第7話

「はあ……?」

「残念ですわ。また出直すしかないですわね」

「あの……。おれんさん、一万円あれば、十分ですよ」

「えっ。一万円って、このお札一枚という意味ですか?」

 佳恋がしわ一つない一万円札を両指でピンと持って不思議そうな眼差しを君太に向けてきた。

 どういうことだ? 天然にもほどがある。僕をからかっているのだろうか?

 しかし、佳恋の眼差しには、邪気が全くない。本当に分からないらしい。もしかして、外国の人なのか?

「これ、一枚で、10000円の価値があるということですよ。ホットドックは、350円だから、9650円のおつりが返ってくるということです」

 周りの観光客が君太と佳恋のやり取りを不思議そうに眺める中、君太はそんなことを、いちいち説明してやった。

「まあ!そういう意味だったんですね。そういえば、この動物園に入るときも、600円とあるから、600枚も入れるのかと思ったら、一枚だけで入れたから、どうしてかなって、思ったんですわ」

「おつりは受け取らなかったんですか?」

「ぴゅん太がね……」

 佳恋が、店員からホットドックと、おつりを受け取ろうとしたところで、まるでつむじ風が発生したかのようにおつりが宙に舞った。

 少なくとも、店員や周りの観光客にはそう見えていたに違いない。

 だが、君太と佳恋にはその原因が見えていた。

 猛然と駆け込んできたぴゅん太が、佳恋の手におつりが乗せられようとする瞬間に、長い舌で払い落としたのだ。

「危険!垢だらけ!汚い!」

 ぴゅん太が佳恋の着物の裾を行儀の悪い犬のように引っ張るものだから、佳恋は、引きずられるままに店の外に出るしかなかった。

 困惑する店員をしり目に、君太は、代わりにおつりを受け取ると、後を追いかけた。


 不忍池を見渡せるテラス席に腰かけて、満面の笑顔で、ホットドックを頬張る佳恋の周囲にぴゅん太の姿はない。

 またしても、ぴゅん太はどこかへ放り投げられたらしい。

「おいしいです。私たちの世界には、こんな食べ物はありません。和食ばっかりですし」

「あの……。おれんさんってどこの国の方なんですか?」

「国は日本ですわ。住んでいる場所は、不忍の里です」

「それってどこにあるんですか?」

「ここのすぐ近くですわ」

 ここの近くに住んでいて、お金の数え方も知らないとは、どういうことだろう。それに、不忍の里って? 不忍池と関係があるの?

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