第14話
彼は整然と聳えるビル郡の足下を歩きながら、屹然すべきと幾度も身に唱え聞かせるが、貴顕と思われる街筋の人々に目を配ると、あの人は大手企業の上役か、あの人は官僚だろうか、あの人は有名デザイナーだろうか、たちまち矜持を失い、おれも有名になるんだ、今に洒落た身ごしらえを街通りを闊歩するんだ、恥ずかしがることないんだ、柔弱ながら回復に努めようと躍起になっている。 躊躇逡巡法
中心街の美術館で現代技法に感化され、町外れのコンサート会場では近代奏法に感銘を受け、鄙に取り残された暗室にて古文の力強さに感涙し、現代か、近代か、それとも古代を尊しとすべきか、多くの選択に迷い果てた末、彼は世界の歴史を擬古することに落ち着いた。 躊躇逡巡法
男は兵士に連れられて広間へ入り、王座に座る海老茶色の女王に謁見し、おもむろに跪坐するが、どうやって立ち上がろうか、質問に対して笑わずに答えられるだろうか、つい屁を漏らしはしないだろうか、あの兵士の鼻は蜂に刺されたように赤く腫れている、様々な想念にとらわれて青ざめてしまう。 躊躇逡巡法
両脚を揃えて椅子に座る裸の女性は、気散じに髪を結わえているのか、鈍色の部屋の空気に浮かびあがる褐色の肌は湿りと色気を纏い、気散じな生活から遠いナメクジの暮らしのようだ。 直喩
うつ伏せに部屋に横たわり、物憂そうに肘を突いて彼を眺めるのは、堅肉な女の尻が威圧を持って教えている。気随に行う男女の間には、気だるさに浸かった芋の苦味が染みている。 直喩
産声を上げた赤子の醜い顔に怖気を見てとるのも、傍観者の眼が世の不幸を纏い曇っているからであり、頭髪をおどろに逆立てて抱き合う夫婦の喜ばしさを、情熱の篭った悲哀が煙と燻らすように受け取ることに帰趨するからだ。 直喩
緑の上着を纏った男が顔を見せずに二人立っているのを目撃して、分身として擬制するのは早急ではないだろうか。もっとも鏡に映ったひしゃげた男だが。 追加法
衆に交わらず巍然とするのに、彼はあまりにも警戒を持ち過ぎ、且つ過敏な防御体制を崩さないでいる。額に皺をよせて鷲手に緊張させる、もっともそれは間違っていない。 追加法
一見すると自己愛と肉欲の錯綜する、原始意識に回帰した進化の錯誤者の、神経を鋭敏に尖らして、倒錯した夢の果てを描いたような具合だが、基層にあるのは芸術への純一なる従順であり、抽象絵画よりも厳かな美の佇立を覚える。見た目は酷いとしても。 追加法
その顔面からはかすかな気息は一切感じられず、呻きと困惑、いや、痴呆者の驚愕だけが聴こえてくる。 訂正法
そもそも精神異常者の描いた卑猥な絵という見解が常識にかなっており、肘と手首の角度が官能的だと満悦したり、ごつごつした肉の質感が情欲的だと愉悦したりするのは危殆だから、肉親や友人、いや、親しい人すべてに、趣味をひけらかすのを抑えたほうがよい。 訂正法
肉と肉との蹲りに対して忌憚なく批評する者がいた。それでいい、しかし、ぶちまけてしまえば元には戻れないぞ。 訂正法
椅子の背もたれに腕をかけて手を垂らし、もう片方の腕を力なく丸卓に載せるも、男の顔は鋭く前方を睨んでいる。隣の男は両肘を卓に乗せて顎をさすり、疑念に顔を曇らせている。右端の男は緊張気味に腕を伸ばして卓に乗せ、左腕はポケットに指先のみ突っ込ませ、二人の男を横目に監視しているようだ。警戒、威圧、不安、緊張、疑惑、それらが交錯して疑団は膨らみ続ける。 括約法
壁にかけられた柱時計、傾いた額縁、モノグラムパターンの入った黄土のテーブル掛け、椿模様の壁紙、それらが気遣わしさに捉われた老婆の影を成す。 括約法
額に幾重にも刻まれた緩やかな稜線、銀縁の丸眼鏡、剃り残された髭と変わりない眉毛、一見力強いようであきらめきった目つき、それらが屹屹しい男の顔を厳と形成させている。 括約法
農地の問題が雲に仮託して言うのは、鋤や鍬などの道具がいくらあっても、働き手となる人が災害に飲み込まれていないのでは使えず、土地は汚染されて従来のやり方では作物は実らず、まるで違った方法で別種の農作物を育てることになるのだから、喫緊の事実として過去を一切打ち捨てなければいけない。髭の親爺は空を見ながら、眩しそうに息を吐くだけだ。 活喩
膝を抱えて握る両手は言う、詰屈した老木の心はもはや伸びない、矯正されればたやすく折れてしまう、不恰好な指の姿が労働を語るだろう、干からびた皮膚の皺に瑞々しさを戻せというのか、単純ではない、詰屈な本を読み解くようにはいかない、すべてが過ぎてもう遅いのだ。 活喩
安楽椅子に座る老人は眠り込みそうに目を閉じ、屹然たる村のはずれの高山を励みに、独立不羈を旨に信念を固持して貫いてきたが、世間が悪いのか自分が悪いのかただの固陋な男として相手にされず、また相手にもせず、気づけば広い地平を眺めることができずに見分けのつかない迷路の森に一人たたずむことになっていた。生涯は言う、おまえは屹然と生きてたと思いこんでいるのではないか、足元を見て天を見上げろ。 活喩
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