第10話


 雪乃さんが仮想空間こっちに戻って来るまで練習を続ける。

 僕にも出来そうな技を練習していたのだが、それがもう少しで完成しそうなのだ。


 「すいません馬場さん、いつもと同様に縛られていないミノタウロスをお願いします」

 「承知致しました。くれぐれもお気を付け下さいませ」


 馬場さんの言葉の直後、ヒュンという音と共にミノタウロスが僕のすぐ傍に姿を現す。

 縛られている時とは違い、その両手には大斧が握られている。

 八メートル級のミノタウロスが、自身より大きな大斧を持っている姿は実に圧巻である。


 「グモォー!」


 ミノタウロスは少し辺りを見渡し僕を見つけると、耳を劈く雄叫びと共に突進して来た。


 「流石脳筋キャラだな」


 突進しながらミノタウロスが大斧を振り下ろして来たので、間合いを詰めつつ体を横に振り、ギリギリで躱してから懐へと潜り込む。

 先程僕が立っていた場所には、巨大な大斧が轟音を立てて地面に突き刺さる。

 当たったら痛そうだなーとその状況を眺めながら、見事なシックスパックに割れたミノタウロスの腹筋へと一撃を加えるべく、強く拳を握り込んでジャンプする。


 「さて、一発目から上手くいくかなー?」








 「健様、ただ今よりボスをそちらに転送致します」


 暫くミノタウロス相手に開発中の技を練習していると、馬場さんのアナウンスの直後、ヒュンと音を発しながら雪乃さんが現れた。


 「待たせたなタケル」

 「全っ然待ってないすよ。練習していたらあっという間に時間が過ぎてたっす」

 「……ちょっとくらいは私の事を待っていたとか言えよ! 全っ然とか溜めて言うな」

 「何わけの分からない事言ってんすか。それで、どうだったんすか?」

 「ちっ、まあいい。その事だが予想通りだった。見合い相手の会社は黒も黒。真っ黒けっけだったよ」

 「そんなに酷かったんすか?」

 「ああ、ちょっと密偵が調べただけで出て来る出て来る。犯罪の巣窟みたいな場所だったよ」

 「でも逆におかしくないすか? そんなに簡単に出て来るならどうして今まで捕まったりしないんすか?」


 そんなに酷い会社なら、すぐに御用になりそうな気もするけど。


 「揉み消す事の出来る、何か大きなコネを持っているのだろう」

 「コネすか、嫌な言葉すね」

 「カネもコネも私達には関係ないだろ?」

 「血祀るんすね」


 雪乃さんのメガネの奥の瞳を見てニヤリと笑う。


 「違うぞタケル、派手に血祀るのだ」


 雪乃さんも僕の目を見てニヤリと笑う。

 その後雪乃さんとログアウトし、研究室で作戦会議が始まった。

 どうやら今回、東南アジア経由で見合い相手の会社の大型船が到着するらしいのだが、その大型船にはヤバイ物がタンマリと詰め込まれているらしい。

 潜入した密偵の情報では明日の夜にその船が港に到着し、見合い相手も現場に確認に来るらしいので、そこを押さえようという事だ。


 「今回タケルにはこいつを装着して乗り込んでもらう」


 後ろからサポートチームの男性が見覚えのある物を持って来た。

 ショッキングピンクのOOLHGだ。


 「ちょ、なんでOOLHGすか?」

 「これはOOLHGとは違うぞ? OOLHGを改良して作った物で、タケルがこれを装着していればこちらとの指示がやり取り出来て、更にタケルの視界もこちらで確認出来るようになる。後、やはり素顔のままというのはマズイだろうと思ってな」

 

 確かに素顔のままや〇ざと戦闘とか絶対に嫌だ……。


 「更にこんな物も作っておいたぞ、耐衝撃スーツだ」


 サポートチームの男性に手渡された物を広げてみる。

 ショッキングピンクの全身タイツだった。


 「普通の色にして、上から服を着られるようにしてくれないと絶対に着ないです」

 「正義のヒーローみたいでカッコイイではないか」


 戦隊モノじゃねーんだよ。

 あと、何故僕がピンクの役なんだ?

 こんな恥ずかしい物を着させられては困るので、絶対に着ないですと念を押すと、我が儘だとか何とか言いながらも明日までに直しておくとの事だった。


 「雪乃さん」

 「なんだタケル?」

 「雪乃さんのクエスト、必ずクリアして見せますよ」

 「……ああ、タケルには私の今後の全てを任せるぞ」

 「いや、それは重いっす」

 「なんでだよ! そこは素直にハイでいいだろ!」


 そんなやり取りをして少し空気が和んだ後、僕は雪乃さんのクエストを受けた。

 視界の隅には、クエストを受け付けました! の文字が出る。

 失敗してしまえば雪乃さんが強制的に結婚させられ、エンテンドウ・サニー社を退社させられる。

 僕は雪乃さんのサポートを受けられなくなり、他の社員では雪乃さんの頭脳には付いていけないのでフォローが出来ず、最終的には生命の危機に直面する事になる。

 最高難易度の☆10個で、この事件が上手く解決出来たとしても、雪乃さんのお母さんの説得というのも残っている。

 でもまずは明日だ。

 無事に終わればいいけれどなぁ……。


 その後もう一度雪乃さんと仮想空間へと向かい、明日の最終調整をしてから家まで車で送って貰った。



 

 翌日、お昼前にサポートチームのバンが迎えに来てくれて、問題の船が到着するらしい港から少し離れた、郊外の大きな駐車場へと連れて行かれた。

 その駐車場には大型トレーラーが四台止まっていて、見た目ではエンテンドウ・サニー社のゲーム体験フェアみたいになっており、ゲリラ的に開催したにも関わらず、大勢のお客さんで溢れていた。

 何でもネットで情報規制されているOPEN OF LIFEの事を少し載せ、数台の販売があるかも? と告知しただけらしいのだが、それでもこれだけの人が集まるというのだから人気の高さ、情報の少なさを改めて知る事となった。

 バンで会場の裏手へと連れられてトレーラーの中へ通されると、そこはF1チームが使っているモーターホームみたいになっていた。

 その内の一室へと案内されると雪乃さんと数名のスタッフが既に待機していた。

 所狭しと見た事もない機械や透明なスクリーンが並べられたやや薄暗いこの部屋が、どうやら今回の作戦本部みたいだ。


 「待っていたぞタケル」


 雪乃さんの横の机の上には、タバコの吸い殻が山盛りに刺さった灰皿が置かれている。


 「なんだか凄い事になってるすね、外も凄い人すよ」

 「ああ、ネットにOPEN OF LIFEの限定装備をダウンロード出来ると告知しておいたからな。まだまだ集まって来るぞ」


 それでこんなにも人が集まっているのか。


 「我々のトレーラーが数台集まっていても不自然に見えないだろ? カモフラージュの為に急遽開催したのだ」


 限定装備か。どんなのかな? 

 ふと雪乃さんの立っているすぐ近くの机の上に視線を向ける。

 黒い物体が二つ置いてある。


 「気付いたか。それはタケルの注文通り色を変えた昨日の耐衝撃スーツと、見た目と色を変えたOOLHGだ。よく考えたら見た目がOOLHGのままだと我々が関与していると疑われるかもしれんからな」


 何事にも慎重にという事だな。

 まぁ目撃者を逃すつもりなんて更々ないけどね。


 「このままここで待機しながら、斥候隊から問題の船の到着、見合い相手の到着の連絡を待つ事にする。それまで作戦会議だ」

 「了解っす。僕も色々と確認したい事がありますので……」




 それから数時間後、問題の大型船が到着したという斥候隊からの連絡が入る。

 そして更に時間が経ち、辺りが完全に暗くなった頃、雪乃さんの見合い相手も到着して船の中へと入って行ったと連絡が入り、作戦本部が一気に慌ただしく動き出す。

 相手の護衛の状況、人数等の連絡を交換しており、無線からは緊張感が漂っている。


 「いよいよだタケル。くれぐれも無茶だけはしないでくれよ」

 「分かってますって」


 黒色の耐衝撃スーツを着ながら全身の動き易さをチェックする。

 腕を伸ばしたり屈伸運動をしたりしてみたけれど、特に動きに制限はなさそうだ。

 更にその上から普通の服を着た状態で動いてみる。

 うーん、若干ゴワゴワする感じがして動き辛いな……。

 しかし全身タイツ姿でウロウロするのは絶対嫌だし、このくらいは我慢するか。

 そして改良型OOLHGを装着する。


 「よし、スイッチを入れるぞ」


 雪乃さんが改良型OOLHGの側面に付けられた電源スイッチを入れる。

 キュイーンという音の後に、この改良型OOLHGの性能が明らかになった。


 「どうだ? 違和感はないか?」


 ……違和感どころか、装着感が全くないんですけど?


 「す、凄いっす、一体どうなってんすかこれ?」


 視界は何も遮る事なくクリアに見えるし、装着感はしいて挙げるなら顔全体を薄っすらと膜が張っている感じかな、というくらいしか感覚がない。

 手で頭を触ってみると、手には確かにOOLHGを装着している感触はあるのだが。


 「フフフ、私は大天才だと言っただろう、これくらいの事で驚くんじゃない。耐衝撃性能もあるから弾丸くらいなら軽く跳ね返すぞ」


 しかしいつもならこの辺りで調子に乗り始める雪乃さんが今日はやけに大人しい。

 大人しいどころかそのメガネの奥の瞳からは不安と心配が溢れている。

 なんだか調子狂うなぁ。


 「そんな顔しなくても大丈夫ですって。僕は雪乃さんの一番弟子すよ?」

 「……そ、そうだな」

 「雪乃さんが作ったOPEN OF LIFEの世界のステータス、スキル、魔法をこの現実リアルで使えるただひとりの人間すよ? 怪我なんかするわけないじゃないすか」

 「……そんな言い方すると死亡フラグみたいだろ」


 雪乃さんが軽く笑みを浮かべながら冗談を言ってくる。


 「フラグはへし折る為にあるんすよ、知らないんすか?」

 「そうだな、気を……付けてな」

 「はい、行ってきます。すぐ帰って来るんで珈琲淹れといて貰っていいすか?」

 「はは、分かった。冷めないうちに帰って来いよ」


 作戦本部の外まで送って行こうとしてくれた雪乃さんとスタッフを手で制し、ちょっとコンビニでも行ってくる! くらいの感覚で手を振る。


 ひとりで作戦本部を後にし、モーターホームの外に出た。 



 

 モーターホームの外に出ると、数名のエンテンドウ・サニー社のスタッフさん以外、一般の人達はいなかった。

 正確には一般車の中には数名留まっている人達が居たみたいだが、みんなOOLHGを装着してリラックスした状態なので、どうやら早速ダイブしている様子だ。

 何名か集まってダイブしている人達もおり、恐らくゲーム内でのパーティーメンバーで集まってダイブしているのだろう。

 う、羨ましい。

 僕もそんな事してみたい。


 「聞こえるかタケル? こちらは視界良好だぞ」


 楽しそうな状況を眺めながら目的地に向かってゆっくりと走っていると、雪乃さんの声が入って来た。

 改良型OOLHGを装着してるの忘れてて、声が急に聞こえてちょっとびっくりした。


 「ええ、聞こえてますよ」

 「どうした、やけにゆっくり走っているではないか」

 「もしかしたらまだ誰かに見られているかもしれないのでゆっくり走っているだけすよ、もう少しすれば楽しい視界が提供出来ると思いますよ」

 「私はゲームの中では体験しているが現実こっちでは味わった事がないからな、楽しみにしているよ」


 辺りに誰もいない事をマップで確認し、スピードを上げる。

 目標まで数十キロ、何分掛かるかな?


 「因みに雪乃さんの見合い相手って名前何すか?」

 「四ツ橋誠よつばしまことだ。な、何だ急に、気になるのか? 私は別に奴の事なんか何とも思っていないのに――」

 「言っている意味がよく分かんないすけど、マップにターゲットを表示させる為に聞いただけすよ」

 「……」


 四ツ橋誠よつばしまことね、広域マップに表示……と、いたいた。


 「ではかっ飛ばして行きますよ」


 そう宣言して身体強化スキルから進化して得られたアクティブスキル『部分強化ブースト』で脚力を強化し、隠密スキルが進化して覚えたアクティブスキル『霧隠れ』で、僕の存在を周りの人に認識されないようにする。

 各種ステータス上昇スキルに加え、移動速度上昇LV10、身体強化LV10、音速スキルから進化した神速スキルLV2を『部分強化ブースト』で更に底上げしたスピードは圧巻である。

 暗視スキルのおかげで暗い山の中であろうがお構いなく進めるし、反射速度上昇LV10から進化した神反射LV2の効果と、未来予知スキルを駆使して障害物を難なく躱して行く。

 山道であろうが舗装道路であろうが関係なく突き進む。

 常人にこの景色を認識するのは不可能であり、全ての物が歪んで見えてしまっていると思われるが、暗がりのおかげで変わり映えのしない景色となっている。

 時折舗装道路を照らす外灯が視線の先に現れたかと思うと、次の瞬間には一筋の閃光となって消えていく。

 走っている最中に地面を蹴り上げた時に感じる、足の裏に伝わる感覚が何だかいつもと違うぞ? と気になり後ろを振り返ってみると、土煙の隙間から見える僕が走った場所は、衝撃に耐え切れずに地面がボロボロに捲(めく)れ上がってしまっているみたいだ。


 「す、凄いぞタケルー! 凄いスピードだ、ふははー!」


 僕の見えている視界は雪乃さん達サポートチームの皆も見ているみたいで、おおー! という歓声をマイクが拾っている。

 途中大きなイノシシが居たので、傷つけないように優しくイノシシの背中に手を添るように突き、跳び箱の要領でタン! と飛び越える。


 ……軽く二百メートルくらいジャンプした。


 こ、怖ぇー! 空飛んじゃったよ僕! で、でも楽しー!

 スリルを楽しめるようになって来たところで、お馴染みの音が頭の中で響く。


 ピコーン!

 ・移動速度上昇スキルが進化してアクティブスキル『瞬間移動』LV1を習得しました!


 文字を視界の端に確認し、慌てて急ブレーキを掛ける。

 バリバリバリと両足で地面を削り、土埃を上げながらやっとの事で停止する。

 山道で停止したから良かったけど、道路だったら大変な事になっていたな。


 「ゆ、雪乃さん、瞬間移動スキルが手に入りました」

 「へ? なんで今頃? ってそうか、タケルは殆どの移動をサポートチームの車でしていたから、移動速度上昇スキルを殆ど使っていなかったのだな」

 「……あ、確かにそうすね」


 ほぼ毎日送り迎え付きの生活をしていた気がするな……。

 庶民のくせに何と贅沢な。

 もっと体使わないと、せっかくの超絶バディーが勿体ない!


 しかし瞬間移動か……ますます化け物になって来たな。

 とりあえず使い方を確認してみるかな。

 えーと、覚えたてのLV1で移動出来るのは自分だけ、移動出来る場所は行った事がある場所のみ、距離は……どのくらいだろ?

 視界にマップを再表示させ、瞬間移動出来る場所を確かめてみる。

 この辺りには来た事がないので、今走って来た道が一直線に瞬間移動可能エリアに指定されている。

 距離的には約一キロが今のところ限界みたいだな。

 よし、一度使ってみるか。


 「雪乃さん、一度瞬間移動を使って今来た道を一キロ程戻ってみます」

 「ん? ああ、分かった。一度使っておいた方がいいからな」

 「行きます」


 マップで瞬間移動出来る最長の場所を指定し、アクティブスキル『瞬間移動』を使用する。

 瞬き程の感覚で目の前の視界が変化していた。

 使用したのは山の中だったのに、今、目の前約十五メートルのところに一般道が見えているという事は瞬間移動が成功したのだろう。

 しかし本当に瞬間過ぎて移動した感覚が全くないのだが……。


 「「「おおおーーー!」」」


 スピーカーの向こうから歓声が聞こえているという事はちゃんと移動出来ているのだろう。


 「戻ります」


 もう一度先程瞬間移動した地点へと戻る。

 やはり瞬き程の感覚で視界が瞬間移動する前の景色へと変わった。


  


 「こりゃー便利すね」

 「便利もそうだが今回の作戦の安全性も更に上がったな」

 「もし危なくなっても逃げられますしね」


 そんな場面が来るかどうかは別として。


 「もう珈琲を淹れ始めた方がいいかもな!」

 「いやいや、雪乃さん。流石にそれは早いで――す、すいません、本当に淹れて貰っていいすか?」

 「何だ? 何か問題でもあったのか?」

 「……靴がないっす」


 やけに足もとがスースーするなぁと思い、視線を落としてみると履いていた靴がなくなっていた。

 恐らく走る衝撃に耐えられずに途中で消し飛んでしまったのだろう……。

 僕は瞬間移動を数回繰り返し、作戦本部へと帰還した。


 「……確かに冷めないうちに帰って来いよとは言ったが、本当に冷めないうちに帰って来るな」

 「スイマセン」


 テーブルの上に用意されていた珈琲を啜りながら謝っておく。


 「現場の近くに着くまで靴は履くな」

 「りょ、了解す。もう少しのところまで来ているのでペースも落として行くっす」


 珈琲も飲み終わり靴を受け取ってから、再び瞬間移動を使おうとすると雪乃さんに止められた。


 「し、しかしタケルも瞬間移動を覚えたのだから、い、いつでも私に会いに来られるよなー」

 「……移動距離の制限があるから街中で使えないすよ。じゃあ今度こそ行ってきます」

 「へ、あ、ちょ、ちょっ――」


 雪乃さんがまだ何か言っていたみたいだが、どうせまたどうでもいい事だろうと思い、改良型OOLHGを装着し直してから瞬間移動を繰り返して元の場所まで戻った。

 ここから目的地までは数キロしかないので慎重に行く事にする。

 もう港まで近いので山道ではなく、潮の香りが漂う港町を進んでいる。


 「タケル、その近くに味方の斥候隊が潜んでいるはずだ」


 索敵スキルで見張りが居ないかを確認しながら目標に近付くと、雪乃さんから連絡が入った。

 マップで確認すると百メートル位進んだ建物のに二階に三人の人影が記されている。


 しかし、少し気になる事があるので雪乃さんに聞いてみる。


 「雪乃さん、斥候隊って何人すか?」

 「ちょっと待てよ……分かった。三人だそうだ」


 三人で合ってるのか。


 「因みに三人の名前って分かりますか?」

 「なんだ? 信用出来る奴らだと聞いているが名前は……サル、イヌ、キジだそうだ」


 えらく和風なコードネームだな……。

 雪乃さんの事だからアルコール名かと思ったが違ったか。


 「了解っす、今から接触します」

 「ああ、こちらからも斥候隊に連絡を入れておく、気を付けてな」


 無線を終え、アクティブスキル『霧隠れ』を掛け直してから斥候隊に接近する。

 二階建ての古いアパートが潜入先のようで、ここから港に出入りしていたみたいだ。

 静かに三人が潜んでいる部屋の前まで近付いて行き、ドアをノックする。


 コン、コン。


 「……誰だ」


 ドアは閉まったまま、男性の声だけがドア越しに聞こえて来た。


 「タケルです、連絡が行ってると思います」

 「……入れ」


 用心深くドアは少しの隙間だけが開けられ、一人の男に部屋の奥へと進むように促された。

 古いアパートの一室で間取りは2Kというごくごく平凡な造りではあるが、家具や寝具のような物は一切なく、この部屋には不釣り合いなホワイトボードや無線機、ノートパソコンや望遠鏡、双眼鏡といった各種装備が並べられている。

 恐らく撤収準備をしていたのだろう、ゴミも一か所に纏められている。

 部屋の奥には軽装の男女が立っており、とても戦闘が出来そうにない雰囲気を出している。

 この二人は斥候といっても偵察がメインなのだろう。

 しかし先程僕を案内してくれた男は違う。

 間違いなく格闘に特化した体格で、身に付けられている装備も日本とは思えない物だ。


 「タケルさん、早く来てくれて助かったよ。こっちは――」


 筋肉ダルマが話し始めたところを掌で制す。


 「あの、話す前に三人のお名前を聞かせて貰っていいすか?」

 「ああ済まない、俺はイヌだ」


 筋肉ダルマが答える。


 「僕はサルです」


 軽装の非戦闘員男が答える。


 「私はキジよ」


 サルの隣に立つ、軽装の非戦闘員女が答える。

 うん、間違いない、全員合ってる。


 「確認は済んだか? それで――」


 筋肉ダルマが再び話し始めたところをまた掌で制する。


 「は? 今度は何――」


 筋肉ダルマが疑問に思っているところを無視して、『隠蔽強化』を掛けた後、【放電】を非戦闘員男サルに向かって有無を言わさずぶっ放す。


 「!!!!」


 非戦闘員男サルが声を出す事なくぶっ倒れる。

 勿論威力は最小限に抑えてある。


 「な? テ、テメー! 何しや――」


 筋肉ダルマが僕に向かって詰め寄ろうとしたので、今一度掌で動きを制してから理由を話す事にする。 


 「この男は間違いなくスパイなんです」

 「は? 何言ってやがる! んなわきゃねーだろ!」

 「雪乃さん、聞こえてるすか? サルという奴は敵すよ」

 「……索敵スキルか」

 「そうっす、三人の内一人だけが敵表示されてたんすよ。ただ、もしかしたら間違いかもしれないので、名前も確認しましたがサル本人で間違いないみたいすね」


 イヌとキジの二人は一体何が起こっているのか、状況が飲み込めていない様子だったので軽く説明してあげた。


 …… ……


 「……しかし、上からは化け物が来ると聞いていたのだが、実際現れたのは変なヘルメット被ったヒョロい奴だったのでおかしいと思ったのだが、本物の化け物だったとはな」


 筋肉ダルマのイヌは、サルをロープで縛りあげながら呆れ果てている。


 「誰が化け物なんすか」

 「私は聞いた事があるわよ? なんでも最近ボスのところへ毎日通っている可愛らしい子が居るって。ボスからは何があっても絶対に手を出すなとお触れが出ていると。勿論手を出すなというのは暴力という事じゃなくてよ? あのボスがメロメロらしいからどんな可愛らしい子が来るのか楽しみにしていたのに、まさか被り物をしているとは残念ね」

 「……雪乃さん? 会社で何言ってんすか」

 「う、ぐ、た、タケルに悪い虫が付かないようにと、タケルの為を思ってだなぁ……」


 雪乃さんはしどろもどろで言いわけをしている。

 僕、会社で何か色々言われてそうだな……。 

 

 雪乃さんは未だにあーだこーだと言いわけをしているのだが今は無視しておく。

 非戦闘員の女、キジは僕の顔を何とかして確認したいのか、何やら下からヘッドギアの中を必死に覗き込んでいる。

 見えないと分かるや否や、今度はヘッドギアと顔の間に指を突っ込んで来て――って痛てて、止めて貰っていいかな?


 背は女性にしては高めの百七十センチくらいで黒髪のショートカット、年齢は鑑定スキルで確認すると二十八歳だった。

 勝手に鑑定してごめんなさい。

 良い言い方をすればスレンダー美人ではあるが、特にこれといった特徴もなく普通の女性である。

 恐らくこういう普通の女性の方が潜入とか向いているのかな? あんまり視線が集まらないもんな。


 「それでお二人に確認したい事があるんですが、サルが単独で集めた情報って何かあるんですか?」


 サルがスパイだと分かった今、情報を整理しないと罠に引っ掛かる恐れがある。

 二人に視線を向けると、密着しながらペタペタとヘッドギアを触っていたキジが少し考えた後話し始めた。


 「基本私とサルは二人一緒に行動していたのよ。サル単独でとなるとそうね……四ツ橋誠が今日ここに来る理由くらいかしら」

 「ここに来る理由とは?」

 「ええ、今回四ツ橋誠は相当ヤバイ物を手に入れたらしく、それを実際に確認に来るという事だったのよ」

 「うーん、それくらいなら別に問題ないすよ。ここに実際に来てるのは確認済みだし、来た理由は別に何でもいいし」


 ヤバイ物と四ツ橋誠がセットなら何でもいいよ。


 「その情報を持って来た時、サルが店で誰かと会っている間、私は店の外で見張りを頼まれていたのよ。恐らくその時に何らかの接触があったのだと思うわ」

 「……あの野郎。という事はこちらの動きを向こうに売っていたのかもしれないな」


 チッ! とイヌが舌打ちをしながら腕を組み、苛立ちを隠さずに答える。


 「でもそれだと変じゃない? こちらから何かあるのだと四ツ橋誠が知っているならもっと警備が強化されているはずよ? 何せ私兵団すら持っている奴だしね」

 「確かに奴なら数百人規模で兵隊を集めれるのに、今回集まっているのはいつもの取引相手である暴力団等ではなく、四ツ橋の私兵団のみで精々五十人がいいところだ」


 なんだかとんでもない奴だな四ツ橋は。


 「でもそれくらいなら多分大丈夫すよ、今日の事を理由に雪乃さんの家を強請ゆするつもりかもしれないすけど、奴は今日で終わりすから」


 「弱みを握る……か。そういう考え方も出来るな。しかしあれだけの人数本当に一人で大丈夫なのか?」


 イヌが腕を組んだまま不安げに聞いてくる。


 「問題ないすよ。多分その私兵団とやらが全員出て来ても、やろうと思えば秒殺出来るっす」

 「「…… ……」」


 二人はお互いに顔を合わせ口をポカンと開けている。


 「はは、止めましょ、止めましょ。どうやら私達の常識はこの子には通用しないみたいだし、考えるだけ馬鹿らしくなって来たわ」

 「……そうみたいだな。」


 二人に呆れられてしまった。


 「という事なんすけど雪乃さん、当初の予定通り今から四ツ橋の所に行ってきます」

 「分かった。しかし何があるか分からないから気を付けてな。それと今そちらに回収班を向かわせている。後の事はそいつらに任せろ。タケル、OOLHGの左耳の下辺りにスイッチがあると思うので、そのスイッチで音声をスピーカーに切り替えてくれないか?」

 「了解っす」


 左耳の下、左耳の下っと……あったあった、多分これだな。

 手探りで探し当てたスイッチをスライドさせて切り替える。

 視界にはスピーカーのアイコンが表示される。


 「雪乃さん、スピーカーに切り替えたすよ」

 『あー、聞こえるか? そこのキジ』

 「はい、何でしょうボス」

 『『貴様何を勝手にタケルにベタベタ触っとんじゃ、くぅるぁー! こっちに帰って来たら覚えとけ、このど阿呆が!』』


 古いアパートに雪乃さんの巻き舌の怒号が鳴り響いた。

 あまりの音量にスピーカーはガリガリに割れてしまっており、アパートの古いガラスや引き戸がガタガタ振動している。


 「ちょ、ちょっと何言ってんすか雪乃さん、落ち着いて」

 『『これが落ち着いていられるか! 私だってあんなにベタベタタケルに触った事がないのに――』』


 あまりにもうるさかったので交信をOFFにして、左耳の下のスイッチをスライドさせてスピーカーから無線へと切り替えた。

 こっちは潜伏してるんだっての。


 「……スイマセン、言い忘れてたんすけどこのヘッドギア、僕の視界の映像も作戦本部にリアルタイムで送信されているんすよ」


 申しわけなさそうに言うと、キジの顔色がみるみる蒼くなっていく……。

 そんなキジの心情を察してか、イヌがキジの肩をポンポンと叩いていた。


 「今から回収班が来るそうなので合流してください。ではイヌさん、キジさん、全てが終わってからまた会いましょう。あとキジさん、僕も一緒に雪乃さんの所に着いて行くっすから……」

 「ああ、気を付けてな」

 「頼む、本当に頼むよぉぉ……」


 イヌさんとがっちり握手をし、キジさんからはすがるように両手で握手され、僕は古いアパートを出た。

 念の為に再びアクティブスキル『霧隠れ』で気配を消し、港へと素早く移動する。

 港に近付くにつれ、一隻の巨大なコンテナ船が目に付く。


 デ、デケー! なんじゃこりゃ! こんなデカい船見た事ないぞ!

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