第9話

 

 翌日僕は朝から車に乗っている。

 サポートチームの方が迎えに来たからだ。

 何でも昨日研究室から帰る際に雪乃さんに連絡を入れたのだが、どうやら雪乃さんは寝てしまっていたらしい。

 かなりの作業をしていたみたいだから、無理をして夜遅くまで起きていたのかもしれないな。

 まぁ惚れ薬とか無駄な作業が大半であったのかもしれないが……。


 <スマン! せっかくタケルがメッセージをくれていたのに寝てしまっていたみたいだ。それで大事な用があるので今すぐ研究室に来てくれないか?>


 メッセージが朝一で携帯に入って来た。

 携帯に着信と同時にサポートチームが部屋に乱入して来て僕を拉致ったのだ。

 なんか色々大丈夫かこの会社?


 「あのー、僕まだ部屋着なんですけど?」

 「バンの中に洗面スペースと着替え、朝食がご用意してありますので」


 車に詰め込まれる前に、少し不快感を露わにしながらサポートチームの男性に言うと、やっぱり申しわけなさそうに答えた。

 渋々車の中で朝の支度を終え、今に至るという事だ。


 ボーっとしながら色々と考えているのだが、まずくるみのクエスト報酬に書かれていた『かけがえのないもの』ってもしかして昨日のアレの事なのか?

 アレの事だとすれば報酬どころか罰ゲーム、デスゲームなんですけど……。


 僕としては、兄妹の絆かけがえのないものだと信じたいのだが。


 後、昨日の事件で良かった事もある。

 スキルLVが上がった事、光魔法が進化して光魔法大魔道になった事、勿論魔法もいっぱい覚えた。

 そして、魔法の使い方が少し分かった事。

 命がけの集中した状態で回復魔法を連発していたからなのか、魔力の流れ、MPの仕組みがちょっとだけ分かった気がする。

 言葉にするのは難しいのだが、MPの使い方によって同じ魔法でも効果時間や性能自体に差が出ていたので、そういうところが関係しているのだろう。

 勿論まだまだ練習が必要な事には変わりはない。


 しかし雪乃さんの大事な用ってなんだろう?

 何だかまた碌でもない事のような気がする……。


 あれこれ考えていたらエンテンドウ・サニー社に到着したみたいだ――って、で、デケー!

 会社ってこんなにデカかったのか! マップでしか確認していなかったし、帰りはもう暗くてよく見ていなかったし、まぁ魔法を使える事で浮かれていたというのもあるのだが。

 本社社屋と思われる建物も馬鹿デカいのだけど、敷地面積も本当にここ日本? と言いたくなるくらいの、東京ドーム○個分というやつだ。

 まぁ僕は東京ドームを見た事がないので分からないけど……。

 そのまま車で研究室のある場所まで連れて行かれ、そこから歩く事数分、やっと研究室へと到着した。

 十二畳程の何もない部屋の方だ。


 「やっと来たか」

 「おはようございます、雪乃さん。やっと来たかじゃないすよ! 人の事拉致っておいて」


 雪乃さんは椅子に座り珈琲を啜っているのだが、机の上の灰皿はタバコの吸い殻で溢れ返っていた。 

 僕の為に淹れてくれた珈琲が置いてある場所へ座ろうとすると、ふとパンダステッカーのノートパソコンが置いてあるデスクに目が釘付けになった。


 大量の旅行雑誌が山積みにされている。

 まさか大事な用ってコレの事じゃないだろうな?


 「……今日ジャージじゃないんすね?」


 雪乃さんの姿を見て少し違和感を感じていたのだが、いつものジャージ姿ではなく上下黒のスーツを着込んでいた。

 ……葬式? 結婚式?


 「や、やはりタケルと会うのに、毎日ジャージ姿というのは、い、色気が足りないと考えてだな、これからは大人の魅力を出そうと思ってだなぁ……」

 「あーそうですか」


 軽くあしらって椅子に座り、鑑定を済ませてから頂きますをして珈琲を啜る。


 「それで昨日はかなり遅くまで魔法の練習をしていたそうじゃないか」

 「ええ、お陰さまで集中して練習出来たすよ、家に帰ってからの方が酷かったけど……」

 「はぁ?」

 「い、いえ、こっちの話っす。それで雪乃さんの大事な用って何なんすか?」

 「ああ、その事なんだが私は今回の事があるまで、見合い相手の事には一切興味がなかったのだが、見合いを阻止するのに何かないかと色々と調べてみたのだよ」


 それで昨日もすぐにログアウトして、メッセージを入れた時には疲れて寝てしまっていたのか。


 「初めて相手の会社や家の事を調べてみたのだが、どうもきな臭い」

 「きな臭い?」

 「ああ、調べれば調べる程良くない影や噂が出て来るのだ」

 「……その見合い相手の会社、家ってどんな所なんすか?」

 「有名な港を仕切っている貿易会社らしいのだが、暴力団が絡んでいるとか、密輸に加担しているだとかとにかく黒い噂が多い」

 「げ、マジっすか」


 どんな会社なんだよ! 日本だぞ、ここは。


 「それで国内の流通経路確保の為に私の家に近付いたみたいなのだ」

 「駄目じゃないすかそんな奴! どうするんすか?」

 「もし噂が本当で、決定的な証拠が出てくればタケルに頼むかもしれん」

 「頼む、とは?」

 「派手に血祀ちまつれ!」

 「……御意ぎょい


 右手の親指を突き立てて首筋を左から右へと掻っ切る仕草を、真面目な顔をして取った雪乃さんの迫力に押されて御意とか言ってしまった。


 「ちょっと、雪乃さん! これってかなりの大事おおごとになるんじゃないすか?」

 「くっくっく。なぁーに、今のタケルならや〇ざだろうが軍隊だろうが片手で捻り潰せるだろう」


 くっくっくと笑う雪乃さんのメガネの奥の目は全然笑っていなかった。

 この人怖ぇー。



 「因みに色々調べてみたって、一体どうやって調べたんすか?」

 「んー、タケルはそういうの知らない方がいいと思うぞ」


 未だに雪乃さんのメガネの奥の瞳は元に戻っていない。

 本当に大丈夫なんだろうな、この会社。


 「でもそれって僕が単身で乗り込むって事すよね?」 

 「まぁ、そういう事になるなぁ」

 「なるなぁじゃないすよ、向こうはや○ざが絡んでるかもしれないんすよ?」

 「だから今日はここに来て貰ったのだよ」


 突然ガタッと椅子の上に立ち上がった雪乃さんが、片足をテーブルの上にガンと乗せて握り拳を作る。


 「私が直接タケルに魔法の術式操作の方法を伝授してやる。本当はタケル自身に気付いて貰うまで見守るつもりで、昨日も教えたいけど必死で我慢したのだが状況が変わった。私は犯罪組織というのが大嫌いなのだ。壊滅させてやる、殲滅してやる、撲滅してやる」

 「ちょ、ちょっと落ち着いて雪乃さん」


 今にも自分で飛び出して行きそうな雪乃さんを押さえるべく、机の上に立ち上がってしまっている雪乃さんを、お姫様抱っこの要領でひょいとすくい上げ、そのまま椅子に戻してやる。

 何やら顔を真っ赤にし、ゴニョゴニョ呟きながらも少し落ち着いたみたいだ。


 「……すまない、取り乱してしまった。とにかく見合い相手が犯罪組織のボスかもしれんのだ。もし犯罪組織を潰す事が出来れば自然と見合いも流れるだろう。そうなれば私のクエストも大きくクリアに近付くだろ!」

 「おお、一石二鳥っていうヤツすね」

 「しかし有力な情報が掴めるまでは動けないからな。それまでにタケルには術式操作魔法をマスターして貰うぞ。では早速特訓だ、着いて来い!」

 「はい、師匠!」


 雪乃さんの特訓を受けるべく、部屋の隠し通路を抜けてハイテク研究室へと向かう。

 そこで昨日と同様に、主任の馬場さんに保存しておいて貰った昨日の状態へと転送して貰う。


 「……なんだこれは?」


 ボンデージ姿に仮面を装着した雪乃さんは、僕が昨日練習していた状態を初めて見たらしく、巨大なケルベロスや家などを見て、不思議そうに首を傾げていた。


 「昨日【落雷】を当てる目標物を色々と馬場さんに出して貰ったんすよ」


 僕は真っ先に家の中へと向かう。

 昨日避難させておいたワンちゃんに会う為だ。

 ワンちゃんは僕を見るなり尻尾を振りながらキャンキャン鳴きながら甘えて来た。

 見た目は柴犬の小さいやつ、マメ柴だ。

 なんて可愛いやつだ!


 「ごめんよーひとりで寂しかったよなー、キノンー」

 「クゥーン、クゥーン」


 ワシャワシャとあちこちを撫でてやる。

 超可愛いやつだ。くそ、この毛玉め、毛玉め。


 「……タケルは昨日、一体何をやっていたのだ?」

 「馬場さんに出して貰ったワンちゃん『キノン』ちゃんっすよ。名前は今日の車の中で考えたっす」

 「いや、全然答えになってないから。練習していたのではないのか?」

 「ちゃんと練習はしてたっすよ? 最初ミノタウロスに【落雷】をぶっ放した時に、キノンちゃんがビックリしてしまったので、家の中に避難させて【マジックバリア】でガードしてあげてたんすよ。いやー動物と触れ合うのとか超久しぶりだったので、可愛くて可愛くて」


 更にワシャワシャとキノンちゃんを撫でてやる。たまらんなー、この野郎。


 「そ、そのキノンちゃんという名前は何だ?」

 「名前は『ゆきのん』から取ったすからね、でもキノンちゃんもこの名前で気に入ってくれているみたいだし、なぁキノンー」

 「わんわん」


 吠えながら尻尾を振るキノンちゃん。

 超可愛い、持って帰りたい。


 「な、んだと……私の名前から――こ、これが、愛……」

 「いや、全然違いますから」


 仮面の下の素顔を茹蛸のように真っ赤にして、何言ってんだこの人。


 


 この後暫く雪乃さんが全く使い物にならなかったので、一人で練習する事になった。

 もう一度家全体を【マジックバリア】でガードしてから、ケルベロスに向かって【落雷】や、更に威力が強く広範囲攻撃の【爆雷】、地獄から裁きの雷鎚を呼び寄せる【閻雷えんらい】などをガンガンぶっ放していると、やっと雪乃さんがフラフラになりながら家から出て来た。


 「なんか大丈夫すか?」

 「ああ、凄まじいダメージではあったが何とか正気を取り戻したよ」


 足もとをよたつかせながら、両手には電気のようなものを纏わせている。

 薄紫の電気が走ったり、淡い青の電気がバチバチと音を立てている雪乃さんのは、二匹の意思を持った別世界の生き物が絡み合っているみたいにも見える。

 ゆっくりとその腕を僕の方へと向けると、バチバチという音がガリガリという何かが暴走してしまいそうな音へと変化した。


 「さあ、では始めようか」


 握り込まれていた掌が、ゆっくりと僕に向かって開いていく。

 遂に雪乃さんの特訓が開始した。 

 




 その後数日間雪乃さんとの特訓が続いた。

 朝起きてサポートチームに拉致られて、夜まで練習した後にまた車で家まで送って貰って寝る。

 このスケジュールを何日も繰り返した。

 お母さんには会社のプロジェクトを手伝うと前以って伝えてあったので、心配される事はなかったのだがくるみは違った。

 たまに夜に出会うと、またこんなに夜更かししてだの、休みなんだからどっか連れてってだの、色々と絡んで来た。

 

 「受験生なんだから勉強してなさい」

 「お兄ちゃん、受験の時も全然勉強してなかったくせに」


 あまりにもくるみがしつこかったので、説教っぽく言ったらぐうの音も出ない返しをされてしまった。


 「……こ、今度会社の人がパンダを見に連れて行ってくれるらしいから、くるみも一緒に行こう」


 今まで全然話をして来なかったのに、あれ以来普通に接してくれているので正直嬉しい。

 しかしなんだか昔みたいに、お兄ちゃんお兄ちゃんとベッタリになって来た気がする……。





 「というわけで、くるみも一緒にパンダ見に行く事になりました」

 「というわけで、じゃないぞータケル!」


 ボンデージ姿の雪乃さんの指先が青白い電気を帯び始める。


 「【雷の弾丸ブリッツバレット】」


 【雷の弾丸ブリッツバレット】は手をピストルの形にした指先から、魔力を圧縮、濃縮した電気の弾を放出する術式操作で作った雪乃さんのオリジナル魔法だ。

 命名は雪乃さん自身だ。


 「【リフレクト】『ダブル』!」


 掌を雪乃さんの方へ向けて、魔法を反射させる障壁を作り出す光魔法【リフレクト】を二重で発動させ、雪乃さんの【雷の弾丸ブリッツバレット】を何とか弾き返す。


 「ぐぬぬ、私との約束をタケルは――」


 今度は雪乃さんの全身を風と炎が覆い始める。

 あ、これヤバイ奴だ。

 何とかしないと、えーっと――


 「雪乃さんはくるみと会った事ないでしょ? 家族とは仲良くなっておいた方がいいんじゃないすか?」

 「……そ、そう言われれば」


 雪乃さんの全身を覆っていた風と炎がプシューと音を立てて沈静化する。


 「そ、そうだよな。味方は多い方がいいよな。なるほど、家族から仲良くなって外堀を埋めるという手段もあるな」


 な、何とか助かったみたいだけど、どんどん泥沼に嵌ってる気がする……。

 とりあえず雪乃さんは納得がいった様子で落ち着き始めたみたいだ。


 「タケルもこの数日の特訓で、当初の目標である雷魔法の術式操作で習得した、相手を傷つけない電撃もギリギリ形になったよな」

 「はい、ただ電気を垂れ流すだけの【放電】すけど、狙った場所に威力をコントロールして当てられるすよ。早く雪乃さんみたいに上手く扱えるようになりたいすよ」


 そう、ここまではこの数日の特訓で何とかマスターした。

 ただ、ここからが難しい。

 自分のイメージした形に変えて行きたいのだが上手く行かない。

 雷を鞭のように操作したり、網状に広範囲に展開出来れば捕縛だって簡単に出来そうだし、雪乃さんみたいに魔力を圧縮したり出来れば【雷の弾丸ブリッツバレット】での連射だって可能だ。

 僕が出来るのは、手もとに雷を貯める事、そしてそれを垂れ流す事。

 しかしこれだけでも相当難しい。

 術式操作が出来る雪乃さんに、マンツーマンで教えて貰ってやっとこのレベル。


 一般のプレイヤーで術式操作が使える人は本当に現れるのだろうか。


 先程雪乃さんが風と炎を纏っていた魔法は、風魔法と火魔法の合成魔法で、魔力を濃縮した巨大な火の鳥の形をした炎をぶつけて来る【フェニックスストライク】なのだが、これなんかは無茶苦茶難しい。

 火の鳥の形にするのも難しいのに、更に魔力を濃縮して、風と火の合成魔法と来たもんだ。

 くそ、僕も練習して絶対出来るようになってやる!

 ……早く他の魔法も覚えられるようになりたい。


 「魔法の使い方もスムーズになったし、スキルも上手く使えている。まぁ師匠が良かったのだろう」


 両腕を組んでウンウンと雪乃さんは頷いている。

 特訓では魔法の練習もいっぱいしたのだが近接格闘も雪乃さんと練習した。

 所持スキルの効果や使い方、基本的な攻撃や防御の仕方等を練習したのだが、流石雪乃さんは殆ど自分で作ったというだけあって、身体の使い方、スキルの使い方なんかが非常に上手い。


 ボコボコにやられっぱなしだ。

 しかも攻撃を受けた瞬間が滅茶苦茶痛い、超痛い!


 しかし僕の場合スキルのお陰ですぐに回復し痛みは引くので何とか生きている。

 途中で気付いたんだけどこれ、VRバーチャルリアリティーで痛みがなかったら勘違いして現実世界でも暴力的な行動をする人が増えてしまう気がする。

 雪乃さんが以前言っていた、考えて作ってあるから、というのはこういう事なのだろう。

 やっぱりゲームに関しては凄く真面目に作っているんだな。

 ちょっと尊敬してしまうよな。


 「げ、現実世界ではタケルにはどう頑張っても敵わないのだから、な、なんなら私を懐柔してくれてもかまわんのだぞ?」


 何やら雪乃さんがモジモジしているのだが、うん、やっぱり尊敬するのは止めておこう。

 

 「ボス、少々お時間宜しいでしょうか?」


 突然馬場さんが話し掛けて来た。

 雪乃さんといる時は、絶対に馬場さんからは話し掛けて来ないのだが……。


 「フフフ、ついに来たか」

 「へ? 何がすか?」

 「問題の見合い相手の会社に忍ばせておいた密偵が戻って来たみたいだ」


 ……おい、本当に大丈夫なんだろうなこの会社!

 そもそも本当にゲームの会社なのか? 密偵って何だよ!


 「私は一度ログアウトさせて貰う。タケルはまだ残って練習を続けるのだろ?」

 「ええ、勿論すよ」

 「では私も後でこちらに戻ってくるので、詳しい話はその時にしよう」

 「了解っす」


 じゃあな! とボンデージ姿の雪乃さんが消える。

 戻って来たという密偵の報告次第では、いよいよ本格的に雪乃さんのクエスト攻略が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る