第37話 僕とデートと告白と衝撃 -07
七
「……どうしたんだよ。英時」
広人が、ポンと肩を叩いてきた。
結局あの日――昨日なのだが、僕は学校に行った。しかし佑香とは全く話さなかった。いや、話すことが出来なかった、と言った方が正しい。それどころか顔すら合わすことが出来なかった。それは佑香の方も同じだったようで、朝は何かとても気まずかった。
しかし、その日の一時限目は都合がいいのか悪いのか――席替えだった。その結果、僕は窓側、佑香は廊下側の席となり離れたため、とりあえず、気まずい空気は漂わなくなった。
今は、その翌日の昼休み。
僕は、自分の不甲斐無さに顔を伏せていたのだ。
昨日の朝、お母さんと話を聞いて決めたことがあったのだが、未だにそれを実行出来ておらず、その行動力のなさに、僕は絶望していた。
お母さんは言っていた。
僕は、佑香のことを……
「……おう? 本当にどうしたんだよ?」
広人は、難しい顔で僕を見てきた。ちなみに広人はまた僕の右後ろの席だ。全く、異世界人とかしか興味ないやつかよと思ったが、それは口に出さずに心で止めておいて、僕は小さく息を吐いた。
「うん? あぁ、ちょっと母親の言葉を思い出していてね」
「あん? お前……マザコンか?」
「ついでにロリコンで、さらにショタコンで、おまけに熟女アンド中年好きだ……広人が」
「俺かよっ!」
そうツッコミをビシッと入れると、広人はほっとしたような笑みを見せた。
「その調子じゃ、立ち直ったようだな」
「ん、あぁ。そうだな」
「そうだなって、他人事だな、おい」
「実感湧かないしな……そういや」
僕は一昨日から気になっていたことを広人に訊いた。
「真美と奈美、最近来ていないんだな」
「おう? あ、そうだよ」
「そうだよって……休んでいる事情を知っている言い方だな」
「うん。知ってるよ」
お、結構進展しているじゃないか。
「あいつらは一昨日から親戚の法事で三日ほど北海道に行くって言ってた。だから明後日には学校に来るよ」
「へぇ。そんな事情があったのか。それにしても……」
僕は横目でちらりと廊下側に眼をやった。
「……タイミングが悪いよなぁ」
佑香は一人でうつ伏せになって寝ており、その周りには誰もいなかった。別に佑香に友達がいないわけではない。だが彼女は、近寄ってくる人には「昨日から外国映画を見始めたから徹夜で眠たいんだ。だから学校では寝かせて」と言って追い払ってしまっていた。
だが、その姿はとても寂しそうであった。
こういう時にいつも傍にいたのは、親友であるあの二人だったのに。
「……なあ、広人。お前、佑香に話しかけてやってくれないか?」
「いや、そのことはあの二人に頼まれていたんだけど……俺、鈴原さんとあまり話したことがないから、どうしたらいいやら……ってか、立ち直ったんならお前が話せよ」
「ごめん。僕はヘタレだから今でも、まだ行動に移す力が湧かないんだよ」
こう答える自分が、とても阿呆らしかった。こんなに自分が愚かだと思ったことはない。情けない気持ちで一杯になりながら、机に突っ伏す。
そこに、
「……遠山君。ちょっといいですか?」
「ん?」
その声で顔を上げると、目の前には堺さんがいた。その横にはいつものように二瀬さんと逆島さんもいる。
……そういえば、この人とも顔を合わせづらいな。佑香ほどではないけれど。
「やいやいやい! お前ら、何の用だよ?」
広人が目を三角にしながら僕と堺さんの間に割って入ると、堺さん達はむっとした様子を見せる。
「何よいきなり。用って……何でもいいじゃない」
「何でもじゃよくねえから言ってんじゃねぇか、逆島」
「ってかさ。何であんたに断らなきゃいけないわけ?」
二瀬さんが口を尖らせると、広人は睨み返す。
「つーかさ、二瀬。俺に断る断らないの以前の問題だってのは理解しているだろう?」
「それは……」
「え? どういうことなの?」
僕がそう疑問を口にすると、広人は「はぁ」と呆れ顔で溜息をついた。
「お前なぁ……あのな。こいつらの用事ってのはなぁ……」
「由宇ちゃん! 公ちゃん! お願い!」
「「うん」」
「遠山君! ちょっとこっちに来て!」
「はい?」
まさに一瞬の出来事だった。
二瀬さんと逆島さんの二人は広人を拘束し、僕は堺さんに手を引かれ、あっという間に教室から退室した。だけどこの間僕は、この三人が誘拐起こしたら完全犯罪になるなぁ。あ、でも二人が捕まるから、そこでバレるだろうなぁ、などと、呑気なことを考えていた。
その内に、あっという間に屋上へ続く扉の前まで辿り着く。どうやらそこが目的地らしい。堺さんは大きく息を切らし、膝に手を付いている。
そこでようやく、僕は話し掛けることを選択する。
「……あのですね、堺さん」
「あ、はい」
「何でまた、こんな所に連れてきたのですか? ていうか最初から話が分からないんですけど……」
「……ちっ。遠山君は分かっていなかったんだから、あいつが余計なこと言わなきゃ済んだのに……」
「……堺さん?」
「はい? さっきの質問の答えですか?」
「そうですけれど……」
さっきのは何だったんだろう。まぁ、一昨日から寝ていないから疲れて幻想を見ていたんだろう。堺さんは何も気にすることなく話しているから、先程のは僕の見間違いだったんだろう。しっかし……何故、告白をされたあの時のように、彼女はもじもじしているんだろうか?
「それはですね……あの……遠山君……その……一つ訊きたいんだけど……」
「何?」
「一昨日、遊園地でその……鈴原さんに告白して、振られたんだよね」
……どこから漏れたのだろうか。まぁ、あいつらは人に教えるようなことは絶対にしないから、誰かがその場に偶然いたのだろう。
「それって、もうみんな知っている?」
「うん。昨日の時点でもう、この学校でそのことを知らない人はいないんじゃないかな?」
「……はぁ」
頭が痛い話だ。
「んで、それがどうしたの?」
「ってことは、事実なんだ」
「あぁ、そうだよ」
「良かったぁ」
「……は?」
良かった?
何を言っているんだ?
いいわけがないだろう。
堺さんに対し少し――いや、かなり腹が立った。
しかし、堺さんはそんな僕を余所に、嬉しそうに訊ねてくる。
「ねぇねぇ。遠山君って鈴原さんのことを好きだったんだよね?」
「そうだよ」
その通り。
遠山英時は、鈴原佑香のことを好きでした。
でも、それは……
「一昨日までだけどね」
「え……?」
そこで彼女は、やっと喜ぶのを止めた。別にインパクトを与えようと思って言ったわけではないが、彼女は驚いていた。
「どういう……こと?」
「僕は一昨日までは確かに彼女――鈴原佑香を好きだった。だけど……昨日の朝に気がついたんだ」
お母さんに教えてもらった、一つの事実。
「僕はもう――鈴原佑香のことを好きなんかじゃないんだ」
そう言った瞬間。
辺りは一瞬、下の階の衣擦れの音が聞こえるぐらいに静かになった。堺さんは、信じられないというように口をポカンと開けたまましばらく動きを止めていたが、やがてはっと我に返ったようにビクッと跳ね上がった後、途切れ途切れに言葉を発する。
「あ……え……な……そ、そうなの?」
「そう」
「そうなんだ……だったら!」
「でも」
堺さんが何かを言おうとしているのを遮ってしまったが、僕は続けた。
「僕は確かに、佑香のことはもう好きではない……だけど」
僕の本当の気持ち。
佑香のことを想う気持ち。
佑香のことを諦められない気持ち。
一昨日までの僕では分からなかった。
でも、教えてもらったら、とても簡単なことだった。
『英ちゃん。あんたは佑香さんのことを、もう……』
言われてみればそうだった。
いや、そうだったかもしれない。
お母さんに言われて気がついた。
でも、これが紛れもない僕の本心だった。
僕がこれから言おうとしているのは、その僕の本心だ。
それは、定義が曖昧なものだ。
だが、僕は胸を張って言える。
胸を張って答える。
僕は――
「僕は鈴原佑香を……『愛している』」
「……へ?」
そう言った瞬間に、彼女は再び唖然とした様子で口を開けた。無理もない。普通は高校生なんかで『愛している』なんて言わないだろう。
だが、何度も言う。これは僕の本心だ。
「『好き』ではなく……『愛している』……?」
堺さんが小さく呟いた。
僕は大きく頷いた。
「僕はもう、佑香のことを『好き』じゃない。でも『愛している』んだ。だから振られたって、諦めない。彼氏がいたって、諦めない。だって僕はもう――彼女を愛してしまっているのだから」
「……あはは」
堺さんは乾いた笑い声を口から漏らす。
「『好き』と『愛している』? そんなの口だけの違いじゃない」
「いや、そうじゃないと思う」
僕は首を横に振った。
「確かに『愛している』と『好き』なんて、大した違いはないのかもしれない。でも僕は確実に『好き』な気持ちを超えている。この気持ちはどう表すんだ? それを表す言葉に適しているのが『愛している』」
『愛している』。
それは恋愛の最上級系だと、お母さんは言っていた。
『愛している』という言葉は、軽々しく言うものじゃない。それでも僕はその言葉を使用する。
この気持ちは佑香がいる限り、未来永劫変わることはない。
これは予想ではない。
決意でもない。
決定である。
「だから僕は、彼女がいる限り……彼女を愛し続けるよ」
「……」
堺さんは下を向いて黙り込む。やがて彼女は、「……そう」とだけ呟いて突然、ふらふらと歩き出した。
「じゃあね。私、用事が出来たから」
「え……?」
僕は彼女の突然の行動に戸惑いを隠せなかった。
「ちょ、ちょっと、待って。僕に何か訊きたいことがあったんじゃないの? 僕が振られたのかが本当かっていうこと以外に」
直感でそう思っていた。彼女の最初の質問は、その話のための準備なのだと。
しかし、彼女はこちらを見ることもなく、
「あぁ、もういい。もう――聞いたから」
低い声でそう言うと、階段を降りていった。
その後ろ姿を見ながら、僕は首を捻る。
彼女の行動と言動は、実に意味不明である。この話は、一体何のための話だったんだろうか?
――ただ。
先程の話により、一つだけ、思うことがある。
「……はぁ」
何て恥ずかしいやつなんだろう、僕。
あんなに佑香のことを『愛している』、『愛している』って堺さんに言って……本当に馬鹿ですか。うわぁ。本当に恥ずかしい。
「……だけど」
このままでは何も始まらない。
何もしなければ、何も始まらない。
先程、堺さんに向かってあんなに『佑香を愛している』って言ったんだ。どうせみんなにも、そして本人にもすぐに伝わってしまうはずだ。
それならもういっそ……これを利用しようじゃないか。
ピンチをチャンスに変えよう。
僕は行動に移すことを決意した。
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