第四話.秘密漏洩!?

 ナミにより術の補完がされた日の翌朝。家族の前に姿を現したちはやの様子は、どこか微妙におかしかった。

 たとえば朝食の席でも、「ごくあたりまえの小六女子」らしい可愛らしい表情を見せていたかと思うと、いきなり口を押さえてアタフタしたり……。

 食後に歯を磨きながら鏡を覗いていたかと思うと、躊躇いつつ、前髪をまとめた髪留めを外したり……。もっとも、未練がましくそれをスカートのポケットに入れたりしていたが。

 「──いってきまーす……」

 家を出る時の挨拶も、いつも元気なこの家の子にしては、どこか力がない。


 そんな“妹”の様子を、ふたつの影がこっそり物陰から覗いている。

 「……アレってやっぱり、気にしてるのかなぁ?」

 『で、あろうな』

 言うまでもなく“兄”(本来は妹)の馨と、ナミこと須久那御守である。

 『おおかた、昨日は勢いで了解したものの、ひと晩眠って目が覚めると、自分が完全に別人になってしまったように感じて、不安になったのじゃろう』

 ちはやの不審な言動の理由は、ナミにはお見通しであった。

 実際まさにその通りで、今朝目覚めたちはやは、「武内家の小学六年生の娘で、兄・馨の妹」という立場に完全に馴染み、それに即した行動をとれるようになっていた。

 それでいて、昨日の朝のように、ナミによる立場入れ替えの事実を忘れていたワケではない。そういう術がかけられていることを知識として理解しつつ、それにこだわることなく、ごく自然に「12歳の少女」として振る舞える──いや、振る舞ってしまう。

 自分が本来は「武内千剣破」であることがわかっていても、とくに意識していないと「ちはや」らしい言葉づかいや仕草をしているのだ。なまじ「自分は本来、高校生の男である」という記憶があるだけに、かえって動揺しているらしい。

 『やれやれ、せっかくボロ出さぬように術を強化してやったと言うに、コレではむしろ逆効果か』

 「うーん、あんな調子で秋枝ちゃんたちに心配かけないといいけど」

 馨も本来は自分のいるべき立場だけあって、人間関係を心配しているようだ。


 「ところで……念のため聞くけど、やっぱりこの術、「立場」を交換してるだけじゃないよね?」

 『うむ。さすがに汝は聡明だな。その通り。立場交換と知識の一部交換に加えて、汝らの現在の立場にふさわしい言動を実行できる術も補助で加えておるよ。昨日の強化は主に、その部分に関わるものじゃ』

 「こんな複雑な術を使えるものはそうそうおらぬぞ」と、ナミが小さい身体で胸を張る。

 「現在の立場にふさわしい言動、かぁ。ねぇ、その判断の根拠はどうなってるのかな?」

 『それはもちろん汝らの……って、そうか。しまった!』

 得意げだったナミの様子が一転し、いきなり表情が硬くなった。

 「何か不都合でも?」

 さすがに、馨の顔も険しくなる。

 『あー、その……じゃな』

 ナミの説明を要約すると、この術は、「現在の立場にふさわしい」という基準を設けるために、無意識に本人の魂にその状態をシミュレートさせているらしい。

 ちはやを例にとって言えば、「武内千剣破の魂」に、彼が思い描くところの「12歳の女の子らしい言葉づかいや行動、嗜好、さらには思考形態」までをイメージさせ、それに従って「武内ちはやの身体」は行動しているのだ。

 『それにより、自らの立場と言動、"いめーじ"のズレを防ぐ効果があるのじゃが……』

 「が?」

 『言い換えれば、それは脳内、正確には魂内で常に「女の子らしい自分」が"しむれーしぉん"されておるということ。その影響力は"てれび"や映画の比ではない』

 あえて例えるなら、体感型RPGで常時ネカマプレイしているようなものだろうか。

 「は、はは……事が終わった時、ちぃちゃんの漢らしさが多大なダメージを受けてないといいね」

 馨としても乾いた笑いを漏らすしかない。

 思春期の女の子じみた乙女ちっくさを垣間見せる男子高校生──想像すると、とてつもなくシュールだ。

 『しかし……同じ術に掛かっていると言うに、汝は別段変ってるようには見えぬの?』

 ふと、ナミは気になっていた点を馨に訊く。

 「ああ……僕は、ほら、元々自分が女だって意識が薄いからね。たとえるなら、-1が+1になったって、実質的な差はあまりないでしょ」

 『ふむ、成程。その理屈で言えば、なんだかんだ言って彼奴も"ぷらす10"くらいの「男度」はあったのかもしれぬな』

 その「+10」がベクトルを真逆に変え「-10」に変じれば、絶対値で言えば20の差異があることになる。その差(ギャップ)の大きさもまた、ちはやを戸惑わせているのかもしれなかった。


  * * *  


 さて、馨の心配は実にもっともで、登校時から昼休みまで、いまひとつ覇気に欠けるちはやは、親友ふたりを筆頭に周囲の人間何人かを戸惑わせ、心配させることになった。

 昼休みの給食の時間も、本人はごく自然に振る舞っているつもりらしいが、少しでも“彼女”を知る者から見れば、明らかにギクシャクしているとわかる。

 “いつも通り”好物をお代わりしようとして、なぜか恥ずかしくなって躊躇い、それでもお代わりしたはいいが、健啖なはずの“彼女”が全部食べ切れずに残してしまったり……。

 秋枝やククルと談笑していた最中、服装を可愛いと褒められ、はにかんだ笑みを浮かべたのち、ふと面喰ったように黙り込み、ぎこちなく「ま、ママが無理矢理着ろって言うから」と言い訳してみたり……。

 (明らかに……)(おかしいですわね)

 親友ふたりがアイコンタクトしているのにも気づかないで、ポーッとグラウンドで三角ベースしている男子を眺めていたりする。

 無論、秋枝たちも「何か悩みでもあるのか?」「それとも身体の調子が悪いのか?」と聞いてみたのだが、「だいじょうぶ、ぼくはいつも元気げんき!」とはぐらかされてしまった。

 しかしながら、クラスのムードメーカーと言っても過言ではない「武内ちはや」の異状に気づいていたのは、友人達だけではなかった。


  * * *  


 放課後、ちはやは担任である星乃に面談室へと呼び出されていた。

 「なんだろ? ようやっと家に帰れると思ったのに」

 小学校にいる事自体が嫌なワケではない。無味乾燥は言い過ぎでも、どうも潤いに欠ける高校での生活に比べて、授業の楽しさや親密な友達関係など、むしろとても充実していると言っても過言ではなかった。

 だからこそ、そんな(少し大げさに言えば)「キラキラした毎日」に慣れてしまったら、元の高校生に戻った時、ギャップでいっそう辛くなる──そう思って、ちはやは完全に溶け込まわないように必死で自制しているのだ。


 とは言え、教師の呼び出しをブッチできるほど、フリーダムな性格でもないちはやは、素直に面談室に向かっていた。

 「しつれいしまーす!」

 あえて元気に声をあげてから、部屋に入る。

 「ああ、待っていたわ、武内さん」

 天迫星乃は、いつも通り優しい笑顔でちはやを迎えてくれた。


 しかし……。

 「ごめんなさい。変なことを訊くようだけど……貴女、本当に武内さん?」

 しばしの雑談の後、本題に入った星乃の言葉は鋭くちはやの小さな胸を抉った。

 「──じ、実は……」

 “ごく普通の12歳の女の子”にしては、あまりに複雑な悩みを抱えていたちはやの心は、どうやら限界だったようだ。

 豆腐メンタルと言うなかれ。“16歳の男子高校生”のままならば、ちはやとて、この程度のストレスに潰れることはなかっただろう。

 しかし、ナミの術の影響で、思考形態が徐々に“思春期の女の子”に染まり始めている“彼女”にとって、秘密をひとり(馨達もいるが、あくまで学校では)で抱え込むのは大きな負担になっていた。

 気が付けば、ちとはやは、明確に口止めされていたわけでないのをいいことに、星乃に現在の状況に関して洗いざらい話してしまっていた。


 「はは……おかしいですよね。高校生の男のクセに、妹に──小学6年生の女の子の立場にあこがれるなんて」

 半ベソをかきながら自嘲するちはやを、けれど星乃は暖かく受け止めてくれた。

 「ううん、ちっとも変なコトじゃないわ、武内さん」

 背丈は小柄ながら豊満な星乃の胸に抱きしめられたちはやが感じたのは、けれど決して欲情の類いではなく、安らぎとも憧憬とも言える感情だった。

 (あぁ……やっぱり、星乃先生ってお姉ちゃんみたい)

 近所の幼馴染や同世代の親戚の中でも「千剣破」はいちばん年上であり、姉的存在に甘えると言う経験がなかったぶん、コレは効いた。

 ようやく落ち着いたちはやに、星乃はこの秘密は守ること、“彼”を決して軽蔑していないこと、可能な限りちはやの小学生生活をサポートすることを告げた。

 「ありがとう、先生……でも、どうして、そんなに親切にしてくれるんですか?」

 如何に他人からは女の子としか認識できないとは言え、中味が男であることに間違いはないのだ。ちはやの言うことを子供の戯言と信じてないワケでもなさそうだし……。

 「うーん、そうねぇ。ひとつには、先生も武内さんの気持ちが何となくわかるから、かしら。ねぇ武内さん、先生も昔は男の子だったって言ったら、信じる?」

 「まさか!?」

 目を見開くちはやに、星乃は曖昧に微笑むだけ。実際、かつて星乃が男性であったのは事実だが、ここではその詳細は省く。

 「それともうひとつは……武内さんは、先生の大切な教え子だもの。力になってあげるのは当然でしょ?」

 「グスッ……せんせぇ~!」

 我が子を慈しむ母親のような、慈愛に満ちた笑顔を向けられて、再びちはやの涙腺が決壊した。もっとも、今度は悲しみではなく喜びからではあったが。


  * * *  


 「ただいま~!」

 今朝の出がけとはうって代わって、明るい様子で帰宅したちはやを見て、“妹”が心配で寄り道もせずに帰って来ていた馨(及び隠れて見ているナミ)は目を丸くした。

 「何があったんだろ? 秋枝ちゃんたちの御蔭かな?」

 『さての。しかし、少なくとも今のチハヤにうじうじ悩んでいる様子はない。“気”を見れば一目瞭然ゆえ』

 一応、“兄”として馨がそれとなく聞いてみたところ、事情が担任の先生にバレたが、内緒にしたうえ、水泳の件など手伝ってくれるということになったらしい。


 「そういうわけだから、馨兄さん。しばらく兄さんの立場を、ぼくに貸しておいてください」

 神妙な顔で頭を下げられては、馨としても嫌とは言えない。元より、馨自身は現在の高校生生活になんら不満はないのだ。

 鷹揚に頷いて、「まぁ、水泳のこととか色々頑張れ」とポンポンと頭を軽く叩くように撫でてから、馨は自室(本来の千剣破の部屋)にとって返して、座卓の前にあぐらをかいて座りこむ。

 『そんなことがあったとはな』

 宙にポムッと姿を現したナミが、テーブルの上に舞い降りる。

 「まぁ、ホッちゃん……天迫先生なら納得かな。ん、どうしたの、ナミ、難しい顔して」

 『──いや、何でもない。気にするな。そうか……第三者に術の件が知られたか』

 ナミの表情は絶対「何でもある」ことを物語っていたが、エアリード能力の高い馨は深くは追及しなかった。この小さな守り神様は、本当に必要ならば教えてくれるだろう。

 『チハヤの件はともかく、カオル。汝の方は問題ないのか? 水練の授業なぞは、どうしておる?』

 「どうって……普通に泳いでるけど」

 『──男の海水ぱんつを履いてか?』

 「そりゃそうだよ。今の僕は男子高校生なんだし」

 いくら貧乳、いやほぼ無乳とは言え、本来は花も恥じらう年頃の娘が、上半身裸で泳ぐのはどうかと思うナミだったが、当の本人はまったく気にしてないらしい。

 (なんだかんだで此奴も、元に戻ったら色々問題が発生しそうよのぅ)

 7分の善意と3分の悪戯心で自分から持ちかけた話とは言え、兄妹ふたりの人生に大きな波乱をもたらしそうな気配を察知して、さすがに少なからず反省せざるを得ない武内家の守り神なのであった。


  * * * 


 「ちはや」が桜庭小学校に通うようになって3日目の水曜日。

 星乃のカウンセリングを受けたおかげか、前日の不審な様子が嘘のように、ちはやは(矛盾するようだが)落ち着きと元気を取り戻していた。

 昨日の“兄”との話し合いで、少なくとも今週いっぱいは今の状態を続けることになったためか、“現状”を肯定的に受け止め、楽しむ覚悟ができたようだ。

 その証拠に、今日は淡いクリーム色のジョーゼット地のブラウスの襟元にブルーの紐タイを蝶結びにして、かなり思い切ったミニの白いプリーツスカートとニーソックスを履いている。

 さらに髪の毛にも、いつもの子供っぽい髪留めではなく、紐タイとお揃いの細めの青いリボンをカチューシャのようにして結んでいる。

 背が高く、また精神年齢や顔立ちも(当然のことながら)12歳としては大人びているため、そんな格好をしていると中学生くらいの美少女に見えた。

 「へぇ、いい感じだね。可愛いと思うよ、ちぃちゃん」

 「えへ、ありがと、馨兄さん」

 “兄”の馨に褒められても、少しはにかんだように微笑むが、昨日までのようにアタフタはしていない。どうやら本気で腹をくくったようだ。もともと、今回の立場交換は“彼女”のためのものなので、ある意味当然とも言えるが。

 「それにしても、エラく気合い入れてオシャレしてるね」

 「うん。放課後、ククルちゃんの家にお呼ばれしてるから……」

 「兄妹」の会話が弾んでいる様子を、姿を消して見ていた守り神ナミも、これならひと安心か、と胸を撫で下ろしていた。


  * * *  


 「はーい、そう、そんな感じ。巧いわよ、武内さん」

 今日の5時間目は、ちはやにとって2度目の水泳の授業だった。

 幸いにして“彼女”の事情を知った担任の星乃は、極端なエコひいきにならない程度にちはやのことを気に掛け、熱心に指導してくれている。

 おかげでちはやは、今回の授業で平泳ぎの基本と息継ぎについて何とかものにすることができた。

 「さすが、去年一度泳げるようになってたから、覚え直すのも早いね、ちはやちゃん!」

 「ちはやさんは運動神抜群ですからね」

 「ニハハ、ふたりとも褒めすぎだって」

 キャッキャと談笑しながら水着から着替える3人。開き直った強みか、すでにちはやもその光景に自分が混じっていて何ら違和感を覚えている様子がないのは、感心するべきなのかどうか……。


 そして、6時間目の国語の授業ののち、帰りのホームルームを経て、無事に放課後となった。

 朝、出がけに家族に報告しておいた通り、今日の放課後は、ちはやは秋枝とともにククルの家に遊びに行くことになっていたのだが……。

 「ふわぁ~」

 ポカンと口を開けて、田川邸の玄関──正確には門扉から、邸内を眺めるちはや。

 「どうかされましたか、ちはやさん?」

 「いやその……なんべん来ても、おっきくてきれいなお屋敷だなぁと思って」

 無論、「武内ちはや」がこの屋敷に来たのは初めてだが、千剣破としてはかおるから何度か遊びに行った話を聞いている。と、なると「ちはや」もここに来たことがあると考えるべきだろう。

 「あはは、ちはやちゃん、いっつもおんなじコト言ってるね」

 秋枝の言葉を聞く限り、どうやら正解だったようだ。

 それに、“彼女”自身も、どういうワケか何となく見覚えがあるような気がしていた。

 「だって、ホントに広いんだもん。ウチとは大ちがいだよ~」

 「ウフフ……おほめにあずかり、光栄です。わたくしは、ちはやさんの所のような日本家屋もステキだと思いますけど。

 さ、お茶の用意もできているそうですので、まいりましょう」

 ククルに促されて、ちはやたちも歩みを進める。


 田川家は、門から本館の玄関まで歩いて優に2分近く、そして玄関からククルの部屋までも同じくらいかかる白亜の洋式豪邸なのだ。

 23区内ではないとは言え、東京都にある個人の家とはとても思えぬ広さで、確かに小学生ならずとも感心したくなるだろう。

 もっとも、両親の方針なのか、ククルの部屋自体は畳換算10数畳程度で、それほど非常識な広さではない(いや、日本の住宅事情からすれば十分広いが)。壁紙やカーテン、調度類の装飾なども、上質ではあるが普通のローティーンの女の子らしいものだ。

 腕のいい料理人の手で作られたスコーンをお茶受けに、顔馴染みのククル付きメイドさんが淹れてくれた紅茶を飲みながらおしゃべりする3人。

 最初こそ、いかにもな“お屋敷”オーラに圧倒されていたちはやも、ククルや秋枝が平然としているのに加えて、メイドの泰葉さんほか邸内で会う人たちが皆、彼女らに好意的なので、すぐに慣れてくつろいでいた。

 学校でいつも一緒にいるとは言え、そこは年頃の女の子“3人”。学校のこと、友達のこと、最近のテレビ番組のこと、マンガ雑誌のこと、ファッションのこと……と、いくらでも話題は尽きない。


 夕方になると、ククルの両親が娘の部屋に顔を出す。

 父親の孝司氏は、某国立大学の名誉教授かつベストセラー本を何冊も出している著名な考古学者であり、母親のシャミー女史は、大手アパレル会社のオーナー会長だ。

 ふたりとも多忙極まりないはずなのだが、可愛い愛娘のためにも朝夕のご飯は必ず共にする子煩悩おやばかさんであり、かつ夫婦仲も非常に良い。

 また、秋枝やちはやとも既に何度か顔を合わせたことのある顔馴染みだ(無論、本当は「ちはや」ではなく「かおる」と、だが)。

 「お邪魔してます、おじさま、おばさま」

 ちはやなりに、精一杯おとなっぽく挨拶したつもりだったが、傍から見ればちょっと背伸び気味でおしゃまな女の子そのものだった。

 「あら、今日のちはやちゃんは、何だかちょっと淑やかさんね。可愛いわ~」

 それでも、ファッション関連の仕事をしてるだけのことはあって、ククルママは今日のちはやの服装の違いに目ざとく気づいたようだ。

 「やぁ、君たち。いつも、ククルと仲良くしてくれてありがとう」

 髪に銀色なものが混じり始めているものの、ダンディなククルパパ(晩婚なうえ、ククルは遅くにできた子なのだ)の言葉に、慌ててふたりは頭を下げる。

 「そ、そんな。あたしたちこそ、いつもククルちゃんにはお世話になってます」

 秋枝の言葉に、ちはやもうんうんと大きく頷く。

 「せっかくだから夕飯を一緒に」というククルの両親の誘いを受けたふたりは、それぞれの家に電話で連絡を入れる。

 「あ、馨兄さん? うん、ぼく。今、ククルちゃんの家なんだけど……そう。晩ごはん、お呼ばれしようかなぁって。お母さんたちに、そう伝えてもらえる? わ、わかってるよぉ」

 「もぅ、子供扱いしてぇ」とプリプリしながら電話を切るちはや。電話先の馨に「田川さんのお宅にご迷惑かけないようにね」と苦笑しつつ釘を刺されたのだ。

 ──このあたり、完全に“兄”と“妹”が板についているが、大丈夫なのだろうか?


 秋枝の方も連絡がついたらしく、早速5人での晩餐が始まった。

 テーブルマナー類に関しては、仮に千剣破のままでも詳しくないが、傍らに給仕についたメイドさんがさりげなく耳打ちしてくれたので、ふたりとも何とか無難にやり過ごせた。

 「ちはやちゃん、背が高くてスマートだし、良かったら今度ウチのティーン向けファッションのモデルをしてくれないかしら?」

 食後のお茶を飲みながら、ちはやを勧誘するククルママ。先刻、褒められてはにかむちはやを見て、いつもと違う(かおるではないから当り前なのだが)印象を感じたらしい。

 「かおる」なら、その手のことに興味が皆無なため、アッサリ断ったろう。しかし……。

 「えっと……ぼくみたいなシロウトに、モデルさんなんて務まりませんよ」

 ちはやは、躊躇いつつも内心満更ではなさそうだ。

 実は“彼女”、千剣破であるときには、(幼い頃を除き)容姿を褒められた経験がほとんどなかった。背が低く、中性的で男らしさに欠けるタイプ(しかし美形というほどではない)なので、それもまぁ無理はない話だ。

 しかし、いまの立場になってからは(お世辞もあるだろうが)明らかに「綺麗」「可愛い」「かっこいい」などと称賛される機会が多くなっている。無論それは「小六の女の子として」の話なのだが、それでも褒められ慣れてないちはやの心を浮き立たせるのには十分だった。

 「大丈夫よ~。初めはみんな素人なんだし、何だったらおばさんも付き添ってあげるから」

 手ごたえあり、と見てとったククルママは、ここぞとばかりに押してくる。

 もとより、娘のククルやその幼馴染である秋枝は、彼女に乞われて時々モデルをしているので、「ちはやちゃんも一緒にやりましょう(やろ~よ~)」と援護射撃してくる。

 結局、ちはやは「今度の日曜に、試しに身内だけの撮影会に参加する」ことを了承させられてしまったのだった。

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