第6話
館内へ足を踏み入れて木造の大扉を右に入ると、たしかに彫像の部屋となっており、その部屋は湿気た空気に満たされながら、必ずしも爽快とはいえないものの、或いはどこか鬱陶しさを、それでいて暑苦しさを、要するに異質な感受性を増幅させる影響があり、なぜなら部屋の中央に立つ裸像の男から、おそらく男の影像のものとは思えない血の迸りを受けたのだ。古ボケタ古屋ノ窓カラ覗ク昧爽ノ林間。(色欲ノ土壌ニ埋伏シチマイソウダゼ)。 接続語多用法
まったく空間は白色に包まれているのに、なんだか色が存在しないようなのに、それは心を漂白する効果があるのだろうに、なぜだか右奥の壺は黄色か、それとも黄緑色か、いやいやオレンジ色か、とにかく何かしらの蛍光色に輝いており、かと思えば左隅のミシンはすき通りコバルトブルー、もしくはエメラルドグリーン、それとも湖水の太陽光、そうなのだ、部屋には色がないがうっすらともはっきりとも形容できない色調で互いに映発しており、本当に取り残されている感を醸し出している、が、ひどくわたしの眼もぼんやりしている。いや、眶あたりから抉られて宙に浮いているような、地下鉄のホームの鉄臭い酸素不足に紛らされたような……。 接続語多用法
目覚めたばかりなのに体調が悪いと訴えてすぐさま寝床にはいり、ぼんやり天井を見上げて耳が寂しいとつぶやいて音楽を流しに立ち上がり、それから横になって暇だと喚いて本を読み、疲れたと言って寝床を出て外へ遊びに行く。これはすべて学校へ行きたくない高校生の倦怠な心から生まれるもので、ここに弁舌捲し立てて勢い良い鋭鋒を向けたところで、巧緻な論法と鋭い口の端は何も意味を成さない。種々の欲求に紛れて学校へ行く気が失せたのではないのだから、近所の仲見世に連れて行くのではなく、郊外の秣場で農作業にでも従事させたほうがよほど人の為になる。 漸層法
きびだんごを持った中年男に誘われると、猿は声を上げて三度跳び上がり、口元を緩め上目に見つめて猿臂を振り回し、中年男の周りをそそくさと回ってなにやら褒め称えて、正座して恭しく頭を下げてからきびだんごを頂いた。猿は悦服して中年男のしもべとなった。でぱぁぁと内デ商品ニ向ッテ捲シ掛ル中年婦人、ドンナ事業モオ手ノ物、仕事ノ間口ガ広イ三流業者。 漸層法
えも言われぬ逞しい体に(ドコカ同性愛者ラシイふぇちずむサエ見エルガ)わたしは心酔しきっていた(彼ノ目的ヲ枉ゲテデモ……)。あの冠も実しやかに作られていて、あたかも神具に見えてしまう。 挿入法
与えたきびなごをどうにか嚥下したようすを見て(拙イ醜サトハイエ……)、やっと安心を覚えた自分の心持に気づいた。まざまざと感じた橋作りのチェーハニカに、柾目に見い出すことのできる自然の技巧を見た。
甘さの募る芳しい香が漂い、萌黄色はうっすりぼやけて木立の輪郭は遠近の判別がつかず、森林の一端は煙霞の景を成し繊細な情景となって心に迫るも、ふと隣の男に目を向けると恐怖に戦く鼻の潰れた歯並びの悪い顔が、一切ぼやけることなく図々しく目に迫り、息をのんで瞬ぐこともできないので、その絵に対して評される区区の眼識を考えることができなかった。 対照法
あの女への慕情が淵源となっているのは判然するが、一人は荒々しく喚いて忙しない凧のように風に煽られて落ち着かず、かたや植物らしく一ヶ所に居を定めて静止している感があるものの、確かに行っていることは同じなのだ。飛来したものがあまりに待ち設けていた事と違っていたのかもしれない。なぜか、待ち侘びていた時間を、関係のないわたしが後悔している。 対照法
相好をこれ以上醜くする法がないほど崩して、かの女への愛憎をおいおいと怨嗟しているところへ、嘘を何度もつかれて金を幾度も盗まれて、大衆の面前で悪罵されながら棍棒で叩かれ、髪の毛に火をつけられて、家に戻れば大地がひっくり返って何度も謝られることもあり、突然そんな女が目の前へ姿を現したのだから、うっかり舌を噛んで男は気絶してしまった。川原の芝の上で真っ向から対峙するつらさは、虐げられてきた枝葉末節のことまで思い出させたのだ。 脱線法
颯爽と現れた女は高貴な品性を備えてはいないが、情欲に訴える近づき安い艶色に顔形は整い、また、体躯の醸し出す性質に合った艶色の着物を着ている。たった一月前は世間からナメクジ扱いされ、また実際に多汗であり、それに腋臭も持ち合わせていながら、髪の毛はイトミミズの蠢く様だから、とにかく蔑まれていたのに、ある日道端に転がっている変哲のない石を拾ったら、みるみるうちに姿態と性情は変化してしまったので、こうして街筋をしどけなく歩いて賞賛を得るようになった(見ロ、蛆虫ノ末流達メ、鯨ニ纏ワリ付ク小判鮫ノ様ニ、アタシニ付イテ来ナ)。 脱線法
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