第7話

 

 両手に抱えきれない程の紙袋を持ち、自宅へと向かう。

 ムフフ、大漁大漁。

 どんな服を買えばいいのかさっぱり分からなかったけど、みんな似合ってるって言ってくれていたし、これで暫く何も買わなくていいだろう。

 服を買うお金も浮いたし、モデル料も貰ったし、これで欲しかった物が買えるぞ。


 習得していた魅了スキルが、撮影中にスーパースタースキルへと進化した。

 本当に色んなスキルがあるんだな。

 ちなみに今所持しているスキルは全部で四十個弱ある。

 ただし四十個弱持っていても、スキルの性能を試せていないのが問題なんだよな。

 とにかく今から一度家に荷物を置いて、その後はどうするか?


 あ、カラスだ。

 さっきからやたらと目に付く気がする……。こういうの何て言うのだったかな?

 うーん、と考えていると家に到着した。


 「ただいまー」


 玄関を開けると、リビングの方から何やらドンガラガッシャンと音がしている。

 あれ、リフォームでもしているのか? 電動ドリルみたいな音もしてるし……。

 まぁこれだけ派手な音を立てる泥棒もいないだろうし、顔を出さずに放っておいてもいいか。

 とにかく部屋に荷物を置きに行こう。

 部屋に大量の紙袋を置いていると、突然未来予知スキルが作動する。

 しまった、やっぱり泥棒だったかと一瞬思ったが、どうやらそういうわけではなさそうだ。

 部屋の窓から、ドアからと一人ずつ男性が侵入して来るみたいだが、この男達には見覚えがある。

 ガラガラ、バタンと窓とドアを開け、男性が侵入して来たのだが、僕は平然と椅子に座っている。


 「で、何の用ですか? サポートチームさん」


 少し呆れながら聞いてみると、片方の男性が手紙を渡して来た。

 その手紙を黙って受け取り、どうせ碌でもない事なのだろうと思いながら内容を確かめてみた。


 <ビックリしたかタケル、ガハハー!>


 「子供かよ!」


 手紙をクシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ捨ると、二人の男性は申しわけなさそうにしていた。

 相変わらずサポートチームの男性の頭上には緑の『!』マークが出ているが見ようとも思わない。


 すると今度は手紙を渡して来た男性ではなく、もう一方の男性がアイマスクを渡して来た。

 装着しろという事なのだろうけど、断ってやろうと思ったのだが、二人が更に表情を曇らせていたので、仕方なくアイマスクを装着した。


 黙ってさせるがままにしていると、男性に両脇を抱えられ外の車に乗せられたみたいだ。

 しかしこのアイマスクなー、全く意味がないんだよな。

 だってさ、視界にはしっかりとマップが映っているんだから。

 車でズンズンと進んでいるみたいだけど、雪乃さんに呼ばれ、連れて行かれてる時点で何となく行き先は分かる。

 暫く車に揺られていると――ほら見えて来た。あ、いや、見えて来たのはマップ上なんだけど。


 エンテンドウ・サニー社だ。


 マップを詳細設定していると、どうやらエンテンドウ・サニー社の地下駐車場に車を止め、エレベーターに乗せられたみたいで、更に地下へと降りて行く。

 エレベーターが目的の階に到着すると、またもや両脇を抱えられ連れて行かれる。

 そのまま暫く進み、移動が終わったのか椅子に座らされた。


 「ア、アイマスクをと、取っていいぞ、タケル」


 雪乃さんの声だったので、言われた通りにアイマスクを取る。


 「よよ、ようこそ! わゎ我が研究室へ!」


 ずっとアイマスクで目隠しをしていたので、取ってすぐは眩しかったのだが、すぐに視界は元に戻った。

 雪乃さんの研究室と紹介されたその部屋は、十二畳程の部屋で雪乃さんのデスクと思われる場所には、パンダのステッカーが貼られたノートパソコンと、もう一台のノートパソコン。

 部屋の中央には、四人が食事出来るくらいの大きさのダイニングテーブル、壁際に二人掛けのソファーが置いてあるだけで他には何もなかった。

 大天才の研究室というのだから、もっとこう、超未来型ハイテクマシーンみたいなのを想像していたのだが、逆にこんな狭い部屋で何の研究をしているんだと疑問に思わせるような殺風景な部屋だった。

 僕はそのダイニングテーブルの椅子の一つに座らされていた。

 雪乃さんはテーブルの向かいの席に座っている。

 灰皿にはタバコの吸い殻が全く入っていない。吸っていないのか?


 「よ、よく来てくれたなータケル。ま、まあ疲れただろう、珈琲でもどどどうだ?」


 目の前のダイニングテーブルには既に珈琲が置かれている。

 そのコーヒーカップに手を伸ばすと、雪乃さんは食い入るように前のめりになってその様子を見守っている。


 分かり易い人だ。


 「で、何を企んでるんすか?」

 「ギクッ」


 今時、ギクッとかいうベタなセリフ言うなよな。

 本当に分かり易い人だ。


 何やら汗をびっしょりとかいている雪乃さんを横目に、入り口付近に待機しているサポートチームの男性に視線を送る。


 「この珈琲飲んでみます?」

 「だ、駄目だ駄目だ! その珈琲は私がタケルの為に淹れたのだぞ!」


 雪乃さんが間髪入れずに止めて来た。


 ……


 「……惚れ薬」

 「ギクギクッ!」


 くそ! 三日で作るどころか、たった一日で作ってきやがった!

 ホントに大天才じゃないかよ!


 「雪乃さん、僕鑑定スキル持ってるんすけど、この珈琲鑑定してみてもいいすか?」

 「い、いやー! そういやこの珈琲は随分と前に淹れた物だから冷めてしまっているだろう、新しく入れ直した方がいいよな、うん!」


 雪乃さんは僕の手からカップを奪い取り、ダッシュで部屋の外へと消えて行った。


 「アチッ、アチャー!」


 途中でコーヒーを溢したのか、部屋の中まで悲鳴が聞こえて来た。


 

 雪乃さんが惚れ薬入りの珈琲を処理している間、暇だったので部屋の中をウロウロしていると、雪乃さんのパンダステッカーのノートパソコンが開きっ放しだったので画面を覗いてみると、デスクトップの画像が僕の写真だった。

 現実リアルの方である豚の方だ。

 くそ、そんなに面白かったのかよ。

 あの時も腹を抱えてずっと笑ってたし。


 「み、見た?」


 声の方へと振り返ってみると、雪乃さんが部屋の入り口で突っ立っていた。

 新しい珈琲カップ二つを持ったままプルプルと震えている。


 「どうせなら今の姿をデスクトップにして下さいよ」

 「うわー! か、勝手に見るんじゃない!」


 慌てた様子で珈琲カップをガチャンとテーブルに置き、つかつかと歩み寄って来て僕に背を向けたままノートパソコンの画面を閉じた。

 そんなに笑ってるのを知られるのが嫌だったのか。


 「ところで、今日はなんで研究室に僕を呼んだんすか?」


 鑑定済みのコーヒーを頂きますと言ってから啜る。


 「昨日携帯のやり取りで魔法を一緒に覚えに行こうと言っていたではないか」

 「いや、まぁそうなんすけど、僕の部屋で一緒にゲームすればいいじゃないすか」

 「は? 一緒にダイブするとは言ったが、ゲームをするとは言っていないぞ?」

 「へ? それってどういう事すか?」

 「OPEN OF LIFE以外の仮想空間、まぁ動作チェックなどを行った、何もないただの空間なのだが、そこでなら安心して色々と練習出来るだろうと思ってな。あれから色々と改良していたのだよ」

 「そうなんすか! ありがとうございます! 惚れ薬を作っていただけじゃないんすね」

 「……惚れ薬? な、何の事だ?」


 くそ、証拠隠滅したと思ってなかった事にしようとしてるな?

 まぁ色々頑張ってくれていたみたいだし、どうでもいいか。

 しかし一日で色々と作ったみたいだし、本当に大天才だったんだな。

 性格ぶっ飛んでるけど。


 「では、着いて来い」


 フフフと何やら目を輝かせつつ、雪乃さんはポケットからスイッチのような物を取り出し壁に向かって押すと、何もなかった壁がゆっくりと中央から左右にスライドして開き始めた。

 壁の奥から現れたのは薄暗く長い通路で、通路の床に埋め込まれた幾つものライトが遥か先まで淡い光を放っている。


 「隠し通路キター!」


 思わず叫んでしまった。

 テンション上がるじゃないかー! 

 

 雪乃さんの方を見ると、そうだろうそうだろうと頷いている。

 いやいや、コレばっかりは納得。

 雪乃さんの方へ親指を立てて、グッジョブ! と満面の笑みを返しておいた。


 くそ、狭くて何もない部屋と見せかけておいて、実は隠し部屋ありますとか、完全にやられた!

 男の子の心を分かっているじゃないか!


 雪乃さんがパンダステッカーのノートパソコンを持って隠し部屋の奥へと進み始めたので、心を躍らせながら後を着いて行く。

 狭く足もとだけが照らされた薄暗い通路を暫く歩くと、僕が想像していたよりも更に未来型のハイテクマシーンがデカデカと中央に鎮座している大きな部屋? ホール? に到着した。

 そのハイテクマシーンは瓢箪ひょうたんのような形をした透明な素材で出来ており、天井と一体化しているみたいな造りだ。 

 床から薄いピンクや黄色いライトが天井に向かって、まるでドクンドクンと脈打っているみたいに透明な素材の表面や内側を駆け巡っていく。

 ハイテクマシーンと表現しているが、僕にはマシンなのかどうかもよく分からない。

 透明な瓢箪型マシンの手前側には、リクライニングシートが内蔵されている、カプセルタイプのマシンが二機据え付けられている。

 内側からブルーの淡い光を放っているカプセルタイプのマシンからは、大小幾重にもケーブルが伸びていて、そのケーブルの行き先はどうやら十メートル程離れた壁際に設置されている、幾つもの液晶パネルが配列されているコンピューターみたいだ。

 そのコンピューターの周りで数人のスタッフが待機をしている。


 「カ、カッコいいっす、雪乃さん」


 想像以上のテクノロジーを見せられてテンション上がりっぱなしだぞ。


 「そ、そうか? タケルがそんなに褒めてくれるとなんか照れるじゃないか」

 「ただのぶっ飛んだ人じゃなかったんすね」

 「をい! 誰がぶっ飛んだ人だ、コラ!」


 カプセルタイプのマシンの前まで案内され、僕はリクライニングシートに座らされた。


 「では後は任せたぞ」


 雪乃さんは隣のカプセルタイプのマシンの方へと向かい、リクライニングシートに座った。

 この感じだと雪乃さんと二人で仮想空間とやらに行くみたいなのだが、一体誰が操作するんだ? 

 その後椅子の肘置きの部分に当たる場所のボタンを、サポートチームの男性がいくつか操作すると、カプセルの蓋が閉まった。


 「あー、聞こえておりますでしょうか?」


 頭の後ろ、背もたれ部分の上の方にスピーカーが内蔵されているみたいで、そこから男性の声が聞こえて来た。


 「はい、聞こえてます」

 「私、サポートチーム主任の馬場と申します。本日のテストの操作を担当させて頂きます。宜しくお願い致します」


 主任の馬場さんって言えば確か――


 「僕のところへ電話を掛けて下さった方ですよね?」

 「左様で御座います。覚えていて下さったのですね」

 「はい。あの時はきちんと挨拶も出来ずに電話を切ってしまって申しわけないと思っていたんですよ」

 「そのような事、お気になさらずとも結構ですよ」

 「くぅるぁー 馬場ー! さっさとしろー!」


 おい、雪乃さん。

 あんたもちょっとは馬場さんの対応を見習いなさい。


 「申しわけ御座いません、挨拶は後回しにさせて頂きます」

 「……なんか大変ですね」

 「もう慣れましたから」


 なんでこんないい人が雪乃さんの部下なんだ? しかしストレス溜めてそうだな……可哀相になって来た。


 「それでは、接続させて頂きます。接続後もこちらの声は届きますので指示に従って頂きますよう、宜しくお願い致します」

 「わかりました」


 その瞬間OOLHGでダイブした時と同様に、吸い込まれる感覚で仮想空間へと意識が移って行った。


 

 目の前には真っ白な空間が広がっている。

 だだっ広いこの空間は恐らく仮想空間というやつなのだろう。

 一日過ごすと何日分も修行出来てしまいそうな、そんな空間だ。


 「ここがテストに使っている仮想空間だ」


 声の主である雪乃さんの方へと視線を向ける。

 ……雪乃さん、ですよね?


 背丈や髪型は変わっていないのだが、レザーっぽい黒のボンデージを全身に纏い、胸元のチャックの部分を大げさに下げている。

 下げられたチャックの部分は、ただの見栄なのか、女のプライドであるのかは分からないが、現実のサイズよりもかなり増し増しである。

 足もとにはニーハイの黒のブーツを履いており、更に顔の部分には、羽やスパンコールで飾られた黒い蝶の形をした仮面を着けている。

 やっぱり全身黒なんだな。


 「その恰好……何の冗談すか?」

 「タケルに管理者権限のアイテムを渡してしまったからな。もう一つ自分用の管理者権限アイテムを作っておいたのだ」


 何だその仮面は。もうちょっと普通のアイテムは作れないのかよ!


 「そのアバター、何か色んな所、盛り過ぎじゃないすか?」

 「は、はぁ? 何の事かはよく分からないが、セクシーだろ?」


 どやどや? と前屈みで胸元をアピールするポーズを取ってくるが無視しておく。

 まぁアバターを盛り過ぎな件に関しては、僕は人の事を何も言えないのだ。

 僕の今の姿は、虎のマスクを装着したリアルのぼくである。

 服装は白のランニングシャツ、白の短パンである。

 ……無課金アバターかよ!


 「それで、どうやって魔法を覚えられるんすか?」

 「そうだったな、おい、馬場! 光の神殿を出せ」


 からかい気のないやつだとかブツブツ文句を言いつつ、雪乃さんは空に向かって馬場さんに指示を出した。


 「かしこまりました、では今からそちらに、光の神殿を転送致します」


 馬場さんがアナウンスを言い終えると同時に、僕と雪乃さんのすぐ隣の、何もなかったスペースに巨大な建物、恐らく光の神殿と思われる物が、ヒュンと音を出しながら現れた。


 うを! 急だとビックリするじゃないか! というかデカいなーこの神殿。


 建物の建築様式等は、全く詳しくないので説明出来ないが、何処か古代ヨーロッパっぽくあり、それでいて細部には異世界っぽい女神像やドラゴン、勇敢そうな戦士の彫刻が施されている。


 「よし、さっさと行こう」


 何事もなかったかのように、神殿内部へと雪乃さんが歩き出す。

 あれ、何だか素っ気ない感じだな。もしかして胸元のアピールを無視した事にちょっと怒ってるのかな? 


 「本来であれば、こういったゲームイベントをユーザーに適用するなど、絶対にしない事なのだ。しかしタケルの場合、現実世界リアルでのクエストをこなしていく上で色々と身の危険を感じる場合が出て来るかもしれないので、仕方なくの特別処置だという事を忘れないで欲しい。後、この事は誰にも言わないと約束してくれよ」

 「わかりました。誰にも言わないと約束します」


 誰も言う人がいないんです! とか余計な事は言わず、雪乃さんの心情を読み取り素直に答えた。

 本当はこういう事、やりたくないのだろうな。

 自分が開発した、我が子のように思っているゲームだもんな。

 それをこういう形、ズルと言うと言い過ぎかもしれないけれど、苦労なしで進められるのは、複雑な気分なのだろう。

 でもそれだけ僕の事を心配してくれているのだろうな。


 「そそそ、それでだなタケル、こ、今回魔法を先に覚えさせるという事に当たってだな、わ、私に何かご褒美的な何かがあったりなんかしたりするのかなぁー?」


 ……下心満載かよ! ちょっと申しわけない気持ちになって損した。

 でも待てよ、雪乃さんの事だから、自分の本心を隠す為にわざとこういう事を言って演技っぽくしているんじゃないか?

 そういうところ意外と気を利かせてくれるからな、雪乃さんは。


 「わ私頑張ったもんなー、色々と。あるんだろーなー、ごごご褒美ー」


 下心だな確実に。

 なんだか気持ち悪く体をクネクネさせながら歩いてるし、一体何が欲しいんだ?

 でも僕の為に色々としてくれているのは確かだしな……。


 「今度パンダでも見に行くすか?」


 雪乃さんパンダ好きそうだったからな。

 あ、前を歩く雪乃さんの動きが止まった。


 「ばばば馬場ー! ろろ録音、今のちゃんと録音したかー!」

 「……申し訳御座いません、言われておりませんでしたので、今回録音、録画等はしておりませんでした」

 「く、くぅるぁー! な、何をやっとるんじゃー、貴様ー! それでも主任かー、馬鹿タレがー!」


 雪乃さんが物凄い剣幕でキレている。

 子供みたいに全身で怒りを露わにしている。

 が、僕には何となく分かる。馬場さんの言葉、あれは多分嘘だ。

 仕事が出来ると思われる馬場さんが、今回のテストをバックアップなしで行うなんてとても考えられない。

 恐らく僕の事を考えて、今の部分を削除してくれているのだと思う。

 まぁ、自分の上司が下心でテスト対象者に、大勢の部下の前でご褒美を強請ねだる、という記録を残しておくのは不味いと思ったのかもしれないのだが。


 しかし雪乃さんは未だ怒りが収まらないのかブツブツ文句を言っている。


 「私は聞いた、ちゃんと聞いたからな……」


 まるで呪文のように繰り返し唱えている。


   

 神殿の内部は煌びやかなステンドグラスが飾られていたりするのだが、どこかおごそかな雰囲気のする造りとなっている。

 細部まで細かくデザインされているし、凄い作り込み具合だな。

 そんな神殿内部を、雪乃さんは未だにパンダパンダと呟きながら歩いている。しつこいなー。


 「それで、ここの神殿で何をすれば魔法が覚えられるんすか?」

 「……パンダを見に行けば――」


 駄目だこりゃ。

 全く機能していない。


 「ちょっとしっかりして下さいよ、雪乃さん」


 後ろから両肩を持ってガクガクと揺らしてみる。


 「んあ、な、何だ? 何だったっけか」

 「ここでどうやったら魔法が使えるようになるかって聞いてるんすよ」

 「ああ、ここは光の神殿で光魔法を習得する事が出来る。神殿の内部には精霊、光の神殿には光の精霊がいるので、その精霊から加護を貰えば魔法が使えるようになるぞ」

 「ここでは光魔法しか習得出来ないという事っすよね?」

 「そうだ。因みに光魔法とは回復や防御に特化した魔法で、今のタケルに必要な魔法だと思うぞ」

 「確かにそうなんすけど、もうちょっとこう、見た目にドカンと派手な魔法をやっぱり使ってみたいじゃないすか」

 「そういうのはゲームが出来るようになるまで我慢しろよ。後でのお楽しみという事だな」


 くそ、まぁそう言われると、何でもかんでも今やってしまうと、ゲームをする楽しみも減るしな。

 でもひとつ気になる事があるので、僕の前を歩くボンデージ姿の雪乃さんに聞いてみる。


 「それでちょっと聞きたい事があるんすけど、魔法の威力の調整って出来るんすか?」

 「勿論だ。習得している魔法を唱えると、魔力量に応じた魔法が発動するのだがそれとは別に、術式操作魔法という自分で魔力を流して形や威力を変える方法もあるからな。ただしこれはかなり難しいから練習しないと思い通りの魔法が発動しないぞ」

 「おおー! 自分のオリジナル魔法っぽく操作も出来るって事すね!」


 なんか魔法に勝手に名前とか付ける奴が出て来そうだな。

 僕もオリジナル魔法が完成すれば名前付けそうだ。いや、確実に付けるだろうな。


 「まぁそこまでどれだけのプレイヤーが辿り着けるか分からんがな」

 「へ? どういう事すか? まさか――」

 「ああ、ゲーム内では説明していないぞ」

 「なんでだよ! 折角の凄いシステムなんすから説明しないと誰も使えないじゃないすか!」

 「だからー、私はこのOPEN OF LIFEにリアリティーを追求したと何度も言っているだろうが」


 やれやれ、わかっていないなーといった感じで雪乃さんが面倒臭そうに説明する。


 「沢山魔法を使い、沢山練習して、沢山工夫して、『あれ、これってもしかして?』と気付いた者がまた必死に練習して、そういった者が強くなって行く。現実リアルと一緒ではないか?」

 「うぐ、確かに……」


 雪乃さんに正論を言われるとなんだか心が痛い。

 くそ、ボンデージ姿で変な仮面着けてる癖に、やっぱりゲームの事は真面目に考えてるんだな。


 そうこう話をしていると前方に何か見えて来た。

 高さ三メートルくらいの背中に翼を生やした女神像だ。

 雪乃さんと二人で女神像の前まで歩いて行くと、両手を胸の前で広げた女神像の掌から薄黄色っぽい光の玉がフワッと浮かび上がる。


 「よくぞ参られました、ヨルズヴァスの御子達よ」


 光の玉が語り掛けて来た。

 ……ヨルズヴァスって何? 雪乃さん、説明を下さい!


 「OPEN OF LIFEの大陸の名前にもなっている、この世界を創造した神の名前だ」

 「ああ、そういう設定なんすね」

 「設定とかいうな。雰囲気が台なしだろうが」


 やれやれといった感じで雪乃さんが肩を落としているのだが、アンタのボンデージに仮面姿そのかっこうで雰囲気とか言われてもなぁ……。


 「さぁ、加護を求めし者よ、ここに跪きなさい」


 光の玉に言われて跪くのだが、なんだか恥ずかしい。

 しかし加護を貰わないと魔法使えないしな。

 仕方なく膝を突くと僕の全身をキラキラとした光が覆い出した。


 「さぁ、お行きなさい! 旅のご加護があらん事を」


 ピコーン!

 ・光魔法を習得しました!

 ・光魔法ががLv10に上がりました!


 光の玉が告げ終わると同時に、お馴染みの音と共に視界の隅に文字が浮かぶ。

 やっぱり魔法も最速でLV10まで上がるんだな。

 管理者権限スゲーな。


 「これでタケルも白魔法が使えるようになったな、ではさっさと帰ろう」

 「へ? 帰るって?」

 「研究室に帰るんだよ」


 何を言ってるんだ? という表情の雪乃さんが話しながらスタスタと歩き始めた。


 「えー? 僕まだ魔法使ってないっすよ!」

 「その事なのだが、タケルには研究室に通して貰えるようにパスを発行しておくから、会社に来ればいつでも仮想空間で練習出来るように手配しておくぞ。なんなら私に連絡くれればサポートチームを迎えに寄越してもいいぞ」

 「ホントっすか! 何処で練習したらいいのかなーって考えてたんすよ!」

 「まぁ街中で魔法ぶっ放しまくるのもなんだしな」

 「雪乃さんも一緒に練習してくれるんすか?」

 「そうだな、まぁ毎回は無理かもしれんが、出来る限り練習に付き合うよ」

 「助かります。一応研究室で練習したい時は、雪乃さんに連絡を入れてから来るようにします。……それでひとつ相談があるんすけど」

 「何だ? 他の魔法は今回は覚えさせてやらんぞ?」


 僕の前をスタスタと歩き続ける雪乃さんが肩越しに駄目駄目! と右手を左右に軽く振った。 


 「あ、やっぱり? まぁそう言うと思ったんすけど、ちょっと考えてる事があるんすよ」

 「考えてる事? なんだ、言ってみろ?」

 「実は昨日こなしたクエストで思ったんすけど、ステータスが高過ぎて普通の人間相手だと怪我をさせてしまうかもしれないんすよ」


 最小限に威力を弱めたのに、社会人の男性の手首を砕いてしまうところだった。

 これからは更にレベルが上がって力がついて来ると、ますます弱く攻撃するのが困難になってしまいそうだし。


 「そうだな、管理者権限や救世主のステータスアップは、当然ながら普通の人間に向かって使うようには作っていないからな」

 「そこでなんすけど、昨日クエストの男がスタンガンを持っていたんで、それを使ってその男を無効化したんすよ。で、もしかしたら雷系の術式操作魔法というやつで電気を操れたり出来ないかな……とか考えたんすよ」

 「相手に怪我をさせない為に電撃を、という事か。うーん」


 歩きつつ右手を顎に添え、雪乃さんはうーん、うーんと唸っている。

 どうやら真剣に考えてくれているみたいだ。


 「よし分かった。タケルの事を考えて雷魔法も今回覚えに行こう。ただし、二つ程条件を付けさせて貰うぞ?」

 「条件すか?」

 「先ずは相手を無効化出来る最低限の威力の電撃操作が出来るようになるまで外では雷魔法を使わない事」

 「それは約束します。雪乃さんに迷惑を掛ける事も絶対にしないです」

 「うむ、物分かりが良くて助かるよ、もうひとつの条件は――」


 何やら手元でカチャカチャと操作しているみたいなのだが……。


 「パンダすよね、いいすよ、ただし雪乃さんのクエストをクリアしてからすよ」

 「……ぜ、絶対だぞ、絶対だからな!」

 「分かってますって」


 いやったー! と子供みたいに、今度は全身で喜びを表現しているのだが、先程手元で操作していたのは恐らく携帯か何かで録音しようとしていたのだろう。

 仮想空間に携帯があるのかどうかは分からないが……。

 やってる事は少々大人げない気もするがのだが、僕もそれを分かっていて返事をしたのだ。


 誰も二人きりで行くなんて言っていないし、お母さんとくるみも一緒に連れて行って貰おう。

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