第34話
白い髭の立派な禿頭の老人は、厳かな表情のまま凝然としている。惚けているのではない、心耳を研ぎ澄まして神の息吹を感じており、神に対して乖戻しているのではない。 強意結尾法
裸の嬰児を抱える女性の温容な顔立ちに、深い仁慈が溢れているので、越権ながらつい嫉妬してしまう。わたしがあの子供の代わりになって甘えたいのだ。 強意結尾法
例えば大きなものを支えるように両手を掲げて、居合腰で耐えている筋骨隆々とした老人を、髭の伸びきった学者や尻の綺麗な羽の生えた子どもが雲間から覗きこみ、天地は荒れ狂う、そんな光景は神々しいと言えるかもしれないが、信実とは言えないだろう。円光なんてあればわざとらしさがさらに増す。 挙例法
頭をかち割られて倒れこもうとする男がいる。知り合いでない家に柿の木があったら自分の物のように盗み、気に入った女がいれば構わず体を触り、気に入らない男がいれば腹を蹴り飛ばし、レストランでは人の料理を食い散らかした。それらはみな棍棒を振りあげて叩きつけた男から親炙したもので、今こうして命を奪われるのも当然のことだ。淵源を探せば見つかるだろう。 挙例法
例をあげると、新しいリサイクルのシステムの確率、ヴォランティア員への指導法、滞りのない輸送手段、速やかなインフラ設備の復旧、これらは進取を恐れずに実行した青年たちの、賛美に値する成果だろう。炎暑をものともしない意志と体力のたまものだ。 挙例法
花火らしく光を降り注ぐどぎつい筆致の絵を見て、わたしの心証は傷つけられた。裁判官の心証ではない。心証は心証だ。疑義をはっきりさせないと、わたしは気が済まない。 トートロジー
広大な大地の起伏をこうも力強く体感させられては、神色に張りが出て、今は良い顔をしていることだろう。大地が大地のままであることは、これほど素晴らしいことなのだから、感傷的になるのも無理はない。 トートロジー
深く山へ入ってしまったせいで、辺りは深深としていて、獣の一匹さえ住んでいなさそうだ。大きな杉の木が冷たく見下ろし、山気が深深と身に堪える。孤独が孤独として迫ってくる、感泣しそうだ。 トートロジー
屹立とする山稜を撮る為に尽瘁しました。すごいやろ、顴骨が砕けても引き返さなかったちゃけん。 破調法
赤焼けした夕暮れの木の下道に着目できるのだから、素朴な心性の持ち主なのだろう、心性の感性なのよ。批判される際の搦手になるかもしれないだろうが。 破調法
あの谷との親疎を訪ねてどうするのです、頭がおかしいんじゃねえのか。勘所のわからない人ですね。 破調法
君がため、春の野に出でて、鼻をかむ、と言ったら、黄土色の髭をした紳士は呆然としていたよ、真率な人なんだろうな、整然とした顔貌からもそんな雰囲気が出ていた。 パロディー
山裾に豊かな湿地の広がる風景を見ながら、山川に、風のかけたる、鼻紙は、なんて隣にいる友人に口ずさんだら、卑俗な心緒になるから止めろと瓶を投げつけられ、愧死してしまえと罵倒された。 パロディー
赤帽を被った水夫に荷積みの進捗を尋ねると、夜もすがら、物重いから、明け方へ、と歌ったので、顔面に鞭を打つと、喫驚して慌てて仕事にとりかかった。 パロディー
雄大に流れる大河と白い連峰を、今こうして戦地へ進発する間際に見れるなんて、おれはなんて不幸な男だ。眼福がどれほど俺に生きる力を与えてくれるだろう。 反語法
敬愛する先輩の技法を信憑していたら、子供のようにうまい絵を描くようになっていた。今まで描いてきた絵に含羞を感じてしまう。 反語法
見てくれ、この薔薇の花の神変を、なんて汚い色だ、今まで見てきた薔薇の花が霞んでしまう。感奮して谷に飛び込んでしまいそうだ。 反語法
湖に近い林の風景は心棒を抜かれた独楽のどんぐりが転がり、龍のうねりで喬木は伸び、もしくはバレエか、アフロの詰まった枝葉は冠に、下草ささやく黄色い声に、木漏れ日スポットに林は舞台と騒ぎ、偽悪的だ。心棒となる植物たちに、卑賤な体裁が繕われている。希覯な景観だろうが、見たいものでもない。 反漸層法
彼らを取り囲む聳立した岩壁の隙間から、神仏の具現された形だろうか、滝の落ちる神妙な姿を目の当たりにして、登山家は神妙にならざろうえなかった。自然に大しては神妙に接するべきで、厳然、尊厳、荘厳、荘重、森厳、霊言、そして人間は軽薄か、時には忌憚して節度を守るべきかもしれない。 反漸層法
褐色光る裸の女が謙抑に踊り、黄緑色の腰布を巻く男は慇懃に足踏みし、過紋の全身タイツの男はそろりと前へ進むその様子は、疎ましい。彼らは真面目なだけかもしれないが、見ている人々も真面目なので、培われた価値基準に反する物事に妥協できないのだ。寛恕な心がないわけではなく、感官を過度に揺さぶられたのだ。 反漸層法
原野に突起した奇岩をながめて、彼はここまでの旅程を深慮した。それから家族のことを深慮した。寡欲の果てか。 反復法
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