第42話
彼はシャッターをナイフに妙なる写真を数多く残した。小椅子に座り神妙に妙なる文章を読む男や、妙なる情緒に沈む窓辺の女性など、どれも深慮に裏打ちされた気品がある。 換喩
首飾りをつけた女はたおやかに椅子に腰掛けて、たおやかに月を眺める。清光の機嫌が今日は良いらしく、清閑の趣が今夜はある。 擬人法
人付き合いの多寡は知らないが、夫婦の仲が良いというのは一見しただけでわかる。二人の情愛が手をつなぎ合っており、いがみ合っている者らと比べても截然としている。暇さえあれば擦り寄ってばかりいるらしい。 擬人法
あいつは唾棄に値する男かい、天は笑っていたぜ、生来の気性は変えられないさ、成徳なんざ誰もが得られるわけじゃない。 擬人法
絵画に惰気を攫われた。なにせ赤子の生首に羽が生えて、上機嫌に空を飛んでいるのだ。是認したとかではなく、口に詮されたようだった。 奇先法
博士は蠅だった。見事な論文にうれしくなり、博士を抱き竦めようとすると、大きな複眼が顔の半分以上を占めていた。先鋭的な人だとは思っていたが、人間でないとは……、善導されていたとはいえ、どうして気づかなかったのだろう。 奇先法
絵は命だ。写真と類えるために、ギャラリーの壁にそれぞれを類えてみれば、絵具がいかに血を持っているか瞭然できるだろう。絵と絵を類えていると、互いの絵同士が類えて相応し、不思議に引き立つのだ。絵は総じて生命を持っている。 奇先法
ハイヒールを履いた男はバスローブの裾をまくって帯にたくしこみ、腓に力を入れて筋のこぶを作った。それから手すりにもたれながら、なにげなく近くにあったバナナをたくしこもうとすると、淫らに胸から腹を開かせていたので、熟れたバナナはするりと地面に落ちて潰れた。女らしい格好をして猿の真似をするからこそ、セクシーだと彼は思い込んでいた。鮮麗とは言いがたい、壮健な男だ。 逆説法
茶色い布切れを頭に巻く男は託宣を受けたと公言していので、役人に捕らえられて連行されたのだ。なるほど、普通の犯罪をすれば人々から蔑まれるが、託宣を受けたと言って捕まってしまえば、崇める者も出てこようか、寝床もない彼は捕まることが目的なのだから。底意地はそれほど良くないが、俗悪なほどでもない。 逆説法
素晴らしいファッションポートレートを撮りたいからこそ、意欲を逞しゅうすることなく、また構想を逞しゅうすることもしなかった。率直なままの姿を写してこそ、人を嬋娟な者にさせるのだ。 逆説法
村の入口にかかると、磔刑の酣であり、また火刑の酣でもあった。一体誰に扇動されてこのような仕打ちを、節度というものがまったくない。村人は浅薄過ぎるのだ。 強意結尾法
彼女の矜持は闌けて、新しいメイクも闌けて、彼の写真技術は闌けて、昔からのモデルも闌ける。千変万化の華やかなる世界だ。 強意結尾法
彼は小さい頃惰弱少年でいつも泣いてばかりいた。それが老年になると天使を取っ捕まえる男になったのだ。痩身は大樹の根の如く太く張り、齢五十を過ぎて阻喪することはなかった。矍鑠という言葉が圧倒されるほど精力に溢れているのだ。 強意結尾法
羽ペンを持った女の多情なことといったら、肉屋に行けば豚を屠殺している男の目元に惚れてしまい、金の代わりに連絡先を渡し、八百屋に行けば野菜ではなく若い主人の節くれだった手を欲しがり、パチンコ屋に行けばあらゆる玉に発情する始末だ。浅慮というよりは、素行が落ち着かない。 挙例法
程良い具合にスカートをまくりあげている女性は、屡々たじれることがあり、部屋の中なら鋭利か壊れやすい物を選んで人に向けて投げつけ、街中なら他人の鞄をひんだくって中身をぶちまけ、工事現場なら重機を運転して破壊行為におよび、農場ならば牛の乳をつねってミルクをださせる。卒爾に八つ当たりしては、倉皇と謝るのだ。 挙例法
昼前の鉄道駅のベンチに座り、うとうとしていた女性の見た徒ならぬ夢は、首もとに羽の生えた赤子の頭が木々を飛び回って笑い、羽の大きな女性が厳かに指差し、幼子をまわりには侍らかせた老醜な男が気取って空を駆けているのを、草を縒ってこしらえたパンツを穿いた男がへっぴり腰で弁解していた。小説も徒ならぬ世界だった。あまりにも現実とかけ離れているので総身から総毛立ち、爽涼な午前の心地良さが消し飛んだ。 挙例法
毎日の多端な家事と人付き合いに倦み疲れてしまい、多端でない土地へ引っ越したく、実家の近くの山に想到した。瀬踏みする暇もないのですぐに準備しよう。 くびき語法
近所にある自然公園の開花と酒盛りは立ち勝り、木々と人々の春の騒擾にあった。その場景を見かけて、人に立ち勝ることに躍起になっていた心は安らいだ。相好が険しくなっている、今日だけは嫉むのをやめよう。 くびき語法
心持ちと衣装を新たにして、わたしはその家族に立ち交じった。微風がブーケをくすぐり、爽快な気分にさせた。 くびき語法
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