III - 12
紫苑がドライヤーで髪を乾かすのを聞きながら、携帯ゲーム機の電源を点けた。
二段ベッドの下段で横になってディスプレイを見上げると、スリープ状態だったゲームはラストダンジョンで立ち止まったままだった。随分とありがちな投げられ方だったが、行動パターンを思い出すとすぐに続きが進められた。
片耳にだけイヤホンを突っ込んで冒険を進める。
左耳から戦闘BGMが、右耳から紫苑の声が聞こえる。
「消灯するよ?」
ああ、と僕が応えると、紫苑がベッドの梯子を上がり、部屋の照明が消えた。
上段で点けられた読書灯の光だけが白い壁を照らしていて、ぼんやりと明るい暗闇からページを捲る音が聞こえた。強化、強化、強化、弱体化、弱体化、弱体化。僕の手元では主人公たちがパターン通りに戦っている。着実に終わりに近づいている。回復、強化、強化、強化、攻撃。ボスを倒すとボスが出てきて、また倒すと、終わった。
敵は倒れた。この世界はまだ混乱に包まれているがじきに落ち着くだろう。
きみたちは世界の希望だ、人々を導いてやって欲しい。
そんなテキストが流れた。
エンディング。
淡白な幕引きで、周回要素も特にない。クリア状態をセーブする機能もないまま、またタイトル画面に戻ってくる。CONTINUEを選ぶと、ボスを倒す前のセーブデータにカーソルが合っている。
最初から始めるか、またラスボスを倒してエンディングを見てまたラスボスを倒すか。
どちらかだ。
クリア状態は保持できない。
ハッピーエンドはただの瞬間でしかない。
電源を切るとつるつるとした真っ黒な画面に何の印象もない自分の顔が映った。小さい頃から父親に似ていると言われ続けてきた顔。将来は父親と同じようになる、と僕の母親が繰り返した顔。
一方的に書き置きを残して家を出たが父親からはメールも電話もない。
学校に問い合わせた可能性もあるが、僕には何もわからない。
壁を見上げると、紫苑の読書灯はまだ点いたままだ。
「ねえ」
ベッドの上から紫苑が言った。
「なんだ」
お互いに、読書灯が壁に落とす影を眺めながら話す。
「今度、どこかに遊びに行こうか」
「どこかに、って。漠然としてるな」
「どこでもいいんだよ、本当に。ただ、前回は映画だったからそれ以外にしようかなって思うんだけど、どこで何をすれば楽しいか、あんまり想像できないんだよね。海とかにしてみようか?」
「いま冬だぞ」
「冬だから人がいなくて楽しいかも。それとも、泳ぐ?」
「そんな強靭な心臓持ってねえよ。入水自殺になるわ」
僕の言葉に紫苑は笑い、じゃあ、だめだね、と呟いた。
「まあ、冬の海なんかじゃなくてもいいから、今度どこかに行こうよ」
わずかに眠気の混じった声で紫苑が言う。
「デートしよう」
読書灯に紫苑の手でも触れたのか、壁に落ちていた影が揺れた。
僕が相槌を打つと、明かりが消えて部屋は真っ暗になった。
随分とうまく行き過ぎている、と思った。
辻褄が合っていない。
誰だかわからない家族の家を焼いて、紫苑とこんなやりとりをして。
スクラップアンドビルド。
スクラップして、ビルドして。
次はまたスクラップだ。
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