第49話
階段と踊り場の台座に人が点綴と座り、白亜の広間に獣を超えた物々しさがある。引き絞って叫び声をあげようとするも、喉に恐怖がつっかえて動かず、悲泣したい気持ちが募って虫にだって縋り付きたくなる。 兼用法
矢に撃たれた馬は草原に倒れて痛ましく輾転とする。筋肉の肢体をばたつかせて嘶き、嘶きながら肢体を地面に擦り付ける。動物にありがちな卑近とも言える有様に、鬻ぐことのできない魂を見て取れるのは何故だろう。 交差配語法
ぽつぽつ言葉を覚えてきた少女はおじいさんの言うことに対して一つ一つ点頭していた。無垢な少女か、少女の無垢か、微視的になりがちな彼の目も素直になり、この村の古くからの美俗を心から喜んだ。 交差配語法
多くの子供を抱えて必死に生きる両親を見て、情けが纏綿と彼女を包み込み、父親の精悍な顔つきが、精悍な父親の顔つきに見えてきた。顰する母親の顔にも、媚態は見受けられない。 交差配語法
その時の場景は、太陽に最も近い惑星の北極の山巓を乗り越えるものであり、まわりには熱気を感じられる色さえ一つなく、氷を冷たさが極度に研ぎ澄まされており、馬にまたがる指揮官は小驢馬にまたがった子供のエベレストで遭難する侘しさがあった。直押しする他に方策はみつからず、饑い指揮官の悲嘆は星を震わせるものだった。 誇張法
男の鼻の負傷する動因は濃い胸毛にあり、熱にうかれる鰹節のざわめきが常に胸で行われ、おかかの香ばしさではなく脳髄を蕩かす醜悪な腐臭を発し、それも自然条件による必然性ではなく悪気があって人を痛めつける類のものだから、見知らぬ男に顔を殴られるだけの理由は多くある。悲調というより臭みの絶頂であり、畢生嗅覚に後遺症を負わせるものだ。 誇張法
鼎談する三人の男を透過してみれば、骨格はホワイトチョコレートで成され、皮膚は卵白、肉はマカロニ、血はグレープジュースであることがわかるだろう。それほど甘ちゃんなおっさんどもなのだ。逼塞してこそこそ話しているのではなく、暇を持て余しているだけで、匹儔するほどのおっさんを他に見つけるのが難しいほど平和だ。 誇張法
短パンにハイソックス姿の爺さんは、いらんいらんが口癖のイラン人で、韜晦気味の慎ましい人だが、何事にも恐れず邁進するだけでなく、てんとう虫でさえも容赦なく捲くし掛る。 言葉遊び
いくら芸名がなべやかんだからといって、恫喝すれば鍋薬缶をもらえるわけじゃない。枉げて脅しても、漫罵されるだけだ。 言葉遊び
道義を説かれて、胴着を持ちだす奴があるか。無辜なのはわかるが、無比の馬鹿者だ。 言葉遊び
ぼろ布に包まれた中年の夫婦を手早く治療する手際に、男は瞠若して声を失った。人情に絡みつく痛ましさにびくともせず、伸し掛かることができるだろうか。 修辞疑問
門構えに立つ人々は物価騰貴に反対する同心の人々であり、いかな手段で抑えつけようとしても静めることはできるだろうか。政府は撥ね付けてばかりいて、繁縟な問題が次々と浮かび上がってくる。 修辞疑問
波に踊る心地良い船の揺れと意識を奪う美観に陶然していては、暴戻な真似をできるものか。勃然とする心は鎮められた。 修辞疑問
馬を走らせて駆ける姿は前方の男と同断だ。跛行していた者も馬に乗ってしまえば健常者と変わらず、目当ての女に向かって驀進できる。 冗語法
その写真の空気感は透き通って透徹している。レースを纏う女の肌膚は生白く、はたと睨まれたような気がした。 冗語法
小さなちびっこい子供を同道して母親は演習を見に来たが、跋渉してきた山川は困難だったので、万障が彼女らに襲いかかりまともな状態で観ることはできなかった。 冗語法
道破する。チェス盤の前に座り、白髪、俯き、腕を組む。戦後の懶惰な生活習慣のせいか、理合いを辿ることができず、陸続する脳細胞の摩耗に疲れてしまった。 省略法
軒先の柱を手に持って瞠目するのは、罹災した家からだ。陸離たる瓦礫に生と者、世相を切り抜ける利根な性情が何になる、無力を思い知らされて慄然するばかりだ。 省略法
蛙の腹に豚の足、陶冶するつもりが肥えてしまった。輪奐なる大楼のごとく威圧的で、喨々たる金管の音、量感凄まじき。 省略法
ぶんぶんばしばし、牛と人の格闘を遠巻きに眺めると、豊艶な女が何かしらを投げつけ、望外な争いの興を拝むことができた。 声喩
左手で頭上の水瓶を支え、右手で胸の赤子を抱え、尖り声を大にして叫ぶ。暴虐はきりきり身を苛んで惚ける暇を与えず、方今の時勢を恨むばかりだ。 声喩
時世を罵っても仕方ない、そよそよと吹かれるトウモロコシの葉に心を寄せ、放散していく若さと肉を惜しむことなく鋤と鍬を捧持して、豊穣なる大地に生かされ土となることを待つのだ。 声喩
アパートの吹貫を仕切る柵に腕をもたせて、女性は物思わしげに頬杖をついて徳義を考える。不義理がまかり通る旁魄な世間において、方途を見失うことなく進むのに、時には暴戻を忍ぶ必要もあるのだろうか。 設疑法
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