 しかしあれだな、この赤いクルクル回る光は何故か見たくないよな。

 いや、お巡りさんはお仕事頑張ってくれているだけなのだが、申しわけないけど好きになれない。

 真っ黒のヘッドギア男とか超怪しいよなー、毛布に包まれた全身真っ白の少女抱き抱えてるし。


 間違いなく職務質問コースだよな、普通。


 しかし回収チームと一緒にお巡りさんの横を通過したのだが、全く何も言われない。

 何も言われないどころか、誰もこっちを見ようともしなかった。

 最初スキルのお陰かとも思ったけど、コナちゃんはスキルを持っていないし、毛布で包んでるとは言え、こんな真っ白の美少女なんてガンガンに目立つはず。

 ワザとお巡りさんの前に立ち、僕の方から見てみるのだが、プイと顔を背けて何故かこっちを見てくれない。


 ……これ、何だか見えない大人の力が働いている気がする。

 うん、深く考えないでおこう。お仕事の邪魔しちゃ悪いからな。


 回収チームと一緒に大型のバンに乗り込んだのだが、バンの中にはクエストを出していた子供使いのお姉さんが待機していた。

 お姉さんは服の上から毛布を羽織っていた……いや、別に残念だとか思ったわけじゃないよ? 絶対違うよ?


 『え? コ、コナ……コナなの?』


 お姉さんが毛布に包まったコナちゃんを見て慌てだした。


 『え、ええ、そうみたいですよ?』

 『ああー! コナ、無事だったのね……』


 お姉さんは大粒の涙を流し始めた。

 あの逞しかったお姉さんが突然泣き始めてしまったので、僕はどうしていいのか全く分からず、オロオロしてしまった。

 女の人の涙って凄いな、何も言えなくなる。

 噂では聞いた事があったのだが、まさかここまでの破壊力だったとは……今日一番の強敵じゃね?

 お姉さんの泣き声だけが動き出した車の中に響く。

 お姉さんは暫く泣いた後、漸く少し落ち着いて来たみたいだ。


 『……ご、ごめんなさい、突然取り乱してしまって』

 『あ、いえ、大丈夫すよ』

 『コナは……コナは私の妹なんですよ』

 『ええー! そうだったんすか?』


 慌ててお姉さんのステータスで名前を確認するとアヴ・イノイとなっていた。

 ……た、確かに肌の色や髪の色なんかは全然違うけど、顔立ちや雰囲気は何処となく似ている気がする。

 僕の腕の中で眠っていたコナちゃんをお姉さん、アヴさんへと起こさないようにゆっくりと渡す。 


 『コナを助けて頂きありがとうございます』


 アヴさんが深々と頭を下げた。

 その瞬間クエストクリアのアイコンが視界に入った。

 あー、そういう事ね、だから子供達を回収チームに引き渡してもクエストクリアにならなかったのか。


 『すいません、コナちゃん以外の子供は見つける事が出来ませんでした』

 『そんな、貴方が謝る事ではないですよ。こうしてコナを助けて頂いたのですし……』


 アヴさんは優しい視線を腕の中のコナちゃんへ向ける。


 『もしかしたら貴方がこうしてコナを助け出してくれるのではないかと思い、車の中で待たせて頂いたのですよ』

 『それで車に乗っていたんですね』

 『はい、貴方に残っているかもしれない子供を助けて欲しいとお願いした時に、コナの事を言おうかとも思ったのですが、それだと他の子供達より何だかコナを優先させるような気持ちになってしまったので言わなかったのです、申し訳ございません』

 

 アヴさんは腕の中でコナちゃんを抱きながら、小さく頭を下げた。


 『そんな、それこそ全然謝る事じゃないですよ。身内を助けてくれ、なんて普通の事ですよ』


 気持ちよさそうに眠っているコナちゃんのオデコに優しく触れた。


 『あ、あの、その頭に被っている物って外して貰う事は出来ないのでしょうか?』

 『え? ああ、コレね、作戦本部まで帰れば取りますよ。これ、本部との通信手段にもなっているんですよ』

 『そ、そうなんですか、スイマセン。何だか余計な事を言ってしまったみたいで……』


 アヴさんはモジモジしながら俯いてしまった。

 やっぱりこんな見慣れない物、威圧感とかあるんだろうな……。


 「タ、タケル、その女から離れろ」


 突然雪乃さんから無線が入った。


 「はい? 何言ってんすか」

 「その女は危険だー、離れろー!」

 「いや、車の中で離れるとか無理すよ」


 雪乃さんと無線で交信していたら、アヴさんが不思議そうに僕の事を見つめて来た。

 あれ、なんかアヴさん近くね?

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