第3話 海が割れた
海が割れた。
信じられないが海が割れている。
アカルの船と、パムたちの乗る船のちょうど真ん中のところの波が裂けている。
パムが左舷から下を見ると、パムの乗っている船の下には、海がなくなっていた。こちらから見えるアカルの船の下には、巨大な水の壁ができており、そしてそこに赤や青の魚が泳いでいる姿と、そしてさらに下にゆらゆらと大きな昆布が揺れているのが見えた。眼下の水の壁は、はるか海底までつづき、普段見ることのできない底の光景が見ることができ。
海の底には普段パムが漁で捕っている見覚えのある魚やカニやタコがおり、水が突然なくなったために海底でどうしていいか困っている。魚は地べたでピチピチと跳ね、カニは右へ左へ前へ後ろへと見たことのない動きをし、タコはウニウニとその場で悶えていた。
海底で悶える魚たちを見た後、パムは自分の乗っている船がどうなるかを、ちらっと考えた。
普通に考えたら、あのカニやタコのところまで船は落ちるだろう。
なぜなら、今船の下に水はないのだから。
冷静にそこまで考えたところで、船はその通りに、落ちた。
「ギャーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!」
海ぞこへと落ちていく船から、海面の方を見ると、水の壁の上の方にアカルたちの船が見えた。そしてその船から、アカルたちがこちらを見下ろしている。
「やったわ! ほら見なさいよ、私やればできるんだから!」
と、アカルが小躍りして喜んでいる。
「珍しく姫のまじないが成功することもあるのですねえ」と宙で羽ばたきながら、嫌味を言っているのは八咫鴉だ。
そして、さらにもう一人。
「お前、結構やるじゃねえか」
と答えたのは、なぜかソシモリであった。
「きゃあっ! あ、あんたなんでここにいるのよ!」
パムの隣にいたはずのソシモリが、いつの間にかあっちに乗りうつっていた。パムが隣を見ると、たしかに空っぽになっている。いつの間にあっちの船に行ったのだろう。ソシモリは素知らぬ顔でアカルの横で、落ちるパムを、まるで他人事のように見おろしているのだった。
「お前はあっちだろう!」
と、八咫鴉がソシモリに飛び蹴りの一つも食らわしたらしい。
パムは、ソシモリが船から勢いよく飛び出してくるのを見た。
そしてパムのあとを追うように、ソシモリも海の底へ向かって、割れた水の壁の間を落ちてくる。
「アホカラス! クソ女! こいつをもらっとくからな!」
落ちながら、手に持った何かをこれ見よがしに振りだした。
「そ、それは!」そう言いながら、アカルが一度自分の持つ麻袋を急いでのぞきこんだ。それから血相を変えると、こちらに向かって手を伸ばした。
「返して! 返して!」
「落ちます、アカル姫」と八咫鴉が落ちそうになるアカルを押しとどめた。
アカルのキンキンと高い声が海の壁の間に響く。
「それがなければ、それがなければ! おとうさまの国が滅びてしまう!」
「ダメです! アカル姫! 落ちてしまいます!」
どうやら、ソシモリはアカルの船に乗り移ったとき、ちゃっかりお宝を頂いてきたらしい。アカル姫が背負っていた麻袋、どうやら大変なものが入っていたようだ。
「誰か、そいつをやっつけて! おとうさまを助けなければ!」
その時である。
ソシモリの手から赤い光が放たれた。
暗闇の中、赤い光が放たれたのである。
海の中ごろまで来ると太陽の光は届かず、暗闇になってくる。その暗闇の中で、赤い光の線が湧き出る溶岩のようにじわじわと湧きだしてきたのだった。
湧きだしてきた光は伸び縮みしながら形を変えていく。途中から枝分かれし、
あれはなんだ?
一瞬だけ現れたあの光はなんだったのだ?
しかしその疑問をそれ以上考えつづけることはできなかった。なぜなら、パムの乗った船が海底にドン!と到着し、到着した衝撃で、パムはふっ飛ばされたからである。
ふっ飛ばされたパムは海底の砂地にザンと落ちた。海底の砂の中に顔をつっこみ、しばらくもがき、そしてやっとのことで砂地から顔を出した。
砂を手で払いながら、落ちてきた上を見上げる。
そこはなんとも幻想的な光景が広がっていた。
水でできた崖というのが、こんなに美しいとは思わなかった。はるか上の海面では太陽の光が何十もの剣のように差し込み、キラキラと輝いている。光り輝いている海面は青く美しく、たまに小さく丸い泡が星のように瞬きながら浮かんでいくのを見ていると、じいちゃんから聞いたことのある仙人の住む美しい島、蓬莱とはこんなところかと思うのだった。
しかしいまパムがいる海底は暗く、全く光のない世界。
光がない暗闇の中で、ソシモリの握ったものがまだ異様に赤く光っている。赤い光がのおかげで、そばをカニが横歩きしているのを間近に見ることができた。
ソシモリは倒れたまま動かない。動かないが、しっかりとその光を握っている。
これは一体なんなのだろう?
パムがその光に手を伸ばした時、ソシモリが「うーん」と呻き声を上げた。
「ソシモリ?」
パムの問いかけに、ソシモリがうっすら目を開けた。開けるやいなや、
「ワニ! ワニ!」
と声を上げた。そういえば、鰐鮫はどこにいるのだろう? 鰐鮫は水の壁の内側にいて、バタバタとヒレを振っていた。何かを言っているようだが声がよく聞こえない。
「何? 何を言っているの?」
パムが水の壁に向かって歩いていくと、鰐鮫が上、上とヒレを上に向けている。パムとソシモリは同時に上を見上げた。
パラパラと雨が降ってきた。
いや、水の壁が、上から壊れている!
さっきまで幻想的な青い世界を繰り広げていた海面がしぶきの中に隠れ、膨大な水がこちらに向かって落ちてきているのである。
ようするに、切り裂かれた海がまた元のように戻ろうとしているのだろう。水の壁が一気に水の谷底へと落ちてきているのだ。
鰐鮫が、今度はこっちへ来いというようにヒレを振っている。ソシモリは「わかった」と勝手に理解し答えると「息をすいこめ!」と叫んだ。
パムは何がなんだかわからぬまま、とりあえず言われるとおり息を吸い込む。ソシモリはアカルから奪った光るモノを懐に入れながら、パムの腕を強引に引いて水の壁の中に、飛び込んだ。
と同時に、水の壁は崩壊した。
水が恐ろしい勢いで、水の壁の作っていた谷の間へと落ち込んだのである。
水が踊りを踊るようにぐるぐるとまわる。
パムもソシモリもぐるぐるとまわる。
ぐるぐると水が回転する中を、鰐鮫が流れに逆らいながら泳ぎ、そして流されながらもソシモリのそばへと寄ってきた。ソシモリはパムの首根っこをひっつかんで鰐鮫のヒレに抱きついた。
鰐鮫が何か言いながら、ぐるぐるとまわる流れの中を力強く泳ぎ始めた。
おそらく、
「さあ、ちゃーんと捕まっててくださいよ! 流されたって知りませんからね! はいなー!」
とでも言っていたのであろう。
パムが水の中で覚えていることはここまでである。
冷たい水の中、暗い暗い水の中。ぐるぐるまわる水の中。
……一体、僕は、どうなってしまうのだろう。
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