ハード・アンロッカー

稲庭淳

The Hard unLocker

.首つり台から

- 00

 指先の感覚を確かめるように、アーミーナイフの刃を撫でた。


 手の平を握り、開く。


 問題なし。感覚は鮮明だ。息を吐く。


 最初に火炎瓶をカクテルと呼んだのはフィンランド人だ。

 第二次世界大戦中、ソ連が「労働者にパンを与える」と言いつつ空爆し、フィンランド人が「カクテルをお返しする」と火炎瓶を投げた。ジョークにジョークで応戦して、互いに焼きあった。

 カクテルに決まった作り方はない。

 一番ポピュラーなのはガソリンとエンジンオイルを混ぜたやつだ。三対一、三がガソリンで一がエンジンオイル。そうするとよく燃える。お好みで砕いた発砲スチロールを混ぜてもいい。そうするとよく燃える。あるいは、一円玉でも削ってアルミ粉末を混ぜるのもいい。そうするとよく燃える。


 全部岸田からの受け売りで、今、僕の後ろには岸田が立っている。

 岸田の手には数リットルのカクテルが詰まった缶が提がっている。

 僕の目の前には鍵のかかったドアがある。

 僕の手には自作のピッキング道具がある。


「いつも通りに開けるだけでいい」


 中指で眼鏡を持ち上げながら岸田が言う。

 僕は改造したアーミーナイフからピックを繰り出し、革のケースからレンチを取り出す。横一文字に伸びるレバー式のドアノブを確かめ、鍵穴を確かめる。


「何分かかる?」岸田が尋ねる。


「一分」僕は長めに見積もって答える。


 岸田の手元でカクテルが水音を立てる。岸田の背後にワゴン車が止まっていて、運転手が周囲を確認している。雲一つない夜空が綺麗に黒い。住宅街は静かで、皆が互いに無関心だ。誰も僕らに気づいていないし、僕らが一軒家を燃やそうとしていることにも気づいていない。


 ドアに手を置くとひやりとした冷たさが伝わってくる。


 深く息を吸って呼吸を止め、ぴんと張った神経で心拍の緩やかなリズムを感じる。


 僕はゆっくりと鍵穴の中に道具を滑り込ませた。

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