第6話 牢屋の見世物

「こいつら、土蜘蛛の仲間やろ」

「ほやな、ツノもあるし、土蜘蛛やな」


 和人たちは大きな声で話し合うと(もちろん和語だ)、網に捕まっている二人を睨みつけた。

 パムはその表情を見て、身を縮こまらせた。ソシモリはというと、和人たちの視線など一向に気にしていないようだった。それより、仲間であるはずのパムに向かって駕洛語でドスをきかせてくる。


「漁師、この網から出たら覚えてろよ。ぶっ殺してやるからな」


 パムは一生網から出たくないと思いながらも、残念ながら和人たちによってすぐに網から出されてしまった。さいわい(というのか?)すぐに二人とも、これ以上暴れないように縄で体をぐるぐる巻きにされてしまったから、パムにとっては好都合だった。おかげでソシモリは、これ以上パムに手出しはできない。パムは少しほっとして、縄で巻かれるままになっていた。肩から腰まで縛られているから、まったく身動きができない状態のままで、二人は軽々と和人たちに担がれた。和人たちは砂浜を歩き、どこかへと向かう。


「ねえ、どこ行くんだろ……」

「てめえが余計なことしなきゃ、こんなことにはならなかっただろうよ」


 ソシモリの言葉は相変わらず冷たかった。


「そんなあ……」パムは泣きべそをかく。


 そして。

 和人に担がれて運ばれるパムが見たのは、浜の片隅にある粗末な小屋だった。松林の下にある小さな小屋。和人たちはどうやらここに二人を閉じこめようとしているらしい。


 小屋とは言っても、どうみても雑な作りである。壁らしい壁はない。こぶしひとつ分ずつ間を開けて木の柱が立っているのが、どうやら壁の代わりらしい。こ柱は砂の中に差し込んであるだけだから、すぐに押せば倒れそうだ。さらにその柱の上に茅の屋根を組んで乗っけてあるだけだから、本当に簡単に作られている。もちろん外からは丸見えだ。もしかしたらソシモリの馬鹿力なら、柱を押し倒して逃げられるかもしれない。


 パムとソシモリは、その粗末な小屋に放りこまれた。床に何も敷いてはいないから、貝殻や海藻のまじった砂にザンッと音を立てて二人は倒れこんだ。


 和人の一人が、乱暴になまった言葉をはなつ。


「どうしぇお前らは土蜘蛛の仲間やろう。ほのツノが何よりの証拠や。ただな、お前らはまだ子どもやで、どうするかは長老に話をして決めることになる。すぐには殺しはしぇん。また明日くる。それまでおとなしゅうしてるんだ。いいな」


 ガコン。

 

 雑な作りの割に、木戸は重い音がした。和人は戸を閉めると、かんぬきをかけ、確認している。そこまでしっかり閉じなくてもいいのに。単なる小屋だと思っていたが、今の言葉でわかったのは、これは牢屋だということだった。


「漁師、あのジジイはなんて言ってた」


 パムはため息をついた。


「じいちゃんの言葉とけっこう違うから、全部はわからないんだけど、ボクたちのこと、ツチグモとかいうものの仲間だろうって言ってたみたい。まだ子どもだから、チョーローって人に聞いて……で、すぐには殺さないって聞こえたけど……」

「はん」

「ツチグモってなんだろね」


 ソシモリは鼻で笑った。


「チョーローだかツチだかタコだか知らんが、オレ様を殺そうなんてやつあ、一人残らずぶっ殺す」


 やたらとぶっ殺すという。口癖なのだろうが、相手はソシモリである。いつか本気でやってしまいそうで怖かった。

 パムが相手なら、その気になればすぐにでも殺すだろう。

 パムはここまで何回「ぶっ殺す」と言われたかを考えて、ため息をついた。

 落ち着いてくると、縛られた腕に縄目が食いこんで痛い。しばらく縄が解けないか、ジタバタしてみたが、しっかりと縛られた縄はビクともしない。


「ソシモリさ、この縄、解ける?」

「んー、無理だな。お前のせいだな」


 返事は冷たい。


「ソシモリ、この牢屋を壊して、逃げ出したほうが良くない? ソシモリなら壊せるだろ?」 


 ソシモリは、周りを見まわして立ち上がると、縄で縛られたまま木の柱に向かって体当たりをした。ズシン、ズシンと重い音がして屋根から、砂や埃が落ちてくる。二人でゲホゲホ咳をしながら、牢屋が倒れないか見上げた。この牢屋も、牢屋だけあって意外と丈夫にできている。ソシモリはしばらく柱に向かってぶつかっていたが、突然寝転がると、


「眠い。腹が減った」


 というと寝てしまった。

 飽きたのだろう。

 まあ、さすがに海で流されてここまで、お互い何も食べずに来たのだ。パムは気を失っていたから、寝たといえば寝たのかもしれないが、ソシモリは寝ていたのかどうか。疲れたのかもしれない。

 たちまちいびきが聞こえてきた。

 小屋……いや牢屋は砂の上に柱を刺して作られているから、床などない。尻の下は、砂と貝殻のカケラと海藻だらけだった。

 パムも、貝殻を足でどかし、横になる。


 少し眠気が来たというとき。

 

「これが、ツヌガアラシト?」


 と人の声が聞こえた。やはり和語である。目を開けるとおばさんが三人ほど並んで、柱の隙間からこちらを覗きこんでいる。


「どっちよ? ツヌガアラシト。ああほっちで寝ている麻の衣の子? まあひっていびきやな」

「ああ、本当に牛のようやわ! ツノがあるよ、角!」

「角だ、ツヌガアラシト!」


 パムが驚いて起きあがると、声の主は次第に増えてくるではないか。パムがアワアワと何も言えないでいると、そうこうしているうちにもう牢屋のまわりは物見の人であふれかえってしまった。集まった人たちは男も女も老人から子どもまでいる。おそらく、ツノがある人間がいる、と村で噂になってこんなことになっているのだろう。

 パムが起きあがっただけで、


「起きたで!」

「土蜘蛛が起きた!」


 いちいち反応するのがとても不愉快である。

 

「おい、おめえ一体何をしにここへ来た」

「土蜘蛛め、また何か企んでやがるな」

 

 相変わらず何かと間違えているらしい。

 

「アノ……」パムが声を出すと、間髪入れずに、


「しゃべったで!」

「しゃべった!!!」

「言うことを聞くんでねえぞ! 惑わしの術を使うぞ!」

「災いの術を使うかもしれんで」

「気ぃつけ!」


 と怒涛のように人々の和語が飛びかう。


「アノ、ボクたち、つちぐもじゃナイ。ボクたち駕洛の人。海からキタ」


 パムのたどたどしい和語を聞いて、人々は一瞬静かになった。お互いに顔を見合わせ、何事かこそこそと隣の人と話をすると、また言葉の嵐が襲ってきた。

 

「変な言葉や! やっぱりよそもんや! 猩々の国のやつかもしれん!」

「猩々やて⁉︎ このやろう、一体なんの恨みがあってここばっかねらうんね!」


 しまいには、みなの目がつり上がり、浜にあった石や流木のかけらを投げ込んでくるのであった。パムは逃げる手立てがなかった。みな、柱の隙間から手を入れてパムとソシモリをめがけて投げこんでくる。

 

「イタイ、イタイ! ヤメて!」


 パムの訴えは聞きとどけられない。頼りになるはずのソシモリはとみると、こんな石がごんごん当たっているのに、まったく起きるようすもない。しっかりと寝ていた。どれだけ寝たりなかったというのだろう。

 ソシモリがあてにできない。と、外を見ると、柱の向こうでは、自分より小さな子どもまで一緒になって楽しそうに石を投げこんでいる。パムはそれをみると悲しくなった。


 一体何がどうしてどうなって、僕はこんな目にあっているんだろ?

 

「おい、おめえらなんでほんなことをしよんじゃ、やめやめー!」


 野太い声が聞こえると、ガタイのいい男が松林の方から現れた。みんなに向かって木の棒を振りまわしてどかしている。村の人たちは不服そうに口をとがらせてその声に食ってかかった。


「こいつ、土蜘蛛やで。惑わしの術をかけようとしてたんやわ」

「猩々を持ってきよんで」

「ほやからわしらが退治しとるんや」


 ガタイのいい男は顔をしかめて木の棒をみんなに突きつける。


「アホ。そういうのは明日長老が決めるんじゃ。おめえらはみんな帰れ」


 村人は、名残惜しそうに渋々と帰っていく。

 それからも、しばらくその男が牢屋のまわりで次々とやってくる物見の村人を追い払ってくれた。


「アノ」

 

 人がいなくなり、パムがその男に勇気を出して声をかけた。

 

「ありがとございマス」

「いや。土蜘蛛とはいえおめえらは子ども。俺にも子どもがおるでの。俺の子どもも見世物になったんじゃ辛いでな」

「アノ、ボクたち、つちぐもじゃないデス」

「それは俺がどうこう言えるこっちゃねえ。長老がほれを聞いて、長老が決めることや」

「つちぐも、ソレなんですか?」

「なんだ、本当に知らんのか?」


 男は驚いて柱の間からパムをのぞきこんだ。丸い、大きな目に太い眉毛の大きな顔がのぞきこんだ。


「土蜘蛛はな、木ノ芽峠に巣食うてる盗賊どもや。こいつらがたちが悪うてなあ。最近じゃあ猩々なんていう赤うて恐ろしいバケモンをうじゃうじゃここに送ってきよる。あいつらぬえなんてのも飼うててな、そいつも怖いぞ。山よりも背が高うて、虎のような、猿のような見たこともねえバケモンやで」


 男は手を思いきり広げると、そのバケモノの大きさをこれでもかとばかりに表した。なんだか大人が子どもを怖がらせようとして作った話のようだと思った。大げさな、と思いながら、パムは「はあ」と相槌を打つ。


「だいたいやることがあくどい。夜になって、赤い猩々をよこしおるやろ。猩々ってのを何十何百も放して村をめちゃめちゃに荒らしてくんや。それから土蜘蛛の連中がやってくる。獣の皮をきた連中での、ああ、こいつらは人間や。なんや、北のほうからやって来たんやが、木ノ芽峠に住み着いてな。いい迷惑やで。ほんで、こいつらが大きな鵺に乗ってやってきて、村の食べ物をみんな持っていっちまうんや」


「ハア」

 

 パムは、ぽかんとして聞いていた。どうやら、その盗賊どもの仲間だと思われていることだけはわかった。ということは、


「アノ、モシカシテ、みんな、僕たちつちぐも、思っテル? 僕たち、殺ス?」

「まあ、土蜘蛛だと思っとるで、どうなるか、わしにもわからんのや。すまんなあ」


 男は寂しげに言い、ため息をついた。


「ほな、今日のところはこれで帰るでの。また明日くるで。おめえさんたち、命が助かるように長老に言うてみるけえ。ま、聞いてくれるかはわからんがな」

「アノ……」

「わしはカカや。また来る」


 カカが帰っていく。

 パムはため息をついた。


 カカが帰ってからもたまにそっと村からやってきて、牢屋の中をのぞきこんでニヤニヤと笑ったり、石を投げこんでくる連中が後を絶たない。


 斜めに差しこんでいた赤い夕陽の光が次第に弱々しくなると、夜の闇が訪れた。

 ざざん、ざざんという波の音が飽くことなくつづく。

 夜も更けると、物見の連中もいなくなった。

 じっと上を向くしかやることがないから、牢屋の屋根を見るともなく見ていた。

 星がチラチラと瞬き出し、静かに大きな月がのぼりはじめた。月の明かりが打ち寄せる波をキラキラと輝かせている。

 もうそろそろ満月だった。

 月を見上げると、じいちゃんの顔を思いだした。


……和國に来たんだ。じいちゃんの国に来たんだ。


 想像と違うけれど、とりあえずあの家を出て、本当に異国へと来てしまった。

 じいちゃんの言葉が通じる国なのだ。

 明日は、もしかしたら、チョーローという人の決断しだいで、殺されるかもしれない。


 でも、なんだかそれでもいいような気がしていた。


……死んでもいい? 本当に?


 いや、まだなにもしていないじゃないか。

 うまく話せないけれど、チョーローという人に話をしてみよう。もしかしたら、じいちゃんのことを知っているかもしれないじゃないか。じいちゃんのことを知っていれば、もしかしたら命は助けてくれるかもしれない……そんなことを考えていた、その時。


 砂を踏む音が聞こえた。


 ザ……ク、ザ……ク、ザ……ク、ザ……クザク。


 こちらに近づいているのか、遠ざかっているのかもわからぬくらい、ゆっくりとしたその足音が、牢屋のすぐそばに来て、止まった。

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