第33話
壁にもたれかかるローソックスの女性が持つのは、箒ではなく、櫂でもなく、テニスラケットだ。剽軽で面倒見のよい主婦になりそうだが、世界でも有数の選手になると町町で嘱望されており、若いながらテニスの蘊奥を極めたと、古臭く称されるほどの実力の持ち主だ。 換語法
館内を歩いていれば嘱目するだろうその絵は、専門家の中でも嘱目されており、唸る男の肌理の美しさではなく、斜めに垂れる赤い布の柔らかさではなく、人物の配置が秀逸だと各々の意見は一致していた。あまりの芸の深さを怨嗟するものさえいる。 換語法
少し古い呼び方かもしれないが、ウォークマンを聴いている目尻の釣り上がった少年の所作に驚いて、音楽産業に携わる大人たちの所作は揺らいでしまった。まるで裸で所作するようで、えがらくて嫌気がさすみたいに。 換称
万年課長の長広舌が終わると、巻き毛の新人社員は立ち上がり、如上の旨をしかと胸にしまい込み、親玉の首を掻っ切るつもりで営業に行ってきますと素っ頓狂なことを言い出し、薄ら笑いを浮かべて会議室を出て行った。 換称
スラックスの裾の短い男は、家族から道化と呼ばれているので、嫌々ながらおかしな身のこなしをしていた。彼が時折本性を出して人に迷惑をかけても、わたしは恕して咎めることはしない。陰徳の人のたまの失敗をわたしは息抜きと見ているのだ。 換称
鎧に固められた子供の姿を見て、諸般な意見が取り交わされたが、なかなか似合ってると思うからそのままでいいのでは。因循していないで、因習を抜きに判断すればいいものを。 緩叙法
あいつは他人の金を盗んでまでして、馬に入れ込んでいたのだから、しょびかれるのも当たり前だ。隠蔽していることが多分にあるだろうから、嘯いたことも正直に吐かしてしまえ。 緩叙法
ビル群のはずれにある墓地には、庶物に関わって憂き目にあい、末枯れていった者が少なからず眠っている。陰惨な過去はすでに去り、静寂だけが墓場を包む。 緩叙法
銃剣を肩に掛けて縦列する者達は驟雨に降られてしょぼたれているが、覇気のこもった足並みにはしょぼたれたところがない。雨声をかき消す従軍の足音だ。 換喩
靄の立ち込める城内の一隅にいる貴族らは、何を所与されたのだろうか。哲学的な内容を所与されたか、それとも所与を頂いたのだろうか。柄の紋章がすべてを語るだろう。家の営為はそれに凝集されている。 換喩
雪景色の中でバレエのジャンプをする西洋人を撮り、爾来彼はカメラを持つことができなくなった。旺盛に物事にとりかかることもできなくなった。 換喩
フードを被った丸顔の女は駆け抜ける怨恨を尻目に見る。恨みは路傍の大人達を尻目に逃げ惑う子供たちに襲いかかる。日頃は囂しい商店街も今は悲鳴に溢れかえっている。 擬人法
赤子を囲む司祭達の後ろに立ち、鼻の長い青年はしわぶきをする。すると天井にたまっている空気が震えた。まさか意図したしわぶきではないだろうかと、片隅に佇立していたターバンの男が目線を投げてきた。温柔な彼に限って滅多な真似はしないだろう。 擬人法
主君を嘲られ、大勢の前で愚弄されたことに侍は瞋恚して、残忍な形相を周囲に向けて鞘に手をかける。多くの嘲笑はたちまち切り裂かれた。大衆の過誤を彼は命を以てして罰するだろう。 擬人法
髭の濃い彼は忌み嫌われた鳥だ。心火に煽られながら、右手に持つ旗と褌を翻して人々の合間を縫って掛けていくので、果然人々は彼を避けて離れようとする。 奇先法
女は魂のようだ。顔の周りから湯気が出ているようで現世に存在していないようにぼやけている。付き合っていた料理人は震駭するだけでなく、なぜか呵責を感じて泣き出してしまった。 奇先法
悩む女は飼い主を失った犬だ。辛気の落ち着かない三つ編みの女は胸に手を当て、上方を仰ぎ、目を落ち着かせず狼狽している。そろそろ介立できないことに気づき、辛気な素振りをするだろう。 奇先法
斎場に森厳とした雰囲気がないからこそ、奴は無作法な真似をしているのだ。他の人に忠言するのではなく、例を出して気持ちを引き締めさせるのだ。穏当なやり方ではないが、効果はあるだろう。 逆説法
ベレー帽をかぶる中年男は立ち上がり、おもむろに書斎へ向かう。毎日の日課として、箴言を学んでいるのだ。人生を滅茶苦茶にして、他人に迷惑を掛けて、正しい道を進まないためにだ。落度となる善行をしないためにだ。 逆説法
眼鏡をかけた彼は深更を避けて、午前中に空き巣をする。清潔なサラリーマンらしく変装するのに、彼の背格好は合っているし、午前中はみんな忙しいから気づかない。準備おさおさ怠らず、彼は素早く仕事をこなす。 逆説法
村はずれの一角に集まっている参差な人々は、性別身分装いが参差としており、先生から聞かされていた話とは異なる参差な場景に、無理せず反吐を吐いてしまった。汚穢にも勝る汚らわしさに、吐かずには居られないとして、何が間違っているだろう。 強意結尾法
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