建物に面前に掲げられた書面を読むと、つい紙背を覗きたくなる。そこに民衆の真実の反応が刻まれていると期待するのだが、何も書かれていなかった。仕方なく書面から紙背を読もうとするが、薄っぺらな文面からどう読み取ったらよいだろうか。　設疑法

器に盛られたゆで卵に士風があると言い出した馬鹿がいて、いったい何を感じてそういう言葉が出たのか知りたくなり、しかし直接尋ねては自分の性格を周りにいる者から疑われるのではないかと思い、やっぱり止めようとも思ったが、結局用心しながらも尋ねることにした。　接続語多用法

いくら脂粉を塗りたくったところで、数日洗われていないぼさぼさの髪の毛をとかさず、それと脂汚れた眼鏡をかけ、また襤褸より汚れた子供二人を抱えていては、とにかく言い寄ってくる男は少ないだろう。　接続語多用法

見させられた映像には優美で幻想的な風景が長たらしく撮られており、たしか作家の思弁を表現したと友人は説明していて、たしかに理解しがたいなにかが表現されているのはわかるが、しかしわたしには思弁という言葉の意味が理解できず、かつ話を軽く受け流していたので、要するに全く他人の話から理解するところがなかったのだ。　接続語多用法

頭を絞って文章を練出そうとするが、一度集中力が切れると、文章を生み出す機能がぼけてしまう気がしてならない。絞り染めはどうやって仕上げるのだろうか、紺碧の花瓶に生けられた色とりどりの絞り花弁をつかまえ、湯に着けて色を出し、絞りを取り出して引っ叩く、というと意味がわからなくなる。わたしの目は絞られて、まったく遣り切れない。　漸層法

老人のように痩せさらばえた少年は、余裕のない顔してパンに噛みつく。味を噛み締めるよりも、食欲に突き動かされて腹を満たすことに専念しており、たとえ黴の生えた酸っぱいパンだとしても、敏感になっても味覚はゆるぎなく、栄養を求めてパンを胃に収めるだけだろう。わたしはそのように少年を揣摩する。　漸層法

橙の禿山を背後に、長髪の女と巻き毛の男は示し合わせて、親類の金婚式を台無しにしようと謀る。近くの大木に牛を縄で括りつけておき、式が始まったと同時に男が外に出て花火を打ち上げ、それを合図に女は修道士に仮装し、牛に乗って式場へと向かい、唖然とする人々に向かって木彫りの十字架を投げつける。当日、示し合わせたとおりに手筈は進んでいたが、式の前になってじいさんは貧血で倒れてしまい、話はすっかり流れてしまった。　漸層法

漆喰の剥げたしめやかな部屋の中で、少女（このうえなくしめやか）はベッド脇の長椅子に腰掛けて、しめやかに崩れかけた暖炉を覗き込む。優婉な女性になることだろう。　挿入法

妖気を含んだ海の青が顔（慎ましやかな女性だが）全体に広がり、寂滅してしまったような雰囲気がある。幽寂でもある。しかし寂滅してしまったようにも見えないことはない。　挿入法

面貌おぞましい友人（外面に反して篤実なのだ）から写真家の本を借覧した。　挿入法

頭の剥げた農場主はスーツに身を着こなし、葉巻を吹かしながら車に乗る。麦藁帽子を被る雇用者は顎を動かして噛みタバコを味わい、ところどころ破れたシャツに汗を滲ませて藁を運ぶ。彼が仕打ちに雷同できない。邪険にされる遣る瀬無さを汲み取るべきだ。　対照法

巨大な黒い斑点から足の生えた蜘蛛が、かさかさ気障りな音を鳴らして地を這い、白い魚の眼をした嘴の鋭い鳩が、わさわさ羽ばたかせて宙を切る。それらの事象から捨象できるものはなんであろう、己が魂か、野景に点在する雄魂につられて、勇躍する迷妄だろうか。　対照法

玄関前の木の段に座る子供は今にもしゃちこばりそうにしていて、きょろりと鋭い目を休ませない。四足を真っ直ぐに伸ばして仰向けに転がっている椅子は、あまりに間抜けで緊張がなく、耄碌しているようだ。　対照法

ポリエステルの紫のシャツを皮膚に張り付けて、会計士はしゃっきり崖上に立ち、地上を飲み込みこもうとするしゃっきりした満月を背景に、ちょっと咳が出たので筆を休ませ一呼吸、耳から蝙蝠の羽の生えたしゃっきりする古代ギリシャの頭部を慎重に飛ばせようとしている。折好く通りがかった事務員がそれを見て、すっかり面食らってしまった。　脱線法

箍に締められた大きな桶に作物が一杯に詰められており、人々は畦道に並んで納めようと待っている。這般から真相を明察すると、ちょっと待ってください別の事に関心を持って時間をつぶしてしまいました、小作農はやってられないということだ。　脱線法

女は覆いのついた冠を被り、すっと目を閉じて思惟した。目縁にくすみがなく肌は瑞々しい。ちょっとトイレに行ってきた。華美な羽根を翻して蝶が周りを飛ぶも、身動ぎすることなく満腔から雅やかで、かつ清浄な息吹が脈動している。　脱線法

髭と胸毛の繋がる親爺は、左腕に赤子を抱き、両肩はそれぞれ娘の顔が腑伏せられている。右手を頬にあてて、どう稼いでいけば良いだろうか、子供達の世話はできるだろうか、だれか面倒を見てくれる親類はいないだろうか、再婚するべきだろうか、今の年齢で相手が見つかるだろうか、不安と共に子供達は重くのしかかってくる。　躊躇逡巡法