第35話
心力を絵に投げつける、心力を絵に支えてもらう。閑暇の慰みではない。 反復法
人倫を守るべきだろうか、人倫を守るべきだろうか。人々から受けた感佩に素直に従うべきか。 反復法
瑞気の立ち込める湖の鏡面を観望しながら、大工の友人は叫ぶ、せっかくの景色も不細工な男と見ちゃ味気ねえな。そう言うと気恥ずかしそうにわたしの肩を組んだ。 皮肉法
彼の誕生日に公認会計士の友人から荷物が届いた。開けてみると、いつか二人で眺めた桟橋の風景の油絵だった。彼は随喜して笑い、へたくそな絵だな、海が黄色いじゃないかと言って、庭の草木の手入れをしていた妻の元へ立ち上がった。吉右左が久々に彼の重い腰を軽くした。 皮肉法
広大な畑地に衰残しきった農民達が点景として残されている。彼らの汗が畑一番の肥やしだ。写真家は窮境を察して背筋に痺れを感じた。 皮肉法
友人の教えに随順して岸壁に家を建て続けていたら、わたしも客も海に落ちてしまった。窺知する力が足りなかったようだ。 諷喩
山を飛んでいて推知したことが山鳩にはあった。梅林の梅の花よりも、雑木の中の梅の花のほうが身に染みると。そちらに気味合いを覚えるのだ。 諷喩
入江に住む木こりは、毎朝岸辺に転がる樽を見ては瑞兆と喜んだ。妻の亡くなった朝も同様だった。汲々としていたと断定できるものか。 諷喩
ささくれた断崖の背景に溶けたチーズの柱廊の建つその絵を見て、老人は今後の美術界の趨勢を考えてしまう。矯激な若者と鶏を思い出し、嚮導できる自信がなくなってしまった。 くびき語法
遠景に尖塔のぼやける大通りの写真の枢要は、構図と陰影の妙だろう。夾雑な箇所が一切見当たらない。 くびき語法
頭部と下半身のない青マネキンに賺されて、二つの電極は体に取り込まれてしまい、ほだを重ねて作られた一つ目の模型に賺されて、白いハンガーの蛇は足元に転がされてしまい、赤い胸壁は転がっているトタンの水筒に賺されて、凶暴に銃弾と悪評を受け止めた。 くびき語法
髪の短い眇の男は、フードを被る眇の女の醜さとすれ違う際に、眇して確認した。嬌笑などできないだろう。 形容語名詞化
昼すがら、遊びのすがら、片足すがらに砂漠の暑さに耐えていた。彼は人々に虚誕を言いふらすのが好きだった。 形容語名詞化
暁闇の中を節の尖ったミジンコが地上を徘徊しており、女性用のドレスらしい赤い布にも奇怪な形態の生き物は群がり、怪異な様相を呈して汚臭を放ち、宿世の汚穢物に命が宿ったのか、下種な擾乱に陽は上ることを憚る、そんな世界を浄化することが宿世だと、ポケットティッシュは語りかけてくる。空虚な話だ。 懸延法
体幹のすくよかなクラシック好きの若者は、すくよかな顔貌を乱すことなく、すくよかにビールを飲み干し、腰を多少くねらせて太い声をあげ、場内の中心へ向かって歩いた。動作は悉く不器用で格好はつかず、表情とリズムは周りに馴染むことなく、すこやかな踊りは周囲から弾きだされているのを、本人だけが知らずにいる。それがこのイベントの主催者だ。当人は寛いでいるのだが、周りからはそう見られていない。 懸延法
丸いアーチのかかる間道を抜けていき、熊手に引っかかれた壁面に唾を吐き、卵を投げつけ、折板に足蹴りを加えた。薬食いとして丸呑みした犬が暴れだし、臓腑を散々に噛み付かれた。筋肉が弛緩して表情の緩むのを待たず、すたすた前へ進んで軒先に吊り下げられている花籠をひっくり返し、花壇に尿をぶちまけてくずおれた。友人の案による結婚式の行進は彼にとって過激だったので、新夫はすげ替えられ、見知らぬスーツ姿の係長が花嫁の手を支えることになった。それも一分後にはすげ替えられて、人々の偶感の生贄とされた。 懸延法
細い髪を引っつかんで顔と心にすげない仕打ちをする。それを欣快とするのだから、人間を辞めさせたほうがいい。 兼用法
正常と財産を奪われて、月代の親父はすごすごと立ち去った。倨傲な振る舞いが災いしたのだ。 兼用法
会社の倒産と同時に脱税の容疑をかけられ、きらびやかだった彼女の筋目は問われることになった。 兼用法
すずろな愛着の行先、行先はすずろな愛着、愛着はすずろな行先、彼の足取りはすずろだから、わたしはすずろに接して、すずろな愛情を示した。 交差配語法
羽虫はすだいて川辺に揺れる。川辺に揺れる羽虫はすだいて揺れ落ちる。すだくほど儚い。川辺に今日も去来する。 交差配語法
素っ破抜かれた本性に、本性が素っ破抜く、だから彼は刀を素っ破抜いて、虚喝にでたのだ。 交差配語法
彼は拗ね者だ。人から出されたものは一切食べない。物ももらわない。一生暮らせる金を渡されても川に投げつける。素晴らしい妻を渡されても拳をふるうだけ。太陽を渡されても捨てる。誰に対しても拗ねてばかりで生活は凝滞している。 誇張法
足首を怪我しようとも、須らく試合に向かうべきだ。頭が割れてもラケットを振るべきだ。怯懦な心神は捨て去るべきだ。 誇張法
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