第11話

 

 僕の視線の先には巨大なコンテナ船が鎮座している。

 圧倒的スケールとはまさにこの事だ。

 やっぱり僕も男の子だから、こういうのを見るとテンションが上がってしまう!

 仮想空間で馬場さんに用意して貰ったケルベロスの像が、郊外のショッピングモールくらいあったけど、それよりもデカいんじゃね?

 しかも船の上には巨大なコンテナが、パッと見で百個以上積まれている。

 マップで確認するとその巨大コンテナ船と、その周辺に敵表示のアイコンが固まっており、四ツ橋誠のアイコンもその中にある。


 雷魔法【爆雷】や【閻雷】一発で沈められそうではあるが、今回はしない。

 理由は二つある。


 一つは雪乃さんとの約束で、今回の作戦は不殺ころさずで行く事にしたからだ。

 流石に現実リアルで殺しはしたくないし、雪乃さんもして欲しくないと言っていたので、何があっても誰も殺さないで行こうと作戦会議で決めたのだ。

 二つ目は今索敵スキルでマップを見ているんだけど、敵ではない表示が一か所に固まって集まっている所がある。

 百人くらいか? なんだこれ、味方表示か? 船員が人質にでもなっているのか? 


 「雪乃さん、ちょっとおかしな事があるので聞きたいんすけど――」

 「フフフ、許さん、許さんぞキジめ……」


 まだブツブツ言ってた。

 駄目だこりゃ。


 「おーい、雪乃さーん」

 「ブツブツ……」

 「……ゆきのん?」

 「な、なんだよタケル、皆が聞いてるのにそ、そんな呼び方して――」


 ゆきのんは聞こえるのか、都合のいい耳だな。


 「やめてくれよ、照れるじゃないかー」

 「いいから聞いて下さいって、今索敵スキルでマップを見てて、百人くらいが一か所に固まって集まってる場所があるんすけど、敵でもなく味方でもない表示なんすよ」

 「へ? なんだって? 敵でもなく味方でもなくか、うーん」

 「あ、ちょっと待った」

 「ん? なんだ?」

 「今拡大させてその百人くらいの塊を表示させたんすけど、その内の一人がクエストを出してるっす」

 「成程、百人くらいが固まっていてクエストも出していると。なんだか相当ヤバイ物の可能性な気がして来たぞ」

 「ええ、僕もそんな気がして来たっす。とりあえずそこに向かってみるっす」

 「分かった。タケル、くれぐれも油断と躊躇はするなよ」


 マップで周辺を警戒しながら歩いて行き、いよいよ巨大コンテナ船に近づいて来た辺りで、索敵スキルで発見していた見張りの一人を視界に捉えた。

 ステータスを物陰から隠れて確認する。

 ふむふむレベル6ね、一番最初に街中でステータスを拝見したゴツイお兄さんがレベル4だったので、訓練された兵隊ってところか。

 しかし、持ってるねー!

 装備品の中にしっかりとコマンドーナイフ、見たことのないアルファベットの名前で最後に改と書かれているハンドガンがある。


 日本です、ここ日本ですよ?


 見たところ無線のような物は持っていないみたいなのでやっちまうか。

 斥候隊の潜伏先のアジトでサルに使った【放電】よりも若干威力を上げ、更にアクティブスキル『隠蔽強化』を掛けてから兵隊にぶっ放す。

 誰かに見られていたら厄介だしな。

 まぁ辺りに誰もいないのは確認済みだけど念の為にね。


 「!!!!!」


 兵隊が声も出さずに四メートル程ぶっ飛んだ。

 やべ、威力強過ぎたかな? い、一応確認して……と大丈夫、死んでなかった。

 このくらいの強さでなら死なないのが確認出来て良かった、うん。


 倒れた兵隊の装備を外し、兵隊の襟を掴んで持ち上げ、物陰にポイっと投げ捨てる。

 少し進んでやっと海沿いまで来たので、先程の兵隊の装備を海に捨てておいた。

 こんな物騒な物は処分しておかないと駄目だよな。

 暫く道なりに進んで行くと前方に出入り業者を管理、記録しておくような受付みたいな場所に出る。

 二人の敵を確認済みなのだが、見張りを無視して脇からコンテナ船に侵入しても良かったけど、コンテナ船で騒ぎになってしまって後ろから攻撃されると困るので始末しておく事にする。


 受付の中に一人、そのすぐ外にもう一人の見張り。

 お前ら絶対正規の受付じゃねーだろ!


 ステータスや装備を確認するまでもなく厳つい風貌だったので、受付の中のヤツから順番に背後から忍び寄り【放電】で無力化した。

 こんなゴツくてタンクトップの受付居たら嫌だわーと思いつつ、転がっている二人の装備を外していると問題が起こった。


 「北門ゲート異常はないか?」


 狭い受付の中の無線が鳴った。

 やべー! マジやべー! どうする、無視するか?


 「北門ゲートどうした? 何かあったのか?」


 北門ゲート……受付の外の壁にも同じく、北門ゲートと書いてあるのでここに間違いなさそうだ。

 お、応答するか。


 「こ、こちら北門ゲート、異常ないっす」

 「は? テメー誰だよ! おい、北門ゲートで異常発生だ、人を寄越せー! ……そこの無線に答えた奴、今からぶっ殺しに行くからそこで待ってろよ!」


 一方的に怒鳴られて無線が切れた。

 何故だ、何故一発で正体がばれたんだ?

 もう一度ぶっ倒れている受付の二人をよく見てみる。


 ……うん、この人達日本人じゃなかったんだね。

 コチラ北門げーとデース、異常ナイデースという風に言えば良かったのか……。

 日本語で話し掛けられたのだから、日本語で応答してもいいと思うじゃないか!


 ブォー! ブォー!


 港全体にサイレンのような大きな音が鳴り響いた。

 マップを見ると大量の敵がこちらに向かって集まって来ているみたいだった。


 「スイマセン雪乃さん、もう警戒されてしまったっす」

 「……普通敵の無線とか簡単に出るか?」

 「誤魔化せるかなと思ったんすけれど……速攻でばれました」

 「それで大丈夫そうなのか?」

 「ええ、多分大丈夫すよ、纏めて始末出来る分手っ取り早くて良かったかもしれないっす」

 「そうか、気を付けてな」


 無線を終えると車の音が近付いて来た。

 マップで確認すると最初の敵は四人。

 離れた場所から近付いて来る、車に乗っていると思われる四人組の表示が纏まって四つ、更に後方から走って来ていると思われるバラバラの表示が……いっぱい。

 ブレーキとタイヤの擦れる音を鳴らしながら止まる車の音が聞こえた後、バタン! バタン! と車のドアの開閉の音が暗闇に響いた。

 

 さて、やるか。


 今は受付の狭い建物の中で屈んでいる状態である。

 両手を握り締めて【放電】の為の雷を溜める。

 バチバチと薄紫の光を放っているので、アクティブスキル『隠蔽強化』で隠して準備完了。

 敵は車の物陰に隠れて構えているのが二人、身構えて近寄って来るのが二人。

 ここでモーターホームから走って向かっている最中に覚えた瞬間移動を使ってみる事にする。

 ターゲットは車の物陰にいる二人。

 瞬時にマップでターゲットの位置を確認し、アクティブスキル『瞬間移動』を使用する。

 瞬き程の時間で車の物陰にいる二人の背後に回り込み【放電】をぶっ放した。


 「「!!!!!」」


 車の物陰で構えていた二人の無力化に成功したところで、建物に近付いていた二人が会話を始めたのだが、何語か分からない。

 英語ではないみたいだし――とこんな言い方をしたら英語なら分かるみたいな言い方だけど、当然英語でも分からない。

 二人は僕を見付けられない様子で会話しながら建物周辺を捜索している。

 まさか二人を倒した事にも気付かれないとはな。


 ピコーン!

 ・多言語日常会話スキルを習得しました!

 ・多言語日常会話スキルがLV10に上がりました!


 いつもお馴染みの音と共に視界に文字が表示された。


 『■■■ ■■■すはずだ! よく探せ!』


 全く何を言っているのか分からなかった男達の会話が、途中から理解出来るようになった。

 でも覚えたのは翻訳スキルではなく、日常会話スキルだから僕もあいつらと会話出来るのか? 試してみるか。


 『や、やあ! こんばんわー』


 ハァーイジョージ! くらいの、アメリカンコメディーっぽい気さくな感じで、車の陰から上半身だけ出して話し掛けてみた。


 『おい! あそこの車の物陰だ!』


 ビシュ! ビシュ!


 恐らくサイレンサー加工されているであろうハンドガンを、男達は対話に応じずぶっ放して来た。

 まぁぶっ放して来たと言っても男達が引き金を引いた時には、僕はもう既にその場所にはおらず、一人の男の背後に立っていた。

 未来予知スキルを使い、男達が引き金を引く瞬間にはアクティブスキル『瞬間移動』を使用し背後に回り込んでいたのだ。

 手元に溜めてある雷をそのまま一人の背中に【放電】し男を無力化する。

 その後もう一人の男に気付かれる前に、放たれた弾丸の如くダッシュで移動して男の背後を取る。


 『動くな』 


 男の背中に雷を溜めた掌をそっと添えたまま、再び対話を試みてみた。


 『……』


 男は前方を向いて身構えたまま全く動かない。


 『言葉通じてますか?』

 『……な、何者だ?』

 『質問に答えて。言葉分かります? こんばんわ』

 『……あ、ああ、こんばんわ』

 『なんだ。ちゃんと通じてるじゃないか』


 その瞬間【放電】で男を気持ちよく眠らせてあげた。

 通じてるなら最初に挨拶した時に返事をしろっての。

 いきなり銃をぶっ放して来やがって、お行儀の悪い。


 対話のせいで思いの外時間を掛けてしまい、後続隊が続々と到着して来た。

 まぁ後続隊が到着した時には、僕は既に物陰に潜んでいるわけなのだが、兵隊達は車から降りるなり倒れている味方の安否を確認に来る奴、車の陰に隠れる奴とフォーメーションを組んでいる感じの動きを取っていたのだが何も問題ない。

 命中スキルのお陰か神速で移動しながら放つ【放電】も、一発も外す事なく兵隊達を撃ち抜いて行く。

 中にはマシンガンみたいな物を持っている奴もおり、そういう奴は優先的に始末していった。

 四台の車に四人ずつ、十六人の兵隊達を誰にも姿を見られる事なく無力化したところで、車の中に置いてあった無線、トランシーバーみたいな物がザザッと音を出した。


 「おい、そっちの状況はどうなった?」


 ん? さっきの受付の時と同じ奴か?


 「こ、こちら北門ゲート、異常ないっす」

 「あ、テ、テメーさっきの奴か!」


 わざと先程と同じセリフを言ってみた。

 フフフ、僕も意地悪だなぁ。


 「アンタは何処に居るんすか? 早く来て下さいよ、来るって言っていたのに全然来ないじゃないすか。なんならこっちから迎えに行きましょうか?」

 「くそっ、舐めやがって! 今そっちに向かってる最中だよ、待っていやがれ!」

 「因みにアンタの名前は?」

 「あぁー? 名前だと? いいだろう、教えてやる。咲元、咲元豊さきもとゆたかだ、お前を殺す者の名前だ、よく覚えておけ!」

 「咲元豊さんね……でも本当に名乗ってしまって良かったんすかー?」


 マップで咲元豊の場所を確認する。

 無線で敵に名乗るとか本当に馬鹿じゃねーのか?

 ……しかも全然動いてねーじゃねーか、この嘘吐きめが。

 何処だコレ、船の近くの……乗り降りするタラップのすぐ横じゃねーか。


 「良かったも何も、お前はもうすぐ死ぬんだ。関係ないだろ」

 「ちょっとー、アンタ本当に咲元豊さん? 本物なら早くタラップの所からこっちに向かって来て下さいよ?」

 「な、えぇ? ちょ、どういう事だ?」


 自称咲元豊は僕の言葉に酷く狼狽えている様子だ。


 咲元豊と無線をやり取りしている間に、走ってこちらに向かって来ている兵隊達が到着し始めた。


 「ちょっとアンタんところの兵隊の増援が到着し始めたから、少し待って貰っていいすか?」

 「な、少しって、ちょっ――」


 何か喋っているみたいだったのだがさっさと無線を切った。

 悠長に車の助手席のシートに座りながら無線を交信していたので、よっこらしょと重い腰を上げる。

 先程の戦いで手もとに溜めていた雷を結構使ったけど、殆ど減っていなかったので溜め直さずにそのまま殲滅を開始する。

 銃を構えながら向かってくる兵隊を千切っては投げ、千切っては投げ、というような大立ち回りではなく、敵がこちらを認識する前に【放電】で始末していくだけの簡単なお仕事。

 いやー、魔法って便利だよねー! 無敵だよねー!

 結局一発の銃声も響く事なく、走ってこちらに向かって来ていた三十人くらいの増援の兵隊を黙らせた。

 

 潜伏していた密偵のイヌが精々五十人がいいところと言っていたので、殆ど倒してしまったのではと思い、早速マップで確認してみると、タラップの所にいる咲元豊なるおかしな人物、百人くらい居る謎の集団の所に居る恐らく見張りと思われる人物が二人、そして四ツ橋誠とその周辺に数人しか残っていなかった。

 増援の兵隊を黙らせたその足で、咲元豊なる人物の所へと向かう。

 タラップの所では数台の高級車と大型のバンが止まっており、そのすぐ脇でトランシーバーに向かって大声で叫んでいる男がいる。


 「おい、返事をしろ! くそ、一体どうなっていやがる。ま、まさか全滅……?」


 一瞬で男の元へと間合いを詰め、背後を取り掌を男の背中に添える。


 「動くな」

 「……な、なに――」


 少し動きそうな気配がしたので最小限の【放電】を放つ。


 「ぐっ……」


 男は一瞬ビクンと衝撃を受け、手に持っていたトランシーバーを足もとへ落とした。


 「動くなと言ったすよね? 咲元豊さん。そのままゆっくりと両手を上げて」

 「……さっきの無線の奴か」


 咲元は両手を軽く上げ、背を向けたまま答える。


 「で? 咲元さんは一体何がしたかったんすか? 殺しに行くから待ってろとか言いながら、ここから全然動いてなかったみたいすけれど?」

 「……」


 言わないか、ならちょっと脅してみるか。


 「何も言わないなら海の藻屑というヤツになって貰いますけどいいすか?」


 この男は僕の戦いを一切見ていないので、全員殺して来たと思っているだろうし、このセリフがハッタリだとは思わない……と思う。

 掌をグッと強めに背中に押し付けてやる。


 「ま、待ってくれ! 分かった、分かったよ! 話すから殺さないでくれ!」


 あれ、意外と簡単に話すんだな。

 もうちょっと粘るかと思ったのに。


 「さっきの無線は恐らくボスも聞いているはずなんだ。だから俺の名前を売ろうとして無線で名前を出したんだよ!」

 「へ? いくら名前を出してもアンタがここに居ちゃ、名前なんか売れないでしょうが」

 「んな事は分かってるんだよ。でも兄貴が居たんだ」

 「兄貴?」

 「ああ、お前が増援が到着したから待ってろって言ってから、何人もお前の所に来ただろーが。その中に俺の兄貴が居たんだよ」

 「それとアンタの名前が売れるのと何の関係があるんだ?」

 「兄貴は言っていたんだ、『もし俺が仕留めた場合はお前が仕留めた事にして手柄をお前にやる』って。俺は新米でビビりで戦闘はサッパリ向いてないけれどよ、兄貴は違う。この部隊の中でもトップクラスの実力者だ、負けるはずがないって。それがお前なんかに殺されてしまって……」


 成程、そういう事ね。

 だからあんなに自信たっぷりに言い切っていたのか。

 でもトップクラスの実力者とか言われても、僕からしてみれば簡単なお仕事の作業の一部でしかありませんでしたごめんなさい。


 「それで、何でこんな下っ端の無線なんかを、ボスが聞いているんだ?」

 「く、堂々と下っ端とか言いやがって。……まぁあれだ、ボスはこういうのが趣味なんだ」

 「は? こういうのとは?」

 「俺も新米だから詳しくは知らないが、兄貴から聞いていた話によると、ボスはヤバイ物を手に入れたという情報を、故意に裏で流すらしい。そうすればお前のような密偵や潜入捜査官が忍び込んで来るだろ? そいつらを自分の手駒を使って殺すのを見るのが趣味なんだと」


 うぎゃー! 悪趣味過ぎるだろそれ!

 しかし黒い噂が絶えないというのはそういう事か、わざと流しているんだな。

 そして潜入捜査官を全て始末してきたから自分が捕まる事もないのか。

 まぁそれでも撃ち漏らした奴はコネを使って揉み消しているんだろうな。


 「しかも今回相当ヤバイ奴が侵入してくるという情報が事前に入っていた、まぁ恐らくお前の事なんだろうが、それでボスは楽しめそうだという事で、わざわざこんな所まで自分の足で見に来たという訳だ」


 成程、密偵だったサルは僕が今日ここに来るという情報を売っていたという事か。


 「それでボスは今回ヤバイ奴が潜入してくるという事で、自分も相当ヤバイ手駒を用意しているらしい。だからそいつら手駒の強さが見たいが為に、外に配置する兵隊の数を最小限まで減らしたそうだ」


 それで数百人集めれる兵隊が五十人くらいしか居なかったのか。


 「そ、それで俺は助けて貰えるんだよな?」

 「ああ、お前の兄貴と同じ運命を辿って貰う」

 「な、なんで! それじゃ話が違――!!!!」

 「暫く寝てて頂戴」


 兄貴と同じく【放電】で気持ちよく眠らせてやった。


 

 「雪乃さん、今までの話聞いてたすよね?」

 「勿論だ、戦闘も全部見ていたが、やはりタケルの能力だと人間相手では物足りんみたいだな」

 「そうなんすよ、途中から緊張感が抜けてしまって」

 「でも油断はしない事だ、気を引き締めろよ」

 「了解っす、それで四ツ橋の事なんすけれど」

 「ああ、とんでもない奴だな」

 「ええ、僕も四ツ橋誠という人物がどういう奴か大体分かったすよ。……雪乃さんをこんな奴に嫁がせるわけにはいかないっすね」

 「ふ、ふぇ? タッ、タケルー! それはタケルが貰ってくれるという意味で取っていいんだよなー!」

 「あー、今のセリフはおかしいすね。うん、悪い奴に嫁いだら雪乃さんが可哀相っていう意味っす」

 「く、タケルはそうやって私を弄ぶんだな」

 「何言ってんすか、そんな事しないすよ。それでどうやら四ツ橋はヤバイ手駒を用意して待っているみたいすけれど、作戦続行でいいすよね?」

 「少々危険な気もするがタケルに任せる事にするよ」

 「了解。こんなとんでもない奴を野放しにはしておけないすよ、僕がぶっ飛ばして来ます」

 「そうか、気を付けて行くんだぞ」


 雪乃さんとの交信を終え、タラップからコンテナ船へと移る。

 所謂梯子タイプのタラップではなく、細い架け橋タイプのタラップで、乗り降りの為に船から港へと坂になっている細い橋を駆け上る。

 コンテナ船のマップを詳細設定にし、まずは百人くらいが一か所に固まっている所を目指す。

 船の中が迷路みたいになっていて、地図を見ながらでも、どこを進めば最短距離になるのかさっぱり分からん。

 しかも道が細いのでスピードが出しにくい。

 途中に敵が居ない事は確認済みなので手当たり次第に突き進んだ。


 暫く薄暗いコンテナ船の内部を進んで行くと、巨大な空間にコンテナが幾つも置かれている薄暗いホールみたいな場所に出た。

 どうやらその幾つも置かれているコンテナの一つの中に、百人くらいが一か所に纏めて入れられている様子で、コンテナの扉っぽい場所に見張りの男が二人立っている。

 物陰に隠れたまま素早く【放電】を放ち、二人を無力化した後コンテナの扉っぽい場所へと近付くと、扉に鍵が掛かっている事に気付いた。

 南京錠というやつだ。

 鍵を探す為見張りの二人をゴソゴソと漁ってみたのだが見付からなかった。

 しょーがねー、力ずくで開けるか。

 とりあえずコンコンと扉をノックをしてみた。


 「……」


 ん? 動けなくされているのか、それとも寝ているのか?

 もう一度コンコンとノックをしてみる。


 『……なんですか』


 中から微かに弱々しい女性の声が聞こえた。


 『今からこの扉を強引に開けようと思うのですが、扉の周りから少し離れて貰う事は出来ますか?』

 『……何の用ですか』


 警戒されているな……。


 『一応助けに来たんすよ』

 『……分かりました。……では今から開けて貰っていいですか?』


 女性はかなり警戒している様子で言葉の節々から敵意が感じられる。

 しかも扉を開けた瞬間に飛び掛かってくる女性の姿が未来予知スキルでハッキリと見えている。


 『……あの、本当に助けに来たんすよ。いきなり飛び掛かって来るのとか止めて貰っていいすかね?』

 『は、えぇ、ええ、勿論そのような事は……あの、……その』


 女性はいきなり自分の不意打ちを見破られてしまい動揺しているみたいだ。

 その隙に南京錠を力任せにバキンと引き千切り横にポイっと投げ捨てた。


 『開けますよー』


 重い扉をギィーと開けた。

 扉を開けてすぐの所に立っていた女性は、今までかなり薄暗い中で過ごしていた様子で若干眩しそうにはしたものの、コンテナの外も大した明るさではなく、すぐに視界は回復したみたいだ。

 しかし女性の後ろ、コンテナの中は酷い有りさまだった。

 百人くらいの子供が足の踏み場もないくらいに押し込められていた。

 排泄などもコンテナの中で済ましているらしく、臭いもかなりキツイ。

 衛生面での心配もあるのだが、中には衰弱しきっていて急がないと危険な状況の子供も何人かいるみたいだ。


 『あ、あの、あなたは――』

 『スイマセン、急いで体調が悪い子供を僕の所へ順番に連れて来て貰えませんか』

 『? 分かりました。しかし一体何を――』

 『急いで下さい!』

 『は、はい、すいません』


 僕の深刻な声質で理解してくれたのか、女性は慌ててコンテナの奥へと駆けて行った。

 その間、動ける子供はゆっくりとコンテナの外に出て来ており、危ないから遠くへは行くなよーと注意しておく。

 しかし子供達は皆遠くへ行く元気すらなく、コンテナから出て来てその場に座り込んでしまう子が殆どだった。

 食事も満足に与えられていなかったのか、皆痩せ細っており表情もどこか虚ろである。

 僕はその間にアクティブスキル『隠蔽強化』を掛け、近くにいる子供たちに片っ端から【キュアヒール】と【ヒール】を掛けて行く。

 【シャイニングオーラ】を使わなかったのは、あまり元気になり過ぎて子供達に動き回られても困る……と思ったのだが、子供達には【キュアヒール】と【ヒール】で十分だったみたいで、回復した子供達の表情がみるみるうちに良くなった。

 するとコンテナの奥に駆けて行った女性が小さな子供を抱き抱えてコンテナから出て来た。

 あまりに酷い状態の子供を前に一瞬目を背けたくなるのを堪え、女性に子供を抱えたままの状態でいて貰う。

 これでも助かるのかな……。

 一度、大きく深呼吸してから唱える

 「【シャイニングオーラ】」


 その瞬間、今にも永遠に閉じてしまいそうであった子供の両の瞼がパチッと大きく開き、顔色もグングン良くなっていく。


 子供を抱き抱えている女性は、目の前で起こっている状況きせきに頭がついて来ていない様子で、オロオロしながら僕と子供を交互に見つめている。


『え、あの、これは一体どういう事――』


 未だに事態が整理出来ていない女性にも【キュアヒール】と【ヒール】を掛ける。


 『……ど、どうなっているの? ち、力が――あなたは一体何者なのですか?』

 『うーん、とりあえず今見た出来事は秘密という事でお願いします』


 周りにいる子供達に【キュアヒール】と【ヒール】を掛けながら女性に答える。


 『それにどうして私達の村の言葉を?』

 『へ? 村の言葉? あれ?』


 い、いつから日本語じゃなかったんだ? 自分ではずっと日本語感覚で話していたのに。

 その後、魔法と言葉の事を誤魔化すかのように、急いで他の危険な状態の子供もお願いしますと伝えて、何人かコンテナの奥から女性に連れて来て貰い、【シャイニングオーラ】を唱えた。

 危険な状態の子供の回復を全て終えた後、女性の頭上に緑の!マーク、クエスト依頼のアイコンが出ているので内容を確かめてみる。


 クエスト内容

  ・私達を全員助けて下さい!


 クエストの依頼者 

  ・村の女性


 クエスト成功条件

  ・女性と子供達全員の保護


 クエスト失敗条件

  ・女性、もしくは子供達の誰かが犠牲になる


 クエスト報酬

  ・EXP

  ・真実の言葉


 クエスト難易度

  ・☆☆☆☆☆☆


 クエスト受諾条件

  ・本日限り有効


 とりあえず雪乃さんに相談してみよう。


 『スイマセン、ちょっとだけ待ってて貰えますか?』

 『ええ、それは構いませんが……』

 「雪乃さん、今の状況見てたすよね」

 「ああ、見ていたぞ、酷い状況だったな」

 「はい、それでクエスト依頼を出していたのは今の女性でした」

 「そうか、で、内容の方は?」

 「今の女性達全員の保護だったんすけど、どうすればいいすか?」

 「そうだな、警察……は今はまだ不味いな」

 「どうしてっすか?」

 「ああ、四ツ橋は事件を揉み消す事が出来るという事は何となく分かっていると思うが、警察の上層部に余程のツテがあるのだろう。今警察に連絡すると子供達の安全を保障出来ないかもしれん。通報するのは四ツ橋本人を押さえてからにしよう」

 「な、成程、では雪乃さんの方で回収チームを回して貰っていいすか? 今なら敵はいませんので非武装のチームでいいっすよ」

 「そうだな、今から部隊を派遣しよう」


 んん? 部隊って、会社にそんな物あるの? 本当に普通の会社だよな?


 「それでクエスト報酬に気になる物があったんすけど」

 「何だ? ……ま、まさかさっきの女の――」

 「何言ってんすか、雪乃さんじゃあるまいし」

 「こ、こら、タケル! その話はここでするんじゃない」


 あ、しまった。

 言っちゃった。……まぁいいか。

 一応会社には雪乃さんのクエストの事は秘密にしてある。

 まぁ会社としてはどうしても雪乃さんに残って貰わないといけないわけで、今回の作戦にも何も言って来なかったみたいだ。

 雪乃さんに会社に残って貰えるのなら少々の事は……という事なのだろう。

 

 「クエスト報酬に『真実の言葉』というのがあるんすけど、どういう事か分かるすか?」

 「うーん、真実の言葉ねぇ……、今は何も分からんが考えておこう」

 「了解っす、では今から全員を引き連れてタラップを降りた所で待機させておくっす。あと、大量の食糧も持って来て貰っていいすか?」

 「そうだな。全員腹ペコみたいだったからな。流動食や簡易食料を積んで行くようにと伝えておくよ。近くに待機させてあるので部隊は十五分も掛からずに到着するだろう。その後に食料を届けさせるよ」

 「では今から向かいます」

 「気を付けてな」


 雪乃さんとの交信を終え子供達の方を見ると、魔法で体力が回復したのはいいのだが、非常にうるさい。

 そりゃ百人くらいの子供が集まっているんだ、静かなわけがない。

 殆どが小学生くらいで、幼稚園児くらいなのは十人いるかどうか。


 あとはクエストを出している、唯一の大人の女性なのだが、よくよく見るとかなり美人さんだった。

 東南アジア系の少し褐色の肌で二十歳くらいのナイスバディーなお姉さんだ。

 艶やかな腰の辺りまで伸びた黒髪が、手入れなんて出来ていないはずなのに、どれだけ動いてもサラサラと纏まる光景は、どこかテレビCMでも見ている気分になる。

 背丈は周りが子供ばかりなので大きく見えてしまうのだが、実際は百六十センチもないのだろう。

 お姉さんが優しそうな笑顔で周りの子供達と接する姿を見ていると、何だか凄く心が癒される。

 しかしお姉さんは白のTシャツを着ているのだが、その、ブラジャー的な物を着けていないご様子なわけで……まぁあれだ、若干透けてるというかなんというか……。

 モゴモゴしていると、問題のお姉さんが近寄って来た。


 『あの、それでこれからどうすれば良いのでしょうか?』

 『あああ、そ、そうすね、みんなで一緒に外に出ます。もうすぐ迎えが来るのでそこまで一緒に行きましょう。食べ物も用意して貰うように言ってありますよ』


 やべー! 視線がどうしても下に落ちてしまう! でも大丈夫、ヘッドギアのお陰で視線には気付かれていないはずだ。


 『腹減ったー』『お腹すいた』『仮面の兄ちゃん!』『お腹、減った…』『スケベ』『仮面の変態』『ご飯まだー?』


 殆どの子供が口々にお腹減ったと言っている中、何人かが僕の視線に気付いていた。

 何故バレた? スキル持ちでもいるのか? というか仮面の変態は酷くない? 


 『で、では皆さん僕に着いて来て下さい!』


 ……しかし誰もついて来ない。

 何故だ、ヘッドギアの風貌が怪し過ぎるからか?


 『みんなー、このお兄さんが助けてくれるって! ご飯も用意してくれるみたいよー!』

 『『『『やったー! ご飯だー!』』』』


 お姉さんが声を上げると子供達が皆着いて来てくれた。

 お姉さん子供の扱い方上手だなぁ。

 その後僕が先頭を歩き、全員で歩いて外のタラップを目指す。

 お姉さんが列の一番後ろを歩き、誰も途中で逸れたりしないかチェックしているみたいだ。

 凄いな、学校の先生でもしているのかな?


 『みんなー! もう少しで外に出られるわよー!』


 お姉さんは道中でも子供達に声を掛け、皆を元気付けながら歩いていた。

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