久しぶりに部屋に戻ると、彼の什器身を反らして狂乱していた。箪笥は引き出しを開けて大笑いし、ハンガーラックは泥酔して柔らかく横たわり、鏡台は面を真っ赤にして香水をこぼしている。一つ一つ引っ叩いてどなりつけようと思ったが、叩いても手が痛くなるだけあり、耳を貸すような奴らにも見えない。蹴り飛ばせば壊れてしまうだろうし、かと言って黙って見過ごすわけにはいかない。彼の混乱を気にすることなく、什物立ちは宴を続ける。　躊躇逡巡法

人生に痛めつけられて、これだけ貧苦と困苦に皺を刻みつけられると、周章しようとしても肝は動いてくれない。今回の事態をどう処理するべきか、上か、下か、右を回って左を押すか、迷いたくても経験が指針を示してしまう。　躊躇逡巡法

心付けば男の顔面は渦の殻に取り込まれており、愁然とする自分を鏡に見てより愁然となり、カタツムリの這ったようにぬらぬらした涙を垂れ流した。　直喩

調度品も食料も十全に積んで、出立の準備は整った。それなのに密雲のような顔した女が母親に話しかけて、食生活と稼ぎについて十全したので、それについて論じてあげようなどとわけのわからないことを言って足止めする。　直喩

愁嘆していたら、チョークのように空っぽになってしまった。泣き声も間遠になってきたし。　直喩

扉の前にいたハットを目深に被る女を見て、影に重なる愁眉がわたしの目を貫いた。目庇がほんの少し幅があったら沈鬱な顔に見えて嫌忌したかもしれない。もっとも、顔自体に興味を抱いて憚りなく迫っただろうが。　追加法

輪郭のぼやけた白人女性が俯いて、円かに沈思しているだけの絵に見えるが、作家の内情が周密に描かれているので、手が込んで陰影深く、情緒を複雑に騒がせる効果がある。もっとも感受性の深い人が鑑賞すればの話だが。　追加法

醜名を忍んで子供達に奉仕していることを、彼は誰一人告げていない。世評を得るよりも、儒教の精神を規範に内面を高めているので、遠くを見つめる何気ない仕草にも、人を陶酔させる男らしさがある。本当に見目の良い、頗る絵になる男だ。　追加法

納屋にいる駑馬は頓狂に嘶いて牝馬の欲情を収攬する。いや、男の人間も魅する。　訂正法

収斂を説明する。豊作分をすべて収斂されてしまったので、家屋の前庭に並ぶ農民達は収斂してしまった。もしくは、進化の過程に即して収斂したと説明できる。　訂正法

水影に映るのは宿縁か、まさか、水泡の偶然だろう。　訂正法

ちはやぶる、神代もきかず、鼻高々、宿業だとは、まさか思わん。　引喩

おらのもん、渡る舟人、かじかんで、粛々、粛々、彼らはのろう。顔ばせ粛々、挙動も粛々。　引喩

今来むと、飲みしばかりに、長月の、宿酔の月を、吐きいでつるかな。　引喩

一度別のことに気をとられると、元の状態に戻るのは難しい。粛然と体勢を整えたいが、想いが強く、粛然となれない。揺らいだ火は落ち着かない。　隠喩

今は陋劣極まりない男だが、以前は宿望の人として村人から崇められていたが、密かに抱いて宿望を遂げると、悪いほうへ蝉脱してしまい、すっかり惑乱した蒸気機関車に成り果てた。　隠喩

だから夙夜創作の苦しみに苛まれている。芸術の奴隷は夙夜心身を削る。　隠喩

水流れる殊勝の筆遣いに刷かれ、殊勝な童心は腕白を剥いで陋習を穿つ、殊勝かな、蟠りは鉄砲水に吐き出される。　隠喩連鎖法

誰かに呪詛するわけでないが、鬱屈する目の鋭さに引かれても、気は晴れない、発散する手立てを知らないわけでなく、手を持っても神経は通わず、これはなに、指の葉、葉脈は赤くとも血は通わず。　隠喩連鎖法

しがらみによるいざこざが出来するたびに、警部は刃を研いで使わずに済むことを願い、懐から突き出し、当事者に会うと抜かずにはいられないことを痛感して、涙する。改築中の家屋は梅雨曇の晴れると同時に出来するだろう、霧を払おうと今は思わない、すべて吸い込んで悪びれる奴に光を見せると決めている。　隠喩連鎖法