番外編

 

 私の名前は神谷聡美かみやさとみ

 現在スタイリストとして生計を立てている。

 とはいってもまだまだ駆け出しの身なのだが。

 トップスタイリストとして活躍出来るよう修行の日々を過ごしている。

 修業とは言っているがお金を貰っている以上、プロの仕事なので妥協など絶対に許されない。

 少しでも早く世間に認めて貰えるよう、毎日の仕事に全力を出している。

 当然今は恋愛などしている暇はない。


 今日はプロのカメラマンである、この世界では有名な高倉たかくらさんとご一緒出来るとあって、朝から気合を入れて来ていた。

 高倉さんと言えば良い写真を撮る事で有名だけど、自分が納得いく写真が撮れるまでなかなかOKを出してくれない、ちょっと難しい方なのよね。

 しかもモデルがあの悪名高いRYOYAリョーヤだと言うではないか。

 現場に遅れて来るなんて日常茶飯事で、来ない日もあるという。

 また、気分屋で自分が上手く乗れていないと感じると、現場で暴れたりもすると聞く。

 更に女癖も悪く、現場の女性を手当たり次第口説いたりする、人としては最低の部類に入る人物だ。

 しかしやっと巡って来た少ないチャンス、私はどうしてもモノにしたい!


 と意気込んでいたら案の定、RYOYAがドタキャンして来ないらしい。

 これで今回のチャンスももう終わり。

 高倉さんとお仕事をご一緒出来る機会なんて、次はいつ来るのか……。



 何やら現場が騒がしくなって来た。

 どうやらRYOYAの事務所のマネージャーが、近くにいた素人を現場に連れて来たらしい。

 いやいや流石にそれはどうなんだと思ったが、その素人をそこそこ見れるくらいまでに仕上げる事が出来たならば、高倉さんにも認めて貰えるかもしれないじゃない!


 来た、私にもチャンスが来た!


 私達が控えている店内まで騒がしくなって来た。

 ああ、あのマネージャーがオーナーに怒られているのね。

 そりゃそうでしょう、自分の店のモデルに素人を連れて来られたのだから。

 でもオーナー、安心して頂戴。

 私がその素人を立派なモデルへと変えてみせるわ。


 ここからじゃ後ろ姿しか見えないけれど、背はまぁ高い方ね、185センチくらいかしら。

 髪の毛は金髪? ま、まぁ奇麗な方かしらね、上手く染めたのかしら。

 そのまま更衣室へ着替えに行くのね、早く着替えてこっちに来てくれないかしら。

 フフフ、普通のモデルさんより手直しに時間が掛かるのだから。


 「「「オオーーー!」」」


 何? 何の歓声? 何が起こっているのかここからじゃ分からないわよ!

 こっちに来るみたいね――って、な、なんじゃーこりゃー!

 え? し、素人って言ってなかった? えぇ、あ、し、しまった、挨拶、挨拶しなきゃ!


 「よ、宜しくお願いします!」


 頭をきっちりと下げて挨拶は出来たわ。

 若干噛んでしまった気がしないでもないけど……。

 しかし鏡越しでしか見られていないのが残念な程、奇麗な顔立ちしているわよね……。

 ひ、瞳の色が緑? 外人さんなのかしら? ……め、目が合っちゃった。


 「こちらこそ宜しくお願いします。可愛く仕上げて下さいね!」


 可愛く仕上げて下さいね!

 …… 仕上げて下さいね!

 ……  …… 下さいね!


 は、し、しまった! あまりの破壊力に意識を刈り取られて、手が止まってしまっているじゃないのよ。

 しっかりしなさい聡美!

 あなたは一流のスタイリストになるのでしょうが!

 モデルを前にして手を止めるなんて、三流以下じゃないの!


 しかし、セリフが未だに脳内でリフレインしているわ。

 末恐ろしい子ね。

 可愛く仕上げて下さい、か……一体どうすればいいのよ。

 はぇ? な、何してるのこの子? 笑顔の練習?


 か、可愛らし過ぎるーーー!

 モ、モウ、ヤメテクダサイ、オシゴトニナリバゼン゛……。


 つーーー


 あ゛、鼻血! ヤバイ、ティッシュティッシュ!


 ……もう最悪、モデル見て鼻血出すとか、業界追放されてもおかしくない。

 私、このお仕事向いてないんだわ……。


 「お、終わりました……」


 実家に帰ろう。

 探せばまだギリギリ結婚も出来るだろうし、親を安心させてあげよう。


 「次お願いしまーす!」


 店内に撮影スタッフの声が響き渡り、モデルの子がオーナーとお店のスタッフに両脇を抱えられ、引き摺られるようにしてもう一度更衣室へと向かって行くのを、私はボーっとしたまま見つめていた。


 聡美! いい加減にしなさい! せっかく掴んだチャンスなんでしょうが!

 次って言われているのよ、もう一度あの子に挑戦出来るのよ!

 ……やってやる。やってやるわ!

 絶対私の手であの子を可愛く仕上げて見せるわよ!


 き、来た! イヤーン今度の服も超似合ってる……。

 スタイルも抜群だし、オーラどころか通り越しちゃってオーロラが出ちゃってるじゃない!


 ……駄目よ、負けちゃ駄目。


 まずはファンデーションを――ってこんな透き通ったキメの細かい肌の、何処をどうファンデーションなんか塗るのよ、馬鹿じゃないの?

 じゃ、じゃあ髪型を……このサラサラふわふわな髪をどうすれば可愛くなる? ワックス? いや、駄目よ、降ろしている前髪をちょっと上げてみる?

 あらやだ、オデコも超カワイーーー!


 「……終わりました」


 ……十分可愛いいじゃないか! くそ! どこを触っても可愛いのなら私なんか要らないじゃないのよ。

 

 ……いいえ、違うわ。

 そうじゃない、モデルさんを可愛く出来ないのは、ただ単に私の実力が足りなかっただけよ。

 モデルさんの所為にするなんて最低も最低。

 また一から……基礎から出直しよ。

 あなたがトップモデルの道を突き進んでいくのは、今日の撮影を見れば誰にでも分かるわ。

 でも見てなさい。私もあなたの後ろ姿を、食くらいついてでも追い掛けてみせるわ。


 撮影も終わったみたいね。

 一言ビシッと言ってやるわ。


 「またどこかで、ご一緒出来ればいいですね」


 く、くそー! カワエェなーちくしょう!

 この笑顔で言われたら、何て言えばいいのよ! えーっと――


 「一生、着いて行きます……」


 ふん、宣戦布告よ。

 絶対にあなたを可愛く出来るようなスタイリストになってみせるわ!


 ……あれ、い、今私何て言った? なんだかおかしな事を言った気が……。

 一生着いて行きます? とか口走ったような……。

 ぐわわわーーー! なんじゃこのプロポーズみたいなセリフわー!


 つーーー



 神谷聡美が更に鼻血を出したところで今回の騒動は幕を閉じる。

 タケルが表紙に割り込んだ雑誌は飛ぶように売れ、通常の数十倍もの発行部数を記録した。

 雑誌の編集部にはタケルへの問い合わせが殺到し、暫く対応に追われる日々が続く事となる。

 更にスタイリストを務めた神谷聡美の名前もしっかりと記載されており、この後彼女は業界で引っ張りだことなり、売れっ子スタイリストの仲間入りを果たす事になる。

 その一方でタケルを事務所にスカウトしなかったマネージャーは、事務所の社長に怒られる事となり、やっぱりペコペコと頭を下げているのであった。

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