第9話
彼が歌い終わると、先生は一言、素晴らしい音吐だから先生はおてあげだよ、実際に両手を揚げて蔑んだ目を彼に射つけた。その姿は魅してきた歌を跳ね返さんと壁を作るようだった。 反語法
大熊を一撃で殴り倒す豪腕は脂に光り、地上を踏み散らす強靭な脹脛と太腿は万年の大樹を子ども扱いして立ち聳え、眼光は太陽に光り、背丈は山を遥かに越えて屹立する、そんな魁偉な人物が実は女性だった。広場で熱心に話す男の物語を聞いていて、衆目は妄りなことじゃないと、太陽の影を伸ばしてきた存在を見上げて納得した。 反漸層法
皚皚と広がる雪原に立ち、深閑たる地上の厳粛な姿へ体躯は飛び込み、孤独な心に一抹のかがり火を燃やす瞬間に、彼は人生如何に生き抜くかをある印象と共に感じ取ったのだが、弛緩した気心はあまりの寒さに震えて小便を漏らした。道道に飛び散らして撒いて、やけに黄色くへこんだ雪にお喋りするように。 反漸層法
彼の話を概括すると大いなる嫉妬に燃えている。彼女の話を概括すると大変な思い違いに迷っている。それでいてどちらの顔も見付きは同じようだ。 反復法
文藝世界を概観すると頭でっかちがひしめき合い、音楽世界の概観はつんぼの耳たぶばかり震えている。恐ろしき、恐ろしき。頭も耳も密殺すべし。 反復法
固陋な老人に似た岩盤を少しずつ削り、トンネルを開削して一言、おれは頑固な親父が大嫌いなんだよと、仕事に満足した晴れ晴れな顔つきをしている。悪いことは見て取れない。 皮肉法
不倫は勇気ある高等な一つの趣味として世間に膾炙されているんですから、いいですよ、お好きなように不倫してくださいよ。嫌になるまで、存分に味到してください。 皮肉法
西遊記を引き合いに出して説教されたら、どうしたって改悛できるものか。見咎めは無駄ですよ。 諷喩
時には慨然と泣く最新式ロボットもいる、その話を聞いて男は慨然と立ち上がり再び作業を始めた。電池で漲る陽性な動きの良さでもって。 諷喩
海が蒸発してむらむらと雲になり、雲が群がって落ちれば雨となり、雨が地上に落ちて寄り添えば川となり、川が集まり流れて海へと続く、これは自然界の必然の循環であり、決して蓋然の現象ではない。偶然はすべて必然にあるのだから、たまたまなどと軽視して、もう起こりはしないなどと見做して油断すれば、簡単に飲み込まれるぞ。 平行法
昼、女は目を覚まして家事をする。夜、場末の酒場へ働きに行く。夜通し、客の相手に諂って笑う。朝、体をくたくたにして家に戻る。月末、給料を同室の男に渡す。そして男は女の給料を拐帯して姿をくらます。男の見端は汚らしく、女の見場は清潔だから不思議だ。 平行法
道端に横たわる黒焦げに焼けた人型の塊を……、握る手に汗は滲み出し女は慨嘆に身を震わす。見晴かす咆哮が立つ。 黙説法
階下から聞こえてくる弦楽の重奏に耳を向けて、……ヴァイオリン、……ヴィオラ、……チェロがいない、どうして優れた諧調が成り立つのだ……、この部屋を染める淡い色彩の壁紙が助力しているのか。何かしら悪いことが見舞ってきそうだ。 黙説法
浅い見識による掻い撫での見解は人を惑わすほどの力はあるか。その時における状況によっては効果があり、掻い撫での説教に救いを見つけて惑う。一が二となり、三が一となり、見紛っていることにも気づかずに。 問答法
先頃の大震災は国の環境にどれほどの影響を与えるだろうか。混迷していた情勢に追い討ちをかけて、日脚は早く晦冥の世と様変わりする。それでこそ新たな光が届くときは鋭く地上に差し込むだろう。身罷るまでは目も光を探し求める。 問答法
近況は悪く一向に復調の兆しが見えない、磨き上げたこの腕よ、開落の徒花となって才能を枯渇させたのか。どこをどの時間でも、人々が、自分の中の誰かが、いつまでも耳擦りをやめない。 呼びかけ法
ここ数年変わらない職場での立場は、部下と上司に挟まれ息苦しく介立したまま、呼吸が苦しく水面にあがることもできない。己の真情よ、意気地なく隠れていないで眼前に現れてくれたら、おそらくわたしは会社を後に介立して、仕事の労苦を不平に変えることなく生の躍動とするだろう。自分の心情の他に耳立つ声はなく、泰然自若として上辺でないその奥へと見通すこともできるだろう。 呼びかけ法
彼の支えとする心棒に鋸をひいたその痛みは、スペイン製の長い槍で親類一同を造作なく貫くごとく、瞬間に傷つけて自分の身に起こったか知覚させずじわりじわり痛憤を起こさせるのであり、それでいて予想以上に頑丈な自分の身が速やかに倒れないことを呪わしく思うので、必死に乖戻して壁を強く打ちつけた。この未聞の出来事は一体どこの誰かと尋ねれば、近所の身近な青年のことで、画一的な世間のインタビューが頭の中で再生されるようで、真面目で、静かで、礼儀正しくて、などと見目だけの人物の苦悶の表情がわからなかった。 類語法
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