第5話

 「徳さん、お客さんだぜ」

 外にいた源助が、内を覗き込んで声をかけた。

 徳五郎は鉋を研いでいた手を休めた。

 「お客だと?」

 「用があるってお前さんを呼んでいるんだが」

 源助は、立ち上がった徳五郎に気遣うような表情を見せた。

 「妙な連中だぜ」 

 「連中だと?」

 「三人だ、堅気じゃねえな、ありゃ」 

 ちらと頭を掠めたものがある。徳五郎はむっつりした顔になって外に出た。

 門口に男が三人立っている。源助が言ったように、堅気でないと、ひと目で解るような男たちだった。一人は綿入れの上に長半天を着ている。月代を伸ばし、三人とも雪駄履きだった。悪い予感がした。こういう連中がいい報せを持ってくるわけはない。

 「おめえが徳五郎て親父かい」

 「それがどうした?」

 と徳五郎は喧嘩腰で言った。伸びた月代と、物を見る冷たい目つきに胸がむかむかしていた。家を飛び出した頃の徳治がそうだったのである。他人のような眼で親を見やがった。

 「これはご挨拶だ。なあおい」

 長半天の男は後にいる二人を見て嬉しそうに笑った。この男が一番年かさで、三十を過ぎているようだった。他の二人はまだ若い。二十四、五に見える。

 「面白え親父だぜ、もうかっかしていやがる」

 後にいた二人も低い声で笑った。

 「何のようだ」

 「徳の野郎から、何か便りはなかったかい」

 「徳てえのは誰だね」

 むしゃくしゃして徳五郎は言った。

 「へっへっ」

 長半天はまた嬉しそうに後の二人を見た。

 「親父が今度はおとぼけと来たぜ」

 「お前ら、何の用か知らねえか」

 徳五郎は大きな声を出した。

 「俺は仕事中だ。用があるなら早く言ってもらおう。お前らのようなやくざ者と遊んでる暇なんざねえや」

 「遊んじゃくれねえとよ、おい」

 長半天はくつくつ笑った。面長で鼻筋通ったいい男ぶりだが、目つきが悪い。険しく下卑ている。笑いながら、男の眼だけは終始徳五郎を刺すように見つめている。

 「徳治なんざ知らねえよ。三年前に家を飛び出しやがったきりだ。あの野郎」

 根負けして徳五郎は言った。

 「その後はお前らのほうがよく知っているだろ。何も俺のとこに来ることはねえや」

 「徳の野郎、ちょいとまずいことがあってね」

 と長半天が言った。

 「親分のところからずらかったまんまだ。近頃立ち寄ったとか、便りがあったとかいうことはねえんだな」

 「ああ、ああ、便りもねえし、来もしねえ」

 徳五郎は喚いた。

 「さあ帰ってくれ。徳治が何をしようが、知ったことかい。こっちはもう親子の縁を切ったつもりだ」

 「徳は親分の金をちょろまかして逃げたんだ」

 長半天の男は粘っこい口調で言った。

 「若造のくせして、いい女がいたというから笑わせるぜ、全く。それはともかく十両という金だからな。徳が見つからなきゃ、親父さんもかかわりねえじゃ済まねえことになるなあ」

 「俺を嚇しに来たのかお前ら」

 徳五郎は長半天の男に胸を突きつけて言った。大きな声だった。

 「嚇されてへこむような俺じゃねえぞ。おい、子をならず者に仕立てて、今度は親をどうするつもりだい。聞こうじゃねえか」

 「まあ、ま、ま」

 と長半天は両の掌をひろげて額の前に掲げた。徳五郎の大声をきっかけに、それまでかたまって様子を伺っていた大工達が、手にのみを下げてゆっくり近寄ってくるのを見たのである。大工は人数で六人いる。

 「そんな大きな声を出すなって、野中の一軒家じゃあるめえし」

 長半天と後にいた二人は、じりじりと後にさがった。

 「へっへ。まったく口が悪い親父だぜ」

 家に戻ったのは、いつもより遅かった。三人のならず者がきたおかげで、やりかけた仕事のけりをつけるために手間取ったのである。

 「あんた」

 戸を開けると、待ち構えていたようにお吉が飛び出してきた。

 「今日は大変なことがあったんだよ」

 「なんだよ」

 気重く徳五郎は言った。金を盗んで女と逃げたという徳治のことが胸を塞いでいる。師走に入ったこの頃は、日が暮れるのが早い。家に帰る道は、途中で夜になる。月はまだ登らず暗い道を、重い気分で帰ってきた。

 「来たんだよ、お前さん」

 「来た?」

 ぎょっとして徳五郎はお吉の顔を見た。

 「徳治か?」

 「違うよ、徳治が帰るわけないだろう。おすえという人だ」

 「おすえ」

 「お前さん言ったろ。寅太の母親だって」

 「ふざけるんじゃねえや」

 徳五郎は怒鳴った。

 「何が母親だい、いま頃になって」

 「そうだよ、何がおっ母だい。ねえお前さん」

 「ふざけちゃいけねえや」

 徳五郎は呟いた。徳五郎の脳裏に、根町北の馬場のそばでみた六臓と寅太の姿、二ヶ月前に寅太と見送った流人船が、影絵のようにゆっくり浮かび上がって流れた。

 「言ってやれ。いま頃母親面がちゃんちゃらおかしいって」

 「言ったさあ。あたしゃ言ってあげたよ」

 お吉はいきまいた。

 「それが癪にさわるじゃないか。何かこう品のいい着物を着て、取り澄ました口を利いてさ。どっかいいところに後添えに決まったというんだよ。それで、寅太のことを聞いたから引き取りに来たと。こうだよあんた」

 「寅太のことを誰に聞いたんだい」

 「棟梁に聞いたんだって、柳橋の何とかという料理屋に働いていて、そこで棟梁は顔を知っていたらしいよ。棟梁が何気なしにしていた話しを聞いて、びっくりして飛んできたって言ってたよ」

 「とにかく駄目だ。寅太はうちの子だ」

 「あたしも言ってやったさ。あんたは亭主も子供も捨てたんだろって。今更出てくる幕はないんだよって怒ったんだよ」

 徳五郎が茶の間をのぞくと、寅太は夢中になって飯を掻き込んでいるところだった。

 「それで坊主はどうだったかい?」

 「どうって?」

 「おっ母とか何とか、その女に寄っていかなかったか」

 「黙ってここからのぞいてただけさ。おっ母なんて言うもんかね」

 お吉は荒々しく言った。


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