高校生活最後のライブが今日行われる。

 本番前に僕らはリハーサルをした。僕のギターを除いて、演奏については問題がないと思う。だが、茨木さんは演奏以外で気に入らないところがあると言う。


 演出のことだ。


 僕らのライブには毎回テーマがあり、それはその都度変わる。

 それによって僕らは演奏や演出も変化させる。

 ちなみに前回のライブでは、全員ケチャップまみれで演奏するという演出だった。かといって、僕らがそこら辺にいる音楽性のない、格好だけの色ものバンドと一緒にしてもらっては困る。

 茨木さんの素晴らしい歌声、カオルさんの巧みで激しいドラム、そして僕の拙いギター演奏がうちのバンドの売りだから。

 あれ、僕いらない存在……?


「私が口からケチャップを吹き出します。ジミヘン、あなたはマヨネーズを股間から発射してください。これで生と死を表現するのです」

「それ字が間違ってますよ、絶対」

 頭の中で「性と死」という単語が浮かぶ。

「それでは、ジミヘンらしく歯でギターを弾くとかギター燃やすとかしてください」

「勘弁してくださいよ。前にギターを歯で弾いたら誰も知らなくてドン引きされたじゃないですか。それに、このギターはバイトして貯めた金で初めて買ったものなんですよ。絶対ダメです」

「どうせ……安物……」

「カオルさんまで……ヒドイですよ」

「でも……楽器は大切に……」

 カオルさんは無表情でそう言った。彼女は茨木さんより優しい。

 その優しさに少し感動している僕をよそに、茨木さんは相変わらず演出のことばかり話す。

「国歌を弾いてください。日本ではなくアメリカの」

「まだジミ・ヘンドリックスにこだわりますか」

「グレッチで……ぶつ……」

「それジミヘンと関係ないですよね、カオルさん」

 おそらく彼女の好きな女性歌手の曲からの引用だろう。

 だが先ほど、楽器を大切に、と言ったばかりの人の言葉とはとても思えない。さっきの感動の余韻が一気に薄れた。

「ところで、茨木さん。今日のライブのテーマは何ですか?」

「それは、私を見ていただければ分かると思います」

 今日の彼女の服装は、いつものゴシック・ロリータ。それに加えて、今日は眼帯をしている。今までは付けていなかったから今日のテーマに関係しているのだろう。だが、全く想像がつかない。

「分かりません」

 彼女は大きなため息をつく。

 これだからジミヘンは、という心の声が今にも聞こえてきそうだった。

「左目に強大な魔力を宿した少女が誤って魔力を抑えるための眼帯を取ってしまい、強大な魔力が全身にまわって最後には死ぬ、というテーマです。素敵でしょう」

 茨木さんは、そんなアホみたいなことを臆することなく、大真面目に言ってのけた。僕よりも彼女の方がよっぽど中二病じゃないか。しかし……。

「結局今回も死ぬんですね」

「私は自殺遊戯を楽しむ、死にたがりの少女です。そんな私が表現できるものが、『死』の他に何があるというのですか?」

「茨木さんほどの歌唱力ならいくらでも表現できますよ」

 以前からずっと思っていたことを素直に伝える。怒られると思った。だが彼女は何も言わずに去ってしまった。


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