第8話
おさおさ働いてもあの女はなぁ、痒い処に手が届かず、おさおさ気が利かねえんだよぉ。一級河川の橋を渡るとき、ほらぁ、河口の方に満目の水が見えるだろぉ、その遠景の中に何か見つけて、まるで見入るようにして……、あまりうまくねぇ例えだなぁ。 転喩
おいおい、少し助言したからってそんなに腕を押し当てるなよ、へんっ、そんなに意気込んで的に押し当てても、盲が的をつけては五十歩百歩だ(ソレニシテモ、土地ノ奴ラガ見受ケラレナイナァ、アイツラ澪ミタイナモンダカラ、チョットシタ噂ノ種ガ走ルト、後ニ引カレルンダガナァ……)。 転喩
彼は押し出しの良い男──、恰幅の良い者が広間に現れた際の人々の注目は、疑いなく納得のいくものだ。とはいえ凡愚には味解できない点があり、それは長年見返てきた者によって育まれた知性の一つだった。 同格法
待てども待てども電車は来ない、時間は押し詰まり彼の心をじわりじわり圧迫、布団で口を押さえられて窒息する息苦しさ。しかし見方を百八十度変えてみると、待つ方向ではなく進む方へと視点は移り、主体としていた自分を客体として見方を変えるなら、歯痒さに身体を震わした自分を見兼ねて説教するような真似は二人ともしなくて済むだろう。 同格法
その部屋にいる女達の体は押し並べて柔らかく、肉に埋もれる男の警戒も柔らかい。それぞれの身体が汗にまみれて熟成される砌に、ある上質な服地で仕立てられたブラウスの身頃に見受けられる潤滑な平面がいくつも重なり合う。 同語意義復言
この人はいつか自分に運を運んでくれるお為筋だろうと感づき、少ない頭を働かせて、相手と自分の為を思ってせっせと体を働かせる。身仕舞いにも時間をかけて、いまだ未生していない想いを育むべき備えを絶やさない。 同語意義復言法
同室の騒々しさ戻り、者者が目を覚まされる。おちおち眠っていられない。その中で、微塵も動く気配、というか呼吸、むしろ体温を感じないベッドが一つだけあった。 倒装法
右の者も左の者もおっつかっつの射撃成績であり、喜んだ悲鳴は長官の賛嘆を上げる。現実を見据えることのできない者達が、何を的に銃を撃ち、どのように人々を魅することができるのだろうか。 倒装法
そんなに焦ることはないよ、追っ付け迎えにくるだろうし、追っ付け壊されるのだから。じたばたしても、しなくても、足元から一気に倒されるさ。 倒置法
草木の乱れ茂る棘とした窪みに、棘に乱れた髪の毛は振り乱れる、風の吹き捲られるままに。覚束ない足取りで、声のない大きく開ききった口を空洞に。 倒置法
昨日の彼の振る舞いと今の行いを思い合わせられ、あながち素敵な馬鹿も悪くないと納得させられたのも、他の人から思い合わせることがあったからだ。そんな人間から目を逸らすことをせずに味解できたら、きっと楽になるだろうな。 撞着語法
単純な分裂症と思い做していた人が、意外なことに筋の通った論理を弁舌するのだから、古くから思い做していた女は素直に喜んでいると思いきや、思い做しか悲しい声に引きつっていた。放っておけばいいのに、どうしても見返らずにはいられない心が、憎くも頼もしく自分を立たせてくれる。 撞着語法
大切な大切が胸中にあるせいか、あの人に会うと面映ゆく、つい顔を背けてしまう。そんな自分の見方が、ふいと、すれ違うと顔を思いきり逸らす彼女を理解させる。 トートロジー
明日の明日を慮ると、不意に吐き気がしてきた。見兼ねた男が、腹を殴ってきてぶち撒けさせた。 トートロジー
折敷に構えて彼は考える、言おうとすることは悪くない、知識も教養も豊富にある、ただ言葉使いがだめじゃん。そう呟いて砌に型破れる。 破調法
一見の風采は貫禄があり、温雅な性情は尊敬に値するのに、その文体の下劣さに反吐がでちまう。身仕舞いの品の良さは性状とは別物らしい。 破調法
美しい女性からの誘いを断ったことを、穴よりタンゴ、と称して笑いあえるのも、日頃からの言行から温藉な男と誉めそやされているからであり、楽器の練習を弛むことなく日々努力しているのを誰もが見て知っているから、たまに下賎な言葉を漏らしても寛容を持って応えられるのだ。今は未生なだけで、いずれ時がやってくれば相応の人物を、良くも悪くも与えられて迸り、捨てるか拾うかして、破滅するか飛翔するだろう。 パロディー
工事間多し、一体何のことをもって言ったのかわからなかったので、温柔な女は老子に尋ねてみると、手をつかまれ、青白く発光する泥土の上に置かれた。当たり障りない温柔な塊だった。微塵も感じ入ることのない物だった。 パロディ
ある日、君はひどく悪い性格のようだね、悪意の見えない微笑と共にそう言われて、温順な少女はすっかり落胆してしまい、うっかりした発言をした男は驚いて意味を説いて慰めた。凝り固まり男の背の裏の花崗岩を見据えて動かない少女の両肩を優しく支えて、懇懇と抑えずに。 反語法
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