第48話
彼女は瓶の並ぶ棚の前でどのジャムを選ぶか迷い、手を頬に当てて悩んでいた。知人に呈上するのに適したジャムはどれだろうと考え、どれも味が良くないから喜ばないのではと思いながら、実際はどのジャムも出来が良いので、一つ足りとも失いたくなく、知人にジャムを本当に味わうだけの舌がないことを理由にしている。椅子に座ったまま居然として、虚妄の言い訳を頭に巡らしている。なんて吝い女だろう。 強意結尾法
ああ、かわいそうに、農業改革に挺身したばかりに、悪い人に騙されて湖上に浮かぶことになったんだ。きらびやかな物に目を奪われることなく、切りをつけずに働いた結果がこれか……、これでは彼女も浮かばれないだろう。 強意結尾法
食料の分配が停頓した途端、馬は暴れた。機略に乏しい都の知事の落ち度により、財政難が窮まったのだ。馬に何の責任があるのだろうか。 強意結尾法
村人達の行進といったら、たとえば敗戦間際の重装歩兵が二日続けて行軍したあとに泥濘を渡るようなものであり、周回遅れになった長距離ランナーが精根尽きながらも心にもない義務を全うするためにだらだら走るようで、村をどうにかしようという意志が底意にないのだ。僅々六人の老いぼれに何ができるだろう、謹厳な若い村長の言うとおりにしているが、プラカードを持つ手にも力が入らない。 挙例法
ショーケースに飾られたカメラを見て、彼は諦念を持つことはできなかった。数年間働きづつけて貯金すれば手に入る代物ではなく、個人の類稀な努力を尽くしても、決して手に入るものではない。人類の宝である歴史的なカメラを個人の手にすることはかなわないが、欲に眩んで蒙昧になった彼にはそのことがわからなかった。手にした瞬間の計り知れない欣幸を想像して、欣然と泥臭い仕事をこなそうと思った。 挙例法
彼女が敵愾心を持つのも仕方がない。罵声を浴びせかけた相手が相手になぜ怒るのかと逆に怒るようなものであり、垣根に小便していたら自分の服にかかり垣根に文句をつけるようなものでもあり、要するに被害になりながら加害者に弁償を請求されるようなものだ。それでいて欽慕しろなどと注文をつけられたので、憎しみの偶感をからめて面罵したのだ。 挙例法
神父は聖書の摘要を村人と家畜に配った。彼にとって村人も家畜も田舎の愚鈍な生き物でしかなく、説伏する対象に変わりない。その信念を疑う点は絶無だ。 くびき語法
襤褸を着た青年は馬の手綱を引いて、事件に、人間関係に手心を加えた。金品をせびる者共をなだめ、千鈞の重さの振り払って馬を助けだした。 くびき語法
砲台の据えられた広場には豆粒の人間と武器が出盛っている。指名手配が中には潜行しており、人々を穿鑿して悪心を働かせる者もいる。 くびき語法
編まれた帽子に残る職人の手妻の細かさは素晴らしい。繊手でない太い指がなぜこれほどの仕事をこなせるのだろう、鋭く閃閃とする情熱の賜物だろう。 形容語名詞化
街から出外れた野原を疾走する爽やかさに若い肉体が踊る。潺潺たる小川を飛び越え、野山の尖頂を征服する。 形容語名詞化
手前味噌の見苦しさ、注意しても詮無く、俗耳が喜ぶのみ。 形容語名詞化
それは礫と共に舞い上がり、おどろおどろの唸り声をあげて凶暴にたちのぼるのであるが、およそ典雅に似つかわしくない場所にいながら、彼は典雅に岩盤に立ち、カメラを眼前に構えて切り取る用意をするが、その時、それは授業中に机の上にうつ伏していた少年のたわいもない夢であったのだ。好奇心にあふれていた夢想は土崩して、ともすると現実の差異に溺れそうだった。 懸延法
牙を重ねて繋げられた首飾りをした黒人か、それとも土地の原住民だろうか、判別しにくい褐色の顔には何やら彫り物か塗り物らしきデザインがあり、その手には大きな紙を貼られた板を持ち、下部には土地と雑木の絵がかかれており、上部からしたにかけて何やら文章がかかれており、篆刻されて意味がつかみにくい、いや、字が汚くて読めないだけだ。わたしの供回りにも読める者はおらず、ついどやしてしまった。 懸延法
布切れのまといついた異物は天心を貫こうとするがごとく、宙に向かって反りながら図太く、また膨張するように伸びており、下には裸の青年を抱えた女性が嘆木苦しむ顔を上げて呟いており、その場に着いたばかりの老人は、その異様な物によって彼が災難をこうむったと思いきや、男性器の形を模した造物に血が騒いでしまい倒れたとのことで、性倒錯者らしかった。老人の肚裏には取り澄ますことのできない悲哀に腹がもげそうだった。 懸延法
にこやかな笑いを浮かべる彼女よりも、禁煙場所でパイプを燻らす老婆のほうが恬然としている。翼を広げて沖るかもめの野太さ、眉宇に神経は通っていないのだ。 兼用法
バーの主人の情熱は火よりも熱く燃えることが多く、ドリンクを作るのにも傍目でわかるほど命を削っている。恬淡とは程遠く、わたしの僻目が少なからずあるにしても、他の従業員に引き当てれば大袈裟ではないと首肯していただけるだろう。 兼用法
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