第7話 鵺《ぬえ》と土蜘蛛《つちぐも》

 砂を踏む足音が止まると、影が牢屋の中をのぞきこんだ。


「ツヌガアラシトか?」


 影が声をひそめて和語で訊いてくるので、「そうデス。こいつがツヌガアラシト、デス」と答えると、相手は「やはり」としきりにうなづいた。それから柱の間から何かを差しいれてきた。


「メシ、食べてください。あとで救けにきますから」


 どうやら、何か食べものを入れてくれたらしい。

 月明かりにかざして影が置いていったものを見ると、笹の葉の包みと、栓のついた竹筒だ。

 パムは、しまったと思った。

 まだ縄でぐるぐる巻きになっているのだ。口を近づけて、なんとか包みを開くといくつか団子が乗せられている。その横の竹筒には水を満たしてくれてあるらしい。

腹が減ってしょうがなかったから、口を団子に近づけて、なんとか食した。団子を貪るように食べ、竹筒を口にくわえて、こぼしながらもなんとか水を飲んだ。

 団子は今まで食べたことのない味だったが、とてもうまかった。全部食べようかと思ったが、ソシモリに殺されると思い、3つだけ残しておいた。

 腹が満たされると、ふとさっきの言葉が気になってくる。


「救けにきてくれるって言ってたなあ」


 本当かなと首をひねりながら、外を見る。

 

 また、砂を踏む音がする。

 

 先ほどの影がもう戻ってきたのかと柱に張りついて外を見た。

 海は静かに波を輝かせているだけだった。

 

 しかし、じっと聞いていると砂を踏む音は次第に増えていく。


 ザク、ザク、ザク、ザク、

 ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ……。


 ぼんやりとした月明かりの中、白い砂浜が浮かびあがる。砂の上に小さな影が歩いていることにやっと気づく。

 砂の上を歩いているのは、得体のしれない小さな集団だった。

 手を前に突きだし、ぴょんぴょんと跳ねるように歩く影。


 月明かりに照らされたそのちいさな姿は異様なものだった。

 赤い髪に赤い仮面を被り、赤く長い衣を砂に引きずるようにして、跳ねるように歩いている。そして牢屋を通りすぎ、海とは反対側の松の林に入っていく。昼間見たときには、その松林の向こうにいくつも屋根が見えたから、すぐ近くの集落に向かったのかもしれない。


 赤い集団がその松林へ消えていき、しばらくすると、悲鳴が聞こえてきた。人々の悲鳴と怒号が聞こえる。


「猩々や!」

「戸を閉めんか! 猩々が入って来るぞ!」

「こっちはあかん! 火や、火を持ってきね!」


 集落の方が大騒ぎとなった。

 あの赤い集団が、猩々なのか。あの小さな妖怪どもが、なぜあんなに恐れられているのだろう?

 と、そちらに気をとられていると、足元にぬめりとした感触を感じた。視線を下げると、両手を抱えたくらいの、大きな黒いものが足元に見える。少し体を曲げて月明かりに照らすように足を上げて見ると、大きなナメクジのような、海辺で見かけるウミウシのバケモノが足にべったりとくっついていた。

 そしてよく見るとパムの周囲に黒い巨大ナメクジがびっしりといた。


「ぎゃーーーーーーーーーーッッッッッッ!」


 ソシモリの体の上に、いくつも黒いナメクジが這っているが、本人はぐっすり眠っていた。

 知らないと言うのは幸せである。

 これならボクも知らない方がよかった、そう思いながら、逃げ場のない状況に恐怖を覚え、そして巨大ナメクジを払うため、叫びながら足をばたつかせた。

 巨大ナメクジと戦っていると、ズン、と音がして牢屋が揺れた。


 今度は何だ? 


 と見回すと、牢屋を囲むように猩々がいるではないか。小さな猩々が、牢屋を囲み、なんども跳びはねると牢屋にぶつかってくる。


 ずん、ずん。


 ぶつかるたびに牢屋が揺れる。


「猩々が、牢屋にもいったで!」

「やっぱりあいつらの仲間や!」


 だから違うって、とパムはひとりごちながら、目の前の猩々が次々と牢屋にぶつかるたびに「ひっ」と声をあげた。時折、猩々が柱に捕まり、じっとこっちを見てくるので、ゾッとする。真っ赤な仮面の目の部分は、暗く黒く、目ん玉らしいものは見えない。どこまでも深い闇のように見える。

 ぶつかってくる猩々、足元に見たこともないほどの巨大ナメクジ、何が起こっているのかわからず、目の前の恐怖に怯えていると、今度は、


「ヒーン!」


 月が照らす方から聞いたことのないき声を聞いた。

 ズシン、ズシンと牢屋を揺らすほどの足音がし、そして時折「ヒーン」と啼く声がする。見ると、月影に浮かびあがるその姿は、松よりも大きかった。何か得体の知れない巨大な獣が、啼きながらやって来ているのだ。

 その大きな獣とともに、月の方角から大勢の人がやってくる。


「やーやーやー!」

「やーやーやー!」


 雄叫びとともに、遠くに小さく赤い篝火かがりびがチラチラと揺れていた。篝火がいくつもいくつも蛍のように漂っては消え、また現れ、また消え、また光る……。


 一方、牢屋の南側にある松林から、刺青の和人たちが現れ、声をあげる。


「山賊や! 山賊の土蜘蛛つちぐもが出たで!」

「やっぱり土蜘蛛が来おったのう! 猩々のあとには、やっぱり土蜘蛛が現れよる」

「わしらは猩々を追い払うけえ、おめえら土蜘蛛をなんとかせえ!」

「はよしねま! 男衆は銛を持ってきね!」


 声は殺気を帯びている。刺青の男たちが銛や網を持って松林からあらわれ、怒号と砂を踏む足音が、遠くに揺れる篝火の方へと……つまり、土蜘蛛の方へと向かっていく。


土蜘蛛つちぐもや!」

「やっぱり、猩々が来たあとは、しなーっと土蜘蛛が出てくんざ」

「ほや、やつらが猩々をけしかけてるんやげ!」


 まるで火事と台風と地震が一度に起こったような大騒ぎとなっている。


「ソシモリー! いいかげん起きてよ!」


 牢屋にしがみつく猩々は次第に数を増してくる。牢の向こうから伸びてる手も、岩にびっしりとついたイソギンチャクのように、こちらに向かって揺れていた。パムはソシモリに向かって叫んだが、ソシモリはこの騒ぎの中、いびきをかいてまだ寝ている。パムは牢屋の真ん中に立ち竦みながら、ソシモリを起こそうと、奴の体を思いきり蹴っていた。


「ソシモリってば!」


 どういう神経をしているのか、ソシモリはピクリともせず、何事もないかのように、いびきをかいて寝ている。得体のしれない妖怪から逃げたくとも、イモムシのような体ではこれ以上どうしようもなかった。足元の巨大ナメクジは次から次へと足を登ってこようとしている。目の前の猩々は、今にもオンボロな牢屋を押し倒して、襲ってこようとしている。


 遠く、向こうでは、暗闇の中ホタルのような赤い光が右へ左へと動き回り、次第に大きくなっていた。


「ヒーン!」

「うわっ! 鵺や! 鵺がこっちゃへ来るげや!」


 気味の悪い啼き声が聞こえると、誰かが叫ぶ。月の方へと向かっていた和人からだ。巨大な何かが「ヒーン」わっとどよめきがおこり、銛を持ったの男たちが一斉にこちらへと走って来た。鵺と喧騒が迫ってくると、牢屋にひしめいていた猩々がうなり声をあげながら、一匹、また一匹と飛び跳ねながら逃げて行く。

 ほっとしている暇もない。

 ズシン、ズシンという音が、さらに大きくなった。

 蛍のような光がますます大きくなると、その光を持った連中の姿がぼうっと闇の中に浮かびあがる。その姿がはっきりと見えた。

 イノシシの頭や、枝分かれした鹿のツノが、牢屋の横を通っていく。


……獣がとおっていく⁈


 その姿にパムは目を疑った。人の姿に獣の頭がついているのだ。人の姿をした獣が、篝火を持って走っている……だが、しばらく見ていると、どうやらそれは獣の皮を着ているからだ、とわかった。

 刺青の和人たちは、毛皮の土蜘蛛に向かって一斉に銛を投げつける。土蜘蛛がそれを避けると、おかえしに火のついた矢をつがえた。


 ヒュー、バンッ!


 という風をきる音が聞こえた次の瞬間、パムたちのいる牢屋に小さな炎が立ち上った。火矢が当たったのだ。


「そ、ソシモリ! ソシモリ! 火が、火がついちゃったよ! おい、起きて!」


 パムは縄に縛られているせいで、それこそ言葉の通り手も足も出ないまま、ただ砂の上でじたばたとうろたえた。もう体についているナメクジどころではなかった。

 炎はあっという間に広がっていく。


「ソシモリー! 起きてー!」


 ソシモリはこんな騒ぎだというのに、全く起きない。一体どんな神経をしているんだとパムはもう一度蹴り飛ばした。

 パチパチ、ゴウゴウと炎が音をあげ、勢いを増してくると、その炎のおかげで牢屋の中がよく見えた。何か縄を切るものがないかと探したが、そんな都合のいい道具など、みつからない。


 炎がメラメラと立ち上ると、あまりの熱さで巨大ナメクジは足から落ちた。そしてコロコロと牢屋の外へと転がる。牢屋の中を埋めていたナメクジも皆丸くなり、コロコロと転がりだした。炎に包みこまれる恐怖の中、さらに地響きが、小屋を揺らした。

 牢屋の炎に照らされて浮かび上がる大きな黒い影。

 人々が「鵺」と呼んでいる大きなナニカが、こちらに向かっている。

 パムは、ただ、ただ、ソシモリを呼びつづけた。

 今頼りになりそうなのは、ソシモリしかいなかった。


「ソシモリー!」


 ズン!というさらに大きな地響きで、ようやく、ソシモリは寝返りを打った。


「ヒーン」


 という哀しげな声が頭上から響く。

 パムは、炎の向こう側にある大きな影を見ようと、目を凝らした。

 暗闇の中、炎に照らされて光る目が二つある。どう考えても、その目の位置がおかしかった。鳥がもし、夜も飛べるのならば、あの眼の位置ほども飛べないかもしれない、そんな山の頂上とおぼしき距離にあるのだ。

 パムは声にならない声を上げてソシモリを呼んだ。


「そ、そそ、ソ!」


 二つの光がこちらに近づいて来る!

 パムがあわあわと言葉を発せないでいると、光がどんどんと近づき、そしてその顔がとうとう炎に照らされてあらわになった。

 猿だった。大きな体の、顔中毛だらけの猿だった。

 その猿顔のぬえが、顔にかかる煙をうるさいと、大きく手を振って嫌がる。その拍子に手が牢屋の屋根を払ってしまった。牢屋の天井がメリメリメリ……と音を立て、次第に柱がバキバキと軋みだす。パムは頭の中でぐるぐるとさまざまな状況を考えていた。


   一つ、このまま、猿の手によって牢屋もろともはたかれ殺される

   一つ、屋根だけが吹っ飛ぶ。炎は消えるが、結局猿に食われる

   一つ、牢屋は崩れないが、猿がやけを起こして、牢屋ごと踏みつける


 どれだけ考えても死ぬ以外の状況は思い浮かばない。

 鵺は、なぜかは知らないが屋根をどうしても壊したいらしい。だが思うように崩れない。しまいには牢屋ごとゆすりだした。そして、右から、左から、めちゃくちゃに叩きだし、しまいには炎もかまわず牢屋に向かって頭突きをはじめた。パムは部屋の真ん中にヘタリ込む。柱に潰されぬように部屋の真ん中へにげたが、火の粉がバラバラとそこら中に落ちてくる。自分の縄にも、いくつかの火の粉が燃えうつった。


「ギャーーーー! 火が、火がついた!」


 砂の上を転がり、火を消すが、火の粉は次から次へと降りかかり、しかも火のついた屋根の茅まで雨のように降りだした。

 驚いたことにソシモリはまだ寝ていた。パムは砂地を転がり、ソシモリの体にぶつかると、もう一度叫んだ。


「ソシモリー!」


 ソシモリは、うーんと唸って寝返りをうつ。


……なんで寝てられるんだよ


 パムは火の粉を振り払うため、イモムシのようにジタバタとあがき続けていた。

 そしてとうとうソシモリにも火がうつる。


「ドワーーーーッッッあっっっちいなあ!」

「やっと起きた! ソシモリ!」

「てめえか! オレ様に火をつけやがった……て、早く火を消せてめえ!」


 ソシモリは、髪の毛を燃やしながら怒っていた。怒ってはいたが、ソシモリもイモムシ状態だ。パムに手を出すことはできない。


「早く、砂にこすりつけて消すんだよ!」

「砂?」

「こうやって」


 とパムが地べたに頭をこすりつけるカッコをすると、ソシモリはそれを真似した。ほどなく頭の火は消すことができたが、それでも次から次へと火の粉は降りつづく。二人は、火の粉を浴びて「アチアチ」と足をバタバタさせる。


「アチッアチッ」

「アチいぞ、てめえなんとかしろ、こら」

「あの獣が牢屋を壊そうとしているんだよ」

「なんだって? てめえが揺らしてるんじゃねえのか?」

「こんなイモムシな状況でそんなことできるかっての。ほら、屋根の向こうのでっかい猿。なんだか知らないけど、あいつが小屋を壊そうとしているんだって」

「それより、オレ様はなんで体が動かないんだ?」


 自分がイモムシのような格好だと今ごろ気づいたらしい。


「和人たちにしばられたの、もう忘れたの?」

「和人?」

「ボクたちを網で捕まえた連中だって」


 ソシモリは、ふと体を見た。パム以上に頑丈に、これでもかというくらい身体中を縄で巻かれている。それを見るや、フンッと力を入れると、体を巻いている縄を驚くほど簡単に引きちぎってしまった。パムが、ボクも縄を取ってくれと頼んだが、ソシモリは無視して不機嫌な表情で屋根の上を見上げた。火の粉が降りつづけているからすぐ顔を下に向けて顔をしかめる。


「本当にこんなでっけえ猿なんかいるのかよ、てめえ」

「いるでしょ目の前に。その前にボクの縄もほどいてほしいんだけど」


 ソシモリはやはりパムの頼みは無視した。そして、


「やい猿」と声をあげた。

「やい猿、てめえは猿なのか?」


 牢屋の動きが止まった。しかし火のついた茅はさらに数を増して降りつづける。


「オレ様は、お前のご主人だ。いうことを聞け。オレ様をここからだせ。まずはそこからだ」 


 だいたい相手が何者だろうと、上から目線でいばるらしい。そんな言葉で聞くものかとグチながら、ふと金海キメで出会った時を思い出した。狼に乗っていたし、その後鰐鮫とも会話をしていた。もしかしたら……。

 バリバリと木の軋む音がして、さらに火のついた茅がザアザアと一気に落ちてきた。パムは手も出ないので、とりあえずできるだけ体を丸くして右へ左へ転がり、身体を守ろうとした。しかし無情にも次から次へと身体中に火がつく。


「アチアチアチアチ!」


 そのときである。

 

 ザアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!! 

 バキバキバキバキ!!!!!


 激しい雨のような音がしたと思うと、静かになる。見上げると、頭上が元の暗闇になっていた。

 メラメラと炎をあげて燃えていた屋根が丸ごとどこかへ消えたのである。

 パムはなぜそんなことになったのか、などと考えている余裕はなく、しばらくはジタバタと暴れて、自分についた火を消すのに懸命だった。隣でソシモリも、悪態をつきながら、地べたでのたうち回っている。なんとか火が消えると、二人でぜえぜえと息をついた。

 やっと落ち着いて、まわりを見渡すと、波打ち際で、飛ばされた柱や屋根がメラメラゴウゴウと燃えつづけていた。海鳴りのする海岸で炎が赤々と燃えている。


 そして周りを人々が取り囲んでいることに気づく。

 しかし近づいて来ようとはしない。

 パムの目の前では太い柱のようなモノが立ちふさがっていた。

 目の前にあるのは、しま模様で、ひとかかえもある柱のような何か……どうやらこれが足だった。目をゆっくりと上に向けると、どこまでいっても、その毛皮がつづく。その毛皮がパチパチと燃え盛る火に照らされている。さらに首が痛くなるほど上に向けると、遠く、星空の中に、ひときわ赤く光る星が二つあった。それが目だ。目がこちらを向いてキラリと光っている。


 火を消すことばかり気になっていたが、危機はまだ去っていないのだ。


ぬえや!」

「鵺がツヌガアラシトんとこへ来たげや! ツヌガアラシトが呼んだんじゃ!」


 燃えさかる牢屋を囲んでいる和人たちが騒ぐ。


「この大猿、ヌエだって」


 パムが和人の言葉を伝えると、ソシモリが鵺を呼んだ。


「おいヌエ!」


 赤く光る目がこちらを見た。


「ヒーン」


 鵺の哭き声は、姿と違って拍子抜けするほど弱々しい声だった。なんだか物悲しい気持ちにさせる声なのである。


「ヒーン」


 鵺はもう一声哭くと、頭をこちらに向かって下げて来た。牢屋の柱が海岸のあちこちで炎を上げている。その炎で鵺の姿がはっきりとわかる。

 顔はやはり猿だった。体は虎のように縞模様があり、足の爪は猫というより狼のそれに似ていた。尻尾は蛇のように細長くひらひらと揺れている。こんな生き物は今まで見たことがない。やはり和国というのはおかしな生き物がいる国である。


「よしよし、いい子だ。いいか、お前のご主人さまは今からオレ様だ。いうことを聴きやがれ」


 鵺は、驚いたことにさらに頭をさげると、ソシモリに甘えるような格好をし、ソシモリはその頭を撫でてやっていた。信じられない光景だった。

 パムは目の前で甘える巨大な猿顔の虎の姿に怯えて縮こまっていたのだが、ソシモリがその頭をなでながらこちらを向いた。


「今こいつと話をした」

「は?」


 怪訝な顔をするパムをソシモリは気にせず話をつづけた。


「鵺はそこにいる連中と暮らしているそうだ。これからその連中のすみかに戻るらしい」


 やはり話しができるらしいが、目の前でその様子を見ると実際怪しいものである。「適当のこと言ってるんじゃないの?」眉根をひそめて言おうとすると、

 

「ツヌガアラシト」としゃがれ声がした。


 ソシモリとパムは声の方を向いた。

 見ると、熊がそこに立っている。いや、人だ。熊の頭をかぶった人だ。その人は腰にも毛皮を巻き、紐で結わえている。そしてかぶっていた熊の頭をとると、黒い頭巾姿になった。

 毛皮を肩に羽織っているところを見ると、篝火を持ってやってきた土蜘蛛の仲間なのだろう。

 もう初夏だというのに、毛皮は暑くないのだろうか? などと考えていると、その人は、もう一度、「ツヌガアラシトさま」と言った。「さま」などと、言うからかえって怪しい。


「わしは木ノ芽峠の土蜘蛛の一人じゃあ。鵺とともに、ツヌガアラシトさまをお迎えに上がりましたんで。その鵺に乗って、早うおいでくだせえ」


 パムが、「ツヌガアラシトさま、鵺と一緒に来てくれって言ってる」と彼の和語を駕洛から語にして伝えると、ソシモリは「うむ」とうなずいた。


「鵺も、一緒に来いと言っているわ」

 

 さも当然のように返事をした。


「さ、漁師。行くぞ」と、ソシモリは鵺の頭をなでながら言う。

「え?」

「お前がいなきゃ、オレ様は話しができんだろう。早く来い」


 パムは、躊躇した。困ったのである。

 まあこのままでは、どちらにしろ刺青の和人たちに殺されるだけの身なのだから、とにかく今はこの牢屋を離れたい。


 しかし。


 団子を持ってきた人を見る。その後ろに控えている大勢の毛皮の人たちを見る。その人相、その姿。

 刺青の和人たちは、この人たちを山賊と呼んでいた。

 どう考えても、ガラが悪い連中である。熊なんかをかぶっているのである。どちらかというと、村で見かけたら、なるべく近寄りたくない人たちだ。

 不安が心をよぎるのだが……。


「早くしろ!」

 

 うじうじと悩んでいたのだが、ソシモリが相手では否も応もなかった。ソシモリはずんずんとパムに近づくと、一発頭を叩き、まだ縛られたままのパムをヒョイと担ぎ上げ、鵺を呼ぶとその背中に飛び乗った。

 鵺は一声「ヒーン」と啼くと、毛皮の人々とともに、山の方へと向かって歩きだす。


 大きな十三夜の月が天高く上り、暗闇に揺れる波を、キラキラと輝かせている。

 その月の光に照らされて、鵺と土蜘蛛と呼ばれる毛皮の一行が、篝火を掲げて山の方へと歩いていった。

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