　塵を浮かばせる斜光が明り取りからフローリングへ射付けている傍で、男の目に射付けられて女は立ち竦んでいた。片言さえも意味のない聞き取れないほどに釣り込まれ、視覚に偏在した意識は全身に遍在する鮮血が巻き込まれるのを頓着できずにいる。　倒装法

　小道を右に曲ると嗅いだことのあるフローラルの香りに気づき、背後を一顧すると、ストーカーが何時の間に迫っていた（私、ソレトモアイツ、ドチラガヨリ偏執ナ奴ナノ？）。どちらから発せられて、どちらが返照しているのか。追うもの同様に、追われるものも価値基準に偏心があるのだろう。　換称

　ヒトラーと呼ばれる少年が公園に現れたので、野球をしていた少年達はてんでに一散した。どんなに間違った信念でも少年は変節することはない。時代の動きに合わせて変遷することのない、いくら誹議されても弁疏しない自動虐殺機なのだ。　換称

　破壊工作を受け持った一斑の成果を聞き、男は口元に笑みを浮かべて、まあまあやるようだねと口にした（どりるヘノ鞭撻ガ効イタンダナ、らいでんしゃふとヘノ偏重ハ少シヅツ浸透シテイル。変哲ノナイばんでニハサセナイゾ）。　緩叙法　誇張

　蜘蛛の尻から紡がれた糸目は細くとも、見かけとは違いとても弱いものではない。権威ある者に靡く偏頗なビルが、運動施設の扁平な屋上で、蜘蛛の糸についての偏僻な意見を上司に述べた。緩叙法　反語

　キッチンに据えつけられたガスオーブンも、四段の冷蔵庫も付いている。居抜きの家屋は心配していたよりもずっと綺麗であり、その電話の舌を満たすのに適した調度類も一式揃っている。翩翩な性合だが、味を正確に弁別できる電話だから、キッチンをうっちゃって便々とした日々を過ごすことはなくなるだろう。　換喩

　案ずるより生むが易し・食料品に一切手を出してはいけないという規則は彼方に去り、違背していることに後ろめたさを感じることなく茶碗を掻き込んだ。これが大型食料品店への返報だったら、地域社会に遍満する世論からの変容などと罵る資格を、貪り食うトコロテンには持てないだろう。　換喩

　鞭を手に持ち女はじりじりと威迫する。「偽証がはげないようにうまく補遺できましたかぁぁ？」近づくその動きは、口とは逆さの暴圧そのもの──強固ナ毬栗ヲ防遏デキズ、皮膚ニ突キ通サル──。　換喩

　数日続いた酷暑のせいか、前庭の茄子の実はすっかり萎靡して縮こまっている（会社ノ暴威ニ萎縮スル友人ニソックリジャナイカ）。都市社会でこそまれな法悦とは気づかずに、茅屋での鄙びた暮らしを頭に望む。　擬人法

　傷つき荒れ狂った女の魂を、温い夜風が撫でて静かに慰撫する。生まれを嫌い、放下したはずの田野の風土が頭に戻り、競争社会の烽火より吹き込む風を浄化して、忘我へと、うるさく心地よい夏の夜半に浸らせる。　擬人法

　人生は絶望だ。愛しい男に会えず悶々と鬱悒き日々を過ごし、道を歩けば身なりの整わない鬱悒き男が目線を投げ、安定しない今の身と先の生活を思い廻らし、見えない将来と現在の鬱悒さに怖気をふるう。抱懐している引け目と真向いに対面すれば、今まで生きた時間の包括をつきつけられるようで、自信のなさに謀逆を抱けたらなら、どんなに今を変えることができただろうと思ってしまう。　奇先法

　勇気は無智の盛りだ。都合の良い目先の解釈に心は踊り、沸々と湧き上がる好奇心は着実に弥増して行動へと促す──分別ナク放吟スル勇猛ヘノ頌歌──。「両親が何かの事情で隠しているだけで、直系とは言わないが、お偉い方の傍系なのだろう」と考える──惚ケタ頭ニ奇天烈ナ花ガ開ク──。　奇先法

　それが入り用だからこそ、うっちゃっておくんだよ。なにせ次から次へと際限がないからな。何でも放言するより、黙っている方が良い場合が多いんだ。ほら、あえて近づかずに、遠く離れて望見するほうが良く見えることもあるだろ。報国の仕方を多面的に眺めるべきだ。　逆説法

　誰かに頼みたい気持ちがあったからこそ、女は他人の存在を無視した。「この状況こそ自分の意力を試し、鋼の硬さに鍛えることになる」。方今、人とつながることばかりに価値を見るコンパニョンは多い。「芳魂を備えるわたしはベェットな魂の逆へと進もう、捧持する物のない人間とは違うんだ」。　逆説法

　女はその事実に気づいた時、顔は青ざめ、冷や汗を流し、狼狽して小さな嘆声をあげた。毎日こなしている簡単な事をどうして見過ごしていたのか、先程小さい女に散々と自恃をまくしたてて軽蔑したのが、天罰として良からぬ災いをもたらしたのだろうか。とにかく女は失敗したのだ。遺漏のないよう注意する気持ちがなかったのだ。（ドウシヨウ、誰カニ傍受サレル前ニ隠滅シヨウカ、アアァ、築キ上ゲタ地位ガ、ツイ、今ノ立場ヲ抛出シタクナルケド……、ウマク揉ミ消スノニ、誰カ幇助シテクレル人ガイレバ……）　強意結尾法