第8話


 光の神殿を出た後馬場さんに光の神殿を消して貰い、約束通り今度は雷の神殿を出して貰う。

 光の神殿にあった女神像からは薄黄色の光の玉が浮かび上がったのだが、この雷の神殿にある女神像からは薄紫の光の玉が出現した。

 それ以外は特に何も変わった事もなく、サクッと雷魔法をゲットした。


 「よし、ではさっそく魔法を使ってみろ。まずは光魔法であるHP回復魔法【ヒール】からだ」

 「どうやって使えばいいんすか?」

 「視界にあるコマンド選択から光魔法の【ヒール】を選んだ後に、誰に魔法を掛けるかを選び、相手に掌をかざして【ヒール】と唱えればいい。まずは私に掛けてみろ」

 「はい、師匠!」


 えーっと、まずはコマンドで光魔法の【ヒール】を選び、雪乃さんを選んで掌をかざす、と。


 「【ヒール】」


 すると雪乃さんの身体を淡く優しい光が包み込んだ。


 「よし、成功だ。因みに初めて魔法を唱えたわけだが、何か感じたか?」

 「……いえ、頭の中をピコーンピコーンが激しく鳴り響いてるし、視界には魔法関係のスキルが山程羅列されているんで、正直何も感じている余裕がなかったすよ」


 魔法を使ったのが初めてだったので、一気に魔法関係のスキルが身に付いたのだ。


 「まぁ仕方ないか、最初だからな。タケルは今から魔法の練習をするんだろ?」

 「勿論すよ! ガンガン練習するっすよ? 雪乃さんは今から何か予定でもあるんすか?」

 「ああ、スマンが私は今からログアウトさせて貰うよ。調べ物や仕事も残っているしな」

 「なんか忙しいところ付き合ってくれてありがとうございました」

 「今から練習して色々とやってみる事だ。そこで気付く事、感じる事、些細な変化などを意識しながら頑張るんだぞ!」

 「はい、師匠!」

 「うぐ……い、以上だ。じゃあまた後でな」


 何か言いたげな表情を浮かべながら雪乃さんはログアウトした様子で、目の前からフッと姿が消えた。

 もしかして最後は何かコツでも教えようとしてくれていたのかな?

 師匠、そこまでしてくれなくても僕は頑張るすよ!


 「それでは健様、何か御用が御座いましたら、何なりとご要望下さいませ」


 練習の為に気合を入れていると、馬場さんの声が聞こえて来た。

 馬場さんは今からも付き合ってくれるみたいだ。


 「では馬場さん、何か目標物、魔法を掛ける対象物を幾つか出して貰う事って出来ますか?」

 「かしこまりました、では今から数種類の目標物をそちらに転送致します」


 ヒュンヒュンと音を立てながら、自分の周りに幾つもの対象物が出現した。

 現れた物は様々で、案山子、家、岩、盾、剣、植物、ワンちゃん、鎖で雁字搦めにされたミノタウロス等々。


 「……何だか変な物が混ざっている気がするのですが?」


 「ご心配なく。そちらのミノタウロス、強さは通常通りで御座いますが、EXP等は手に入らないように設定しておりますので、お好きなだけ倒して貰って結構ですよ。どんどん補充致しますので」


 ……初めてモンスター見たんですけど。


 それがガチガチに鎖で縛られた約八メートル程の背丈、牛の角が生えている青い体毛の二足歩行の獣で、ガーとかウーとか呻き声を上げている。

 ギョロリとした両目が血走っているのだが……。


 正直怖ぇー! こんなのとこれから戦って行くのか?


 僕には恐怖耐性スキルが既に身に付いていて、それでもこれだけビビるって事は、普通のプレイヤーはこいつに立ち向かって行けるのか?

 僕がただビビりなだけか?

 よ、よし、まずはミノタウロスがどれくらいの強さなのか、ステータスを見てみるか。

 

 名前

  ・ミノタウロス 行動不能

 二つ名

  ・なし

 職業

  ・なし

 レベル

  ・38

 住居

  ・なし

 所属パーティー

  ・なし

 パーティーメンバー

  ・なし

 ステータス

  ・行動不能

 HP

  ・650

 MP

  ・250

 SP

  ・800

 攻撃力

  ・200

 防御力

  ・125

 素早さ

  ・90

 魔力

  ・75

 所持スキル

  ・打撃特化 LV6

  ・物理防御 LV4

  ・自然治癒 LV3

  ・回復スピード上昇 LV2

  ・振り回し LV5

  ・突進 LV5

  ・捨て身 LV4

 装備品

  ・なし

 所持アイテム

  ・なし

 所持金

  ・なし



 ……ま、まぁまぁ強そうだな。

 所謂脳筋タイプのモンスターみたいだ。

 街中で見かけたゴツイお兄さんで平均ステータス15とかだったから、初期のプレイヤーならダメージをくらえば一撃死コースだろう。

 こいつってどのくらいストーリーを進めたら出現するんだろ?

 気にはなるけど、恐らくそういうのは教えて貰えない。


 よし、一丁やってみるか。

 光魔法は家でも練習出来る事が多いので、仮想空間で練習するのは雷魔法をメインでやって行こう。 


 覚えた雷魔法の中で一番弱いと思われる魔法【落雷】を選び、ミノタウロスへ向けて掌をかざしながら……と思ったのだが、若干ミノタウロスとの距離が近かったので、巻き添えをくらうかもと考えて、二十メートル程距離を開けてから魔法を唱える。


 「【落雷】」


 その瞬間、一筋の光が! とかそんなレベルではなく、高層タワーマンション級の大きさ、太さの落雷が天から降り注ぎミノタウロスを直撃した。

 紫色の光が視界を遮ったと思った瞬間、物凄い轟音と衝撃波が地面を激しく揺らしながら辺りを駆け巡って行く。


 「グモォォォーーー!」

 「ぎぃやぁーーー!」

 「キャゥーーーン!」


 あ、あまりの出来事に悲鳴を上げてしまった。

 ビックリしたー! まだ心臓がバクバクいってる……。


 何だかワンちゃんも鳴いていた気がするのだが……ごめんなー。

  

 未だ雷鳴が轟いている中、僕は仮想空間で一人呆然と立ち尽くしている。

 頭の中ではピコーンピコーンとスキル獲得の音が、視界にはスキル獲得のアイコンが、そして耳は未だにキーンと耳鳴りがしている。


 「ふっ、ふふ、ふふふっ」


 余りの衝撃と威力と迫力に笑いが込み上げて来た。

 スゲー、スゲースゲー! 凄いぞー!


 「ふはははー! 遂に僕は究極の力を手に入れたのだー!」


 万歳をする感じで両手を頭上に大きく広げ、全開で叫んでみた。


 「……あ、あのー、健様、ミノタウロスを追加した方が宜しいでしょうか?」


 ……一人じゃなかったの忘れてた。


 恥ずかしー! 厨二病全開中なのを完全に見られた……。

 んん? でもミノタウロスを追加って……?

 今【落雷】を直撃させた筈のミノタウロスを見てみると、そこには既に何もなかった。

 恐らく先程の僕の【落雷】で倒してしまったのだろう。

 あのステータスのミノタウロスでさえも、雷魔法の一番弱いと思われる【落雷】一撃で倒せてしまうのか。

 よし、こうなったら魔法を使えるだけ使ってみて、すぐにでも雪乃さんが言っていた何かを感じれるようになるまで練習あるのみだ!

 まずはステータスでどれだけMPが減ったのかを確認して――って……あ、あれ? おかしいな。

 MPがちっとも減っていないぞ?


 そうか、【ヒール】を使った時に貰ったスキルで確かあったはず。

 もう一度ステータスで自分のスキルを確認してみると……あったあった。

 MP自然回復、MP回復量増加、MP回復スピード上昇、恐らくこのスキル達のおかげでMPが回復していたのだな。

 これなら少々魔法を連発して使っても大丈夫そうだ。


 「馬場さん、何か壊れたりしない巨大な金属の塊と、耳栓か何かを出して貰っていいですか?」

 「かしこまりました。恐らく健様は先程の【落雷】を使用された際に、聴覚保護スキルを取得なさっていると思われますので、音に関しては問題ないかと。ですので巨大な金属像だけをそちらに転送致します」


 慌ててもう一度ステータスでスキルを確認すると、確かに聴覚保護があった。

 馬場さんが色々と人で助かるわー。


 視界の先百メートルくらい離れた場所に、今度は巨大な金属像が出現した。

 頭が三つある犬っぽい像で、大きさは郊外のショッピングモールくらいはありそうだ。

 ケ、ケルベロス? 何かそんな感じの名前だったかな?

 早速ケルベロスに向かってもう一度【落雷】を使ってみる。


 「【落雷】」


 先程同様、辺り一面を閃光が支配し、衝撃波と地響きが遅れて地面を駆け巡る。


 「キャゥーーーン!」


 ……ワンちゃんの存在を忘れてた。

 可哀相な事をしてしまった、ごめんなさい。

 ワンちゃんを先程出して貰った家にとりあえずは避難させて、建物全体を光魔法の【マジックバリア】で包んでみた。

 淡い薄黄色の光が建物全体を覆っているが、これで音が防げるのかどうかは分からないんだよな……。

 防げなかったらゴメンな。

 しかし僕には聴覚保護スキルのおかげで、最初の時みたいな音による衝撃はなかった。


 よし! これでガンガン【落雷】が使えるぞ!


 「【落雷】」


 ……ワンちゃんの悲鳴も聞こえないみたいだし、どうやら【マジックバリア】の効果が上手く発動したみたいだ。


 その後ひたすら【落雷】をケルベロスに向かって連発していく。


 …… ……


 ……


 「……様!」


 「健様!」

 「ん? あ、ああ馬場さん、どうしたんですか?」


 集中し過ぎていて、呼ばれていた事に気付かなかったみたいだ。


 「健様、お時間的にそろそろご自宅へとお帰りになられた方が宜しいかと思われます」

 「……ええ? もうそんな時間なの?」

 「はい、もうすっかり辺りは暗くなっておりますよ」

 「本当ですか? 時間が経っている事に全然気付かなかったですよ」

 「かなり集中なさっておられた様子でしたので」

 「スイマセン、一度ログアウトします。この環境ってこのままの状態で保存しておいて貰う事って出来ますか?」

 「勿論です、では健様のお名前で状態を保存しておきますので、こちらに来られた際はいつでもこのまま再開出来るよう、準備しておきます」

 「ありがとうございます。それで、ワンちゃんのエサは……?」

 「……仮想空間ですので、エサの心配は御座いませんよ」

 「で、ですよね。あははー」


 笑って誤魔化すようにログアウトした。




 ~~~~~~~~




 リアルの姿から戻って来たのだが、研究室に雪乃さんの姿はなかった。


 <今から帰ります。今日は色々と有難うございました>


 きっと忙しいのだろうし、邪魔しちゃ悪いと思ったのでメッセージだけ送っておいた。

 その後馬場さんや手伝ってくれたスタッフさんに御礼を言った後、サポートチームの車で自宅へと送って貰う事になった。


 しかし何だろう、初めて魔法を使った事による興奮から来ているのか分からないが、凄く気持ちが高ぶっている。

 充実感? 意気込み? 自分で自分の感情を上手く表現出来ない。

 他のプレイヤーにはただのゲームであっても僕は違う。

 この現実世界で魔法が使えるただ一人の存在なんだ。


 もっともっと練習して、必ず魔法を使いこなしてやるぞ!

 いやー、この僕が三十歳を迎える前に魔法使いになれるとは思わなかったぜ。


 そんな馬鹿な事を考えていたのだが、何やら車の外の状況がおかしい。

 今は街中を車で走行しているのだけど、辺りは既に暗くなっているのにやたらとカラスの姿が視界に入る。

 そう言えば先程一度家に帰った時もこんな感じだった気が……おおぅ、黒猫が横切った。

 ありゃ? なんか靴の紐が切れている。

 なんだこのベタ過ぎる嫌な予感は?


 車が自宅のすぐ近くに到着したところで状況を理解する事が出来た。

 車から降ろして貰うと、まるで我が家を覆い囲むように、ご近所さんの家の屋根にはカラスがびっしりと並んでいる。

 鳴き声がカーカーと非常にうるさい。


 玄関前で待機していたお母さんが僕に気付いたみたいで慌てて近寄って来た。


 「タ、タッ君、大変、大変なのよ!」

 「ああ、お母さん、分かっているよ」


 お母さんを安心させる為に肩を抱き寄せる。

 この感じは以前に一度だけ経験があるのだ。

 二人で肩を寄せ自宅を見つめる。


 そう、以前くるみが少し料理をした時と状況が同じだったのだ。



 変わり果てた姿となってしまっている我が家を、自宅近くの道でお母さんと二人見つめている。

 足もとには鼠の大群が我先にと逃げ惑っている。

 以前この出来事と似た状況になった事がある。


 平穏だった住宅街の昼下がりに、突如カラスの集団が押し寄せご近所がパニックに陥った事があった。

 お母さんがいち早く異変に気付き、僕とくるみを非難させ、お父さんが事態の元凶だと思われる物体を何とか処理したという事だった。

 両親には何があったのかと聞いても、何も教えてくれなかった。


 「何があってもくるみには料理をさせるな」


 真顔でそう言われただけあった。

 その後何気なしにくるみにあの時何を作ってたんだー? と聞いてみた事があった。


 「えー? とんかつソースとお酢を混ぜただけだよー」


 謎のセリフが返って来た。

 その二つを混ぜて一体何を作ろうとしていたのか不明なのだが、恐らくくるみには、料理をする事によって異世界の邪悪なる者を召喚でも出来るのだろうと、その頃は厨二病心を擽られていたのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 実際に目の前で大変な事が起こっているみたいだ。

 しかも前回の状況よりかなり異常だ。

 これは恐らく何かしらの物を完成させてしまっているのだろう。


 「くーちゃんが昨日、お兄ちゃんに助けてもらったからお礼がしたいって……」


お母さんがハンカチで目頭を押さえながら呟く。


 僕か。僕がこの異常事態の原因を作ってしまったのか。


 しかも僕にお礼という事は、今回のターゲットは僕。

 恐怖耐性のスキルを持っていても、足の震えが収まらない。

 そこへお母さんが手に持っていた袋をガサガサと漁り、無言で涙を流しながら僕の掌に何かを握らせた。


 ……大量の胃腸薬だ。


 ゴメンねゴメンねとハンカチで涙を拭いながらグイグイ僕の背中を押してくるお母さん。


 「ちょ、お、お母さん?」


 お母さんを止めようとしたのだが、すがるようなお母さんの瞳を見てしまったので、僕は覚悟を決める事にした。

 幸いな事に、僕には化け物級のステータス、大量のスキルと、覚えたての魔法もある。

 よし! と自分を奮い立たせながら大量の胃腸薬を口の中に放り込む。


 「行ってくるよ、お母さん」


 お母さんを一人道端に残し、玄関へと向かった。

 サポートチームに直して貰った玄関の扉は、今すぐにでも封印の御札を貼ってしまいたいくらいの禍々しさを放っている。


 ガチャ


 「た、ただいまー」


 扉を開けた瞬間に、地獄の使者の叫びとも思える何かが身体を突き抜けていったので、気合を入れる意味で務めて明るくただいまを言ってみた。


 「お、おかえりなさい……」


 何やらモジモジしながらくるみがリビングから出迎えてくれた。

 身長はリアルの僕よりも低く、肩口に切り揃えられた髪は前髪だけが作業に邪魔だったのか、黄色いゴムでチョンマゲにされている。

 幼さの残る整った顔立ちを赤く染め、目線を落ち着きなく右へ左へと動かしている。

 黄色のTシャツにデニムのホットパンツという部屋着姿のままで、その小さな両手にはしっかりとお皿が握られていた。


 「あ、ああ、ただいま、今日はどうしたんだ……?」

 「き、昨日さ、お兄ちゃんに助けて貰ったのに、ちゃんと御礼も言えてなかったな……って思ってさ。今日はそのお礼の意味も込めてク、クッキーを作ってみたの。良かったら食べて欲しいなぁ」


 ハイどうぞ、とくるみの両の手から差し出されたお皿には、生け贄――じゃなかったクッキー? みたいな物体が十個程乗っていた。


 「へ、へぇー ク、クッキーかー」


 そのお皿からは、紫色のオーラのようなものが漂っているのだが、よく見るとその紫色のオーラは魑魅魍魎達が苦痛の表情を浮かべているようにも見える。


 こ、これを食べるのか?

 む、無理だろー!

 未来予知スキルでは、一口食べただけで悶絶する姿がハッキリと映っている。


 ピコーン!

 ・毒耐性スキルを習得しました!

 ・毒耐性スキルがLV10に上がりました!


 漂ってくる臭いだけで毒耐性スキルが貰えた。

 どんだけヤバイんだよ、この物体。

 しかしくるみには全く効果がないどころか、この恐ろしい状況が見えもしないんだよな……。

 と、とりあえず鑑定でもしてみるか……。


 鑑定結果 毒

 ・毒物 致死量

 ・呪い効果

 ・腐食効果

 ・悪魔召喚効果

 ・ステータスダウン効果

 ・処理不可

 食べられません


 ぐぬぁーーー! なんじゃこりゃー! 毒って出ちゃってるよ!

 しっかりと書かれている食べられませんの文字。


 しかし、しかしだ。

 ずっと顔を合わせていなかったくるみがこんなに可愛らしくなって、しかも兄である僕の為に作ってくれた毒――じゃなかったクッキーを食べないという選択肢があるのか?


 答えは否だ!


 食べないという、くるみを悲しませるような行為を出来るわけがない。

 やってやる、やってやろうではないか! 兄の覚悟を見せてやる。


 「いぃ、ぃただきま……す」


 震える手で皿の上の物体をひとつ摘まむ。


 ピコーン!

 ・腐食耐性スキルを習得しました!

 ・腐食耐性スキルがLV10に上がりました!


 く、腐ってやがる……!

 いや、某大佐みたいにそんな事を言っている場合ではない。

 手に取っただけでこの破壊力。

 何とかして手の傷を隠しながら、気付かれない内に口へと運ばなければ。


 ピコーン!

 ・隠蔽スキルを習得しました!

 ・隠蔽スキルがLV10に上がりました!


 い、隠蔽スキル、隠す? これでくるみの前で堂々と魔法使ってしまって気付かれないのだろうか?

 いや、ぶっつけ本番で試すのは危険過ぎる。

 魔法の事を気付かれてしまうもしれない。

 向こうを向いて貰っている間に食べてしまえば……駄目だ駄目だ、逆に何で? と聞かれてお終いだ。


 ピコーン!

 ・隠蔽スキルが進化してアクティブスキル『隠蔽強化』LV1を習得しました!


 ア、アクティブスキルって確かSPを消費して使うスキルだったよな。こ、これならいけるんじゃないか? そうだ!


 「ご、ごめーん、くるみ! お兄ちゃん外から帰って来たのに手を洗うのを忘れていたよー」


 クッキー? を皿へと戻し、ダッシュでと洗面所へ向かう。


 「もー、お兄ちゃんたら。いけないんだー」


 悠長な声が聞こえて来ているのだが、そんなのにかまっている余裕はこっちにはない。

 生きるか死ぬかの戦いなのだ。

 洗面所でくるみの死角へと入り、アクティブスキル『隠蔽強化』を発動させてから、光魔法の状態異常を回復させる【キュアヒール】を唱える。

 すると【ヒール】なんかでは全身を優しく淡い光が包み込んだのだが、今回は見た目には何も変化がなく、ただ腐食傷だけが回復していた。


 いける、これなら戦えるぞ!

 

 「ごめんごめん、手を洗わないとか行儀が悪かったよなー」


 急いで洗面台でジャバジャバと手を洗いくるみの元へと戻り、もう一度皿の上の物体に手を伸ばす。


 「もーお母さんに怒られるよー?」

 「そうだよなー【キュアヒール】ごめんごめん」

 「ん?」


 会話の間にさり気なくボソボソと魔法を挟み込んでやった、くるみには分からないはずだ。

 そしていよいよ、問題の物体を口へと運ぶ。


 ピコーン!

 ・毒耐性スキルが進化して猛毒耐性スキルとなりました!

 ・猛毒耐性スキルがLV2に上がりました!


 口に入れた瞬間にスキルが進化する。

 物体に漂っていた魑魅魍魎達が、何とかして僕の口をこじ開けて脱出を試みようとしているみたいだ。

 が、スマン。お前たちを外へと出すわけにはいかない。

 両手で口を押えながらガッチガチの物体をガリガリと噛み砕く。


 ピコーン!

 ・呪い耐性スキルを習得しました!

 ・呪い耐性スキルがLV10に上がりました!


 ピコーン!

 ・アクティブスキル『噛み砕き』を習得しました!

 ・アクティブスキル『噛み砕き』がLV2に上がりました!


 ピコーン!

 ・ステータスダウンの影響を受けています!


 ピコーン!

 ・呪い耐性スキルが進化して禁忌耐性スキルとなりました!

 ・禁忌耐性スキルがLV2に上がりました!


 ピコーン!

 ・ステータスダウンの影響を受けています!


 …… …… ピコーンピコーンが鳴り止まない。



 「どう? おいしい?」


 それを今の僕に聞くのか! 何て答えればいいんだよこんなの……。

 マズイとは言えない。くるみを傷付けてしまう。

 しかし美味いとは口が裂けても言えない。

 また作られては困るからだ。

 こんな時、テレビの食レポとかは何て言っていたか……。


 「ど、独特な【キュアヒール】食感だな【ヒール】、どうやって作ったんだ?【エクストラヒール】」

 「え? 気になる? 今回は自信あったんだー」

 「へー【エクストラキュアヒール】そうなんだ【エクストラヒール】」


 だ、駄目だ! 回復を怠ってしまえばその時点で死んでしまいそうだ!

 宝石箱だとか盛り上げられる事を言う暇もない。


 「うふふ、ネットで調べた作り方を自分なりにちょっとだけアレンジしてみたんだー」


 うふふと満面の笑みで嬉しそうに答えるくるみ。

 天使なのか悪魔なのか。

 いや、間違いなくやっている事はただの人殺しりょうりなのだが。

 頼むから普通にアレンジせずに作ってくれと言いたいのだが、とんかつソースとお酢を混ぜただけで駄目なんだ。

 何を作ってもくるみが作ればこうなってしまうのだろう。


 何があってもくるみには料理をさせるなと言われた理由が分かったよ。


 化け物級のステータスを持ってしても、回復魔法を呟き続けなければ死んでしまうガッチガチの物体を、黙々と噛み殺し続け、漸く最後のひとつを口へと放り込む。


 「全部食べてくれたんだ、嬉しいなー。お兄ちゃんにこうして食べて貰うの初めてだもんね」

 「当たり前【エクストラヒール】じゃないか【エクストラヒール】。くるみが【エクストラキュアヒール】せっかく作って【シャイニングオーラ】くれたのに【シャイニングオーラ】残すわけ【シャイニングオーラ】ないだろ!【シャイニングオーラ】まぁお母さんの【シャイニングオーラ】分まで食べて【シャイニングオーラ】しまったけどなー【シャイニングオーラ】【シャイニングオーラ】」


 もうチンタラ回復してても間に合わない。

 途中から先程覚えたての光魔法大魔道、状態異常とHPを全回復させる【シャイニングオーラ】を連発する。

 しかし乗り切った。

 全てを噛み殺してやった。

 未来予知スキルで見た未来すらも塗り替えて、僕は生き残った。

 スキルのLV、光魔法のLV共にガンガン上がったおかげで何とか生き残ったぞ!

 どうだ! と達成感に浸っていると――


 「それなら大丈夫よお兄ちゃん、いっぱい作り過ぎちゃって……えへへ」


 ガチャリと開けられたリビングの扉の向こう側、テーブルの上には大量の殺人兵器が皿に盛られていた。

 大量の瘴気を発している物体の奥のキッチンでは、魔界から召喚されたと思われる悪魔のような恰好で、赤や青のヌメリとした質感の肌をしたモンスター達が揃って、天井から縄を掛けて首を吊ろうとしてる最中だった。

 ああ、魔界の者でも人生諦めたくなる代物なんだな……。

 その光景を見た瞬間、僕は意識を失った。

 クッキー? のお陰でスキルLVがカンストしてしまった為なのか、幸い命に別状はなかった。

 次に意識が戻った時にはHPがなくなる寸前だったので、慌てて【シャイニングオーラ】を唱えて何とか乗り切った。

 くるみはというと、材料を使い過ぎたという事でお母さんに怒られてしまい、やっぱり料理禁止を言い渡されていた。

 お母さん、ありがとう。

 問題の大量の殺戮兵器は箱に詰めて、光魔法大魔道で習得した封印魔法【聖域サンクチュアリ】と浄化魔法【ホーリー】を何重にも唱えておいた。

 辺りにいたモンスター達もお礼を言いながら消えていったので一安心だろう。

 全てが元通りになり平穏な我が家が戻ってくると、先程まで見えていた魔界の者ものが全てクッキー? の影響で見せられた幻覚であったかのように感じてしまう。

 実際はどっちだったのだろうか。

 家に服を置きに来た時にしていた、電動ドリルみたいな音の正体はくるみの料理だったんだな。

 リフォームでもしていたのかと思ったが、あの時に僕が止めていればこんな事にならなかったのに。 


 しかし酷い目に遭ったな……。

 

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