第28話 ボクとデートと観覧車と『希跡』 -04
四
時間が少し経って、途中のカフェ。
英時はコーヒー、ボクはオレンジジュースを飲んでいた。その飲み物を注文した後の待ち時間の際に、飲み薬を飲む余裕があった程、大分長い時間、英時は戻ってこなかった。後から聞くと、トイレに行っていたらしい。きっと男の子にもボクが知らない事情があるのだろうと思って気にはしていなかったが、言いたいことはそれではない。
その長い時間の間に、ふと疑問が頭に浮かんだのだ。その疑問の答えを、すぐに英時に求めた。
「ねぇ、英時。訊きたいことがあるんだけど」
「ん? 何?」
「何でボクをデートに誘ったの?」
そもそもの疑問。
あの後夜祭の時に突然、何故このボクを誘ったのだろうか。あの時は嬉しかったから、大して考えもしなかったけど……そもそも、これはデートなのか? ボク達はカップルじゃない。カップルじゃなきゃデートではない、とは言い切れないけど……ああ、もう、こんがらがってきた!
とにかく、どうしてボクなのか。
それが知りたかった。
そんなボクの疑問に、英時は不思議そうな顔をしながら答えた。
「何でって……誘いたかったからに決まっているじゃない」
「え? ……それだけなの? 他に理由は?」
「誰かを誘うのに理由がいるものなの?」
真っ直ぐにボクを見つめて言う。
「本当に、何の理由もなく、何の画策もなく、ただ純粋に誘いたいと思っただけだよ」
「ふ、ふぅん……」
純粋に嬉しかった。だけど恥ずかしかったので、言葉の矛盾をつついてみた。
「じゃあさ、真美、奈美でも良かったんだ。理由なんてなかったら」
「いや、そういうじゃなくて、佑香を誘いたかった、ってだけで……それにあいつらだったら、何をされるか……いてっ」
「んん? どうしたの?」
「いや、何でもない……」
「?」
「そ、それより佑香。佑香は何か将来の夢とかあるの?」
「はあ、いきなり何? ってか夢?」
「そ、そう。夢だよ、夢」
「何をそんなに焦っているの……?」
「いや、何でもないよ」
「その言葉、さっきも言ったよね?」
とにかく――と英時は大きく深呼吸をして、小さく頷く。
「変なタイミングになっちゃったけど、でも本当に聞きたいんだよ。佑香の将来の夢って何かは。あ、因み僕には夢が今はないから、ちょっと参考にしたいな、って思ってさ」
「そうなんだ……まあ、最近の人々にはよくあることだよね」
僕の夢、か……何だろう?
確か小学校の時は……
「あ」
思い出した。
「小学校の先生だ」
「ん?」
「僕の夢は、小学校の先生になることだったんだよ」
今の今まで、すっかり忘れていた。
英時は「へぇ」と感心したように首を縦に動かす。
「でも、何で小学校の先生なの?」
「ん。それは子供と触れ合いたいからだよ」
「へぇ。子供が好きなんだね」
「ん? あ、うん」
ボクは頷いたけど、実はちょっと違う。
小学校の時、ボクはある事情であまり学校に行けなかった。故に、小学生と触れ合う機会がなかった。もう一度小学生になるのは無理だから、ボクは小学校の先生になりたかった。
……そんなことを思い出したら、その夢をもう一度叶えたくなってきた。……うん。叶えるために努力をしてみようか。
そんな決意を心の中でしていた所で、
「決めた!」
突然、英時が声を張り上げてきた。
「何? どうしたの?」
「僕も、小学校の先生になる」
「そうなんだ……って、ええっ? な、何でっ?」
突拍子もない英時の発言。当の本人はきょとんとした表情で答える。
「何で、って……僕には夢がなかったんだよ?」
「それがどうしてそう繋がるの!?」
「僕、結構子供が好きだったのか、って今更ながらに思うんだよ。だから、小学校の先生になってみたいって気持ちがあるんだ。んでそれを佑香に言われて今、気がついた。うんうん。小学校の先生って、結構いいかもね」
英時はしきりに頷いている。
意外。
英時が子供を好きだなんて。てっきり「ガキはうるさいから嫌いだ」とまでは行かないにしても、あまり好いている方ではないと思っていた。
それにしても、真剣な顔だな、英時。
もしかして……いや、そんなわけないけど、からかってみますか。
「英時……あんたまさか……」
「そう。ロリコンだ」
「自分から言い出した!」
「さらに熟女も好きだ」
「幅も種類も広すぎ! ってか幻滅だよ!」
「ってのが、高見広人の属性です」
「……へぇ。そうなの」
まぁ、さすがの高見君でもそこまではないだろう。一つ二つはあるかもしれないけど。
……ところでこの時に、風も吹いていないのに草木がざわめいたのは何故だったのだろう?
「そ、それはそうと」
「何で焦っているの?」
「そ、それは気のせいだよ」
「そうかなぁ? でもはっきりと焦っている様子が……」
「うん、まぁ、それはそれで。それよりも佑香、もう飲み物を飲み終わった?」
誤魔化すように投げかけてきた質問にボクは頷きを返す。
「あ、うん。今、ちょうど」
「じゃあ、もう次のアトラクションへ行こうか」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
「どうしたの?」
「時間見て。今ってお昼の一時過ぎだよ?」
「へぇ、そんなに経っていたんだ。楽しくって時間の経過を忘れちゃうね」
「わす……」
ああ、もう。どうして節々で嬉しいことを言ってくれるの。
でも今言いたいのはそれじゃない。
「……じゃなくて、このカフェの近くにはレストランがある」
「あぁ、あるね」
「その心は?」
「……昼食、食べるの?」
「うん。ボク、おなかすいた」
「そういえば、僕もおなか減ったな。じゃ、行こう」
「うん。ボク、特盛ラーメンを二丁! 味噌味で!」
「え……そんな食べるの?」
「そんな食べるの! さぁ、ごーごー」
ボクは、呆気に取られている英時の背中を押した。
実はそんなにおなかは減ってなかった。
望んだのはただ一つだけ。
もうちょっと英時とゆっくりと話していたかった。
ただ、それだけだった。
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