スペシャルエピソード くるみの場合
もうすぐ中学三年生で今年は受験だというのに、あたしには悩みが沢山ある。
まずは受験の悩み、志望校の決定だ。
家の近所にある有名進学校に進むという事も勿論考えているけど、お兄ちゃんが行くという私服OKの高校も何だか楽しそうだなーと考えている。
それをお兄ちゃんに相談したいのだけど、問題のお兄ちゃんが部屋から一切出て来ないの。
もうかれこれ二年くらいになるのかな?
どうやら容姿のせいで学校で酷い虐めにあったらしい。
あの優しいお兄ちゃんを虐めた奴って一体どんな奴よ? あたしがぶっ飛ばしてやるわよ。
部屋から出て来なくなった初めの頃は、部屋の外で話し掛けてみたりしたのだけど、一切返事をして貰えなかった。
凄いショックで泣きそうになった。
でもお兄ちゃんは学校でもっと酷い目に遭って、相当傷付いてしまったのだろうと思い、いつかまた以前のように話せる日が来るまで待とうと思った。
外から帰って来た時は、お兄ちゃんに気付いて貰う為にわざと大きめの音を立てたり、お兄ちゃんの部屋からお兄ちゃんの笑い声が聞こえてきた時には、今なら会話出来るのでは? と思い壁をノックしてみたりしたが、お兄ちゃんからは何も言って貰えなかった。
とにかく部屋から出て来て貰う為に、ドアの外で罵倒した事もあった。
心が凄く傷付いたけれど、挑発に乗ってでも出て来てくれさえすれば……と思ったのに、それでも駄目だった。
あんな心にもない事言ってごめんなさい。
お兄ちゃんが部屋から出て来なくなる少し前に、あたしは法律という物を知った。
何の法律かは今は伏せさせて貰うけど、そのお陰であたしも酷く落ち込んでいた。
もう何もかもがどうでも良くなってしまう気分だった。
その当時、ただの知り合い程度だった男達があたしを元気付ける為に、色々と気を遣ってくれていたのは正直嬉しかった。
友達とみんなで一緒にご飯に連れて行ってくれたり、誕生日パーティーを開いてくれたりもした。
そんな気遣いを受け、あたしも早く立ち直らなければいけないな、と思い始めていた。
しかし少し前からその男達の行動がおかしくなり始めた。
しかもそのおかしな行動はどんどんエスカレートしていき、もはや全く意味が分からない物となって来ている。
あたしはプレゼントが欲しいなんて一度も言った覚えはない、むしろそんな物は要らないわよ。
何度も何度も要らないって言ってるのに全然聞いてくれないし。
しかも、俺と会う時は絶対に化粧をして来いって何?
俺は縦巻きのパーマが好きだからそれ以外の髪型はするなってどういう事?
今時スカートも短くしない奴は女じゃないから、今度から絶対に短くして来いって頭おかしいの?
連絡を無視すれば、今度は友達の方に嵐のように連絡が行くらしく、迷惑を掛けてしまう。
こんな時、一体どうすればいいのよ。
助けてよ、お兄ちゃん。
お、お兄ちゃん、そうよお兄ちゃんよ。
あいつらを家の近くに呼び出して、危ないと感じれば家に逃げ込めばいいんじゃない。
そしたらお兄ちゃんが守ってくれるわよ、きっと。
……でもお兄ちゃん、喧嘩とか弱そうだけど大丈夫かしら。
でも、昔はいつでもあたしの事守ってくれたもん。
きっと今回も助けてくれるわ!
よし、そうと決まればあいつらを三人まとめて近所に呼び出してやる。
あたしに化粧やパーマ、短いスカートがどれほど似合わないか、あいつらに見せ付けてやる。
あたしにこんな格好が似合わないのがあいつらにもわかれば、二度と言って来ないでしょう。
……しかし、こんなにも似合わないものかね。
あたし、自分の事こんなに不細工になると思わなかった。
ちょっとショック……それもこれもあいつらのせいだよー、くそー。
そしてあたしは今自分の部屋のベッドで横になっている。
今日出会った王子がお兄ちゃんだったという所までは覚えているんだけど、そこから先は全く記憶にない。
お兄ちゃん。
二年ぶりに部屋から出て来て、颯爽と現れてあたしの事を助けてくれたお兄ちゃん。
ちょっと見た目が違って――ちょっとじゃないわね、だいぶ違ったけど、あのカッコイイ王子があたしのお兄ちゃん……。
ぽーーーっ
駄目駄目、法律よ、法律があるのよ。
落ち着けあたし。
そ、そうだ、お礼、お礼はしなきゃ駄目よね。
お兄ちゃん、確か甘い物大好きだったわよね?
ちょっとネットで調べてみよう……ク、クッキーか。
これくらいならあたしでも作れるかな?
しかし、お父さんとお母さんから料理禁止って言われているし……。
酷くない? 普通このくらいの年の子には、手伝いとかで料理をさせてもいいんじゃない?
それを料理禁止だなんて。
……ちょっとくらいならわからないわよね?
お母さんが帰ってくる前にチャチャっと作ってしまえばいいんじゃない。
でも普通に作っても面白くないわよね?
「どうせネットで見たレシピ通り作っただけなんだろ?」
とか言われるのも癪だし。
そうだ、どうせならこの辺にある甘い物も一緒に入れてしまえば美味しくなるんじゃないかしら?
あたしが少々味付けに失敗してもこの甘い物達がカバーしてくれるでしょう!
流石あたし、天才!
よし、みんな出掛けたみたいね。
えーっと、何があるのかしら。
ガムが三種類ブルーベリー、パイン、ミント、それにかりんとうと……ハッカ飴もあったしこれも入れれば味が引き締まるんじゃないかしら? うん、きっとそうね。
あとは……ん? これは何かしら、珈琲豆?
そう言えばお兄ちゃん珈琲大好きだったわよね? これも入れましょう、お兄ちゃんが好きな物は入れなきゃ駄目よね!
あ、これ、これも――
あれこれ入れ過ぎてしまったのか、ちょっと量が多くなってしまったわね。
でもお兄ちゃん甘い物大好きだし全部食べてくれるでしょ!
まずは一口味見を――って、待て待てあたし。
うっかりさんじゃないんだから。
一番最初にお兄ちゃんに食べて貰うんでしょうが!
その為に一生懸命作ったのに。それにしてもお兄ちゃん帰って来るの遅いわね……。
まさか、お、女? いやいや、流石に部屋から出て来て一日目で女はないでしょう。
でもあんなにカッコ良くなっていたら……。
ぽーーーっ
いかんいかん! 落ち着けー!
「た、ただいまー」
あわわっ、か、帰って来たー! か、鏡、鏡……よし、おかしなところはないようね、いつもの可愛いくるみちゃんよ!
「お、おかえりなさい……」
お礼よ、ちゃんとお礼を言わなきゃ。
「き、昨日さ、お兄ちゃんに助けて貰ったのにちゃんとお礼も言えてなかったな……って思ってさ、今日はそのお礼の意味も込めてク、クッキーを作ってみたの。良かったら食べて欲しいなぁ」
「へ、へぇー ク、クッキーかー」
……お母さんにスンゴイ怒られてまた料理禁止って言われた。
どーしてよ! お兄ちゃん美味しいって言って食べてくれたのに!
まぁ最後は疲れてたのかそのまま寝ちゃったみたいだったけど。
とにかく、おかえり、お兄ちゃん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます