第3話 第一住民は物語る

「時にさっさん。いい加減ユナもこの平野でゆったりするのには飽きてきたです」


そう彼女が呻くように垂れ流すのも、既に七回目……この七日間はそういうユナを宥め倒してきたが、どうにもこれ以上は僕も限界だ。具体的に言えば話のネタが尽きたと言ってもいい。無論よく喋ると言うからには、無尽蔵に話題を提供ないしは暴投出来るこの口だが、流石にこの娘を相手に喋り続けるのは辛いものがある。事ある事に顔を観察されてちゃ落ち着かないというわけだ。


「まぁ、確かにいくら待っても待ち人きたりぬ、って奴だね。無駄は無駄さ。だが残念ながら僕らは最初に目指すべき場所も、守るべきルールも知らないんだ」

「言ったはずです。ゲームの公開から経過した時間、噂の拡散具合、試練の難易度だけならいざ知らず、あるかも分からない他のゲートの存在を加味してしまうならユナにも推理はしきれねーですよ」


だよなぁ。さて、ここで待っていればいずれ他の人間も来ると思っていたけども……そんなに

ご都合主義は起きやしないか


「ちなみにその推理だとゲートの数はいかほど?」

「……1週間、ここで粘ったです。それ以前の猶予は2週間。仮にゲートが一つであれば私達はきっと前もってここに来ていた誰かに鉢合わせているはずです。少なくとも、可能であれば私は定期的にここに足を運ぶですよ」


なるほど、まぁ現に僕らがしている事だ、ここで何が行われているにせよ、本来ならば見物客がここに戻ってくるのは自然の話だ。


「そうでない可能性はいくつかあるですが、こんな大掛かりなことをしている時点で殆どは潰れるです。なので恐らくゲートはそれこそ無数にあり、この世界もそれ相応に広い……或いは、ここに戻ってこれないの二択が妥当なところです」

「まぁそれで、その二択についても一週間で結果が出たな」


寝転んでいた体を起こし、一面の草原を見渡す。青い空のまま変わらぬ天と、風に合わせて白波を彩る大草原……ここは限られた世界、正しく箱庭。


「箱庭は閉ざされてなきゃならない。だとすれば答えは後者だ。一度この空間から出ればここには戻ってこられず、この一週間試練をクリアした人間はいない」

「恐らくは私達がその分水嶺だったです。クリアできる奴が興味を持つ限界値、ゲームをやる気のある奴らはみんな先に進んだのでしょう」


だとするとこのゲームは少し面白いことになっているかもしれない。閉ざされた空間で、ゲーム始めたてのニュービーに古参は接触できず、集まった人外たちはいったい何をしている?何をさせられている?


「ユナ、行こうか」

「遅いくらいですよさっさん。様子見にしても一週間はバカ者のすることです」


まぁ、そうかもしれない。


ただし、今回に限っては───それが最適解なのだ。


「恐らくはこの草原の果てを抜ければ直ぐにでも他のプレイヤーに会える。でもユナ、先に覚悟だけはしておこう。なにせ僕らは契約を交わした仲だ、僕もいきなり半身がゲームオーバーなんて自体は避けたいからさ」

「なんの覚悟です……?」

「なんの覚悟って、そんなのは決まってる」





“物語を始める覚悟”────さ



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



さて、はじめから振り返ってみよう。『code:エルピス』というゲームが現れたのがちょうど今から三週間前。突如現れたこれは人間にはクリア不可能な試練をぶつけ、乗り越えたものだけをその奥へと誘ってくれる。製作者不明、目的も不明。その奥にあるものすら、触れた者はいない。とんだおとぎ話のような代物であることはここまでも分かる。では中に入ってみた感想はどうだろう?言うまでもなく、おとぎ話のような楽園も地獄も存在しない。ここは現実と何ら変わりなく、二流漫画や三文芝居のようなつまらない物語の世界だ。苦労を乗り越えて、変な仲間を迎え入れ、ただ歩いて次の段階へと進んでいく。

普通の人であればこの平野を抜けた先に何を想像するだろう?この冒険の報酬はなんだろう?答えを得る度、きっと疑問が増えていくに違いない。では、その最果てをお教えしよう。


「なるほど、ここは現実だ」


温かく、湿った木目。静かに腐ってゆくのはさぞ心地いいに違いない。垂らされた瞳が何を見つめているかは分からないけれど、そこが無であればこれ以上にない至極である。


「なんです、これ……」


───死、そして死。

残念ながら答えとしてこれ以上に適切な言葉はない。

残念な事に、物語はすでに始まっていたようだ。


「内臓破裂、粉砕骨折、飛び散った肉片に跳ねだした眼球───何よりもこのかき混ぜられたような脳漿が示してるさ、死体だよ」


───息を呑む音。あぁ、なるほど。人外の少女とはいえ、死を恐れる気持ちはあるらしい。よかった、これであれば僕のような何かしらも生き物であることが証明される。生きていてよかったなんて感じたことは無いけれど……それは死にたいとは全く別個の感情だ。


「周りを見てみなよ。大きな街だ、恐らくの人口には不釣り合いだろうけど、とても綺麗だね」

「……ですが、この辺りは何もありませんね」

「あぁ、そうだとも。何も無い。さすがは推理の天才だ、不自然さには気づいたか」


この死体は明らかに高所落下の末に出来たもの。しかもおそらくは殺されてまもない。また残念ながら、この周囲にはそのような高所がない。持ち物であろう金属すら弾けているところを見るに生半可な高度ではこうもならないだろう。


さて、ではこの死体はどうやってここに現れたのか。


「これが、覚悟とやらを確認した理由です?」

「そう睨むなよ、可能性を提示しただけだ。僕には中の様子を知る術がないのは、お前も知ってるだろ」

「このゲームの製作者であれば、あるいは可能です」

「なら疑い続けてくれ。言い出したらキリのない、不毛な疑念だ」


しばらく無言で見つめあっていると、やがては諦めたようにため息をついて視線を死体へと戻した。

僕もならうように死体を追いかける。

飛び散った肉片の中に、光を反射するようにして金属片が混ざり込んでいる。キラキラとしているのはそれが原因だろうが、火薬臭も無ければ金属、及び肉に焼け焦げた跡がない。爆弾の類ではない。であればやはりこれは高所落下だ。

徐に背後に手を伸ばす。


「───へぇ」


ちょうど僕達はこの街に入った瞬間にこれを目撃した。であれば、僕達が立つこここそ街の外れにほかならない。つまりはそういうカラクリなのだろう。


「僕達はここからは出られない」


腕が、消えていた。正確に言えば空間に呑まれていた。

僕達が平野を抜ける際に潜った白い霧。超えればいきなりそこはこの街だったわけだが、振り返った所に伸ばした手は肘から先がそのままどこかへと飛んでいってしまったかのように、視界から消えている。

手を引いて、動きを確かめる。消えたように見えた先端は無事にくっついていたし、感触に異常はない。


「おそらくは街の反対側に繋がっているんだろうね。だから街からは出られない」

「……だとすれば、犯行現場は向こう側のあの時計塔です。町中で一番高く、あそこから落とせば繋がった空間が自然と死亡現場をこっちに運んでくれるです」

「違うと思ってることを口に出すのはやめておきなよ。まさかユナとあろうものが、本気でそう思っているわけじゃないだろう。死体が塔からは遠すぎる。仮に塔がこの境界面のギリギリにあったとしても、僕達のところから死体までは10m近くもある」


そもそも、果たしてあの塔から落ちたとしてここまでの死体が出来上がるだろうか?


「まぁ、何にしてもここを潜れば早い話さ。見に行こうよ名探偵、突き落としたのはなしにしても、あの塔が犯行現場なのはおそらく間違えてない」


この境界を潜り塔下へ行く。話は塔を調べてみてからだ。


───何よりもこの状況、急がないと不味いことになりそうである。


「さっさん、その前にまた質問です」

「いいよ、なんでも言ってごらん」


このタイミングで答えられる質問かは、分からないけどね。しかしほら、聞くことに意味がある。言わなければわからないこともあるというのは全くもって正しいことなのだから。人外にとっても言葉はとても大事なツールなのだから。


「さっさんは何でそんなに冷静で居られるです───?」

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