第6話

 

 朝起きて、まずはカーテンを開ける事から始める。

 ここ二年間程、殆ど開く事のなかったカーテン。

 サポートチームによって殺菌、消毒され、少し小奇麗になった部屋を見て安堵を覚える。


 やっぱり昨日の出来事は夢ではなかった、良かったと。


 春休みだからなのか、未だ寝ているみたいでくるみの部屋からは一切の物音がしない。

 まさか昨日ぶっ壊れたままじゃないだろな?

 今日も忙しくなりそうだったので、さっさとリビングに降りる事にしよう。


 「お母さんおはよう」


 この一言、随分と言っていなかったので、どうしても今日は言いたかったんだ。


 「あらタッ君おはよう。早いのねー」


 まるでいつもの会話みたいに返してくれる。

 やっぱり気を使ってくれてるのかなぁ。

 その後、今日は朝から出かけるからとか会話しながら朝食を取り、着替える為に部屋に戻る。

 外に出掛けられる服が、昨日着ていた服の一着しか持っていない為、夜のうちに洗濯しておいたのだが、一体何処で使う事があるのか分からない洗濯スキルというのが貰えた。

 洗濯スキル使うゲームって、一体どんなゲームだよ。


 昨日の夜から服を買う為に色々とネットで調べてみたんだけど、どんな服を買っていいのやらさっぱり分からん。

 そもそも自分の体に合うサイズからして不明。

 身長が急に伸びたからというのも勿論あるけど、普段から服を買わないのでどれくらいのサイズで選べばいいのか見当が付かない。


 というわけで服は一旦保留にしておき、後で雪乃さんに相談してみようと思う。

 夕方からは雪乃さんと一緒にダイブする予定だからな。

 ただ、雪乃さんに相談すると全身黒一色になりそうなんだよな……。


 今出来る事はEXPと現金が貰えるクエストを攻略する事だな。

 ちょっと買いたいものが出来たから、もう少しお金が欲しいんだよ。

 よし、そうと決まれば早速昨日と一緒で駅の方へと向う事にしよう!


 走りながら視界にマップを表示させ、クエストを出している人を探す。

 いるいる、今日もいっぱい居るぜー! まさに狩場だな。

 近くにいたクエストを出している人のところに到着し、まずは一人目のクエストを確認する。


 <夫の不倫旅行の現場写真を取って来て!>


 ぐわー! やっぱり昼ドラ系かよ! 次だっ、次!


 <妻の酒癖の悪さを何とかして欲しい!>


 いや、これは僕にはどうしていいのか分かりません。

 奥さんを説得して……いや、そんなにすぐに治るものじゃないと思うしパスだな。


 次は、んん? こ、これは?

 何やら前方で凄い剣幕で怒られている男性がクエストを出している。


 クエスト内容

  ・ドタキャンした男性モデルの代わりを探してください!


 クエストの依頼者 

  ・モデル事務所のマネージャー


 クエスト成功条件

  ・男性モデルを探し出し、時間内にカメラマンの納得する写真を撮って貰う


 クエスト失敗条件

  ・時間内にカメラマンの納得する写真が撮れない


 クエスト報酬

  ・謝礼


 クエスト難易度

  ・☆☆


 クエスト受諾条件

  ・十五分以内にクエストを受ける



 なんとなく状況が分かるぞ。

 でも十五分以内か。マップで目標物を探し出す事は出来るけど、時間がなー。


 なんて事を考えていると、今まで怒鳴っていた雑誌の編集者? プロデューサー? っぽい男性が僕に気が付いたみたいで、視線を向けて来た。


 ……おい、隠密スキルが発動しているはずなのに見つかったぞ?


 何やら怒られていた事務所のマネージャーの男性に、僕の方を指差しながら話し掛けた後、その事務所のマネージャーが血相を変えて僕の方へドタドタ走って来た。

 そして今まで緑の『!』マークだったアイコンが、赤の『!』マークへと変化していた。

 へー、そんな事もあるのか。



 緊急クエスト内容

  ・ドタキャンした男性モデルの代わりを務めてください!


 クエストの依頼者 

  ・モデル事務所のマネージャー


 クエスト成功条件

  ・時間内にカメラマンの納得する写真を撮って貰う


 クエスト失敗条件

  ・時間内にカメラマンの納得する写真が撮れない


 クエスト報酬

  ・EXP

  ・モデル料


 クエスト難易度

  ・☆☆☆


 クエスト受諾条件

  ・十四分以内にクエストを受ける



 そしてクエストの内容も変化していた。

 おお、EXPも貰えるようになったぞ!

 まさにモデルの経験って事だな。

 しかし更に時間が減ったな……急がないとな。


 「すす、すいません! 私、こういう――」

 「時間がないんですよね? 僕、モデルとかやった事ないので、なるべく急ぎましょう」


 マネージャーさんが名刺を胸の内ポケットから取り出そうとしたところで言葉を遮り、面倒なところを全部端折ってクエストを受けた。


 「えぇ! あ、え、ええ、そうです、そうなんです! 宜しくお願いします!」


 マネージャーさんは驚いた様子を見せつつ、何度も何度も頭をペコペコ下げている。 

 ……時間がないのになぁ。

 あまり頼りになるマネージャーさんではなさそうだ。


 新学期から超高校デビューになる筈が、まさか先にモデルデビューしてしまうとは……。


 

 頼りないマネージャーさんに、僕の隠密スキルを突破した男性の所へと連れて行かれた。

 色黒で茶髪でロン毛、サーファーっぽい二十代後半と思われる男性で、雰囲気がとにかくチャラい。

 ピンクのシャツを肩に羽織って仕事する人って、コントの中だけだと思っていたよ。

 このいけ好かない男性は、やはり雑誌の担当者だったみたいだ。


 「いやー! 引き受けちゃってくれるんだね! 助かっちゃったよ。宜しくねー!」


 見た目通りの口調で話し掛けて来たのだが、もう嫌だ。クエスト失敗でいいです。

 しかし隣ではマネージャーさんが申しわけなさそうにペコペコしているし、ここで断るのも可哀相だし……ったくしょーがねーな。


 そのままマネージャーさんに、すぐ傍の一軒のお店へと連れて行かれた。

 どうやらこのお店で撮影があるらしく、スタッフの方が五、六名待機していた。

 お店は若者向けのカジュアルショップで、メンズ、レディース共にラインナップされているみたいだ。

 高校生が着るというよりも、どちらかというと社会人向けかな? という印象を受けたのだが、僕のファッションセンスなんて

 当たっている自信など微塵もない。

 洋服に目を通していると、今度は店内でマネージャーさんが別の男性に怒られているみたいだ。


 「ちょっといい加減にしてくれよ! こっちは今回の撮影で売り上げが大きく左右するかもしれないんだぞ! それをその辺を歩いていた素人を連れて来るだなんて、考えられんよ!」


 確かに素人です、スイマセン。

 マネージャーさんに怒鳴っていたのはお店のオーナーさんっぽい人で、四十歳前後のナイスガイ! という感じの男性だ。

 短髪でスーツをビシッと決めた、仕事出来ます感がビシビシ出ている人だ。

 雑誌の担当者とは違い、怒ってはいるものの、言っている事も間違っていないし、好感の持てる男性だったので、とにかく僕も挨拶しておこう。


 「申し訳御座いません、この度はご迷惑をお掛け致します。今回の撮影でモデルを務めさせて頂くタケルと申します。宜しくお願いします」

 「だいたいね、今回の事――って、え、何? モデルって、ええぇ! 君? 君がモデルを引き受けてくれるの?」


 マネージャーさんと話しをしている最中に挨拶したので、一瞬こちらを見た後に二度見しながら僕に話し掛けて来た。


 「何分素人ですので、もしかするとお店にご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんが――」

 「何言ってんの! 良いよ、良いに決まってるじゃないか! おい、キミ! 一体何処で見付けて来たんだ?」


 オーナーっぽい男性は、マネージャーさんの背中をバシバシ叩いている。

 マネージャーさんは相変わらず謝りながらペコペコしている。


 「ささ、時間もあまりないからこっちで着替えてくれるかなー!」


 オーナーさんっぽい人に不気味な笑顔を向けられ、連れて行かれた先には更衣室があり、今回撮影に使うと思われる服が既に数着掛けてあった。


 「時間ないから急いでこれとこれを着て出て来て下さい」


 マネージャーさんが服を指定して来たので更衣室に入り、カーテンを閉めて慌てて着替えを済ませる。

 まさかこんな細身の服をお店で試着する日が来るとは。

 今までだったら片腕も通せないぞ、こんなの。

 ……あ、あまり深くは考えないでおこう。

 

 「着替え終わりましたー!」


 何とか無事に着替え終わったので、声を張り更衣室のカーテンを開けた。


 「「「オオーーー!」」」


 僕の姿を見たスタッフさん達から歓声が上がった。

 良かった良かった。服の着方も間違ってなかったみたいだ。

 何やらお店の奥の方でオーナーさんっぽい人と、恐らくショップの店員さんだと思われる女性が、無言でハイタッチをしているのも見える。


 すぐさまマネージャーさんに腕を引かれ連行される。

 今度は鏡の前で待機していた、スタイリストさんと思われる女性の前で座らされた。


 「よ、宜しくお願いします!」


 スタイリストのお姉さんが頭を下げて挨拶をしてくれた。


 「こちらこそ宜しくお願いします。可愛く仕上げて下さいね!」


 5パーセントの笑顔で鏡越しに挨拶を返したら、お姉さんが顔を真っ赤にして俯いたまま止まってしまった。

 や、やべー! 可愛く仕上げて下さいは流石に言い過ぎた。……調子に乗ってごめんなさい。


 ここでふと雪乃さんに言われていた事を思い出し、鏡に向かって笑顔の練習をしてみる。

 お姉さんは未だフリーズしたままだ。

 先ずはやってみろと言われた、100パーセントの笑顔をしてみる。


 ニコ!


 ……駄目だ、これはキモイ。作り笑い感が半端ない。

 しかも笑顔というより、どっちかというと獣の威嚇の顔の方が近いよな。

 次は50パーセントの笑顔で――い、いや、まだキモイ。

 なんでだろう? 引き籠り歴が長過ぎて、笑い方も忘れてしまったのか?

 こんなイケメンの顔でここまで気持ち悪くなるって……どうなの?

 ふむ、結局15パーセントの笑顔くらいまでが自然に見えるみたいだな。

 ニコ! ニコ! ニコ!


 ……お姉さんがいつの間にか復活してました。

 お姉さんは体調を崩してしまったのか、鼻血を出してしまった様子で、ティッシュを鼻に詰めながらスタイリングをしてくれている。

 なんか申しわけない。

 その後僕は嫌われてしまったのか、殆どお直しはして貰えずに終わりましたと告げられ、いよいよ撮影が始まるみたいだ。


 お店の軒先へと移動させられカメラマンのおじさんと対峙させられた。

 いよいよ撮影が始まるのか。ちょっと緊張するなぁー。


 「じゃー、さっそく撮るよ」


 撮るよって言われてもな……、何かポーズとかした方がいいのかな?

 

 「あ、あの、ポーズとかはどうすればいいですか?」

 「自然な感じでいいよ」

 

 素直に聞いてみたのに、無粋な感じで言われてしまった。

 やっぱり待たせ過ぎたのがいけなかったのかなぁ……怒らせてしまったのかなぁ。


 カシャカシャカシャ!


 ……へ、嘘、もう撮ったの? 僕今どんな恰好してたっけ?


 「はい、次!」


 えぇ! しかももう終わり? 適当過ぎじゃね? 何か二、三枚くらいしか撮ってなくね?


 「ちょっと、ちょっと! カメラさん、写真少な過ぎじゃないっすかー?」


 雑誌の担当者も僕と同じ事を思ったらしく、横から撮影に割り込んで来た。


 「お前馬鹿か? 今の瞬間逃すようなら俺はこの家業廃業してるよ」


 カメラマンさんのおじさんはさっさと次の準備に入ってしまった。


 「い、今撮った写真を見せてみろ!」


 雑誌の担当者はそれでも納得出来ないのか、カメラマンのおじさんに詰め寄った。

 しかし今撮った写真をその場で確認すると、すぐさまスゴスゴと奥へと引っ込んでしまった。

 一体どんな写真が撮れたんだ? と不思議に思っていると、オーナーさんっぽい人とショップの店員さんっぽい人の二人が僕の両脇に現れた。


 「え、ど、どうした――」

 「はいはーい。次、次に行きましょうねー!」


 僕が声を出すと同時に、二人が僕の両脇を腕でしっかりとロックしてしまい、そのままでズルズルと更衣室まで引き摺って連れて来られた。

 ……なんだかちょっと怖くなって来たぞ。

 その後またマネージャーさんが次の服を渡して来たので急いで着替え、スタイリストさんのところへ向かう。

 しかし今度も殆どお直しされなかった。

 スタイリストさんは眉を引きつらせ、ぐぬぬぬと呟きながら、前髪を少し触っただけであった。

 お姉さんも美人なのにちょっと変わった人みたいだ。


 この間にオーナーさんっぽい人が、何処からともなくマイカメラを持ち出して来て、色んなアングルで僕の事をバシバシ写真に収めていた。

 某掲示板等には載せない様にお願いします。


 「今回は笑顔で撮る」


 二回目の撮影では笑顔の注文が来たので、先程鏡の前で練習した15パーセントの笑顔で、ニコ! と披露した。


 カシャカシャカシャ!


 ……ふぅ、練習しといて良かったぜ!


 「はい、OKです! お疲れ様でしたー!」


 大きな声が店内に響き撮影終了の時を迎えた。


 あ、あれ? クエストクリアのアイコンがまだ出てないよ?

 ステータス画面でクエストの確認をしてみると、残り時間があと二分となっていたので、時間切れではなさそうだ。


 「なぁ、スマンがもう一回笑顔の写真を貰えないか?」


 一体どうすればいいのかと考えていると、カメラマンのおじさんが申しわけなさそうに歩み寄って来た。

 そ、それって撮り直しって事、だよな?

 まぁクエストクリアもしていないので、僕はまだ全然平気なんだけど。


 カメラマンのおじさんが僕の方へとカメラのレンズを向ける。

 さっきの練習の笑顔じゃ駄目だったんだよな。

 うーん、そうなってくると、どうしたものか。

 笑顔、笑い、面白かった事?


 僕の中で面白かった事と言えば――

 

 やっぱり昨日、今日起こった出来事しかないよな!

 OOLHGの事。

 お母さんの事。

 お婆さんの事。

 くるみの事。

 今日の事。


 そして雪乃さんの事。


 カシャ!


 どうやら出来事を思い出しているだけで自然と笑みが零れていたみたいで、カメラマンのおじさんはシャッターを一度だけ切った。

 

 「おい!」


 カメラマンのおじさんが大きな声で雑誌の担当者を呼んだ。


 「この写真、次の雑誌の表紙で使え!」

 「そ、そんな表紙とかもう決まっちゃってますよー!」


 カメラマンのおじさんは無言で今撮ったばかりの写真を、雑誌の担当者へグイッと乱暴に向けた。

 するとブツブツ文句を言っていた雑誌の担当者は、ごくりと唾を飲み込んだ後、携帯電話を片手に店の外へと飛び出して行った。

 その一連のやり取りを見ていた、オーナーさんっぽい人とショップの店員さんっぽい人は、満面の笑みを浮かべてもう一度ハイタッチを交わしていた。


 視界の隅にはクエストクリアのアイコンも出ている。

 ふぅ、時間内ギリギリだったみたいだ。



 「いや、本当にありがとうございました、助かりました。こちら一応今回のモデル料という事で」


 マネージャーさんがペコペコ頭を下げながら封筒を渡して来た。


 「いえ、こちらこそ貴重な経験をさせて頂きました。有難う御座います」


 お礼を済ませてから封筒を有難く受け取った。

 マネージャーさんは、このお金を慌てて御用立てしてくれたみたいで、銀行の封筒だった。

 ちなみにオーナーさんっぽい人は未だに僕の写真をバシバシと撮っている。


 「あの、その写真どうするんですか?」

 「是非、お店に飾らせてください! で、失礼でなければこちらの服を貰ってくれませんか?」


 何故だか大量の紙袋を渡してくれた。

 一体どういう事? 


 「どこの洋服か聞かれた時に、うちのお店の名前を言ってくだされば結構ですので!」


 含みのある笑みを浮かべながら紙袋を押し付けて来た。


 なんかそういうの聞いた事あるな。

 あれか、広告塔みたいなもんか?

 まぁ僕は服を持っていないので、くれるというなら貰っておくか。

 しかしあれだ、ちゃっかりしてるというか、やはり仕事が出来る人だというか。


 「有難う御座います、是非着させて頂きます」


 素直に受け取っておこう。

 最後に撮影スタッフさん全員に挨拶し、スタイリストのお姉さんと目が合った。


 「またどこかで、ご一緒出来ればいいですね」

 「……ます」 


 お姉さんはボソボソと呟いた後、視線を逸らしてしまった。

 き、嫌われてるなぁ……。


 とにかくEXP、お金、大量の服と必要な物はゲット出来たし、ウハウハだぜー!

 

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