4
昼休み。
友達のいない僕は、そそくさと軽音楽部の部室へ逃げる。
足の踏み場もないほど散らかった部室に入り、自分のギターを抱えて外に出た。
そして無茶苦茶に弾き始める。コードも指の痛みも無視して弾きまくる。
ただ音を鳴らしたい気分だったのだ。
「下手……くそ……」
頭上から女の子の声が届いた。見上げると、部室の屋根の上に女の子がいた。
だが茨木さんではない。見覚えのない女の子がこちらを見下ろしていた。
僕は見知らぬ少女に名前を訊いた。
「あなたは誰ですか?」
「カオルさんです」
カオルさん?
それに今の声は?
見覚えのある声が聞こえたと思ったら、茨木さんがひょっこり顔を出した。
「こんにちは、ジミヘン」
「ジミ……ヘン……」
ジミヘン、二人が僕に向かってそう言った。
「ジミ・ヘンドリックスがどうかしたんですか?」
「あなたのあだ名です」
僕にとって初めてのあだ名。だが下手な演奏しかできない僕に、たとえあだ名であってもジミヘンなんて名前をもらえるわけがない。畏れ多いにも程がある。
しかし、照れ笑いを浮かべつつ内心すごく喜んでいる。
「ジミヘン……地味なのに変だから……」
「カオルさんが命名してくださいました」
僕の小さな喜びが一瞬にして崩れて落胆の表情を見せる。
茨木さんは楽しそうにけらけらと笑っている。
そしてカオルさんが急に提案してきた。
「バンド……組む……」
それでも僕と茨木さんは、何の迷いもなくすぐに了承した。
バンド結成からちょうど一年。ライブ本番まであとわずか。
「ジミヘンなんて……薬物過剰摂取で嘔吐したものを喉につまらせて死んでしまえばいいのです! バーカ! アホー! マヌケ!」
茨木さんは、子どもじみた悪態をついて控え室を出ていく。
「待ってください茨木さん!」
あわてて追いかけようとするが、すでに姿は見えなくなっていた。
茨木さんは、最後のライブのテーマを変更したいと急に言い出した。
新たなテーマは眼帯少女が魔法の苦しみから逃れるため、リストカットして果てるというもの。
僕は猛反対した。明確な理由は恥ずかしくて言えなかったが、彼女一人が傷つくぐらいなら、全員ケチャップまみれの方がまだマシだ。
とうとうライブ本番が始まる。ステージ上には二人しかいない。
大勢の観客を前にしているのに全く緊張していない。いつもは緊張して手も足も震えてしまうというのに。
僕は後ろを振り返ってカオルさんに問いかける。
「カオルさん、聞いても良いですか?」
「何……ジミヘン……?」
「どうして僕や茨木さんとバンドを組もうと思ったんですか?」
「なんと……なく……」
「それなら、どうしてうちにはベースがいないんですか?」
「無駄なもの……排除したかったから……」
「ベースは無駄じゃないと思いますよ?」
「うちのバンドには……必要なかった……」
「それなら、今、僕らに一番必要なものは」
後の言葉を言おうとしたら、カオルさんがドラムを叩き始めた。
それに合わせて僕もギターを弾き始める。
音と音が絡み合って爆音を形成し、会場全体に響き渡らせる。
これは眼帯少女が魔力に苦しみ死んでしまう曲だ。客の目には眼帯少女は写っていないだろうけど、僕には見える。魔力に苦しむ眼帯をつけた少女の姿が。
しかしダメだ。もう終わりだ。
僕には音楽を停止させること、停止した音楽を再生することはできる。
けれど、死んでいる音楽を再生することなんて不可能だ。
この音楽はすでに死んでいる。
そう思った僕は、黙ってギターを下ろそうとする。
だが――。
「終わらせませんよ。まだ始まってもいないのですから」
いつの間にか腕に包帯を巻いた眼帯少女が、僕の隣に立っていた。
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